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皇帝陛下は○○厨
いつだって貴方は背後から
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「このぬいぐるみ、ベネトナーシュ殿下がお気に召したのは皇后陛下に似ておいでだからかもしれませんね」
「マルティア殿……」
私を熱の篭った眼差しで見つめていたマルティが、不意にそんなことを言った。
今一度、腕の中にあるうさぎのぬいぐるみを観察する。
へにょっと垂れた耳、濡れたように光る紫の宝石で出来た眼。ふわふわと柔らかくて緩やかな曲線を描く体。
うむ確かに……この子は全体的にお母様に似ている、かも。
お母様は癖のない長い白髪と、大きな紫の眼をしていたから。怯えていることが多くて、涙でうるうるしていた庇護欲をそそる目なんかはこのうさぎと瓜二つだ。
「あの日以来、殿下はずっと皇后陛下を恋しがっておられましたから……少しでも、御心の慰めになれば良いのですが」
「あい……」
私がお母様のことを思い出さない日は今日まで一度もなかった。
しかし見た目赤ちゃんでも、中身は二十歳を過ぎた大人だ。無暗に泣いたり、癇癪を起したりはしなかったのだけれど……有能な侍女マルティはお見通しだったのね。
「心の慰めも大切でしょうが、陛下には皇女宮の警備体制を速やかに整えて頂きたいのが私の本音ですよ。前回の暗殺事件で騎士も大分やられましたから……第七部隊は元々人が少ないですし」
「皇女宮につける騎士の選別には時間がかかりますから。きっと陛下も考えておられますよ」
不安そうな二人には悪いが……多分、お父様はもう手を打っていると思う。
だって熱を出した翌日から、綿密に描き込まれた天文図が美しいこの皇女宮の天井には、私の一挙手一投足を観察する存在が複数蠢いているからである。
視線に敏感な私だからこそ気付けたのだろう。きっと彼らは気配を絶って影に潜み、情報収集や暗殺を生業とする存在だ。日本風に言えば忍者かな。最初はまた暗殺者かとビビっていたけれど……彼らに敵意はなく、ただ淡々と私を観察していた。
気付いているアピールと(伝わっているかは不明)お疲れ様ですを込めて、毎朝天井に向かい笑顔を披露している内に、段々とアイドルの運営スタッフのような誇りを持って業務に臨むプロの視線に変わったから、彼らもまた同志と私は勝手に思っている。
「申し訳ありません、皇女殿下。私にもっと力があればよかったのですが……」
「あぅ……(アル)」
沈んだ声音で言うアルだって、皇女付きの部隊を率いているのだからとても優秀だろうに。
スターリア帝国では、皇帝の子一人一人に専属の騎士団が付く。上から順に第一、第二と続き、私は七番目の子だから第七部隊。
当たり前だけれど、後継ぎとしての重要度の高い方により優秀な騎士が付いていて……末っ子の私の部隊は皇族専属騎士団の中では最弱とされている。
けれど皇族の守りにつくのだから、それ相応の実力と振舞い、身分が求められる訳で。騎士団全体としてみれば、皇族付きになれるのは騎士にとっての憧れ、エリート集団らしいのだけれど……。
皇族ほどではないにしても、実力主義の皇宮でアル達は肩身の狭い思いをしているのかもしれない。
私が職場環境を改善してあげられたら良いのだけれど……この問題は中々根深い。変えようとすれば、皇国の常識を根底から覆すようなものだから。
我が国は元々領土を持たぬ騎馬民族からスタートしているらしい。それを実力で奪い取り、侵略戦争を繰り返した結果大陸一の大国となったのだ。
気を抜く暇もない、戦乱の日々。戦えない者を養う余裕はなかったのだろう。弱者を大事に、なんて思えるのは世の中が平和で、人々に余裕があるからだもの。
お父様の圧倒的な実力によって近隣国は漸く大人しくなり、戦乱が遠のいたことで今のスターリア帝国内は富み始めている。しかし人々が弱き存在へ心を寄せるようになるにはまだもう少し時間がいることだろう。
もっと人々の暮らしが安定してから……次世代を国が育てるようになるまでは、本当の意味での意識改革は難しい。
まあ、皇族一家には先駆けて弱者(私)を大事にしている姿を国民にアピールして頂こうと思っているけどね!
