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第9章:無自覚な優しさと、揺れる恋心
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2026年6月。梅雨の晴れ間の午後、未玖は翔太のいるスポーツ科学科の棟へと足を運んでいた。
今日は二人で図書館に行く約束をしていたが、少し早く着いた未玖は、中庭のベンチで彼の講義が終わるのを待つことにした。
ふと見ると、ラウンジの窓際に翔太の姿があった。
だが、彼は一人ではなかった。
「石井君、本当にありがとう! このリハビリ統計のレポート、どうしても分からなくて……」
翔太の隣には、同学科の華やかな女子学生が座っていた。彼女は身を乗り出し、翔太のノートを覗き込みながら、時折楽しそうに彼の腕に軽く触れている。
翔太はといえば、全く動じる様子もなく、真剣な顔でペンを走らせていた。
「いや、俺もこの前教えてもらったし。ここ、公式をこう当てはめれば簡単だよ」
「やっぱり石井君って教え方上手。未玖さん(彼女さん)が羨ましいな」
「……え? ああ、ミクは俺より全然頭いいからさ」
翔太は照れくさそうに頭を掻いたが、その顔には微かな笑みが浮かんでいる。
(……なにあれ)
ベンチから見ていた未玖の胸に、チリッとした痛みが走った。
翔太が浮気をしているなんて、これっぽっちも思っていない。彼がどれだけ不器用で、どれだけ自分を大切に思ってくれているかは、18年間の付き合いで痛いほど分かっている。
けれど、あの女子学生に向ける「無防備な優しさ」が、自分だけの特権だと思っていた笑顔が、他の誰かに向けられているのを見るのは、耐えがたかった。
「……翔太」
未玖はたまらず声をかけた。翔太が顔を上げ、未玖を見つけると、パッと表情を明るくした。
「お、ミク! 早かったな」
「ごめん、邪魔しちゃった?」
努めて冷静に言ったつもりだったが、声は少しだけ硬くなった。女子学生は未玖の視線に気づき、「じゃあ、またね石井君!」と足早に去っていった。
二人きりになった帰り道。
翔太は未玖の様子がどこかおかしいことに気づいた。いつもなら自分から腕を絡めてくる未玖が、今日は少し距離を置いて歩いている。
「ミク、怒ってる?」
「……怒ってない」
「絶対怒ってるだろ。レポート教えてただけだって」
「分かってるよ。翔太が優しいのは、私の自慢だもん」
未玖は立ち止まり、俯いたまま言った。
「でもね、あんな風に誰にでも優しくされると……私がいないところで、誰かが翔太のことを好きになっちゃうのが、嫌なの」
震える声で告げられた本音に、翔太は言葉を失った。
彼は一歩歩み寄り、未玖の肩を抱き寄せた。
「……バカだな。俺が誰のおかげで、今ここに立ってると思ってるんだ」
翔太は未玖の耳元で、自分に言い聞かせるように、けれど力強く囁いた。
「俺の『目標』も、『未来』も、全部ミクが隣にいることが前提なんだ。他の誰かが入り込める余地なんて、1ミリもないよ」
「……本当?」
「ああ。もし不安なら、明日から毎日、生け垣の代わりに俺がミクの護衛をしてやる」
未玖は顔を上げると、少しだけ赤くなった目で、ふふっと笑った。
「護衛なんていいよ。……でも、今の言葉、録音しておけばよかった」
二人の影が、オレンジ色の夕道に長く伸びる。
小さな嫉妬は、雨上がりの空に消える雲のように、二人の絆をいっそう鮮やかに染め上げていった。
未玖の乙女心と、翔太の真っ直ぐな言葉、いかがでしたでしょうか。
無自覚にモテる翔太と、それを少し心配する未玖。幼なじみから一歩進んだからこそ生まれる「可愛らしい悩み」を表現してみました。
今日は二人で図書館に行く約束をしていたが、少し早く着いた未玖は、中庭のベンチで彼の講義が終わるのを待つことにした。
ふと見ると、ラウンジの窓際に翔太の姿があった。
だが、彼は一人ではなかった。
「石井君、本当にありがとう! このリハビリ統計のレポート、どうしても分からなくて……」
翔太の隣には、同学科の華やかな女子学生が座っていた。彼女は身を乗り出し、翔太のノートを覗き込みながら、時折楽しそうに彼の腕に軽く触れている。
翔太はといえば、全く動じる様子もなく、真剣な顔でペンを走らせていた。
「いや、俺もこの前教えてもらったし。ここ、公式をこう当てはめれば簡単だよ」
「やっぱり石井君って教え方上手。未玖さん(彼女さん)が羨ましいな」
「……え? ああ、ミクは俺より全然頭いいからさ」
翔太は照れくさそうに頭を掻いたが、その顔には微かな笑みが浮かんでいる。
(……なにあれ)
ベンチから見ていた未玖の胸に、チリッとした痛みが走った。
翔太が浮気をしているなんて、これっぽっちも思っていない。彼がどれだけ不器用で、どれだけ自分を大切に思ってくれているかは、18年間の付き合いで痛いほど分かっている。
けれど、あの女子学生に向ける「無防備な優しさ」が、自分だけの特権だと思っていた笑顔が、他の誰かに向けられているのを見るのは、耐えがたかった。
「……翔太」
未玖はたまらず声をかけた。翔太が顔を上げ、未玖を見つけると、パッと表情を明るくした。
「お、ミク! 早かったな」
「ごめん、邪魔しちゃった?」
努めて冷静に言ったつもりだったが、声は少しだけ硬くなった。女子学生は未玖の視線に気づき、「じゃあ、またね石井君!」と足早に去っていった。
二人きりになった帰り道。
翔太は未玖の様子がどこかおかしいことに気づいた。いつもなら自分から腕を絡めてくる未玖が、今日は少し距離を置いて歩いている。
「ミク、怒ってる?」
「……怒ってない」
「絶対怒ってるだろ。レポート教えてただけだって」
「分かってるよ。翔太が優しいのは、私の自慢だもん」
未玖は立ち止まり、俯いたまま言った。
「でもね、あんな風に誰にでも優しくされると……私がいないところで、誰かが翔太のことを好きになっちゃうのが、嫌なの」
震える声で告げられた本音に、翔太は言葉を失った。
彼は一歩歩み寄り、未玖の肩を抱き寄せた。
「……バカだな。俺が誰のおかげで、今ここに立ってると思ってるんだ」
翔太は未玖の耳元で、自分に言い聞かせるように、けれど力強く囁いた。
「俺の『目標』も、『未来』も、全部ミクが隣にいることが前提なんだ。他の誰かが入り込める余地なんて、1ミリもないよ」
「……本当?」
「ああ。もし不安なら、明日から毎日、生け垣の代わりに俺がミクの護衛をしてやる」
未玖は顔を上げると、少しだけ赤くなった目で、ふふっと笑った。
「護衛なんていいよ。……でも、今の言葉、録音しておけばよかった」
二人の影が、オレンジ色の夕道に長く伸びる。
小さな嫉妬は、雨上がりの空に消える雲のように、二人の絆をいっそう鮮やかに染め上げていった。
未玖の乙女心と、翔太の真っ直ぐな言葉、いかがでしたでしょうか。
無自覚にモテる翔太と、それを少し心配する未玖。幼なじみから一歩進んだからこそ生まれる「可愛らしい悩み」を表現してみました。
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