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第8章:夏色の片道切符と、波打ち際の誓い(中1・8月)
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1. 「塾の友達」という免罪符
2026年、8月。
梅雨明けとともに、照りつけるような日差しが街を焼き始めた。
中学生になった二人の夏休みは、部活と宿題、そして「夏期講習」で埋め尽くされていた。塾を卒業してもなお、二人は別々の「現役塾講師が教える英語特訓」などに通い、向上心を忘れていなかった。
「お母さん、明日は塾の友達と江ノ島の方に勉強しに行ってくるね」
朱里は、鏡の前でサマーワンピースを合わせながら言った。
「あら、熱心ね。熱中症には気をつけるのよ」
「塾の友達」という言葉は、かつての戦友である遥人と会うための、魔法の免罪符だった。
同じ頃、遥人もまた、白のポロシャツにハーフパンツという慣れない格好で、リュックに参考書と、それから少しの期待を詰め込んでいた。
2. 青い海と、私服の距離感
藤沢駅のホーム。
潮の香りが混じった風が吹き抜ける中、二人は合流した。
「……朱里、その格好、似合ってる」
「ありがとう。遥人くんも、制服じゃないと全然雰囲気違うね」
江ノ電の小さな車両に揺られ、二人は窓の外に広がる湘南の海を眺めた。
制服という鎧を脱いだ二人は、どこにでもいる幸せそうな中学生カップルに見えた。
けれど、その繋いだ手には、120%の力を出し切って勝ち取った「今」の重みがあった。
海岸に着くと、二人は砂浜にレジャーシートを広げた。
「勉強しに来た」という名目は半分本気で、二人はしばらくの間、英語の単語帳や数学のワークを広げた。けれど、波の音と、横にいる大好きな人の存在が、勉強の効率を著しく下げていく。
「ねえ、遥人くん。……海、綺麗だね」
朱里が単語帳を閉じ、水平線を見つめて呟いた。
「うん。……去年の夏は、自習室の冷房の中で、歴史の年号ばっかり覚えてたのにな」
「あはは、そうだね。鳴くよ(794)ウグイス平安京、とかね」
去年の夏休み、二人は一度も遊ばなかった。
1日12時間の勉強、数日間の合宿、冷たいペットボトルのお茶。
その我慢があったからこそ、今、この海がこんなに眩しいのだと、二人は言葉にせずとも確信していた。
3. 波打ち際での約束
夕暮れ時、海がピンク色に染まり始めた頃。
二人は裸足になり、打ち寄せる波に足を浸しながら歩いた。
「遥人くん。……私ね、中学に入って、少し不安だったの」
朱里が、遥人の腕にそっと手を添えた。
「学校が別々で、新しい友達もできて……。でも、今日こうして海に来て、やっぱり一番落ち着くのは、遥人くんの隣だなって思った」
遥人は立ち止まり、朱里の肩を抱き寄せた。
潮風で少し乱れた彼女の髪が、遥人の頬に触れる。
「俺もだよ。瀬戸のこととかで、カッコ悪い嫉妬もしちゃったけど……。でも、俺の『一番』は、塾の廊下ですれ違ったあの時から、ずっと変わってないから」
遥人はリュックから、小さな包みを取り出した。
「これ、早めの誕生日プレゼント。……といっても、安物だけど」
中には、海の色をした天然石のストラップが入っていた。
「私のスクールバッグ、青色だから……ぴったり。ありがとう、遥人くん。一生大事にするね」
4. 2026年、夏の終わりの予感
帰りの電車の中、朱里は遥人の肩に頭を預けて眠ってしまった。
遥人は、その静かな寝顔を見つめながら、これから始まる「2学期」のことを考えた。
中学受験という共通の敵がいなくなった今、二人の関係を繋ぎ止めるのは、お互いを信じる心だけだ。
スマホを持たない不便さは、会えない時間の募る想いを育ててくれるけれど、同時に、一瞬の不安を大きくすることもある。
(でも、俺たちは大丈夫だ)
ディズニーランドで交わしたファーストキスの温もり。
そして、今日見た青い海。
一つひとつの思い出が、二人の「歴史」になっていく。
