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第14章:過去という名の地図
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それから一週間後、二人はまたカフェで会っていた。LINEでのやり取りも日常的になり、リサは翔太の言葉の端々から、彼が抱える何かを感じ取っていた。
ある夜、LINEのトーク画面に、翔太からの長いメッセージが届いた。
「リサさん、実は…僕、昔から人と話すのがすごく緊張するんです。会社のみんなは優しいけど、やっぱり『障害者枠』の自分と、『健常者』の皆さんの間には、見えない壁がある気がして…」
リサはすぐに返信した。
「話してみる? 今から電話してもいい?」
少し間をおいて、翔太から「お願いします」の返事。リサは電話をかけた。
電話口の翔太の声は、いつもより小さかった。
「…すみません、変なこと言って」
「全然変じゃない。聞かせて、翔太さんのこと」
沈黙の後、翔太の言葉が静かに溢れ出した。
小学校2年生まで、僕は普通学級にいました。でも、先生の一斉指示が理解できないことが増えて…『なんでみんなはわかるんだろう?』って、いつもパニックでした。ある日、算数の時間に『教科書の25ページを開いて、問題を解きましょう』って言われた。僕は25ページを開いたけど、『問題を解く』のが、どの問題を、どうやって解けばいいのかわからなくなっちゃった。周りの子がスラスラ解き始めるのを見て、僕だけが固まってしまった。それを見た友達が『翔太、バカなの?』って言ったんです」
翔太の声が詰まった。
「それから、学校に行くのが怖くなりました。教室に入ると息が苦しくなって…とうとう行けなくなりました。布団から出られない日々が何ヶ月も続きました」
リサは息を殺して聞いていた。
「でも、僕の両親は…『無理しなくていいんだよ』って、ずっとそばにいてくれました。学校にも、『今は休ませてください』って、しっかり話してくれた。病院にも連れて行ってくれて、ゆっくり時間をかけて、僕は『広汎性発達障害』っていう診断を受け、後に障害者手帳をもらいました。悪いことばかりじゃなかった。わかってくれる場所があるって知ったから」
翔太の声に、少し力が戻ってきた。
「小3からは、特別支援学級のある小学校に転校しました。中学、高校も都立の支援学校に進みました。僕は…比較的軽度だったから、クラスではリーダー的な役割を任されることも多かったんです。行事の委員長とか卒業生代表挨拶とか…」
しかし、その言葉には複雑な響きがあった。
「でも、『軽度』だからこそ、ずっと悩んできました。健常者の世界と、障害者の世界の、ちょうど境目にいる感じで…。支援学校では『できる方』だけど、外に出れば『障害者』。だから、どこに行っても気を遣いすぎて、自分を小さく見せてしまうクセがついちゃったんです。『欲がない人』って思われるのも、本当は違くて…ただ、『求めすぎたら嫌われるかな』って、いつもビクビクしているからなんです」
「高校卒業後は就労移行支援事業所に2年通って、パソコンスキルを磨きながら、社会での振る舞い方を学びました。今の会社に障害者枠で入社できたときは、両親が泣いて喜んでくれました。でも…小学校の時のあの『バカなの?』っていう言葉は、未だに時々夢に出てくるんです。だから、今でも、必要以上に謙虚で、控えめでいようとしてしまう…」
長い話が終わった後、深い静寂が流れた。
リサは胸がいっぱいになり、声が震えた。
「翔太さん…話してくれて、本当にありがとう。すごく…勇気のいることだったよね」
「…リサさんになら、話せました。なぜか、怖くなかったです」
その夜、リサは眠れなかった。翔太の言葉が、心の中で繰り返された。彼の苦しみ、そしてそれを乗り越えようとするひたむきな姿。
彼は「障害者」というラベルでは計れない、豊かで複雑な人生を歩んできたのだ。
ある夜、LINEのトーク画面に、翔太からの長いメッセージが届いた。
「リサさん、実は…僕、昔から人と話すのがすごく緊張するんです。会社のみんなは優しいけど、やっぱり『障害者枠』の自分と、『健常者』の皆さんの間には、見えない壁がある気がして…」
リサはすぐに返信した。
「話してみる? 今から電話してもいい?」
少し間をおいて、翔太から「お願いします」の返事。リサは電話をかけた。
電話口の翔太の声は、いつもより小さかった。
「…すみません、変なこと言って」
「全然変じゃない。聞かせて、翔太さんのこと」
沈黙の後、翔太の言葉が静かに溢れ出した。
小学校2年生まで、僕は普通学級にいました。でも、先生の一斉指示が理解できないことが増えて…『なんでみんなはわかるんだろう?』って、いつもパニックでした。ある日、算数の時間に『教科書の25ページを開いて、問題を解きましょう』って言われた。僕は25ページを開いたけど、『問題を解く』のが、どの問題を、どうやって解けばいいのかわからなくなっちゃった。周りの子がスラスラ解き始めるのを見て、僕だけが固まってしまった。それを見た友達が『翔太、バカなの?』って言ったんです」
翔太の声が詰まった。
「それから、学校に行くのが怖くなりました。教室に入ると息が苦しくなって…とうとう行けなくなりました。布団から出られない日々が何ヶ月も続きました」
リサは息を殺して聞いていた。
「でも、僕の両親は…『無理しなくていいんだよ』って、ずっとそばにいてくれました。学校にも、『今は休ませてください』って、しっかり話してくれた。病院にも連れて行ってくれて、ゆっくり時間をかけて、僕は『広汎性発達障害』っていう診断を受け、後に障害者手帳をもらいました。悪いことばかりじゃなかった。わかってくれる場所があるって知ったから」
翔太の声に、少し力が戻ってきた。
「小3からは、特別支援学級のある小学校に転校しました。中学、高校も都立の支援学校に進みました。僕は…比較的軽度だったから、クラスではリーダー的な役割を任されることも多かったんです。行事の委員長とか卒業生代表挨拶とか…」
しかし、その言葉には複雑な響きがあった。
「でも、『軽度』だからこそ、ずっと悩んできました。健常者の世界と、障害者の世界の、ちょうど境目にいる感じで…。支援学校では『できる方』だけど、外に出れば『障害者』。だから、どこに行っても気を遣いすぎて、自分を小さく見せてしまうクセがついちゃったんです。『欲がない人』って思われるのも、本当は違くて…ただ、『求めすぎたら嫌われるかな』って、いつもビクビクしているからなんです」
「高校卒業後は就労移行支援事業所に2年通って、パソコンスキルを磨きながら、社会での振る舞い方を学びました。今の会社に障害者枠で入社できたときは、両親が泣いて喜んでくれました。でも…小学校の時のあの『バカなの?』っていう言葉は、未だに時々夢に出てくるんです。だから、今でも、必要以上に謙虚で、控えめでいようとしてしまう…」
長い話が終わった後、深い静寂が流れた。
リサは胸がいっぱいになり、声が震えた。
「翔太さん…話してくれて、本当にありがとう。すごく…勇気のいることだったよね」
「…リサさんになら、話せました。なぜか、怖くなかったです」
その夜、リサは眠れなかった。翔太の言葉が、心の中で繰り返された。彼の苦しみ、そしてそれを乗り越えようとするひたむきな姿。
彼は「障害者」というラベルでは計れない、豊かで複雑な人生を歩んできたのだ。
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