48歳主婦の宅建試験挑戦―そして年下彼がくれた勇気と恋

MisakiNonagase

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第9話:境界線の向こう側

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「合格したら、伝えたいこと……」

私がその言葉を繰り返すと、幸正さんは少し照れたように視線を落とし、それから決意したように私の目を真っ直ぐに見つめました。

「京香さん。僕は、去年の試験に落ちてから、ずっと自分を信じられませんでした。たった1点。その1点が足りなかったことで、自分の努力も、積み上げてきた時間も、全部無意味だったんじゃないかって。……でも」

彼は一度言葉を切り、テーブルの上に置かれた私の、ボロボロになったテキストに触れました。

「インスタで京香さんに出会って、毎日必死に食らいついてくるあなたの姿を見て、初めて自分を許せた気がしたんです。誰かを応援することで、自分の戦いにも意味があると思えた。……京香さんは、僕にとって単なる勉強仲間以上の存在です」

幸正さんの声が、少しだけ熱を帯びました。

「伝えたいこと。それは……僕がこれから進む不動産業界の世界、そしてその先にある新しい景色を、これからも一番近くで見ていてほしいんです。受験生としての関係が終わっても、ひとりの『神田幸正』として、あなたと向き合い続けたい。……これ、僕の本当の連絡先です」

差し出されたのは、SNSのDMではない、個人の連絡先が書かれた一枚のメモでした。

「幸正さん……」

胸の奥が、熱い塊で満たされていくのを感じました。
48歳の主婦。パート。誰かの妻で、誰かの母。
そんな肩書きをすべて剥ぎ取った「中西京香」という一人の人間を、彼は必要としてくれている。

「ありがとうございます。私の方こそ……幸正さんがいなければ、この38点はあり得ませんでした」

私はメモを受け取り、大切にバッグにしまいました。
これまでは、正解か不正解かという「合格ライン」の内側だけで繋がっていた私たち。けれど今、目の前に広がっているのは、法律の条文では縛ることのできない、自由で、少しだけ危うい新しい関係の入り口でした。

新宿駅の改札前。
「じゃあ、また。今度は『合格おめでとう』の乾杯をしましょう」
そう言って手を振る彼の背中は、出会った頃よりもずっと大きく、頼もしく見えました。

小田急線の電車に揺られながら、私は窓に映る自分の顔を見つめました。
半年前とは違う、どこか晴れやかな表情。
家に着けば、また「お母さん」に戻るのでしょう。忠夫さんの夕飯を作り、子供たちの世話をする日常が待っています。

けれど、私のバッグの中には、38点の解答用紙と、彼からのメモがある。
2026年の秋。
私の人生の「第2章」は、まだ始まったばかりでした。
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