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97. 異世界1764日目 貴族のつきあい
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97. 異世界1764日目 貴族のつきあい
騎士隊での訓練が始まってしばらくしたころ、サビオニアの大使館に行くようにラクマニア様から連絡があった。どうも新しいサビオニア国で革命の功労者の褒章内容が発表されたが、その中に自分たちの名前があったらしい。
珍しい名前が二人並んでいること、出身国がヤーマンと言うこと、サビオニアに行っていた時期など考えて自分たちで間違いないと思ったようだ。ヤーマンにも確認をとったが同意見だったみたいでサビオニアの大使館に連絡したみたい。
さすがにいつもの格好というわけにはいかないと思い、礼服ではないが、失礼のない格好をしてサビオニアの大使館に行くと、身分証明証を確認されてから部屋に案内される。しばらくしてやって来たのは一緒に連絡通路の確認に行ったロンさんだった。
「ロンさんじゃないですか。お久しぶりです。」
久しぶりに会うので近づこうとすると護衛と思われる人が前に立ちはだかった。そういえば革命が成功したので結構高い地位に就いているのかもしれないな。
「この二人なら大丈夫だ。」
ロンさんはそう言って握手を求めてきた。
「その節は本当にお世話になった。二人がいなければ国の改革はもっと厳しいことになっていただろう。」
サビオニアの改革がある程度落ち着いたところで、ロンさん達一行は各国を訪問し、新しい国の正当性の説明などの外交や商売についての話をしているらしい。サビオニア国を出てからモクニク国、ヤーマン国、アルモニア国の後、ここハクセン国までやって来たようだ。
「ヤーマン国で二人がハクセンに行っていると聞いていたのだが、ハクセンからも二人の情報が入ったので間違いないと思ってね。
あまり二人のことを公にしないでほしいとは言われていたのだが、さすがにあれだけの事をしてもらえたのに何もないというわけにもいかなくてな。報奨金は厳しいが、褒章だけでも出そうという話になったのだ。」
報奨金が出せないことにかなりつらそうな表情をしている。
「そうだったのですね。でも黄玉章は高すぎじゃないですか?」
「何を言う。これでも足りないという意見も多かったんだぞ。まああくまで名誉だけだが受け取ってくれるよな?」
「断るわけにもいかないでしょう。」
特に褒章の儀式とかもあるわけではなく、用意された勲章を受け取る。このあとせめて食事だけでもと請われて一緒に昼食をとることになった。
せっかくなのでサビオニアの状況を聞いてみたところ、だいぶ落ち着いてきていて、輸出なども滞りなく進んでいるようだ。そして新しい連絡通路も公開されて、かなりの経済効果が出ているらしい。
「あのとき渡してもらった資料がとても役に立ったよ。タイカン国にもモクニク国にも連絡通路を使った場合の経済効果を説明することでかなり優位に交渉を進めることが出来たからね。あの資料がなければもっと時間がかかっていたと思う。」
「参考程度の資料なのでどこまで正確かは分かりませんよ。でも役に立ったのであれば良かったです。あの資料を作るのも結構時間はかかりましたからね。」
「もし、またこちらの国に来ることがあれば新しい連絡通路の調査もお願いするよ。」
「は、はは・・・考えておきますよ。」
ロンさん達はこのあともいろいろと行事が詰まっているらしく、大変そうだ。食事を終えてから家に戻る。
「まさかこんな事になるとはねえ・・・。」
「さすがに貢献者として伏せるわけにもいかなかったって事かしらね。ちゃんとした式典でもなかったから他の人たちにはばれていないとは思うけど。」
「だけど3カ国から褒章されているっていうのはなかなかないんじゃないかなあ?うーん・・・正直言ってもらいすぎだな。」
「そうはいってもそうそう見せることはないでしょう?」
「まあね。公式のパーティーとかに出ない限りは褒章を見せる機会はないよな。」
12月にはいろいろな行事があるみたいで、ラクマニア様たちもかなり忙しそうにしていた。結構な頻度で貴族のパーティーが行われているんだけど、何度か自分たちも引っ張り出されることになった。まあ何事も経験だと自分を納得させたけどね。
こっちの世界のパーティーでも社交ダンスのようなものがあるらしく、ダンスの練習をしなければならなかったのがきつかった。ダンスの種類が違うとは言え、もともと教養のあるジェンはすぐに踊れるようになったんだけど、全くやったことがない自分には結構難易度が高かったんだよね。
騎士隊での訓練と平行してがんばって練習する。最初は全くだめだったんだけど、加護の影響もあるのか、それなりの形にはなってきた。
なんとか形にはなったので社交界デビューすることになったんだけど、衣装も作ったので結構な出費となってしまった。まあ既製品の直し程度のものなんだけどそれでも結構な金額だ。
パーティーには変装の魔道具は使用せずにヤーマンの貴族として参加した。基本的にパーティーは呼ばれた人だけの参加なんだけど、パーティーによっては友人枠で参加することは可能みたい。それと王宮で行われるものは爵位があって事前に届け出ていれば参加は出来るようになっている。これにも参加したからね。
もらった褒賞は着けていった方がいいと言われたので着けていったんだけど、やはり目立っていたみたい。特にサビオニアの褒章はなあ。そうそうに披露することになるとは思わなかった。
王宮のパーティーに行くと見知った騎士の人たちもいたんだけど、変装のこともあるし、化粧とか格好のせいもあってか気がつかれなかったようだ。カレニアさんは気がついたみたいでかなり驚いていたけどね。
ラクマニア様達と一緒に来たせいか、いろいろと探りを入れてくる貴族達も多かったけど、商売の関係とだけ言っておいた。実際に商売で他国の貴族とつながりがあることは多いようだからね。詳細については商売柄明かせなくても問題はないはずだ。
折角なので踊ったり、食事をしたりしながらパーティーの雰囲気を味わうが、変な腹の探り合いが面倒だ。ジェンは割り切って楽しんでいるようだけどね。
いくつかのパーティーにはハックツベルトさん達も参加しており、挨拶にいくと奥さん達と踊らされて困ってしまった。さすがに断るわけにもいかないからなあ。周りの人たちは自分たちみたいな若造が声をかけていたのに驚いているようだった。まあラクマニア様と対抗できる唯一の実力者らしいからね。
ラザニアさんは最初の打ち合わせのあとで何度か会うことになったけど、正直なところ貴族の中では一番付き合いやすい人だった。事前に聞いていたのと大違いで、その話をするとラクマニア様達もかなり驚いていたんだよね。
~カレニアSide~
雪が多くなってくると、多くの貴族は他の町への移動が難しくなって家に引きこもることが多くなる。そのせいもあっていろいろなパーティーが開かれることが多くなってしまう。もちろん王都に滞在している貴族だけだが、それでも結構な人数が集まる。冬になれば出費が少なくなるので経済活動の一端という意味もあるらしい。
王宮でもしばしばパーティーが行われるため、交代で警備に当たるのだが、パーティーに参加したメンバーの中に驚きの二人がいた。普段は魔道具で見た目を変えているし、印象も全く異なるため、他の騎士は気がついていないようだが、間違いないだろう。入場の時の名前も二人の本当の名前が呼ばれていたからな。ジュンイチとジェニファーか。本当につかめない二人だ。
胸に褒章を着けているのはいいのだが、ハクセンのものだけでなく、ヤーマンとサビオニアの褒章まで身につけていた。しかもサビオニアは黄玉章だ。正直最初は偽物かと思ってしまったが、こんなところに偽物の褒章を着けてくる人などいないだろう。
驚いたのはその交友関係だ。一緒にやって来たのが騎士隊に推薦してきたルイアニア爵というのは分かるが、ルイドルフ家当主のラクマニア爵とも親しげに話している。あの方と対等に話しているというのが正直言って驚きしかない。家族の方々とも親しそうだし、一緒にダンスまで踊っていた。
さらに驚いたのはラクマニア爵とライバル関係にあるハックツベルト家当主のピルファイア爵のところに向かったときだ。なぜ挨拶に行ったのか分からないが、そのときは周りの人たちに緊張が広がっていた。
しかしその心配は杞憂に終わった。親しげに話した後、それぞれがパートナー同士でダンスを踊ったからだ。そのあと子息のラザニア爵とも親しげに話していたので、急に挨拶したわけではなく、もともと親交があったのだろう。
しかしいくら他国の貴族とはいえ、あの二つの派閥のトップと交友関係があるというのはどういうことなのだろう?そのあと彼らに声をかけていた人たちもいたが、大半の貴族は遠巻きに見ているだけだった。変にちょっかいを出して反感を買うのを恐れたのだろうな。
パーティーの翌日、訓練場で会った二人に話を聞いたが、特に隠すことなくパーティーに参加したことを素直に認めた。ただ他の人たちには内緒にしてほしいと言われたがな。
ただ彼らはあくまで平民なので、特に気にせずに今までと同じ扱いにしてほしいと言われて驚いた。あの二人と親しげに話せる関係の二人にどう対応すればいいのか、しばらく頭を悩ませることになった。
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年末は折角だからと王都のいろいろな店で買い物をする。普段は訓練に明け暮れていたのであまり自由な時間はなかったからね。教会にも行ってお祈りを捧げるが、特に返答はなかった。戻れるのはいつになるんだろうか?
