約束の先へ さわやかな小学生カップルの目標

MisakiNonagase

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第3章:6年生、秘密の回線と「一歩」の勇気(小6・春〜秋)

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​1. 廊下の一瞬、視線の交差
​2026年、4月。
6年生になった遥人と朱里を取り巻く環境は、一変した。
「受験生」というラベルは、想像以上に重い。塾のクラスはより細分化され、成績順の座席指定が厳格化された。かつて隣同士で座っていた二人の席も、模試の結果ひとつで離ればなれになることが増えた。
​「お疲れ様」
「うん、また明日」
​そんな短い挨拶さえ、交わすのが難しくなっていた。1分1秒を惜しんで自習室に籠もる者、親の車で即座に帰宅する者。塾の空気は、もはや放課後の延長ではなく、「戦場」そのものだった。
​けれど、そんな殺伐とした空気の中で、二人だけの合図が生まれた。
授業の合間、トイレに立つふりをして廊下に出る。反対側の教室から出てきた朱里と、すれ違う一瞬。
声は出さない。ただ、目が合った瞬間に、朱里が少しだけ口角を上げる。遥人が小さく頷く。
それだけで、心臓の奥が熱くなり、次の2時間の算数演習を戦い抜く力が湧いてきた。

​2. PCメール、夜10時の「内緒話」
​二人ともスマホを持っていない。
それは、今の時代では珍しい制約だったが、二人にとってはそれが「特別な繋がり」を生むきっかけとなった。
​夏休み前の保護者会で、塾から「家庭学習の管理にパソコンを活用してください」という指示が出た。それを機に、遥人と朱里は、親に内緒でメールアドレスを交換した。
遥人の部屋にある、型落ちのノートパソコン。親が寝静まった午後22時、静かな部屋にタイピングの音が響く。
​件名:今日の小テスト
差出人:Nogami Haruto
宛先:Nakada Akari
​今日の理科、電流の問題全滅だった。
朱里は得意だよな。今度、解説のポイント教えてよ。
塾の廊下で会ったとき、元気なさそうだったけど大丈夫?
​数分後、受信ボックスに通知が届く。
​Re:件名:今日の小テスト
差出人:Nakada Akari
​メールありがとう。
実は、志望校判定が下がっちゃって、お母さんに怒られたの。
でも、遥人くんと目が合ったから、帰るまで泣かずに済んだよ。
明日は、計算一行問題集、20ページまで終わらせてから塾に行くね。
負けないよ!
​ブルーライトに照らされた遥人の顔が、自然と綻ぶ。
文字だけのやりとり。
リアルタイムなLINEのようなスピード感はない。けれど、一文字ずつ打ち込み、相手の返信を待つその「空白の時間」が、二人の想いをより濃密にしていった。

​3. 朱里の決意と、姉の言葉
​秋が深まり、受験本番が現実味を帯びてきた10月のある夜。
朱里はリビングで、姉が母と話しているのを耳にした。
​「……それでね、私から言ったの。『好きです、付き合ってください』って」
「まあ、お姉ちゃんから告白したの?」
「うん。中学入ってから後悔したくなかったし。今は塾の自習室でも、彼が隣にいるだけで頑張れるんだよね」
​姉の言葉は、朱里の胸に深く突き刺さった。
(後悔したくない……)
朱里は、自分と遥人の関係を思った。
「お疲れ様」と交わす挨拶。
画面越しに届く、励ましのメール。
それはとても心地よいけれど、このまま受験が終わって、もし違う学校に進むことになったら?
この「あやふやな絆」は、春風とともに消えてしまうのではないか。
​その夜、朱里は震える指で、いつもより少し長いメールを打った。
​件名:伝えたいこと
​遥人くん。
今日、お姉ちゃんが彼氏に告白した話をきいたの。
私は、遥人くんが隣にいてくれるから、ここまで頑張ってこれた。
受験があるから、今はちゃんとお付き合いとかできないかもしれないけど……。
でも、私は遥人くんのことが、一番好きです。
遥人くんの気持ちも、聞かせてほしいな。
​送信ボタンを押すまで、30分かかった。
心臓の音がうるさくて、参考書の文字が全く頭に入ってこない。

​4. 答えは「ディズニーランド」で
​翌朝。遥人は、学校へ行く直前にメールをチェックした。
朱里からのメッセージを読み終えた瞬間、彼は椅子から立ち上がり、そのまま自分の部屋の窓を開けた。冷たい秋の空気を吸い込まないと、頭がショートしそうだった。
​(朱里も、同じ気持ちだったんだ)
​その日の塾の帰り道。
二人は駅の階段の下、街灯が当たらない影の部分で、ほんの数分だけ立ち止まった。
​「朱里、メール、読んだよ」
遥人が、少し掠れた声で言った。
「……うん」
朱里は俯いたまま、足元の石を蹴る。
​「俺も、朱里と同じ気持ちだ。……でも、今は二人とも、勉強しなきゃいけないだろ? だからさ……」
遥人は、ポケットの中で握りしめていた拳を解き、朱里の目を見つめた。
「第一志望、二人とも合格したら。……そしたら、二人でディズニーランドに行こう。そこで、ちゃんと付き合おう」
​「ディズニーランド……」
「そこで、ちゃんと……その、……キス、しよう」
​遥人の顔は真っ赤だった。
朱里は驚いて顔を上げ、次の瞬間、花が咲くような笑顔を見せた。
「うん……! 約束。絶対に合格して、一緒に行こうね」
​二人は、まだ手さえ繋がなかった。
けれど、その「約束」という目に見えない鎖が、二人をどんな参考書よりも強く、合格へと駆り立てる原動力となった。
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