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第18章:深淵の覗き見、震える母性
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買い物を終え、夕食の準備に取り掛かる加代子の背中を、康助はキッチンカウンター越しに眺めていた。 先ほど嘘をついたブレスレットが、母の白い手首で時折キラリと光る。康助はその輝きが、母の「不貞」の証であると確信しながらも、同時にその不道徳な輝きが、母をこの上なく魅力的な「女」に仕立て上げている事実に困惑していた。
「母さん」
康助の声は、一年前よりも低く、大人の男としての響きを持っていた。
「さっきのブレスレット……父さんが贈るにしては、随分とセンスが若すぎる気がしたんだ。まるで、俺たちと同じ世代の男が、必死に背伸びして選んだような……そんなデザインだね」
加代子の包丁を持つ手が、ピタリと止まった。 心臓の鼓動が、耳元で激しく鳴り響く。康助はもう、比喩や世間話で濁すつもりはないのだ。彼は、母の周囲に蠢く「若い男たち」の影を、その鋭い感性で正確に捉えていた。
「康助……何を言っているの? 父さんだって、たまにはお店の人に相談して選ぶことくらいあるわよ」
「……そうかな。父さんは、母さんの今の『本当の価値』に、もう何年も気づいていないように見えるけど」
康助はゆっくりと立ち上がり、加代子のすぐ後ろに立った。 一年前までなら、これは微笑ましい親子の距離感だったはずだ。しかし今、加代子が背中に感じるのは、血の繋がった息子からの純粋な愛情ではなく、一人の男としての、冷徹で支配的な「鑑定」の視線だった。
「一年前より、母さんの肌が綺麗になった理由。……その自信に満ちた歩き方。母さん、あなたは自分の体が、どれほど男を狂わせるものか、自覚してしまったんだね」
康助の言葉が、加代子の脳裏に、和文や大輝、凛音との密やかな夜をフラッシュバックさせた。 彼らが口々に、加代子の肉体を称賛し、その「名器」とも呼ぶべき吸い付くような快楽に溺れ、命乞いをするように縋り付いてきた日々。 55歳という年齢を忘れさせ、男たちを奴隷に変える、自分だけの絶対的な武器。
加代子は、自分の内側に眠るその「名器」としての自覚を、息子という最も踏み込まれたくない存在に覗き見られたような、悍ましさと悦びが混ざり合った感覚に震えた。
「……康助、言い過ぎよ。私はあなたの母親よ。それ以上の何物でもないわ」
加代子は振り向かずに答えたが、その声は微かに潤んでいた。 彼女は自分の中の「魔性」が、康助という鏡に映し出されることに恐怖を感じていた。もし、康助がすべてを暴き立てれば、この平穏な家庭は一瞬で崩壊するだろう。
「わかってるよ、母さん。……でも、俺は母さんに幸せでいてほしいんだ。一年前の、死んだような顔をしていた頃より、今の方がずっといい」
康助はそう言うと、加代子の肩にポンと手を置き、そのままキッチンを去った。 残された加代子は、震える手で包丁を握り直した。
康助は、母の秘密を糾弾するために帰ってきたのではない。 母が手に入れた「名器」としての全能感と、それによってもたらされた「女としての再生」を、誰よりも理解し、その上で見定めようとしている。
(……あの子には、すべて見えているのね)
加代子は、自分の中に潜む「名器」という毒が、最愛の息子にまで影響を与え始めていることを悟り、暗い快感と深い溜息を同時に吐き出した。
「母さん」
康助の声は、一年前よりも低く、大人の男としての響きを持っていた。
「さっきのブレスレット……父さんが贈るにしては、随分とセンスが若すぎる気がしたんだ。まるで、俺たちと同じ世代の男が、必死に背伸びして選んだような……そんなデザインだね」
加代子の包丁を持つ手が、ピタリと止まった。 心臓の鼓動が、耳元で激しく鳴り響く。康助はもう、比喩や世間話で濁すつもりはないのだ。彼は、母の周囲に蠢く「若い男たち」の影を、その鋭い感性で正確に捉えていた。
「康助……何を言っているの? 父さんだって、たまにはお店の人に相談して選ぶことくらいあるわよ」
「……そうかな。父さんは、母さんの今の『本当の価値』に、もう何年も気づいていないように見えるけど」
康助はゆっくりと立ち上がり、加代子のすぐ後ろに立った。 一年前までなら、これは微笑ましい親子の距離感だったはずだ。しかし今、加代子が背中に感じるのは、血の繋がった息子からの純粋な愛情ではなく、一人の男としての、冷徹で支配的な「鑑定」の視線だった。
「一年前より、母さんの肌が綺麗になった理由。……その自信に満ちた歩き方。母さん、あなたは自分の体が、どれほど男を狂わせるものか、自覚してしまったんだね」
康助の言葉が、加代子の脳裏に、和文や大輝、凛音との密やかな夜をフラッシュバックさせた。 彼らが口々に、加代子の肉体を称賛し、その「名器」とも呼ぶべき吸い付くような快楽に溺れ、命乞いをするように縋り付いてきた日々。 55歳という年齢を忘れさせ、男たちを奴隷に変える、自分だけの絶対的な武器。
加代子は、自分の内側に眠るその「名器」としての自覚を、息子という最も踏み込まれたくない存在に覗き見られたような、悍ましさと悦びが混ざり合った感覚に震えた。
「……康助、言い過ぎよ。私はあなたの母親よ。それ以上の何物でもないわ」
加代子は振り向かずに答えたが、その声は微かに潤んでいた。 彼女は自分の中の「魔性」が、康助という鏡に映し出されることに恐怖を感じていた。もし、康助がすべてを暴き立てれば、この平穏な家庭は一瞬で崩壊するだろう。
「わかってるよ、母さん。……でも、俺は母さんに幸せでいてほしいんだ。一年前の、死んだような顔をしていた頃より、今の方がずっといい」
康助はそう言うと、加代子の肩にポンと手を置き、そのままキッチンを去った。 残された加代子は、震える手で包丁を握り直した。
康助は、母の秘密を糾弾するために帰ってきたのではない。 母が手に入れた「名器」としての全能感と、それによってもたらされた「女としての再生」を、誰よりも理解し、その上で見定めようとしている。
(……あの子には、すべて見えているのね)
加代子は、自分の中に潜む「名器」という毒が、最愛の息子にまで影響を与え始めていることを悟り、暗い快感と深い溜息を同時に吐き出した。
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