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第14章:二つの仮面
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北関東の寂れた商店街の片隅で、母は今日も「スナック・マキ」の暖簾を掲げている。店の掃除を終え、カウンターで一息つく母の横には、店用とは別の、所属事務所『オフィス・エクラ』から支給されたスマートフォンが置かれている。画面に通知が走る。マネージャーからの連絡だ。
『彩子さん、お疲れ様です。ミドル・ヴィレッジのプロデューサーから新作の打診が来ています。前回の撮影会のアンケート結果が非常に良く、メーカー側もかなり期待しています。近々、渋谷の事務所で打ち合わせをお願いできますか?』
母は、その文字を満足げに眺め、慣れない手つきで了解の返信を打つ。
54歳という年齢で、これほどまでに求められ、期待されている。それが、業界による「熟女」というカテゴリーへの消費構造に基づいたものであることに、彼女は気づいていない。むしろ、自分の中に眠っていた「女としての価値」が、都会の洗練されたプロたちに再発見されたのだと、どこか浅はかな誇りすら抱いていた。
「まさか、私がこの年で、あんな煌びやかな世界に呼んでもらえるなんてね」
鏡に映る自分を見つめ、彼女は薄く微笑む。
昼間は、離れて暮らす息子を想い、地元の野菜の発送準備をする普通の母親。週末、東京での仕事が入れば、店を唯一手伝ってくれているパートのおばさんに、手短に指示を出す。
「ごめんね、ちょっと用事で東京まで出てくるから。戻りが遅くなるかもしれないけど、20時になったら先に店開けておいて」
そんな風に、日常の延長線上でさらりと「中村彩子」へと切り替わる。電車に揺られれば、東京までは2時間。
そこでは、ヌード撮影会で男たちのリクエストに応え、カメラの前で脚を開き、イベント会場で熱狂的な拍手を浴びる。彼女にとって、AV女優という仕事は、単なる生活のためではない。自分を「ただの熟女」ではなく、一人の「表現者」として祭り上げてくれる特別な居場所だった。その無頓着なまでの楽天さゆえに、彼女は信じて疑わない。
都内で働く真面目な息子である京介が、まさか自分の「正体」に気づいているはずがない、と。
「あんなに良い子が、お母さんの動画を観るなんて、あるわけないものね」
独り言を呟きながら、彼女は店の棚に並ぶ安っぽいウイスキーの瓶を拭く。もし京介にバレたら……という恐怖がないわけではない。
けれど、都会で浴びるフラッシュの快感と、自分がまだ「商品」として通用するという自負が、その不安を容易に飲み込んでしまう。
そんなある日、彼女は店を閉めた後の静寂の中で、京介に電話をかける。
「もしもし、京介? 急なんだけど、来週末、こっちに帰ってこられないかしら。実はね、お店のエアコンが壊れちゃって。業者さんに頼めばいいんだけど、お母さん、ああいうのよく分からないから……変な契約させられたら怖いし、京介に見てほしいのよ」
昔からそうだった。電化製品の買い替えやネットの接続、母はいつも「分からないから」と京介を頼った。京介もまた、世間知らずな母が業者にぼったくられないか心配で、結局は自分で機種を選び、見積もりを取り、休日に帰省して立ち会うのが恒例となっていた。
「……ああ、わかった。帰るよ」
受話器の向こうの京介の声が、少しだけ震えていることに、彼女は気づかない。
自分の息子が、自分を「中村彩子」として撮影したデータを抱え、どんな想いでこの故郷の土を踏むのか。
母・麻紀の、どこか浮ついた誇らしさは、静かに、けれど確実に、破滅へと向かう階段を上り始めていた。
『彩子さん、お疲れ様です。ミドル・ヴィレッジのプロデューサーから新作の打診が来ています。前回の撮影会のアンケート結果が非常に良く、メーカー側もかなり期待しています。近々、渋谷の事務所で打ち合わせをお願いできますか?』
母は、その文字を満足げに眺め、慣れない手つきで了解の返信を打つ。
54歳という年齢で、これほどまでに求められ、期待されている。それが、業界による「熟女」というカテゴリーへの消費構造に基づいたものであることに、彼女は気づいていない。むしろ、自分の中に眠っていた「女としての価値」が、都会の洗練されたプロたちに再発見されたのだと、どこか浅はかな誇りすら抱いていた。
「まさか、私がこの年で、あんな煌びやかな世界に呼んでもらえるなんてね」
鏡に映る自分を見つめ、彼女は薄く微笑む。
昼間は、離れて暮らす息子を想い、地元の野菜の発送準備をする普通の母親。週末、東京での仕事が入れば、店を唯一手伝ってくれているパートのおばさんに、手短に指示を出す。
「ごめんね、ちょっと用事で東京まで出てくるから。戻りが遅くなるかもしれないけど、20時になったら先に店開けておいて」
そんな風に、日常の延長線上でさらりと「中村彩子」へと切り替わる。電車に揺られれば、東京までは2時間。
そこでは、ヌード撮影会で男たちのリクエストに応え、カメラの前で脚を開き、イベント会場で熱狂的な拍手を浴びる。彼女にとって、AV女優という仕事は、単なる生活のためではない。自分を「ただの熟女」ではなく、一人の「表現者」として祭り上げてくれる特別な居場所だった。その無頓着なまでの楽天さゆえに、彼女は信じて疑わない。
都内で働く真面目な息子である京介が、まさか自分の「正体」に気づいているはずがない、と。
「あんなに良い子が、お母さんの動画を観るなんて、あるわけないものね」
独り言を呟きながら、彼女は店の棚に並ぶ安っぽいウイスキーの瓶を拭く。もし京介にバレたら……という恐怖がないわけではない。
けれど、都会で浴びるフラッシュの快感と、自分がまだ「商品」として通用するという自負が、その不安を容易に飲み込んでしまう。
そんなある日、彼女は店を閉めた後の静寂の中で、京介に電話をかける。
「もしもし、京介? 急なんだけど、来週末、こっちに帰ってこられないかしら。実はね、お店のエアコンが壊れちゃって。業者さんに頼めばいいんだけど、お母さん、ああいうのよく分からないから……変な契約させられたら怖いし、京介に見てほしいのよ」
昔からそうだった。電化製品の買い替えやネットの接続、母はいつも「分からないから」と京介を頼った。京介もまた、世間知らずな母が業者にぼったくられないか心配で、結局は自分で機種を選び、見積もりを取り、休日に帰省して立ち会うのが恒例となっていた。
「……ああ、わかった。帰るよ」
受話器の向こうの京介の声が、少しだけ震えていることに、彼女は気づかない。
自分の息子が、自分を「中村彩子」として撮影したデータを抱え、どんな想いでこの故郷の土を踏むのか。
母・麻紀の、どこか浮ついた誇らしさは、静かに、けれど確実に、破滅へと向かう階段を上り始めていた。
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