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- 8 - それぞれの覚悟と月夜の庭
- 8 - それぞれの覚悟と月夜の庭 2話
しおりを挟むその静寂を破ったのは、庭へと続く小径を、固い表情で歩いてくるダニエル所長の姿だった。
彼の目には、休憩前とは異なる、新たな決意の光が宿っている。
「…少しは、落ち着いたか」
ダニエルは、ティモシーたちのそばで足を止め、静かに言った。
その声には、部下たちを労う響きと、それ以上に、次の戦いへと向かう指揮官としての厳しさが含まれていた。
「所長…」
ティモシーが、力なく顔を上げる。
ダニエルは、そんな彼らに視線を巡らせると、簡潔に、しかし力強く告げた。
「緊急で、再度、王宮と研究所上層部での会議を行う。作戦を、根本的に変更する必要が出てきた」
その言葉に、全員が息を呑んだ。ジルが、代表するように問いかける。
「作戦変更…ですか? 」
「ベネットが最後に遺した回路と彼女が会話した記録から我々が進むべき道筋をもう一度話し合うべきだということになった。
…行くぞ」
ダニエルの有無を言わさぬ口調に、ティモシーたちは、それぞれの思いを胸に、再びクロノドクサの中枢へと向かうしかなかった。
・
再び招集された最高評議会の会議室は、以前にも増して緊張した空気に包まれていた。
ダニエルは、円卓の中央に立ち、戦略部隊から受け取った新たな報告書を手に、集まった王家の代表や政府高官たちに語り始めた。
「皆様、休憩中に、ベネットが遺したノルンとのやり取りに彼と繋がれた回路から、極めて重要な情報とベネットの交渉で新たな道を得ることに成功しました。
それは、我々の作戦を根本から見直すべきだという、強い示唆に満ちています」
ダニエルは、一度言葉を切り、出席者たちの顔を見渡した。
「結論から申し上げます。
ノルンは、モイラの消滅を望んでいません。
むしろ、彼は、内部に取り込まれてしまった彼の家族や同胞たちの魂を、これ以上苦しませることなく、安らかに解放することを、心の底から強く願っていることが判明しました。
そして、その目的のためであれば、我々レオントポディウムに協力する意思があることも確認できています」
会議室が、驚きの声でざわめく。
ダニエルは、そのざわめきを手で制し、言葉を続けた。
「彼のこの強い意志は、我々にとって大きな希望です。
モイラを無理に消滅させようとすれば、内部の魂たちは未来永劫、苦しみから解放されることはないでしょう。
それは、我々としても避けたい事態です。
そしてそれに関して、我らは目をつむらなくてはいけなかった。
しかしノルンの協力を得られるのであれば、話は別です」
ダニエルは、新たな作戦計画を円卓の中央に投影した。
「作戦を変更を提案します。
モイラを"消滅"させるのではなく、ノルンと共にそれを“浄化”するのです。
ノルンがモイラの暴走を内側から制御し、我々が外側から魔力を供給して湖を安定させる。
そして、取り込まれた魂を、一体ずつ、丁寧に解放していく…。
これは、途方もなく時間のかかる、困難な作戦です。
成功すればモイラの脅威は根本からなくなり、犠牲者も救われる。
しかし、失敗すれば、この厄災は永遠に終わらないかもしれません。
最悪の場合、我々がモイラに敗北する可能性も否定できません」
その言葉は、出席者たちに、希望と同時に、新たなリスクを突きつけた。
「ですが、この作戦には、ノルンの協力を得るための、大きな利点があります」
ダニエルは、ティモシーやサーシャの方へと、わずかに視線を向けた。
「この浄化作戦の間、ノルンは、現世ではありませんが、精神体となった彼の家族の"記憶"と共に過ごせる状態を維持できるのです。
それが、彼の協力を得るための、そして彼の精神を安定させるための、唯一の方法だと考えます」
ノルンが、自らが守りたかった人々のために、その力を役立てたいと強く願っていること。
そして、その先に、たとえ記憶としてであっても、家族との再会が待っていること。
その事実は、多くの者にとって、消滅と浄化。
