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第3話:好奇心が扉を叩く夜
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最近の佳子(よしこ)の楽しみは、寝る前の読書……といっても、スマホの中にある電子コミックやWEB小説だった。
広告で流れてくる「禁断の恋」「秘密の共有」「サレ妻の復讐」といった刺激的なタイトルに、以前なら「くだらない」と鼻で笑っていただろう。しかし、今の彼女には、それらがまるで自分への招待状のように見えた。
不倫ドラマの中の主人公たちが、家族に嘘をついて着飾り、誰かに抱きしめられるシーン。
(もし、私がこの場所にいたら?)
そんな妄想が、日常の隙間にスッと入り込む。洗濯物を干しているとき、スーパーのレジ待ちをしているとき。自分の隣に、謙介ではない「誰か」がいる光景を思い描く。
ある夜、スマホの画面に一つの広告が表示された。
『マッチングアプリ。素敵な時間を見つけませんか?』
佳子の指が止まった。
マッチングアプリ。それは若者が使うものだと思っていたし、ニュースで見る「事件」の温床だと思っていた。
しかし、そのサイトの紹介文には「話し相手がほしいだけの方も歓迎」「プライバシーは完全に守られます」と優しく書かれていた。
「メッセージのやり取りだけなら……浮気じゃないわよね」
自分に言い聞かせる声が、静かな寝室に響いた。隣では謙介が、いつものように高い鼾をかいて寝ている。彼にとって自分は、空気と同じ。あっても気づかないが、なくなれば困る、ただのインフラだ。
佳子の鼓動が速くなる。悪いことをしているという自覚が、逆に指先を動かした。
インストールボタンを押す。ダウンロードが進む数秒間が、まるで人生のカウントダウンのように感じられた。
アプリを起動すると、まず年齢確認を求められた。
「運転免許証……」
一瞬、躊躇した。住所や本名が流出したらどうしよう。もしバレたら。
しかし、画面には「公安委員会への届出済み」「厳重なセキュリティ」といった文字が並んでいる。
(逆に、これだけしっかりしてるなら安心なのかもしれない)
佳子は暗い部屋で、免許証をスマホのカメラで撮影した。カシャッ、というシャッター音が、静寂の中で驚くほど大きく響き、彼女は慌てて毛布を被った。
この時の彼女には、一欠片の「不倫願望」もなかった。
ただ、自分の言葉を、自分という存在を、真っ直ぐに受け止めてくれる「誰か」と繋がってみたかった。たったそれだけのこと。
しかし、それが一度開けたら二度と閉めることのできない、パンドラの箱だということに、佳子はまだ気づいていなかった。
広告で流れてくる「禁断の恋」「秘密の共有」「サレ妻の復讐」といった刺激的なタイトルに、以前なら「くだらない」と鼻で笑っていただろう。しかし、今の彼女には、それらがまるで自分への招待状のように見えた。
不倫ドラマの中の主人公たちが、家族に嘘をついて着飾り、誰かに抱きしめられるシーン。
(もし、私がこの場所にいたら?)
そんな妄想が、日常の隙間にスッと入り込む。洗濯物を干しているとき、スーパーのレジ待ちをしているとき。自分の隣に、謙介ではない「誰か」がいる光景を思い描く。
ある夜、スマホの画面に一つの広告が表示された。
『マッチングアプリ。素敵な時間を見つけませんか?』
佳子の指が止まった。
マッチングアプリ。それは若者が使うものだと思っていたし、ニュースで見る「事件」の温床だと思っていた。
しかし、そのサイトの紹介文には「話し相手がほしいだけの方も歓迎」「プライバシーは完全に守られます」と優しく書かれていた。
「メッセージのやり取りだけなら……浮気じゃないわよね」
自分に言い聞かせる声が、静かな寝室に響いた。隣では謙介が、いつものように高い鼾をかいて寝ている。彼にとって自分は、空気と同じ。あっても気づかないが、なくなれば困る、ただのインフラだ。
佳子の鼓動が速くなる。悪いことをしているという自覚が、逆に指先を動かした。
インストールボタンを押す。ダウンロードが進む数秒間が、まるで人生のカウントダウンのように感じられた。
アプリを起動すると、まず年齢確認を求められた。
「運転免許証……」
一瞬、躊躇した。住所や本名が流出したらどうしよう。もしバレたら。
しかし、画面には「公安委員会への届出済み」「厳重なセキュリティ」といった文字が並んでいる。
(逆に、これだけしっかりしてるなら安心なのかもしれない)
佳子は暗い部屋で、免許証をスマホのカメラで撮影した。カシャッ、というシャッター音が、静寂の中で驚くほど大きく響き、彼女は慌てて毛布を被った。
この時の彼女には、一欠片の「不倫願望」もなかった。
ただ、自分の言葉を、自分という存在を、真っ直ぐに受け止めてくれる「誰か」と繋がってみたかった。たったそれだけのこと。
しかし、それが一度開けたら二度と閉めることのできない、パンドラの箱だということに、佳子はまだ気づいていなかった。
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