年始はいつもの様に塔の上から朝日を拝む。新年の挨拶の時にジェンからキスされるのはもう恒例だ。こういう特別感はちょっとうれしくなるね。
こうやって一緒に新年を迎えるのもあと何回あるのだろうか?地球に戻りたい気持ちもあるけど、このままこっちの世界に住み続けたい気持ちもある。地球に戻ればすべて忘れてしまうというのがやっぱり引っかかるのだろう。もし記憶が残っているならなんとかして会うことは出来るはずなんだけどね。
最近は地球に住んでいたときの話をいろいろとしている。ちゃんとした写真はないが、本に載っている写真や地図を見ながら記憶に残るように情報交換すれば、ここでの記憶ではなく知識としてわずかでも記憶が残るかもしれないと思ったからだ。記憶がなくなるのか、記憶が封印されるのかは分からないけど、封印されただけなら思い出すことは出来るはずだ。
2日まではラクマニア様の家族と一緒に食事をしたりゆったりと過ごしたが、3日目から再び訓練を始める。雪が少なくなってくると、町の付近から魔獣退治が始まった。最初は町の近郊からだったけど、徐々に数日かけての遠征となり、優階位の魔獣の討伐にも同行した。
他の人の魔獣退治はなかなか見る機会もなかったので色々と勉強になった。魔獣の行動の読み方やそのときの剣の使い方などいろいろとこつを聞くことも出来たしね。ジェンも今回は魔法を使わずに短剣と杖での攻撃を主体として頑張っていた。
他には重量軽減の魔法を使って身体を軽くした状態での訓練も行った。身体を軽くすると瞬発力が上がって戦いに有利になるのは分かっていたんだけど、今までは身体を軽くしてもスピードに技量が追いつかなくて使えなかったからだ。
今回は徐々に重量軽減の魔法の威力を上げていき、スピードに慣れていった。このおかげで対戦成績も大分上がってきた。最初のころは対戦ではほとんど勝てなかったけど、今は2~3割くらいは勝てるようになっているからね。
技量的には大分上がったとは思うけど、やっぱりやっている年数の違いがあってさすがに追いつけない。特に武術に関しては知識でカバーはあまり出来ないからね。加護があるから他と比べると成長が早いみたいだけど、それでも何割アップという感じだろう。経験値○倍とかいうわけじゃないからね。
~ハックツベルトSide~
以前いろいろと因縁のあったあの二人がこの国にやって来ているという話を聞いて会う機会を設けてもらった。以前はルイドルフ家とは完全に敵対していたが、今はまだ歩み寄っている状況だから頼むことが出来た。ただあまりに関係が近いと言うことが公になりすぎるのもまずいため、非公式での会合でしか無理だったがな。
サビオニアの政変はかなり衝撃だった。早めに国の組織改革に取りかかっておいて良かったと思ったものだ。これで息子達の代も少しは安心できるというものだろう。
いずれは貴族の時代が終わる世になるかもしれないが、それはそのときの当主が対応すればいいことだ。ヤーマン国のようになるのかもしれないが、ちゃんと対応していれば家が滅びるわけではないだろう。サビオニア国のような対応さえしなければな。
今回、あの二人を呼んだ会合に一緒に参加した息子はかなり衝撃を受けていた。小さな頃に少しばかり平民とつながりがあったが、その後の教育指導のせいでかなり偏った思想になっているようだったからな。
あの打ち合わせの後から考えを改めたように見える。連れて行った甲斐があったというものだ。これからは貴族だけという縛りをなくし、大きな視野で見ていかないといけないからな。まあ今まで偏った考えを持っていた私が言うことではないがな。
まあそうはいってもあれほどの人材がそうそういるとは思えない。それでも鍛えれば伸びると思われる平民も多くいるというのは間違いないだろう。
本当はあの二人を私の派閥に取り込めれば一番良かったんだが、変に手を出せばラクマニアのやつも黙っていないだろう。これだけの関係が作れただけでも満足すべきだな。
~ラザニアSide~
小さな頃から平民なんか使いつぶせばいいと教えられて育った。しかし私が幼かった頃、町で出会った平民と触れ合うことがあった。聞いていたような感じではなく、正直なところ貴族の友人よりも親しみやすく感じた。
町に行く機会にこっそりと遊ぶことはあったが、しばらくすると父にそのことがばれて遊べなくなってしまった。「これ以上おまえが関わるというのならあの子達にも手を出さなければならない」と言われては引き下がるしかなかった。
それからは平民とは関わらず、父の教えを守って成長した。非合法な商売に手を出しているわけではないが、相手によってはかなりあくどい手を使うこともあった。
貴族として子孫を残すことは必要なので、貴族として選択肢の少ない中から妻をめとった。政略結婚と言われればそれまでだが、それでも妻とはいい関係を築けていると思っている。
昔遊んだあの子達はどうなったんだろうと気になりだした頃に、父から話を聞いて驚いた。今まで見向きもしなかった平民について考えが変わったようだったのだ。どういうことなのか分からなかったが、しばらくして貴族の粛正の時に手を貸した平民がいたという話を聞いた。
その後、父は政敵だったルイドルフ家と共闘し、不正貴族の粛正や平民の登用など国の改革を進めていった。私も喜んでその政策に力を貸した。
ある程度方向性が見え、問題ある貴族の粛正が進んでいた頃にサビオニアの政変の話が伝わってきた。多くの日和見の貴族はこぞって我々とルイドルフ家の傘下に入ってきたこともあり、進めていた政策は一気に進むことになった。
しばらくして、そのきっかけとなった二人と会うというので参加させてもらった。「若い!!」最初に会ったときの印象はそれだった。しかしその知識、考え方には驚かされた。父が平民に対する意識を変えるきっかけになったのもうなずける。
同年代のライバルであったルイアニアに頼んで二人との会合を持たせてもらい、いろいろと話をした。最初はかなり警戒されていたが、話すうちに警戒は薄れていったようだ。私が以前から考えていた施策についてもいろいろと助言をしてもらえた。思った以上に議論が白熱し、思った以上に楽しかった。
平民とは距離を置いているように振る舞っていたが、実はいろいろとルートを使い平民への支援は行っていた。やはり昔のことがあり、平民に対して非情になれなかったし、そこまでおろかな者達とは思えなかったからだ。
しかし父にそのことがばれると止められることは分かっていたのでかなり慎重にやっていた。妻もその考えには同意しており、だからこそ彼女を妻に選んだのだ。
今回の件があり、今までのことを父に話したところ、かなり驚かれた。そして「私の考えが間違っていた。すまなかった。」と謝られた。あの父が頭を下げてくるとは思わなかった。
そして私が最も気になっていた幼い頃に知り合った平民のことを教えてくれた。私に変に絡んできてもはまずいと思い、時々調査を出していたらしい。
私は商人の格好をしてその店に向かった。店では同年代の男性が店の番をしていた。世間話をする中で小さい頃にこの辺りに住んでいた話をすると私のことを思い出したようだ。
「いきなりいなくなったからどうしたのかと思ったぞ。いろいろと探してみたんだが、結局何も分からなくてな。心配したんだぞ。お~い、メイラ!!懐かしいやつがいるぞ。」
「どうしたの?」
「ほら、小さな頃何度か遊んだちっちゃな子がいただろ。覚えてるか?よくお菓子とかもらっていただろ。」
「ああ、あの子ね。覚えているわ。よく3人でいろいろと冒険したわよね。」
「そのときの子供が彼だよ。話しているうちに共通の話題があって分かったんだけどな。」
「ええっ、そうなの!!
・・・たしかに少し面影があるわね。」
「すまない。あのあと急に他の町に移ることになってなかなか戻ってこれなかったんだ。さすがに年月も経って二人のことも分からなくなってしまっていてな。
今回は仕入れの途中でこの町に寄っただけなのだが、まさか二人に会えるとは思わなかった。残念ながら長居は出来ないが、こうして会えたのはとてもうれしいよ。」
「それじゃあ。今晩は一緒に飯でも食べていくか?」
「すまない。すぐに出発しなければならないんだ。もしまた近くに来る時には寄らせてもらうよ。」
「そうか。元気でな。俺たちはおそらくここから動かないとは思うからな。今度時間があるときに顔を出してくれ。またゆっくり話そうぜ。」
「ああ、ありがとう。」
私のことを覚えてくれたんだな。よかった、幸せそうで・・・。いつか本当の自分を打ち明けられるときは来るのだろうか?
