『1994年の消えない痣(あざ)』ルーズソックスを脱げなかった私へ

MisakiNonagase

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第2章:1994年4月〜6月(高1・春)「覚醒の30日間」

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47歳の敦子は、老眼鏡を指で押し上げ、最初のページをめくった。そこには、まだ「普通の女の子」だったはずの15歳の自分が、急速に壊れていく足跡が記されていた。

4月8日: 入学式。制服が重い。周りの子たちの笑い声が、なぜかすごく遠くの出来事のように聞こえる。

4月12日: 雑誌で見た「ブルセラ」の記事が頭から離れない。私のソックスが数千円になる? 本当なら、この退屈な毎日から抜け出せるかもしれない。

4月15日: 学校帰り、初めて上野へ。店に入る時、心臓の音が耳元まで聞こえた。脱ぎたての靴下とスカーフで2万円。一瞬で、世界の色が変わった。

4月18日: 109で欲しかったサンダルを買う。親からもらった小遣いじゃない、自分の「価値」で買った初めての品。

4月21日: クラスの子たちが「放課後、お茶しよう」と誘ってくる。断った。彼女たちの1時間は0円だけど、私の1時間はもう0円じゃない。

4月25日: ブルセラ2回目。店長から「ダイヤルQ2」のことを教わる。声を録音するだけで、男たちが寄ってくるらしい。

4月28日: 初めてQ2に登録。「アッコ、15歳。寂しいのでお話ししませんか」。自分の声が、商品になった。

5月2日: Q2で知り合った「タカシ」と待ち合わせ。池袋。緊張したけど、パフェを食べて3万円もらった。男ってバカみたい。

5月5日: GW。家族で食事。お父さんが「高校生活はどうだ?」と聞く。ニコニコ笑って「楽しいよ」と嘘をつく。

5月8日: ポケベルを契約。番号は「14106(アイシテル)」。皮肉な番号。

5月12日: ベルが鳴る。数字の羅列。それがお金の合図。公衆電話に並ぶ時間が長くなる。

5月15日: 中間テスト。教科書の下でベルが震える。3341(寂しい)だって。おじさんの寂しさが、私のお金になる。

5月18日: 初めてホテルへ。天井のシミを数えていたら終わった。5万円。シャワーを浴びても、落ちない何かがある気がした。

5月20日: 今日は2回転。計8万円。15歳の私に、こんな大金。

5月23日: 靴下をまとめ買い。全部「脱ぎたて」にするための在庫。

5月26日: 「パパ」ができた。40代の会社経営者。銀座で高いお肉を食べさせてもらう。

5月29日: 通帳の残高が15万を超えた。お母さんのパート代より多いんじゃないかな。

6月1日: 衣替え。夏服。スカートを短く折って、渋谷へ。

6月4日: 雨。湿気で髪がうねる。客に「女子高生らしくしろ」と言われてムカついた。

6月7日: 自分が汚いとは思わない。むしろ、磨かれている気分。ブランド物のバッグが似合うようになってきた。

6月10日: 授業中、ずっと寝ている。先生に怒られたけど、どうでもいい。あんたの月給、私は数日で稼げる。

6月13日: ベル友(客)が固定化。営業用のメモを作る。誰がどのくらい払うか。

6月15日: 友達に「敦子、最近付き合い悪いね」と言われる。私たちはもう、住む世界が違うの。

6月18日: 1万円札の匂いを嗅ぐのが癖になった。インクの匂い。これが私の安心。

6月21日: 帰宅してすぐシャワー。お母さんが「最近お風呂長くない?」と聞く。適当にごまかす。

6月23日: Q2の通話料を見てビックリ。親に見つかったら終わり。コンビニ払いに切り替える方法を調べる。

6月25日: 土曜日。渋谷。人がゴミのよう。私はそのゴミの中から、一番高そうな男を選ぶ。

6月26日: 15時にハチ公。18時にモヤイ。21時にホテル。足がパンパン。

6月28日: 欲しいものがなくなってきた。ただ、数字が増えるのが見たいだけ。

6月29日: 鏡を見て、笑顔の練習。男が喜ぶ、空っぽな笑顔。

6月30日: 6月の総売上、35万。手帳に「目標達成」と書いた。
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