48歳主婦の宅建試験挑戦―そして年下彼がくれた勇気と恋

MisakiNonagase

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第10話:秋のテラスと、消えたテキスト

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2026年11月上旬。
あんなに重かったバッグが、今は驚くほど軽い。
肩に食い込んでいた『らくらく宅建士』の重みも、ふとした瞬間に条文を反唱する癖も、行き場を失って私の日常に浮いている。

自己採点は38点。マークミスさえなければ合格。
けれど、ふとした瞬間に「あそこの問題を書き直した気がする」「受験番号を書き忘れていたら」という根拠のない恐怖が、心臓を冷たく掴む。

そんな時、幸正さんから連絡があった。
『一人でいるとマークミスのことばかり考えちゃって、脳が休まりません。気晴らしに紅葉でも見に行きませんか。手ぶらで』

待ち合わせは、外苑前の銀杏並木だった。
いつもの新宿の喫茶店とは違う、鮮やかな黄色に染まった街。
人混みの中に、幸正さんの姿を見つけた。今日はテキストを入れる大きなリュックではなく、小ぶりなショルダーバッグ一つ。

「……なんだか、変な感じですね」
合流して歩き出しながら、彼が照れくさそうに笑った。
「本当に。私たち、参考書を持ってない相手を見るのって、あの日新宿で会った時以来?」
「そうですね。あの時はすぐ模試でしたから。……京香さん、今日はお洒落ですね。素敵です」

さらりと言われた言葉に、私は不覚にも動揺した。
ただの主婦の外出着のつもりだったけれど、彼に会うと思うと、クローゼットの前で三十分も迷ってしまったのだ。

並木道を歩きながら、私たちはこれまでの数ヶ月を振り返った。
けれど、不思議なことに、話題はすぐに試験の内容に戻ってしまう。
「問24の都市計画法、あれ意地悪でしたよね」
「そう! 二択まで絞って、最後に変えちゃったんです。もしあれが間違ってたら……」
「あ、またその話。今日は禁止ですよ」

幸正さんが笑って私を遮る。その無邪気な笑顔は、22歳の青年そのものだった。
「……京香さん、どうして宅建を受けようと思ったんですか? 合格した後のこと、あまり話してくれませんでしたよね」

銀杏の葉が舞うテラス席。温かいカフェオレを飲みながら、私は初めて自分の内側を打ち明けた。
「……何者でもない自分が、怖かったの。家族のため、パート先のため、誰かの都合で動く毎日。でも、宅建の勉強をしている時だけは、私は『私』だった。合格して、自分の足で社会と繋がりたいって……そう思ったのよ」

幸正さんは、私の言葉を一つも零さないように聞き入っていた。
「わかります。僕も、去年の悔しさを晴らすためだけじゃなくて、京香さんと一緒に走ったこの時間が、自分を一番変えてくれた気がします」

テーブルを挟んで向かい合う二人。
これまでは「宅建」という共通の敵が私たちの間にいて、盾になってくれていた。
けれど、その敵がいなくなった今、私たちはただの「男」と「女」として、剥き出しの自分で向き合っている。

「12月の発表まで、あと少しですね」
幸正さんが、少しだけ真剣な目をして言った。
「発表が終わったら……その時も、こうして会ってくれますか」

私は、銀杏の葉が浮かんだカップを見つめ、静かに頷いた。
マークミスへの不安はまだ消えない。けれど、彼と一緒に過ごすこの秋の午後は、どの条文よりも鮮やかに私の心に刻まれていた。
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