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2月には主要道路が本格的に開通してきたこともあり、3月頭に出発することにした。なんだかんだ言いながら6ヶ月くらい滞在してしまったなあ。
もっと早くに出発することも出来たんだけど、自分の実力が上がってきているのが分かると、もう少し、もう少しと引き延ばしていたこともある。重量軽減魔法を使えばかなり勝率も上がってきたし、優階位の魔獣の討伐にも結構貢献できるようになってきたからね。
その成長の要因の一つに加護があるんだけど、なぜかイミザ神の加護が付いていたのには驚いた。今までは加護をもらうときは神様からの声が聞こえていたのに、今回はいきなり付いていたし、加護が付く理由が分からないからね。まあこれのおかげでさらに成長速度が早かったのだろう。深く考えてもしょうがないからね。
今回の訓練では残念ながらスキルのレベルはほとんど上がらなかった。やっぱり4から5にあがる壁が大きすぎるね。まあレベルはあくまで結果なのでレベルだけ上がってもしょうがないんだけど、レベルが上がるとクラスが付くからその分有利になるんだよなあ。結局上がったのはそれぞれ杖と鎚のスキルだけだ。
他の武器もがんばればレベルを上げることは出来たかもしれないけど、いろいろ手を出してメインの武器の技量が上がらなかったら意味がない。ゲームとかだったら時間をかけて全部あげていった方がいいと思うけど、現実だとそういうわけにはいかないよね。
すべての能力が上限まで上がるなんてどう考えても無理だろう。ゲームみたいに魔獣を倒してレベルをあげて得られたポイントを割り振って能力が上がるとかじゃないからね。
他にも威圧のレベルが上がったけど、突撃や回避については上がらなかった。結構がんばったんだけどね。実際にはレベルの高い動きはしているけど、あくまで魔法による補助でそう見えているだけで、実力が上がったわけではないと言うことだろうね。
ただ魔獣狩りの事を考えると、索敵や隠密のレベルは上がったのはうれしい。一緒に討伐に行ったときに自分たちの索敵能力がかなり高いことが分かったんだよね。
他に演奏や舞踊などのレベルが上がったおかげでクラスに芸術家が付いた。あとは学識に関するスキルがちょっとずつ上がった感じだ。
出発の日程が決まった後、騎士隊の人たちやラクマニア様達が送別会をしてくれたんだけど、騎士隊の人たちも全体の送別会の後で仲良くなった人たちで個別にやってもらって結構な回数となってしまった。
こっそりとだけど、ハックツベルト家からも招待を受けたからね。さすがに屋敷というのは怖かったこともあり、個室のある食堂と言うことになったけど。まあ貴族なのでいろいろと裏の顔もあるだろうけど、自分たちには特に悪意はないようなのでまだよかった。特にラザニアさんはかなり親しく話すようになったんだよね。
ただ困ったのはラクマニア様とハックツベルトさんの二人から紹介状を渡されたことだ。ラクマニア様には以前紹介状を使わなかったことがばれて今度は間違いなく泊まっていくように念押しされたんだよね。そしてそれをどこかで聞いたらしいハックツベルトさんも同じように紹介状を出してきたんだよなあ。
「ジェン、どうする?この二人の紹介状なんか出したら相手はひっくり返るぞ。」
「でも、これだけ言われているんだから出さないわけにもいかないでしょうね。」
「とりあえず途中通っていくハルアとタブロムでは使うしかないだろうけど、一泊というわけにはいかないだろうね。」
「そうでしょうね。本当だったら5泊とか10泊とかだろうけど、せめて3泊くらいはしないとまずいわね。」
「まあ前に来たときは特に観光もしなかったのでそのくらいだったら町を散策していけばいいか。」
最後の日は借りた家を引き払ってラクマニア様の屋敷でお世話になり、朝早くに見送られて出発する。
「「お世話になりました~~~!!」」
まだ辺りには雪が残っているけど、道路はすでに除雪が終わっている。初階位や並階位くらいの魔獣はときどき出てくるので退治しながら走って行く。前よりも若干時間がかかったけど、8日でハルマの町に到着した。
さっそく言われていた宿にやって来たんだけど、予想通りかなり立派なところだった。まああの二人が紹介するところだからこの町一番のところだろうな。もちろん貴族専用なので、入口で身分証明証の確認をしてもらってから中に入る。
「いらっしゃいませ。当宿の宿泊は初めてでしょうか?もし紹介者がいるようでしたら紹介状か紹介者の名前をいただけますか?」
「ここに泊まるのは初めてです。紹介状は持っていますので確認をお願いします。」
「はい、ありがとうございます。お二人の紹介状があるのですね。紹介状は1名でかまいませんよ。」
「そうなんですか?二人には両方出すように言われたので一応確認をお願いします。」
「わかりました。名前を確認させていただきますね。えっと、紹介者はルイドルフ爵・・・とハックツベルト・・爵・・・、えっ?えっ?」
紹介状とこっちを交互に見ながら半分固まっている。
「し、失礼しました。申し訳ありませんが、確認させていただいてよろしいでしょうか?このお二方の紹介状で間違いないでしょうか?」
「ええ、ルイドルフ・ラクマニア爵とハックツベルト・ピルファイア爵で間違いありません。すみません、とても紹介してもらえるようには見えないと思いますが、間違いなくあの二人からの紹介状ですので確認してください。」
受付の女性はすぐに奥に引っ込んでいった。まあそうなるよなあ・・・。
しばらく待っているとかなり慌てた様子で年配の男性をつれてきた。きっとここのオーナーとかなんだろう。
「お、お待たせしました。今回は当宿屋を選んでいただいてありがとうございます。すぐに部屋の準備をいたしますのでこちらでお待ちください。」
そう言って立派な部屋に通されて席を勧められる。おいしいお茶と茶菓子をいただいてから部屋に案内されるが、予想通りという感じの部屋だった。
「身分は一応貴族相当ですがちゃんとした爵位のない平民ですので、そこまで改まる必要はありませんよ。あの二人とはいろいろあって知り合っただけで、別に縁故関係があるとかそういうわけでもありませんので。ただ紹介状を出していただいた手前、無視するわけにもいきませんので今回はよろしくお願いします。」
「いえいえ。わざわざ宿泊くださってありがとうございます。」
エレベーターも専用のものがあり、部屋数もかなり多い。お風呂も二つあるし、寝室が5つって何に使うんだよ。リビングのようなところの壁は一面ガラス張りで眺めがかなりいい。最高級の部屋だろうな。部屋には専属の係が付いているらしく、24時間いつでも呼び出しが出来るみたいだ。
まあ折角なのでこの部屋を堪能するしかないだろうな。3泊の予定だったが、結局押し切られて5泊することになってしまったので毎日違う寝室で寝るのもありだな。
町に着いたのがすでに4時だった上、手続きに結構時間もかかってしまったこともあってこの日は部屋で夕食をとることにした。メニューから適当に選んで注文すると部屋に隣接する調理場ですぐに作って持ってきてくれるようだ。せっかくなのでお酒も注文して夜景を眺めながらゆっくりと食事を楽しむ。
食事の後はお風呂を楽しんでから眠りに就いたんだけど、シチュエーションが違うこともあって久しぶりに夜更かししてしまった。
翌朝は部屋で遅めの朝食をとってから町に出てみる。交通の要になっていることもあり、いろいろなものが売られていて見るだけでも結構楽しい。お昼は目に付いた店で食べてから役場やカサス商会にも顔を出す。
夕方に宿に戻って専用のエレベーターに向かっていると、エレベーターの前でなにやら言い争いをしている人たちがいた。こんな高級なところで言い争いというのも珍しいよなあ。
横を通り過ぎようとすると、言い争っていた同年代くらいの男性がこっちを見て声をかけてきた。いかにも貴族といった感じなんだけど、服を着崩していてちょっと見た目はあまり良くない。どこかのぼんぼんが粋がっているという感じだな。
「あんたたちがあの部屋の宿泊者なのか?すまないが、しばらくの間でいいから部屋を貸してもらえないかな?お礼にここの宿泊費はただにしてやってもいいから頼むよ。」
声をかけてきた男性の他に同い年くらいの男性が一人と女性が二人居るんだが、何なんだろうか?どうしようかと思っているとすぐに先ほどこの男性を止めていた人が声をかけてきた。
「申し訳ありません。こちらの手違いですのでお気になさらなくて結構です。あとできちんと謝罪に行かせますので、申し訳ありませんが部屋に入っていていただけないでしょうか。お願いします。」
なにやら悲愴な顔で言ってきたので素直にエレベーターに乗って部屋へと向かう。エレベーターが閉まるまでなにやら言っていたが気にしなくていいや。
部屋でしばらく寛いでいると、呼び鈴が鳴ったので出てみる。そこにいたのは初日に会ったオーナーと、先ほどの男性の二人だった。
「申し訳ありません。うちの息子がとんでもないことをしてしまいました。すみませんが、謝罪の機会をいただけないでしょうか?」
「申し訳ありません。」
二人して土下座をするような勢いで謝ってきた。ジェンと二人で苦笑いだ。
「あの、どういうことでしょうか?」
「うちの息子が状況も分からず部屋を開けるように迫ったと聞きました。本当に申し訳ありません。ルイドルフ爵とハックツベルト爵の顔に泥を塗るようなことをしてしまいました。なにとぞお許しください。」
ああ、そういうことだったのね。どら息子が最高級の部屋を使おうと思ったら先客がいたので部屋の変更を依頼してきたと言うことか?でもあの部屋に泊まるという人物がどういうことなのか分からなかったのかなあ?自分たちの格好を見て甘く見たんだろうか?