どちらの道をとっても危険でしかないこの作戦で、ノルンの協力がある方が成功率が上がる可能性に賭けてみる価値があると思わせるのに十分だった。
「…分かった。ダニエル所長、君の提案を受け入れよう。
我々は、破壊ではなく、救済の道を選ぶべきだ」
前国王が、重々しく、しかし確かな声で言った。
だが、ダニエルの表情は晴れない。
彼は、この新たな作戦における、最大にして最悪の問題点を告げなければならなかった。
「…皆様、感謝いたします。
しかし、この浄化作戦を実行するには、一つ、致命的な問題があります」
ダニエルの声が、再び会議室に重く響く。
「作戦の要であったベネットが、先ほどのノルンとの回路接続の際の強大な負荷により、我々の観測範囲外―――
湖の記憶の彼方へと飛ばされてしまいました。
彼女の行方は、現在、全く掴めておりません。
そして、彼女を失った今、レオントポディウムの湖全体の連携と、モイラを制御するための強大な魔力の供給を行う術が、我々にはないのです」
希望が見えたと思った矢先に突きつけられた、絶望的な現実。
会議室は、先ほどとは比較にならないほどの、深い沈黙と動揺に包まれた。
浄化という道筋は見えた。
しかし、その道を歩むための、最も重要な案内人を失ってしまったのだ。
レオントポディウムは、再び、困難な選択を迫られることになった。
ベネット抜きで、この前代未聞の浄化作戦を、一体どうやって実行に移すのか。
そのための手段を、クロノドクサの、そして国の総力を挙げて、ゼロから見つけ出さなければならない。
ダニエルの肩に、再び、世界の未来が重くのしかかった。
――ベネット不在という、あまりにも大きな損失。
そして、モイラ浄化という、あまりにも困難な道筋。
レオントポディウム最高評議会の会議室は、希望と絶望が入り混じった、重苦しい沈黙に支配されていた。
その沈黙を破ったのは、再びダニエル所長だった。
彼の表情は厳しいままだったが、その瞳には、絶望の淵から次の一手を探ろうとする、不屈の光が宿っていた。
「…ベネットがどこにいるかわからないことは、我々にとって計り知れない痛手です。
ですが、彼女が最後に遺してくれたノルンとの回路…これこそが、我々が掴むべき唯一の糸口でもあると思っています。
この回路を活かし、作戦を再構築するのが最善かと」
ダニエルは、円卓に新たな魔法陣の構想図を投影した。
「まず、ベネットが一人でモイラに接触し、弾き飛ばされたという事実を、我々は教訓としなければならない。
今後のモイラへの干渉は、必ず複数人体制で行う。これは絶対条件だ」
彼の言葉に、皆、固唾を飲んで頷く。
「そして、この作戦はもはやレオントポディウム一国の問題ではなくなっています。
世界の存亡がかかっている―――。
だが、成功の保証はなく、失敗すればモイラに蹂躙されるだけという、あまりにも危険な賭けでしかないというしかない現状です。
ゆえに、強制はできません。
…ですが、門戸は開くべきだと考えます。
過度の罪を犯しておらず、その償いを望む者、魔道大国と敵対せず、この世界の未来のために力を貸したいと願う者――――そして、成功するかわからない不安に押し殺されそうな者がいるのならば…"記憶"となり、湖に入ることを許可するという案もありではないかと…。
これは、そういう―――戦いだと思います。」
ダニエルは途中、顔を伏せ苦渋の提案だったことを思わせる言葉を綴った。
この作戦が、もはや通常の軍事行動の範疇を超えた、個々の意志と覚悟に委ねられるものであることを示していた。
「作戦の軸となる湖は、やはり、ノルンとの回路が残るベネットが管理してきた湖"セラフィナ"がよいかと。
そして、その湖、ノルンのと回路との親和性、ベネットとの血縁関係を考慮し、最終的な魔法陣の発動者として
…ティモシー、君を指名したい」
「…僕…ですか?」
ティモシーは、驚きに目を見開いた。
叔母を失ったかもしれないという悲しみに沈んでいた彼に、世界の命運を左右する役目が、あまりにも突然に告げられたのだ。
――――――――――
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