電車が街の灯りの中へと入っていく。
二人の13歳の夏休みは、まだ半分以上残っていた。
2026年、8月。
梅雨明けとともに、照りつけるような日差しが街を焼き始めた。
中学生になった二人の夏休みは、部活と宿題、そして「夏期講習」で埋め尽くされていた。塾を卒業してもなお、二人は別々の「現役塾講師が教える英語特訓」などに通い、向上心を忘れていなかった。
「お母さん、明日は塾の友達と江ノ島の方に勉強しに行ってくるね」
朱里は、鏡の前でサマーワンピースを合わせながら言った。
「あら、熱心ね。熱中症には気をつけるのよ」
「塾の友達」という言葉は、かつての戦友である遥人と会うための、魔法の免罪符だった。
同じ頃、遥人もまた、白のポロシャツにハーフパンツという慣れない格好で、リュックに参考書と、それから少しの期待を詰め込んでいた。
2. 青い海と、私服の距離感
藤沢駅のホーム。
潮の香りが混じった風が吹き抜ける中、二人は合流した。
「……朱里、その格好、似合ってる」
「ありがとう。遥人くんも、制服じゃないと全然雰囲気違うね」
江ノ電の小さな車両に揺られ、二人は窓の外に広がる湘南の海を眺めた。
制服という鎧を脱いだ二人は、どこにでもいる幸せそうな中学生カップルに見えた。
けれど、その繋いだ手には、120%の力を出し切って勝ち取った「今」の重みがあった。
海岸に着くと、二人は砂浜にレジャーシートを広げた。
「勉強しに来た」という名目は半分本気で、二人はしばらくの間、英語の単語帳や数学のワークを広げた。けれど、波の音と、横にいる大好きな人の存在が、勉強の効率を著しく下げていく。
「ねえ、遥人くん。……海、綺麗だね」
朱里が単語帳を閉じ、水平線を見つめて呟いた。
「うん。……去年の夏は、自習室の冷房の中で、歴史の年号ばっかり覚えてたのにな」
「あはは、そうだね。鳴くよ(794)ウグイス平安京、とかね」
去年の夏休み、二人は一度も遊ばなかった。
1日12時間の勉強、数日間の合宿、冷たいペットボトルのお茶。
その我慢があったからこそ、今、この海がこんなに眩しいのだと、二人は言葉にせずとも確信していた。
3. 波打ち際での約束
夕暮れ時、海がピンク色に染まり始めた頃。
二人は裸足になり、打ち寄せる波に足を浸しながら歩いた。
「遥人くん。……私ね、中学に入って、少し不安だったの」
朱里が、遥人の腕にそっと手を添えた。
「学校が別々で、新しい友達もできて……。でも、今日こうして海に来て、やっぱり一番落ち着くのは、遥人くんの隣だなって思った」
遥人は立ち止まり、朱里の肩を抱き寄せた。
潮風で少し乱れた彼女の髪が、遥人の頬に触れる。
「俺もだよ。瀬戸のこととかで、カッコ悪い嫉妬もしちゃったけど……。でも、俺の『一番』は、塾の廊下ですれ違ったあの時から、ずっと変わってないから」
遥人はリュックから、小さな包みを取り出した。
「これ、早めの誕生日プレゼント。……といっても、安物だけど」
中には、海の色をした天然石のストラップが入っていた。
「私のスクールバッグ、青色だから……ぴったり。ありがとう、遥人くん。一生大事にするね」
4. 2026年、夏の終わりの予感
帰りの電車の中、朱里は遥人の肩に頭を預けて眠ってしまった。
遥人は、その静かな寝顔を見つめながら、これから始まる「2学期」のことを考えた。
中学受験という共通の敵がいなくなった今、二人の関係を繋ぎ止めるのは、お互いを信じる心だけだ。
スマホを持たない不便さは、会えない時間の募る想いを育ててくれるけれど、同時に、一瞬の不安を大きくすることもある。
(でも、俺たちは大丈夫だ)
ディズニーランドで交わしたファーストキスの温もり。
そして、今日見た青い海。
一つひとつの思い出が、二人の「歴史」になっていく。
電車が街の灯りの中へと入っていく。
二人の13歳の夏休みは、まだ半分以上残っていた。
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