「ジェン、どうする?」
「うーん、気分的に良くなかったのは確かだし、ラクマニア様達の事を考えると何もしないというわけにもいかないかも。」
たしかにこのまま済ませるとなると紹介状を書いてもらった二人がなめられたと言うことになってあまりよくはない。とは言っても別に直接被害を受けたというわけでもないからなあ。ジェンと少し話をして対応を考える。
「よし、それじゃあ、明日からしばらくの間、時間を空けてくれますか?息子さんの方です。明日朝食の後に呼びますのでお願いしますね。」
「わ、分かりました。マニア、大丈夫だろうな。」
「は、はい。」
翌朝、朝食を終えたところで息子のマニアさんを呼んでもらう。
「おはようございます。昨日は誠に申し訳ありませんでした。」
「それでは今日から数日間この町の案内をお願いします。マニアさんがいつも行っている場所でかまいませんが、もちろんあまりに危険なところはやめてください。
あと、案内中はあまりにかしこまった態度はしないでくださいね。普通に友人を案内している体でかまいませんので言葉遣いも普通にしてください。」
「そ、そんなことでいいのですか?」
「ええ、普段行けないようなところとか、穴場の店とか案内してくれると助かります。あと、言葉遣い。」
「わかり・・・わかった。」
そう言って町の案内をお願いした。やはり遊びまくっているせいか、知り合いも多いみたいであちこちから声をかけられている。素行は悪いが人付き合いはそれなりにいいみたいだ。まあ羽振りが良かったせいでつきあいがいいだけかもしれないけどね。
貴族専用の店だけでなく、服を着替えてから平民用の店にも連れて行かれる。かなり怪しい店もあったんだけど、貴重な薬草なども取り扱っていて驚いた。まあ大半が偽物だったので鑑定がなければとても買えない店だったけどね。
食事も結構おいしい店が多くて、変わった素材を扱っているところもあった。ジェンが喜んだのはかなり希少なお酒を売っているところだ。会員制の店なので普通は入れないけど、マニアさんの紹介で入ることが出来たのだ。
思ったよりも楽しい時間を過ごすことが出来て、ある意味よかったかもしれない。ジェンも今までと違う観光が出来て楽しかったみたいだしね。ただいろいろと言い寄られているのは面倒だったみたい。マニアさんがすぐに止めてくれていたけどね。
出発する朝には宿屋の従業員が大勢見送ってくれたのでかなり気が引けてしまった。やっぱりあの二人の紹介状の威力はすごすぎるな。もう一回は泊まらないといけないので、ある意味気が重い。
~総支配人Side~
今日はとんでもない人物がやってきた。ルイドルフ家とハックツベルト家の当主直々の紹介状を持ったお客様だ。受付もその紹介状を見て驚いたみたいで、かなり慌てて部屋に飛び込んできた。
この国で今最も実力があるという2人の紹介状を持つ人間ってどういうことだ?そもそも両名とつながりを持つ人物は王族くらいしかないと思うのだが、もしかして王族なのか?ただ王族ならば事前に連絡があるはずだし、そもそも受付に紹介状を持ってくるなんて事はないはずだ。
大急ぎでフロントに行って驚いた。いたのは20歳にもならない男女の冒険者だったからだ。一瞬この二人かと聞いてしまうくらいだった。
すぐに部屋に案内してから話をするが、話す内容を聞いても間違いなく二人の知り合いだと言うことが分かった。念のため確認をとったところ、間違いないことが分かり、すぐに最上級の部屋に案内した。
紹介状にはできる限りよくしてくれ、費用はこちらに回せばよいとだけで、ただ過剰な接待は控えるように書かれていた。難しい注文だがやるしかないだろう。従業員にもくれぐれも、くれぐれも粗相の無いように伝える。
部屋はかなり満足してくれたようでほっとした。宿泊は3泊と言われたが、さすがにそれは短すぎるので何とか5泊してもらうことなった。さすがに3泊だと不満があったと思われてしまうからな。
夕食は部屋で食べていただいたが、満足してくれたようでほっとする。食事の後で料理人が呼ばれたのでかなり緊張したようだが、「とてもおいしかった。」とお礼を言われたらしく、ほっとしていた。
このまま5泊やり過ごせば十分評価されるだろうと思っていたのだが、息子がやらかしてくれた。その話を聞いたときは血の気が引いてしまった。
どうやら友人達を最上級の部屋に案内しようとしたらしく、運が悪いことにエレベーターの入口で鉢合わせてしまったらしい。あの部屋を使う人物の意味を考えれば分かりそうなものなのに、おそらく二人の姿を見て侮ってしまったのだろう。なんとか他の従業員が引き留めて部屋に行ってもらったようだが、このままで済ませられるはずがない。
すぐに息子のところに行き、どのような人物かを説明すると一瞬で青ざめた。友人達も関わりたくないようで、すぐに出て行ってしまった。それはそうだ。あの2人を怒らせたら自分たちの首はすぐに飛んでしまうだろう。いくら私が下位爵であっても息子は不敬罪に問われてしまうし、私もただではすまないだろう。
せめて罪を軽くしてもらえないかという思いで息子をつれて二人に謝りに行ったが、今後は注意するように言われただけですんだ。このときはほんとにこれで済ませてくれるのか心配だった。
息子に町の案内を頼んでいたので町の中で何か息子をおとしめるような罰を与えるのかと思ったが、普通に町を案内しただけだったらしい。あまりすすめられないようなところまで連れて行ったようだが、かなり満足していたようだ。
二人を見送ってからしばらくして、ルイドルフ家とハックツベルト家から手紙を受け取り、いろいろと楽しませてもらえたということが書かれていてやっと安心できた。
この事件の後から息子は前に比べて大分変わったように感じる。それまでつきあいのあった友人達とも距離を置くようになった。まあ私から見ると本当に友人なのかは怪しかったがな。これでいい方向に進んでくれるとありがたいものだ。
~マニアSide~
友人達と遊んでいたんだが、今日は眺めのいいところでパーティーでもしようという話になった。折角なら最上級の部屋を見せてやるぜと案内したんだが、あいにく使用中と言われてしまう。
今は外に出ているというので部屋を見せるだけでもと思ったんだが、だめだの一点張りだ。掃除をすれば大丈夫だろう・・・。そのうちにここを使っているという二人が戻ってきたようなんだが、若い冒険者風の二人だった。
このときは友人の手前もあって、あまり深く考えなかった。この部屋を使うという意味を考えれば分かるはずなのに・・・。
近くにいた従業員達に他の部屋に連れて行かれたところで父が大慌てでやって来た。そこで聞かされた言葉は衝撃しかなかった。あの方達の紹介状を持ってきたって・・・。それを聞いた友人達は早々に出て行った。まあこれ以上関わりたくないだろう。
もう俺の人生は終わったかもしれないと思ったが、とにかく父と一緒に謝りに行くしかなかった。ここで行かなければこの宿は、いや家は終わりだろう。部屋に到着してすぐに必死に謝った。なかったことには出来ないが、なんとか恩情をかけてもらえないだろうか?
