サレ夫の監獄 ―世間体という名の鎖―

MisakiNonagase

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Case 10: 沈黙の共犯者―都築慎吾の場合

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都築慎吾(44)は、自宅のリビングで、見知らぬ男が自分のマグカップでコーヒーを飲んでいるのを黙って見つめていた。
​男の名は、藤馬(29)。妻の美咲(41)が「親友」と称して公然と家に連れ込む不倫相手だ。

「慎吾さん、この豆、ちょっと古いですね。次は僕がもっといいやつ、買ってきてあげますよ」

​藤馬が馴れ馴れしく笑い、美咲の腰を引き寄せる。美咲は慎吾の目の前で、隠そうともせずに藤馬の肩に頭を預けた。慎吾は拳を握りしめたが、その怒りを言葉にすることはできない。

​彼には、一生抗えない「弱み」があった。五年前、慎吾は出張先で一度だけ、部下と過ちを犯した。美咲はそれを、完璧な証拠と共に握っている。

「慎吾、忘れないでね。あなたが私をどれだけ傷つけたか。私が今、藤馬くんと幸せなのは、その時の『代償』なの。文句があるなら、あの時のことをお義父さんや会社の人たちにバラしてもいいのよ?」

​美咲の言葉は、慎吾にとって死刑宣告と同じだった。厳格な父、堅実な職場の人間関係。それらを失う恐怖が、慎吾をこの地獄に縛り付けていた。​美咲は「お互い様」という魔法の言葉を使い、慎吾の尊厳を一枚ずつ剥ぎ取っていった。

慎吾が必死に掃除した床を、藤馬が土足同然で歩き回る。慎吾が作った夕食を、藤馬が「薄味ですね」と笑いながら、美咲と一緒に食べる。慎吾は給仕のように、二人の皿を片付ける。

​ある夜、寝室から漏れてくる二人の睦まじい声を聞きながら、慎吾は風呂場で膝を抱えていた。かつて自分が一度だけ犯した罪。その報いにしては、あまりにも残酷で、あまりにも長い刑期だった。

「……知らなければ、よかった」

​美咲の不倫ではなく、自分の不倫がバレなければよかった。
あるいは、あの時、すべてを失ってでも離婚を切り出す勇気があれば。
今の慎吾は、社会的地位という「仮面」を守るために、自分の家を寝取った男の宿宿として提供する、ただの管理人に成り下がっていた。

​客観的に見れば、この異常な生活を誰かに相談すべきだろう。だが、相談すれば必ず自分の過去も露呈する。

「自業自得だ」

世間の声が、すでに耳にこびりついている。​誰にも公にならず、都築家は今日も「穏やかなベテラン夫婦」の顔をして、近所の人たちに挨拶をする。
背後で藤馬が、慎吾の車を勝手に使って出かけていくのを見送りながら、慎吾は無理やり口角を上げた。

​「……そうだ。誰にもバレていない。世間体さえ守られていれば、俺はまだ、負けていない」

​そう自分に言い聞かせるたびに、慎吾の心は、自分自身の吐いた嘘で窒息していった。公にならないことが、救いではなく、一生続く拷問の部屋に鍵をかけることだと気づきながら。
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