恐怖の代名詞のような存在ではあるが、皇族のカリスマ性はすさまじく、国民にとっては崇拝の対象とすらなっている……らしい。そういう人達が率先して弱者を大切にする姿はきっと良い広告となるだろうから。
「あい、あうぅ(アル、もうちょっと待っててね)」
右手にぬいぐるみを抱えつつ、私は落ち込んでいるアルの頭をそっと撫でる。
今の私にはこれくらいしか出来ないからね……ごめんよ。
「皇女殿下は本当に御優しいですね……私ももっと精進しなければ」
ふふ、と小さく笑ったアル。
私の手にそっと触れようとして――――その腕は背後から現れた第三者に掴まれ、阻まれてしまった。
あれ……このパターン、もの凄く既視感があるのだけれど。
「皇族に対しあまりにも気安い態度ではないか、アル・ファルド第七騎士団長」
冷然とした色のない声。
それなのに、人に心地良いと思わせる……うっとりとするような甘い響きをしているからいつも不思議なのだ。この人の声は。
「ひ、ッ、陛下……!」
「末子とはいえ、これも皇族の一人。立場を弁えぬ不敬な腕など、必要か?」
はい、必要です。
声を大にして主張できたらどんなに良いか。
今日も今日とて、背後から現れて(趣味かな。それともこの登場方法しかない?)冷酷非情さも絶好調な皇帝陛下……お父様は、そう言って掴んだアルの腕に力を込めたのだ。
「マルティア殿……」
私を熱の篭った眼差しで見つめていたマルティが、不意にそんなことを言った。
今一度、腕の中にあるうさぎのぬいぐるみを観察する。
へにょっと垂れた耳、濡れたように光る紫の宝石で出来た眼。ふわふわと柔らかくて緩やかな曲線を描く体。
うむ確かに……この子は全体的にお母様に似ている、かも。
お母様は癖のない長い白髪と、大きな紫の眼をしていたから。怯えていることが多くて、涙でうるうるしていた庇護欲をそそる目なんかはこのうさぎと瓜二つだ。
「あの日以来、殿下はずっと皇后陛下を恋しがっておられましたから……少しでも、御心の慰めになれば良いのですが」
「あい……」
私がお母様のことを思い出さない日は今日まで一度もなかった。
しかし見た目赤ちゃんでも、中身は二十歳を過ぎた大人だ。無暗に泣いたり、癇癪を起したりはしなかったのだけれど……有能な侍女マルティはお見通しだったのね。
「心の慰めも大切でしょうが、陛下には皇女宮の警備体制を速やかに整えて頂きたいのが私の本音ですよ。前回の暗殺事件で騎士も大分やられましたから……第七部隊は元々人が少ないですし」
「皇女宮につける騎士の選別には時間がかかりますから。きっと陛下も考えておられますよ」
不安そうな二人には悪いが……多分、お父様はもう手を打っていると思う。
だって熱を出した翌日から、綿密に描き込まれた天文図が美しいこの皇女宮の天井には、私の一挙手一投足を観察する存在が複数蠢いているからである。
視線に敏感な私だからこそ気付けたのだろう。きっと彼らは気配を絶って影に潜み、情報収集や暗殺を生業とする存在だ。日本風に言えば忍者かな。最初はまた暗殺者かとビビっていたけれど……彼らに敵意はなく、ただ淡々と私を観察していた。
気付いているアピールと(伝わっているかは不明)お疲れ様ですを込めて、毎朝天井に向かい笑顔を披露している内に、段々とアイドルの運営スタッフのような誇りを持って業務に臨むプロの視線に変わったから、彼らもまた同志と私は勝手に思っている。
「申し訳ありません、皇女殿下。私にもっと力があればよかったのですが……」
「あぅ……(アル)」
沈んだ声音で言うアルだって、皇女付きの部隊を率いているのだからとても優秀だろうに。
スターリア帝国では、皇帝の子一人一人に専属の騎士団が付く。上から順に第一、第二と続き、私は七番目の子だから第七部隊。
当たり前だけれど、後継ぎとしての重要度の高い方により優秀な騎士が付いていて……末っ子の私の部隊は皇族専属騎士団の中では最弱とされている。
けれど皇族の守りにつくのだから、それ相応の実力と振舞い、身分が求められる訳で。騎士団全体としてみれば、皇族付きになれるのは騎士にとっての憧れ、エリート集団らしいのだけれど……。
皇族ほどではないにしても、実力主義の皇宮でアル達は肩身の狭い思いをしているのかもしれない。
私が職場環境を改善してあげられたら良いのだけれど……この問題は中々根深い。変えようとすれば、皇国の常識を根底から覆すようなものだから。
我が国は元々領土を持たぬ騎馬民族からスタートしているらしい。それを実力で奪い取り、侵略戦争を繰り返した結果大陸一の大国となったのだ。
気を抜く暇もない、戦乱の日々。戦えない者を養う余裕はなかったのだろう。弱者を大事に、なんて思えるのは世の中が平和で、人々に余裕があるからだもの。
お父様の圧倒的な実力によって近隣国は漸く大人しくなり、戦乱が遠のいたことで今のスターリア帝国内は富み始めている。しかし人々が弱き存在へ心を寄せるようになるにはまだもう少し時間がいることだろう。
もっと人々の暮らしが安定してから……次世代を国が育てるようになるまでは、本当の意味での意識改革は難しい。
まあ、皇族一家には先駆けて弱者(私)を大事にしている姿を国民にアピールして頂こうと思っているけどね!
恐怖の代名詞のような存在ではあるが、皇族のカリスマ性はすさまじく、国民にとっては崇拝の対象とすらなっている……らしい。そういう人達が率先して弱者を大切にする姿はきっと良い広告となるだろうから。
「あい、あうぅ(アル、もうちょっと待っててね)」
右手にぬいぐるみを抱えつつ、私は落ち込んでいるアルの頭をそっと撫でる。
今の私にはこれくらいしか出来ないからね……ごめんよ。
「皇女殿下は本当に御優しいですね……私ももっと精進しなければ」
ふふ、と小さく笑ったアル。
私の手にそっと触れようとして――――その腕は背後から現れた第三者に掴まれ、阻まれてしまった。
あれ……このパターン、もの凄く既視感があるのだけれど。
「皇族に対しあまりにも気安い態度ではないか、アル・ファルド第七騎士団長」
冷然とした色のない声。
それなのに、人に心地良いと思わせる……うっとりとするような甘い響きをしているからいつも不思議なのだ。この人の声は。
「ひ、ッ、陛下……!」
「末子とはいえ、これも皇族の一人。立場を弁えぬ不敬な腕など、必要か?」
はい、必要です。
声を大にして主張できたらどんなに良いか。
今日も今日とて、背後から現れて(趣味かな。それともこの登場方法しかない?)冷酷非情さも絶好調な皇帝陛下……お父様は、そう言って掴んだアルの腕に力を込めたのだ。
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