謝罪は受け入れてくれたが、翌日から町を案内するように言われてしまった。町の中で俺をおとしめるようなことをさせられるのだろうか?でもそれですむならまだいいだろう。
それでも覚悟を決めるしかないと思っていたが、普通に町を案内するだけだった。敬語もやめるように言われ、いつも行っている店に連れて行くように言われた。
最初は遠慮してまじめなところに連れて行ったが、「ほんとにいつもこんなところに来ているの?」と言われてしまい、途中から本当にいつも行っている店に連れて行った。友人達には身分や関係を明かさないようにと言われていたので、友人を案内しているとしか伝えなかった。ひやひやすることは結構あったが、かなり楽しんでいるようだった。
あのときの3人は関わりたくないのか、家に引きこもっているらしい。へたに騒がれなくて良かった。
案内も3日目になるとかなり親しく話すことが出来るようになり、いろいろな話をした。その話の中でいろいろと考えさせられることも多かった。この国はもう変わり始めているから貴族という特権にあぐらをかいていると足下をすくわれるという話はかなり衝撃だった。
あの二人と関係のある彼らが言うのであればそれは間違いないことなのだろう。たしかにサビオニアの話は衝撃だったが、どこか遠い国の話と思って聞いていた。
あの出会いから数年後、俺は父から業務の一部を任せてもらうようになった。二人に出会ってから考えを改めて今まで見下していた人間にも目を向けるようにした。すると、かなり有能な人間が見えてきたのだ。今までのことがありなかなか信頼は得られなかったが、仕事を与え、成果が出てくると徐々に信頼を得ていった。
一応教養だけはちゃんと付けなければ小遣いも渡さないと言われていたので不真面目ながらもある程度勉強していて良かったと改めて思った。
生活態度が変わり、俺と付き合ってもあまりうまみがないと思った友人は離れていったが、そんなことはもうどうでも良かった。その代わりに今までつきあいのなかった友人も増えていった。
国の方針が徐々に変わっていき、平民の活躍する場が増えていくにつれて昔の友人達の一部は落ちぶれていった。昔ながらの考えに凝り固まり、有能な人材が逃げていったせいだろう。もしあのとき気がつかなければ俺も同じことになっていたかもしれない。
ハックツベルト家のラザニア爵がやって来たときに、あの二人の話を聞きたいと言われて話すことになった。正直にそのときあったことを話したところ、ラザニア爵は笑いながら聞き入っていた。どうやらあの二人と本当に親交があったらしい。
あのときにあの二人に出会っていなかったら今の俺はなかっただろう。父の権威にあぐらをかいたままだったかもしれない。しかしそのままだったらおそらく今の地位はなかっただろう。気がつかせてくれたあの二人には感謝しかない。
騎士隊での訓練が始まってしばらくしたころ、サビオニアの大使館に行くようにラクマニア様から連絡があった。どうも新しいサビオニア国で革命の功労者の褒章内容が発表されたが、その中に自分たちの名前があったらしい。
珍しい名前が二人並んでいること、出身国がヤーマンと言うこと、サビオニアに行っていた時期など考えて自分たちで間違いないと思ったようだ。ヤーマンにも確認をとったが同意見だったみたいでサビオニアの大使館に連絡したみたい。
さすがにいつもの格好というわけにはいかないと思い、礼服ではないが、失礼のない格好をしてサビオニアの大使館に行くと、身分証明証を確認されてから部屋に案内される。しばらくしてやって来たのは一緒に連絡通路の確認に行ったロンさんだった。
「ロンさんじゃないですか。お久しぶりです。」
久しぶりに会うので近づこうとすると護衛と思われる人が前に立ちはだかった。そういえば革命が成功したので結構高い地位に就いているのかもしれないな。
「この二人なら大丈夫だ。」
ロンさんはそう言って握手を求めてきた。
「その節は本当にお世話になった。二人がいなければ国の改革はもっと厳しいことになっていただろう。」
サビオニアの改革がある程度落ち着いたところで、ロンさん達一行は各国を訪問し、新しい国の正当性の説明などの外交や商売についての話をしているらしい。サビオニア国を出てからモクニク国、ヤーマン国、アルモニア国の後、ここハクセン国までやって来たようだ。
「ヤーマン国で二人がハクセンに行っていると聞いていたのだが、ハクセンからも二人の情報が入ったので間違いないと思ってね。
あまり二人のことを公にしないでほしいとは言われていたのだが、さすがにあれだけの事をしてもらえたのに何もないというわけにもいかなくてな。報奨金は厳しいが、褒章だけでも出そうという話になったのだ。」
報奨金が出せないことにかなりつらそうな表情をしている。
「そうだったのですね。でも黄玉章は高すぎじゃないですか?」
「何を言う。これでも足りないという意見も多かったんだぞ。まああくまで名誉だけだが受け取ってくれるよな?」
「断るわけにもいかないでしょう。」
特に褒章の儀式とかもあるわけではなく、用意された勲章を受け取る。このあとせめて食事だけでもと請われて一緒に昼食をとることになった。
せっかくなのでサビオニアの状況を聞いてみたところ、だいぶ落ち着いてきていて、輸出なども滞りなく進んでいるようだ。そして新しい連絡通路も公開されて、かなりの経済効果が出ているらしい。
「あのとき渡してもらった資料がとても役に立ったよ。タイカン国にもモクニク国にも連絡通路を使った場合の経済効果を説明することでかなり優位に交渉を進めることが出来たからね。あの資料がなければもっと時間がかかっていたと思う。」
「参考程度の資料なのでどこまで正確かは分かりませんよ。でも役に立ったのであれば良かったです。あの資料を作るのも結構時間はかかりましたからね。」
「もし、またこちらの国に来ることがあれば新しい連絡通路の調査もお願いするよ。」
「は、はは・・・考えておきますよ。」
ロンさん達はこのあともいろいろと行事が詰まっているらしく、大変そうだ。食事を終えてから家に戻る。
「まさかこんな事になるとはねえ・・・。」
「さすがに貢献者として伏せるわけにもいかなかったって事かしらね。ちゃんとした式典でもなかったから他の人たちにはばれていないとは思うけど。」
「だけど3カ国から褒章されているっていうのはなかなかないんじゃないかなあ?うーん・・・正直言ってもらいすぎだな。」
「そうはいってもそうそう見せることはないでしょう?」
「まあね。公式のパーティーとかに出ない限りは褒章を見せる機会はないよな。」
12月にはいろいろな行事があるみたいで、ラクマニア様たちもかなり忙しそうにしていた。結構な頻度で貴族のパーティーが行われているんだけど、何度か自分たちも引っ張り出されることになった。まあ何事も経験だと自分を納得させたけどね。
こっちの世界のパーティーでも社交ダンスのようなものがあるらしく、ダンスの練習をしなければならなかったのがきつかった。ダンスの種類が違うとは言え、もともと教養のあるジェンはすぐに踊れるようになったんだけど、全くやったことがない自分には結構難易度が高かったんだよね。
騎士隊での訓練と平行してがんばって練習する。最初は全くだめだったんだけど、加護の影響もあるのか、それなりの形にはなってきた。
なんとか形にはなったので社交界デビューすることになったんだけど、衣装も作ったので結構な出費となってしまった。まあ既製品の直し程度のものなんだけどそれでも結構な金額だ。
パーティーには変装の魔道具は使用せずにヤーマンの貴族として参加した。基本的にパーティーは呼ばれた人だけの参加なんだけど、パーティーによっては友人枠で参加することは可能みたい。それと王宮で行われるものは爵位があって事前に届け出ていれば参加は出来るようになっている。これにも参加したからね。
もらった褒賞は着けていった方がいいと言われたので着けていったんだけど、やはり目立っていたみたい。特にサビオニアの褒章はなあ。そうそうに披露することになるとは思わなかった。
王宮のパーティーに行くと見知った騎士の人たちもいたんだけど、変装のこともあるし、化粧とか格好のせいもあってか気がつかれなかったようだ。カレニアさんは気がついたみたいでかなり驚いていたけどね。
ラクマニア様達と一緒に来たせいか、いろいろと探りを入れてくる貴族達も多かったけど、商売の関係とだけ言っておいた。実際に商売で他国の貴族とつながりがあることは多いようだからね。詳細については商売柄明かせなくても問題はないはずだ。
折角なので踊ったり、食事をしたりしながらパーティーの雰囲気を味わうが、変な腹の探り合いが面倒だ。ジェンは割り切って楽しんでいるようだけどね。
いくつかのパーティーにはハックツベルトさん達も参加しており、挨拶にいくと奥さん達と踊らされて困ってしまった。さすがに断るわけにもいかないからなあ。周りの人たちは自分たちみたいな若造が声をかけていたのに驚いているようだった。まあラクマニア様と対抗できる唯一の実力者らしいからね。
ラザニアさんは最初の打ち合わせのあとで何度か会うことになったけど、正直なところ貴族の中では一番付き合いやすい人だった。事前に聞いていたのと大違いで、その話をするとラクマニア様達もかなり驚いていたんだよね。
~カレニアSide~
雪が多くなってくると、多くの貴族は他の町への移動が難しくなって家に引きこもることが多くなる。そのせいもあっていろいろなパーティーが開かれることが多くなってしまう。もちろん王都に滞在している貴族だけだが、それでも結構な人数が集まる。冬になれば出費が少なくなるので経済活動の一端という意味もあるらしい。
王宮でもしばしばパーティーが行われるため、交代で警備に当たるのだが、パーティーに参加したメンバーの中に驚きの二人がいた。普段は魔道具で見た目を変えているし、印象も全く異なるため、他の騎士は気がついていないようだが、間違いないだろう。入場の時の名前も二人の本当の名前が呼ばれていたからな。ジュンイチとジェニファーか。本当につかめない二人だ。
胸に褒章を着けているのはいいのだが、ハクセンのものだけでなく、ヤーマンとサビオニアの褒章まで身につけていた。しかもサビオニアは黄玉章だ。正直最初は偽物かと思ってしまったが、こんなところに偽物の褒章を着けてくる人などいないだろう。
驚いたのはその交友関係だ。一緒にやって来たのが騎士隊に推薦してきたルイアニア爵というのは分かるが、ルイドルフ家当主のラクマニア爵とも親しげに話している。あの方と対等に話しているというのが正直言って驚きしかない。家族の方々とも親しそうだし、一緒にダンスまで踊っていた。
さらに驚いたのはラクマニア爵とライバル関係にあるハックツベルト家当主のピルファイア爵のところに向かったときだ。なぜ挨拶に行ったのか分からないが、そのときは周りの人たちに緊張が広がっていた。
しかしその心配は杞憂に終わった。親しげに話した後、それぞれがパートナー同士でダンスを踊ったからだ。そのあと子息のラザニア爵とも親しげに話していたので、急に挨拶したわけではなく、もともと親交があったのだろう。
しかしいくら他国の貴族とはいえ、あの二つの派閥のトップと交友関係があるというのはどういうことなのだろう?そのあと彼らに声をかけていた人たちもいたが、大半の貴族は遠巻きに見ているだけだった。変にちょっかいを出して反感を買うのを恐れたのだろうな。
パーティーの翌日、訓練場で会った二人に話を聞いたが、特に隠すことなくパーティーに参加したことを素直に認めた。ただ他の人たちには内緒にしてほしいと言われたがな。
ただ彼らはあくまで平民なので、特に気にせずに今までと同じ扱いにしてほしいと言われて驚いた。あの二人と親しげに話せる関係の二人にどう対応すればいいのか、しばらく頭を悩ませることになった。
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年末は折角だからと王都のいろいろな店で買い物をする。普段は訓練に明け暮れていたのであまり自由な時間はなかったからね。教会にも行ってお祈りを捧げるが、特に返答はなかった。戻れるのはいつになるんだろうか?
