2 / 16
第2章:綻びの予兆
しおりを挟む
母、麻紀の欠点は、ひとえに「寂しさ」に弱すぎることだった。
父が去ってからの20年余り、彼女はその穴を埋めるようにして店を切り盛りし、僕を育ててきた。けれど、時折その穴が決壊し、とんでもない行動に出ることがある。
2年前、僕が帰省した際のスナック「マキ」の空気は、どこか刺々しかった。
カウンターの隅に見慣れない、20代半ばの若い男が座り、我が物顔で煙草を燻らしていた。母は、僕への挨拶もそこそこに、その男のグラスを甲斐甲斐しく満たしていた。
「あの子、地元の建設会社で頑張ってるのよ。親孝行でね」
そう語る母の目は、まるで恋をする少女のように熱を帯びていた。
嫌な予感は、その数ヶ月後に的中した。
男は母の店に通い詰め、言葉巧みに「独立資金」という名目で、まとまった金をせしめて消えた。
母の通帳からは、僕が大学を出るまでに必死に貯めていたはずの、数百万円という大金が消えていた。
「まあ、いいよ。また稼げばいいんだから。あの子も、きっと事情があったのよ」
問い詰める僕に、母は力なく笑ってそう言った。
その時の母の横顔には、騙された悔しさよりも、拠り所を失った喪失感の方が深く刻まれていた。結局、その穴を埋めるために、母はより一層、夜の街で酒を煽るようになった。
それからだ。母からの電話の内容が、少しずつ変容していったのは。
「京介、最近ね、なんだか身体が若返ったみたい。お肌もツヤツヤしてるって、お客さんに言われるのよ」
半年ほど前の電話で、母はどこか浮ついた声でそう漏らした。
50を過ぎた女が、夜商売の疲れも見せず、急に美容に執着し始めたこと。僕はそれを、単なる「更年期の心変わり」程度にしか捉えていなかった。
あるいは、また新しい「若い男」でも見つけたのかもしれないと、少し冷めた目ですら見ていた。
「お母さん、あんまり無理しないでね。店もほどほどに」
僕はいつものように、定型文のような気遣いを口にし、電話を切る。
その向こう側で、母がどのような「決断」を下し、どのような「契約書」に判を押していたのか。
都会の喧騒の中にいる僕には、知る由もなかった。
深夜2時。
静まり返ったワンルームマンションで、僕はいつものように、逃避としてのネットサーフィンを続けていた。
明日の仕事のプレッシャーや、都会での孤独を紛らわせるための、無目的で不毛な時間。
青白いモニタの光が、僕の無防備な顔を照らしている。
その時、僕はたまたま開いたアダルトサイトの「新作ランキング」に、目を奪われた。
そこには、見覚えのある「小さな傷」を持つ女性のサムネイルがあった。
母が昔、僕のために台所で林檎を剥いていた時に作った、左手首の近くにある小さな火傷の跡。
心臓の鼓動が、一瞬で耳の奥を叩き始めた。
「まさか……」
指が、不自然なほど冷たくなっていくのを感じながら、僕はマウスのカーソルを、そのサムネイルへと動かした。
父が去ってからの20年余り、彼女はその穴を埋めるようにして店を切り盛りし、僕を育ててきた。けれど、時折その穴が決壊し、とんでもない行動に出ることがある。
2年前、僕が帰省した際のスナック「マキ」の空気は、どこか刺々しかった。
カウンターの隅に見慣れない、20代半ばの若い男が座り、我が物顔で煙草を燻らしていた。母は、僕への挨拶もそこそこに、その男のグラスを甲斐甲斐しく満たしていた。
「あの子、地元の建設会社で頑張ってるのよ。親孝行でね」
そう語る母の目は、まるで恋をする少女のように熱を帯びていた。
嫌な予感は、その数ヶ月後に的中した。
男は母の店に通い詰め、言葉巧みに「独立資金」という名目で、まとまった金をせしめて消えた。
母の通帳からは、僕が大学を出るまでに必死に貯めていたはずの、数百万円という大金が消えていた。
「まあ、いいよ。また稼げばいいんだから。あの子も、きっと事情があったのよ」
問い詰める僕に、母は力なく笑ってそう言った。
その時の母の横顔には、騙された悔しさよりも、拠り所を失った喪失感の方が深く刻まれていた。結局、その穴を埋めるために、母はより一層、夜の街で酒を煽るようになった。
それからだ。母からの電話の内容が、少しずつ変容していったのは。
「京介、最近ね、なんだか身体が若返ったみたい。お肌もツヤツヤしてるって、お客さんに言われるのよ」
半年ほど前の電話で、母はどこか浮ついた声でそう漏らした。
50を過ぎた女が、夜商売の疲れも見せず、急に美容に執着し始めたこと。僕はそれを、単なる「更年期の心変わり」程度にしか捉えていなかった。
あるいは、また新しい「若い男」でも見つけたのかもしれないと、少し冷めた目ですら見ていた。
「お母さん、あんまり無理しないでね。店もほどほどに」
僕はいつものように、定型文のような気遣いを口にし、電話を切る。
その向こう側で、母がどのような「決断」を下し、どのような「契約書」に判を押していたのか。
都会の喧騒の中にいる僕には、知る由もなかった。
深夜2時。
静まり返ったワンルームマンションで、僕はいつものように、逃避としてのネットサーフィンを続けていた。
明日の仕事のプレッシャーや、都会での孤独を紛らわせるための、無目的で不毛な時間。
青白いモニタの光が、僕の無防備な顔を照らしている。
その時、僕はたまたま開いたアダルトサイトの「新作ランキング」に、目を奪われた。
そこには、見覚えのある「小さな傷」を持つ女性のサムネイルがあった。
母が昔、僕のために台所で林檎を剥いていた時に作った、左手首の近くにある小さな火傷の跡。
心臓の鼓動が、一瞬で耳の奥を叩き始めた。
「まさか……」
指が、不自然なほど冷たくなっていくのを感じながら、僕はマウスのカーソルを、そのサムネイルへと動かした。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。
その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。
全15話を予定
母娘の影 (母娘丼) 二重の螺旋
MisakiNonagase
恋愛
「愛した女は、恋人の母親だった」
大学4年生の山本哲兵(22歳)。
どこか冷めた日常を送っていた彼が出会ったのは、太陽のように眩しい同級生・天草汐里。
そして、バイト先で出会った、慎ましくも色香を纏う49歳の主婦・天草美樹。
光のような純愛を注いでくれる娘、汐里。
闇の中で少女のように甘え、背徳の悦びに溺れる母、美樹。
「天草」という同じ名字を持つ二人の女。別々の場所で始まった二つの恋は、哲兵の家賃5万のワンルームで、そして娘の「お下がり」のブーツを通じて、音もなく混ざり合っていく。
それが最悪の結末へのカウントダウンだとも知らずに。
ついに訪れた「聖域」への招待状。汐里に連れられ、初めて訪れた彼女の自宅。そこでエプロン姿で出迎えたのは、昨夜まで哲兵の腕の中でその名を呼ばれていた、あの美樹だった。
逃げ場のないリビングで、母と娘、そして一人の男を巡る、美しくも残酷な地獄が幕を上げる。
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる