17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase

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第15章:逆転する季節と、最後の冬

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晴人が社会人としての地歩を固めていく一方で、加恋もまた、自分自身の足で立つための準備を始めていた。晴人の言葉に背中を押されるようにして、加恋は近所の生花店でパートタイムの仕事を始めたのだ。
​「晴人、今日お客さんに怒られちゃって……。私のミスなんだけど、どう切り替えたらいいかわからなくて」
​ある夜、ビデオ通話の中でこぼした加恋の悩みに、晴人は優しく、けれど的確なアドバイスを返した。
「それは加恋が悪いんじゃなくて、マニュアルの不備だよ。次はこう言ってみたら? 俺の会社でもよくあることだよ」
​かつては加恋が晴人の勉強を教え、危うい少年を導いていた。けれど今は、社会という荒波を先んじて泳いでいる晴人が、加恋の相談に乗り、彼女を支えている。立場が逆転し、彼の精神的な逞しさをひしひしと感じる瞬間。加恋はその変化が、誇らしくもあり、少しだけ眩しかった。
​だが、彼が「魅力的な大人の男」になっていくことは、新たな不安も連れてきた。
晴人の同僚との飲み会の報告を聞くたび、加恋の胸には小さなやきもちと不安が渦巻く。
「晴人、職場の女の子たちに人気があるんでしょ?」
思わず口に出した不安を、晴人は電話越しに笑い飛ばした。
​「何言ってるんだよ。俺の心には加恋しかいないって、何度言えば安心する? 今日も一次会で抜けてきた。ほら、今家の前だよ」
​晴人は毎回、飲み会の詳細を自ら報告し、不安を打ち消すように「愛してる」と伝えてくれた。その誠実さが、加恋に一歩を踏み出す勇気を与え続けていた。
​社会人になって初めてのまとまった有給休暇。二人は美咲のアリバイ工作の助けを借りて、隣県の温泉旅館へと向かった。
これまでの「密会」とは違う、一泊二日の初めての共同旅行。
「ただのカップル」として、手をつないで古い温泉街を歩く。名物の湯葉を食べ、足湯に浸かり、他愛もないことで笑い合う。
「いつか、隠れずにこうして歩きたいね」
湯上がりの縁側で、晴人が加恋の肩を抱き寄せた。星空の下で交わした約束は、もう手の届かない夢ではなかった。
​季節は巡り、晴人が社会人2年目を終えようとしていた。
クリスマスは例年通り、悟に怪しまれないよう数日ずらして二人で祝った。美咲の家に泊まると嘘をつき、晴人のアパートでささやかなパーティーを開く。
「加恋、24歳になったよ。もう、子供じゃない」
晴人は加恋の指に、真珠のネックレスに合わせた銀の指輪をはめた。
​晴人、24歳。加恋、39歳。
15歳の年の差は、もう二人の間には何の障害にもなっていなかった。
​そして、年が明けたある土曜日の夜。
帰宅した悟は、いつものように無言でリビングのソファに座り、テレビをつけた。
加恋はその背中を見つめ、深呼吸をした。心臓が痛いほど脈打っている。けれど、指先にある銀の指輪の感触が、彼女に最後の覚悟を決めさせた。
​「悟くん。……話があるの」
​悟は視線すら上げずに「なんだよ、飯か?」と応じる。
その無関心さが、かつては悲しかった。けれど今は、決別するための静かな確信に変わっていた。
​「私たち、離婚しましょう」
​部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
悟がゆっくりとこちらを向く。その瞳に浮かんだのは驚きではなく、苛立ちだった。
加恋は逃げなかった。39歳の自分と、24歳の彼が育んできた、あの眩しいほどの光を胸に抱いて。
​「……本気で言ってるのか」
「ええ。本気よ」
​加恋の人生で最も重く、そして自由な言葉が、夜のリビングに響き渡った。
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