年始はいつもの様に塔の上から朝日を拝む。新年の挨拶の時にジェンからキスされるのはもう恒例だ。こういう特別感はちょっとうれしくなるね。
こうやって一緒に新年を迎えるのもあと何回あるのだろうか?地球に戻りたい気持ちもあるけど、このままこっちの世界に住み続けたい気持ちもある。地球に戻ればすべて忘れてしまうというのがやっぱり引っかかるのだろう。もし記憶が残っているならなんとかして会うことは出来るはずなんだけどね。
最近は地球に住んでいたときの話をいろいろとしている。ちゃんとした写真はないが、本に載っている写真や地図を見ながら記憶に残るように情報交換すれば、ここでの記憶ではなく知識としてわずかでも記憶が残るかもしれないと思ったからだ。記憶がなくなるのか、記憶が封印されるのかは分からないけど、封印されただけなら思い出すことは出来るはずだ。
2日まではラクマニア様の家族と一緒に食事をしたりゆったりと過ごしたが、3日目から再び訓練を始める。雪が少なくなってくると、町の付近から魔獣退治が始まった。最初は町の近郊からだったけど、徐々に数日かけての遠征となり、優階位の魔獣の討伐にも同行した。
他の人の魔獣退治はなかなか見る機会もなかったので色々と勉強になった。魔獣の行動の読み方やそのときの剣の使い方などいろいろとこつを聞くことも出来たしね。ジェンも今回は魔法を使わずに短剣と杖での攻撃を主体として頑張っていた。
他には重量軽減の魔法を使って身体を軽くした状態での訓練も行った。身体を軽くすると瞬発力が上がって戦いに有利になるのは分かっていたんだけど、今までは身体を軽くしてもスピードに技量が追いつかなくて使えなかったからだ。
今回は徐々に重量軽減の魔法の威力を上げていき、スピードに慣れていった。このおかげで対戦成績も大分上がってきた。最初のころは対戦ではほとんど勝てなかったけど、今は2~3割くらいは勝てるようになっているからね。
技量的には大分上がったとは思うけど、やっぱりやっている年数の違いがあってさすがに追いつけない。特に武術に関しては知識でカバーはあまり出来ないからね。加護があるから他と比べると成長が早いみたいだけど、それでも何割アップという感じだろう。経験値○倍とかいうわけじゃないからね。
~ハックツベルトSide~
以前いろいろと因縁のあったあの二人がこの国にやって来ているという話を聞いて会う機会を設けてもらった。以前はルイドルフ家とは完全に敵対していたが、今はまだ歩み寄っている状況だから頼むことが出来た。ただあまりに関係が近いと言うことが公になりすぎるのもまずいため、非公式での会合でしか無理だったがな。
サビオニアの政変はかなり衝撃だった。早めに国の組織改革に取りかかっておいて良かったと思ったものだ。これで息子達の代も少しは安心できるというものだろう。
いずれは貴族の時代が終わる世になるかもしれないが、それはそのときの当主が対応すればいいことだ。ヤーマン国のようになるのかもしれないが、ちゃんと対応していれば家が滅びるわけではないだろう。サビオニア国のような対応さえしなければな。
今回、あの二人を呼んだ会合に一緒に参加した息子はかなり衝撃を受けていた。小さな頃に少しばかり平民とつながりがあったが、その後の教育指導のせいでかなり偏った思想になっているようだったからな。
あの打ち合わせの後から考えを改めたように見える。連れて行った甲斐があったというものだ。これからは貴族だけという縛りをなくし、大きな視野で見ていかないといけないからな。まあ今まで偏った考えを持っていた私が言うことではないがな。
まあそうはいってもあれほどの人材がそうそういるとは思えない。それでも鍛えれば伸びると思われる平民も多くいるというのは間違いないだろう。
本当はあの二人を私の派閥に取り込めれば一番良かったんだが、変に手を出せばラクマニアのやつも黙っていないだろう。これだけの関係が作れただけでも満足すべきだな。
~ラザニアSide~
小さな頃から平民なんか使いつぶせばいいと教えられて育った。しかし私が幼かった頃、町で出会った平民と触れ合うことがあった。聞いていたような感じではなく、正直なところ貴族の友人よりも親しみやすく感じた。
町に行く機会にこっそりと遊ぶことはあったが、しばらくすると父にそのことがばれて遊べなくなってしまった。「これ以上おまえが関わるというのならあの子達にも手を出さなければならない」と言われては引き下がるしかなかった。
それからは平民とは関わらず、父の教えを守って成長した。非合法な商売に手を出しているわけではないが、相手によってはかなりあくどい手を使うこともあった。
貴族として子孫を残すことは必要なので、貴族として選択肢の少ない中から妻をめとった。政略結婚と言われればそれまでだが、それでも妻とはいい関係を築けていると思っている。
昔遊んだあの子達はどうなったんだろうと気になりだした頃に、父から話を聞いて驚いた。今まで見向きもしなかった平民について考えが変わったようだったのだ。どういうことなのか分からなかったが、しばらくして貴族の粛正の時に手を貸した平民がいたという話を聞いた。
その後、父は政敵だったルイドルフ家と共闘し、不正貴族の粛正や平民の登用など国の改革を進めていった。私も喜んでその政策に力を貸した。
ある程度方向性が見え、問題ある貴族の粛正が進んでいた頃にサビオニアの政変の話が伝わってきた。多くの日和見の貴族はこぞって我々とルイドルフ家の傘下に入ってきたこともあり、進めていた政策は一気に進むことになった。
しばらくして、そのきっかけとなった二人と会うというので参加させてもらった。「若い!!」最初に会ったときの印象はそれだった。しかしその知識、考え方には驚かされた。父が平民に対する意識を変えるきっかけになったのもうなずける。
同年代のライバルであったルイアニアに頼んで二人との会合を持たせてもらい、いろいろと話をした。最初はかなり警戒されていたが、話すうちに警戒は薄れていったようだ。私が以前から考えていた施策についてもいろいろと助言をしてもらえた。思った以上に議論が白熱し、思った以上に楽しかった。
平民とは距離を置いているように振る舞っていたが、実はいろいろとルートを使い平民への支援は行っていた。やはり昔のことがあり、平民に対して非情になれなかったし、そこまでおろかな者達とは思えなかったからだ。
しかし父にそのことがばれると止められることは分かっていたのでかなり慎重にやっていた。妻もその考えには同意しており、だからこそ彼女を妻に選んだのだ。
今回の件があり、今までのことを父に話したところ、かなり驚かれた。そして「私の考えが間違っていた。すまなかった。」と謝られた。あの父が頭を下げてくるとは思わなかった。
そして私が最も気になっていた幼い頃に知り合った平民のことを教えてくれた。私に変に絡んできてもはまずいと思い、時々調査を出していたらしい。
私は商人の格好をしてその店に向かった。店では同年代の男性が店の番をしていた。世間話をする中で小さい頃にこの辺りに住んでいた話をすると私のことを思い出したようだ。
「いきなりいなくなったからどうしたのかと思ったぞ。いろいろと探してみたんだが、結局何も分からなくてな。心配したんだぞ。お~い、メイラ!!懐かしいやつがいるぞ。」
「どうしたの?」
「ほら、小さな頃何度か遊んだちっちゃな子がいただろ。覚えてるか?よくお菓子とかもらっていただろ。」
「ああ、あの子ね。覚えているわ。よく3人でいろいろと冒険したわよね。」
「そのときの子供が彼だよ。話しているうちに共通の話題があって分かったんだけどな。」
「ええっ、そうなの!!
・・・たしかに少し面影があるわね。」
「すまない。あのあと急に他の町に移ることになってなかなか戻ってこれなかったんだ。さすがに年月も経って二人のことも分からなくなってしまっていてな。
今回は仕入れの途中でこの町に寄っただけなのだが、まさか二人に会えるとは思わなかった。残念ながら長居は出来ないが、こうして会えたのはとてもうれしいよ。」
「それじゃあ。今晩は一緒に飯でも食べていくか?」
「すまない。すぐに出発しなければならないんだ。もしまた近くに来る時には寄らせてもらうよ。」
「そうか。元気でな。俺たちはおそらくここから動かないとは思うからな。今度時間があるときに顔を出してくれ。またゆっくり話そうぜ。」
「ああ、ありがとう。」
私のことを覚えてくれたんだな。よかった、幸せそうで・・・。いつか本当の自分を打ち明けられるときは来るのだろうか?
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2月には主要道路が本格的に開通してきたこともあり、3月頭に出発することにした。なんだかんだ言いながら6ヶ月くらい滞在してしまったなあ。
もっと早くに出発することも出来たんだけど、自分の実力が上がってきているのが分かると、もう少し、もう少しと引き延ばしていたこともある。重量軽減魔法を使えばかなり勝率も上がってきたし、優階位の魔獣の討伐にも結構貢献できるようになってきたからね。
その成長の要因の一つに加護があるんだけど、なぜかイミザ神の加護が付いていたのには驚いた。今までは加護をもらうときは神様からの声が聞こえていたのに、今回はいきなり付いていたし、加護が付く理由が分からないからね。まあこれのおかげでさらに成長速度が早かったのだろう。深く考えてもしょうがないからね。
今回の訓練では残念ながらスキルのレベルはほとんど上がらなかった。やっぱり4から5にあがる壁が大きすぎるね。まあレベルはあくまで結果なのでレベルだけ上がってもしょうがないんだけど、レベルが上がるとクラスが付くからその分有利になるんだよなあ。結局上がったのはそれぞれ杖と鎚のスキルだけだ。
他の武器もがんばればレベルを上げることは出来たかもしれないけど、いろいろ手を出してメインの武器の技量が上がらなかったら意味がない。ゲームとかだったら時間をかけて全部あげていった方がいいと思うけど、現実だとそういうわけにはいかないよね。
すべての能力が上限まで上がるなんてどう考えても無理だろう。ゲームみたいに魔獣を倒してレベルをあげて得られたポイントを割り振って能力が上がるとかじゃないからね。
他にも威圧のレベルが上がったけど、突撃や回避については上がらなかった。結構がんばったんだけどね。実際にはレベルの高い動きはしているけど、あくまで魔法による補助でそう見えているだけで、実力が上がったわけではないと言うことだろうね。
ただ魔獣狩りの事を考えると、索敵や隠密のレベルは上がったのはうれしい。一緒に討伐に行ったときに自分たちの索敵能力がかなり高いことが分かったんだよね。
他に演奏や舞踊などのレベルが上がったおかげでクラスに芸術家が付いた。あとは学識に関するスキルがちょっとずつ上がった感じだ。
出発の日程が決まった後、騎士隊の人たちやラクマニア様達が送別会をしてくれたんだけど、騎士隊の人たちも全体の送別会の後で仲良くなった人たちで個別にやってもらって結構な回数となってしまった。
こっそりとだけど、ハックツベルト家からも招待を受けたからね。さすがに屋敷というのは怖かったこともあり、個室のある食堂と言うことになったけど。まあ貴族なのでいろいろと裏の顔もあるだろうけど、自分たちには特に悪意はないようなのでまだよかった。特にラザニアさんはかなり親しく話すようになったんだよね。
ただ困ったのはラクマニア様とハックツベルトさんの二人から紹介状を渡されたことだ。ラクマニア様には以前紹介状を使わなかったことがばれて今度は間違いなく泊まっていくように念押しされたんだよね。そしてそれをどこかで聞いたらしいハックツベルトさんも同じように紹介状を出してきたんだよなあ。
「ジェン、どうする?この二人の紹介状なんか出したら相手はひっくり返るぞ。」
「でも、これだけ言われているんだから出さないわけにもいかないでしょうね。」
「とりあえず途中通っていくハルアとタブロムでは使うしかないだろうけど、一泊というわけにはいかないだろうね。」
「そうでしょうね。本当だったら5泊とか10泊とかだろうけど、せめて3泊くらいはしないとまずいわね。」
「まあ前に来たときは特に観光もしなかったのでそのくらいだったら町を散策していけばいいか。」
最後の日は借りた家を引き払ってラクマニア様の屋敷でお世話になり、朝早くに見送られて出発する。
「「お世話になりました~~~!!」」
まだ辺りには雪が残っているけど、道路はすでに除雪が終わっている。初階位や並階位くらいの魔獣はときどき出てくるので退治しながら走って行く。前よりも若干時間がかかったけど、8日でハルマの町に到着した。
さっそく言われていた宿にやって来たんだけど、予想通りかなり立派なところだった。まああの二人が紹介するところだからこの町一番のところだろうな。もちろん貴族専用なので、入口で身分証明証の確認をしてもらってから中に入る。
「いらっしゃいませ。当宿の宿泊は初めてでしょうか?もし紹介者がいるようでしたら紹介状か紹介者の名前をいただけますか?」
「ここに泊まるのは初めてです。紹介状は持っていますので確認をお願いします。」
「はい、ありがとうございます。お二人の紹介状があるのですね。紹介状は1名でかまいませんよ。」
「そうなんですか?二人には両方出すように言われたので一応確認をお願いします。」
「わかりました。名前を確認させていただきますね。えっと、紹介者はルイドルフ爵・・・とハックツベルト・・爵・・・、えっ?えっ?」
紹介状とこっちを交互に見ながら半分固まっている。
「し、失礼しました。申し訳ありませんが、確認させていただいてよろしいでしょうか?このお二方の紹介状で間違いないでしょうか?」
「ええ、ルイドルフ・ラクマニア爵とハックツベルト・ピルファイア爵で間違いありません。すみません、とても紹介してもらえるようには見えないと思いますが、間違いなくあの二人からの紹介状ですので確認してください。」
受付の女性はすぐに奥に引っ込んでいった。まあそうなるよなあ・・・。
しばらく待っているとかなり慌てた様子で年配の男性をつれてきた。きっとここのオーナーとかなんだろう。
「お、お待たせしました。今回は当宿屋を選んでいただいてありがとうございます。すぐに部屋の準備をいたしますのでこちらでお待ちください。」
そう言って立派な部屋に通されて席を勧められる。おいしいお茶と茶菓子をいただいてから部屋に案内されるが、予想通りという感じの部屋だった。
「身分は一応貴族相当ですがちゃんとした爵位のない平民ですので、そこまで改まる必要はありませんよ。あの二人とはいろいろあって知り合っただけで、別に縁故関係があるとかそういうわけでもありませんので。ただ紹介状を出していただいた手前、無視するわけにもいきませんので今回はよろしくお願いします。」
「いえいえ。わざわざ宿泊くださってありがとうございます。」
エレベーターも専用のものがあり、部屋数もかなり多い。お風呂も二つあるし、寝室が5つって何に使うんだよ。リビングのようなところの壁は一面ガラス張りで眺めがかなりいい。最高級の部屋だろうな。部屋には専属の係が付いているらしく、24時間いつでも呼び出しが出来るみたいだ。
まあ折角なのでこの部屋を堪能するしかないだろうな。3泊の予定だったが、結局押し切られて5泊することになってしまったので毎日違う寝室で寝るのもありだな。
町に着いたのがすでに4時だった上、手続きに結構時間もかかってしまったこともあってこの日は部屋で夕食をとることにした。メニューから適当に選んで注文すると部屋に隣接する調理場ですぐに作って持ってきてくれるようだ。せっかくなのでお酒も注文して夜景を眺めながらゆっくりと食事を楽しむ。
食事の後はお風呂を楽しんでから眠りに就いたんだけど、シチュエーションが違うこともあって久しぶりに夜更かししてしまった。
翌朝は部屋で遅めの朝食をとってから町に出てみる。交通の要になっていることもあり、いろいろなものが売られていて見るだけでも結構楽しい。お昼は目に付いた店で食べてから役場やカサス商会にも顔を出す。
夕方に宿に戻って専用のエレベーターに向かっていると、エレベーターの前でなにやら言い争いをしている人たちがいた。こんな高級なところで言い争いというのも珍しいよなあ。
横を通り過ぎようとすると、言い争っていた同年代くらいの男性がこっちを見て声をかけてきた。いかにも貴族といった感じなんだけど、服を着崩していてちょっと見た目はあまり良くない。どこかのぼんぼんが粋がっているという感じだな。
「あんたたちがあの部屋の宿泊者なのか?すまないが、しばらくの間でいいから部屋を貸してもらえないかな?お礼にここの宿泊費はただにしてやってもいいから頼むよ。」
声をかけてきた男性の他に同い年くらいの男性が一人と女性が二人居るんだが、何なんだろうか?どうしようかと思っているとすぐに先ほどこの男性を止めていた人が声をかけてきた。
「申し訳ありません。こちらの手違いですのでお気になさらなくて結構です。あとできちんと謝罪に行かせますので、申し訳ありませんが部屋に入っていていただけないでしょうか。お願いします。」
なにやら悲愴な顔で言ってきたので素直にエレベーターに乗って部屋へと向かう。エレベーターが閉まるまでなにやら言っていたが気にしなくていいや。
部屋でしばらく寛いでいると、呼び鈴が鳴ったので出てみる。そこにいたのは初日に会ったオーナーと、先ほどの男性の二人だった。
「申し訳ありません。うちの息子がとんでもないことをしてしまいました。すみませんが、謝罪の機会をいただけないでしょうか?」
「申し訳ありません。」
二人して土下座をするような勢いで謝ってきた。ジェンと二人で苦笑いだ。
「あの、どういうことでしょうか?」
「うちの息子が状況も分からず部屋を開けるように迫ったと聞きました。本当に申し訳ありません。ルイドルフ爵とハックツベルト爵の顔に泥を塗るようなことをしてしまいました。なにとぞお許しください。」
ああ、そういうことだったのね。どら息子が最高級の部屋を使おうと思ったら先客がいたので部屋の変更を依頼してきたと言うことか?でもあの部屋に泊まるという人物がどういうことなのか分からなかったのかなあ?自分たちの格好を見て甘く見たんだろうか?
「ジェン、どうする?」
「うーん、気分的に良くなかったのは確かだし、ラクマニア様達の事を考えると何もしないというわけにもいかないかも。」
たしかにこのまま済ませるとなると紹介状を書いてもらった二人がなめられたと言うことになってあまりよくはない。とは言っても別に直接被害を受けたというわけでもないからなあ。ジェンと少し話をして対応を考える。
「よし、それじゃあ、明日からしばらくの間、時間を空けてくれますか?息子さんの方です。明日朝食の後に呼びますのでお願いしますね。」
「わ、分かりました。マニア、大丈夫だろうな。」
「は、はい。」
翌朝、朝食を終えたところで息子のマニアさんを呼んでもらう。
「おはようございます。昨日は誠に申し訳ありませんでした。」
「それでは今日から数日間この町の案内をお願いします。マニアさんがいつも行っている場所でかまいませんが、もちろんあまりに危険なところはやめてください。
あと、案内中はあまりにかしこまった態度はしないでくださいね。普通に友人を案内している体でかまいませんので言葉遣いも普通にしてください。」
「そ、そんなことでいいのですか?」
「ええ、普段行けないようなところとか、穴場の店とか案内してくれると助かります。あと、言葉遣い。」
「わかり・・・わかった。」
そう言って町の案内をお願いした。やはり遊びまくっているせいか、知り合いも多いみたいであちこちから声をかけられている。素行は悪いが人付き合いはそれなりにいいみたいだ。まあ羽振りが良かったせいでつきあいがいいだけかもしれないけどね。
貴族専用の店だけでなく、服を着替えてから平民用の店にも連れて行かれる。かなり怪しい店もあったんだけど、貴重な薬草なども取り扱っていて驚いた。まあ大半が偽物だったので鑑定がなければとても買えない店だったけどね。
食事も結構おいしい店が多くて、変わった素材を扱っているところもあった。ジェンが喜んだのはかなり希少なお酒を売っているところだ。会員制の店なので普通は入れないけど、マニアさんの紹介で入ることが出来たのだ。
思ったよりも楽しい時間を過ごすことが出来て、ある意味よかったかもしれない。ジェンも今までと違う観光が出来て楽しかったみたいだしね。ただいろいろと言い寄られているのは面倒だったみたい。マニアさんがすぐに止めてくれていたけどね。
出発する朝には宿屋の従業員が大勢見送ってくれたのでかなり気が引けてしまった。やっぱりあの二人の紹介状の威力はすごすぎるな。もう一回は泊まらないといけないので、ある意味気が重い。
~総支配人Side~
今日はとんでもない人物がやってきた。ルイドルフ家とハックツベルト家の当主直々の紹介状を持ったお客様だ。受付もその紹介状を見て驚いたみたいで、かなり慌てて部屋に飛び込んできた。
この国で今最も実力があるという2人の紹介状を持つ人間ってどういうことだ?そもそも両名とつながりを持つ人物は王族くらいしかないと思うのだが、もしかして王族なのか?ただ王族ならば事前に連絡があるはずだし、そもそも受付に紹介状を持ってくるなんて事はないはずだ。
大急ぎでフロントに行って驚いた。いたのは20歳にもならない男女の冒険者だったからだ。一瞬この二人かと聞いてしまうくらいだった。
すぐに部屋に案内してから話をするが、話す内容を聞いても間違いなく二人の知り合いだと言うことが分かった。念のため確認をとったところ、間違いないことが分かり、すぐに最上級の部屋に案内した。
紹介状にはできる限りよくしてくれ、費用はこちらに回せばよいとだけで、ただ過剰な接待は控えるように書かれていた。難しい注文だがやるしかないだろう。従業員にもくれぐれも、くれぐれも粗相の無いように伝える。
部屋はかなり満足してくれたようでほっとした。宿泊は3泊と言われたが、さすがにそれは短すぎるので何とか5泊してもらうことなった。さすがに3泊だと不満があったと思われてしまうからな。
夕食は部屋で食べていただいたが、満足してくれたようでほっとする。食事の後で料理人が呼ばれたのでかなり緊張したようだが、「とてもおいしかった。」とお礼を言われたらしく、ほっとしていた。
このまま5泊やり過ごせば十分評価されるだろうと思っていたのだが、息子がやらかしてくれた。その話を聞いたときは血の気が引いてしまった。
どうやら友人達を最上級の部屋に案内しようとしたらしく、運が悪いことにエレベーターの入口で鉢合わせてしまったらしい。あの部屋を使う人物の意味を考えれば分かりそうなものなのに、おそらく二人の姿を見て侮ってしまったのだろう。なんとか他の従業員が引き留めて部屋に行ってもらったようだが、このままで済ませられるはずがない。
すぐに息子のところに行き、どのような人物かを説明すると一瞬で青ざめた。友人達も関わりたくないようで、すぐに出て行ってしまった。それはそうだ。あの2人を怒らせたら自分たちの首はすぐに飛んでしまうだろう。いくら私が下位爵であっても息子は不敬罪に問われてしまうし、私もただではすまないだろう。
せめて罪を軽くしてもらえないかという思いで息子をつれて二人に謝りに行ったが、今後は注意するように言われただけですんだ。このときはほんとにこれで済ませてくれるのか心配だった。
息子に町の案内を頼んでいたので町の中で何か息子をおとしめるような罰を与えるのかと思ったが、普通に町を案内しただけだったらしい。あまりすすめられないようなところまで連れて行ったようだが、かなり満足していたようだ。
二人を見送ってからしばらくして、ルイドルフ家とハックツベルト家から手紙を受け取り、いろいろと楽しませてもらえたということが書かれていてやっと安心できた。
この事件の後から息子は前に比べて大分変わったように感じる。それまでつきあいのあった友人達とも距離を置くようになった。まあ私から見ると本当に友人なのかは怪しかったがな。これでいい方向に進んでくれるとありがたいものだ。
~マニアSide~
友人達と遊んでいたんだが、今日は眺めのいいところでパーティーでもしようという話になった。折角なら最上級の部屋を見せてやるぜと案内したんだが、あいにく使用中と言われてしまう。
今は外に出ているというので部屋を見せるだけでもと思ったんだが、だめだの一点張りだ。掃除をすれば大丈夫だろう・・・。そのうちにここを使っているという二人が戻ってきたようなんだが、若い冒険者風の二人だった。
このときは友人の手前もあって、あまり深く考えなかった。この部屋を使うという意味を考えれば分かるはずなのに・・・。
近くにいた従業員達に他の部屋に連れて行かれたところで父が大慌てでやって来た。そこで聞かされた言葉は衝撃しかなかった。あの方達の紹介状を持ってきたって・・・。それを聞いた友人達は早々に出て行った。まあこれ以上関わりたくないだろう。
もう俺の人生は終わったかもしれないと思ったが、とにかく父と一緒に謝りに行くしかなかった。ここで行かなければこの宿は、いや家は終わりだろう。部屋に到着してすぐに必死に謝った。なかったことには出来ないが、なんとか恩情をかけてもらえないだろうか?
謝罪は受け入れてくれたが、翌日から町を案内するように言われてしまった。町の中で俺をおとしめるようなことをさせられるのだろうか?でもそれですむならまだいいだろう。
それでも覚悟を決めるしかないと思っていたが、普通に町を案内するだけだった。敬語もやめるように言われ、いつも行っている店に連れて行くように言われた。
最初は遠慮してまじめなところに連れて行ったが、「ほんとにいつもこんなところに来ているの?」と言われてしまい、途中から本当にいつも行っている店に連れて行った。友人達には身分や関係を明かさないようにと言われていたので、友人を案内しているとしか伝えなかった。ひやひやすることは結構あったが、かなり楽しんでいるようだった。
あのときの3人は関わりたくないのか、家に引きこもっているらしい。へたに騒がれなくて良かった。
案内も3日目になるとかなり親しく話すことが出来るようになり、いろいろな話をした。その話の中でいろいろと考えさせられることも多かった。この国はもう変わり始めているから貴族という特権にあぐらをかいていると足下をすくわれるという話はかなり衝撃だった。
あの二人と関係のある彼らが言うのであればそれは間違いないことなのだろう。たしかにサビオニアの話は衝撃だったが、どこか遠い国の話と思って聞いていた。
あの出会いから数年後、俺は父から業務の一部を任せてもらうようになった。二人に出会ってから考えを改めて今まで見下していた人間にも目を向けるようにした。すると、かなり有能な人間が見えてきたのだ。今までのことがありなかなか信頼は得られなかったが、仕事を与え、成果が出てくると徐々に信頼を得ていった。
一応教養だけはちゃんと付けなければ小遣いも渡さないと言われていたので不真面目ながらもある程度勉強していて良かったと改めて思った。
生活態度が変わり、俺と付き合ってもあまりうまみがないと思った友人は離れていったが、そんなことはもうどうでも良かった。その代わりに今までつきあいのなかった友人も増えていった。
国の方針が徐々に変わっていき、平民の活躍する場が増えていくにつれて昔の友人達の一部は落ちぶれていった。昔ながらの考えに凝り固まり、有能な人材が逃げていったせいだろう。もしあのとき気がつかなければ俺も同じことになっていたかもしれない。
ハックツベルト家のラザニア爵がやって来たときに、あの二人の話を聞きたいと言われて話すことになった。正直にそのときあったことを話したところ、ラザニア爵は笑いながら聞き入っていた。どうやらあの二人と本当に親交があったらしい。
あのときにあの二人に出会っていなかったら今の俺はなかっただろう。父の権威にあぐらをかいたままだったかもしれない。しかしそのままだったらおそらく今の地位はなかっただろう。気がつかせてくれたあの二人には感謝しかない。
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