囁きは蜘蛛の糸

深緋莉楓

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第43話 水の気を纏う人

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※紫苑視点になります。

 前もって運んでいたはずなのに、大晦日の今日は朝から大騒ぎだ。

「重いですよ?」
「む? これは私では運べぬ!」
「ならば私が」

 鬼国から天翔てんしょう朱殷しゅあんから託された品物を運んで、裏庭に置くとすぐにとって返す。俺達は鬼道の側に積み上げられた食べ物を各自持てる物を選んで運ぶ。

「ったく、どれ程持ち込む気なんだ? この量ときたら……お前ら二、三日はここで羽を伸ばすつもりだろう?」

 呆れたような柚葉の声にびくりと肩を上げた白群びゃくぐんは乾いた笑いでどうにかこの場をごまかそうとした。

「い、いやぁ、俺もまさかこんなにあるなんて思ってもいなかったわけであります……」
「嘘つけ。知っていたからこそ手伝いに来たんだろうが?」
「あぁ、っと。その、朱殷が……あ! 紫苑、コレもお願いして良いかな!?」
「お前が紫苑を使うな! 阿呆あほう!」

 目くじらを立てる柚葉から隠れるように俺の背に回った白群だけど、俺より背が高いしガタイも良いから全然隠れられていなかったりする。

「はいはーい! 喧嘩は終わってからにしてくださーい!」

 白群から渡された荷物を空中でバラけないようにしっかり結界で包んで俺の蔦で三階の裏庭に面した開け放った窓へと運ぶ。

翳狼かげろう? そこにいる?」
「おりますよ!」
「受け取ってー!」

 一足先に出ていた翳狼が器用に前脚を使って荷物を室内へと引き込んでくれたのを確認して蔦を緩める。

「紫苑のおかげではかどるなぁ!」
「感心ばかりしていないでお前も運んだらどうだ?」

 柚葉に睨まれた白群は慌てて足元に積まれた酒樽を肩に担いだ。その白群の空いている方の肩に風呂敷に包まれた三段重を首に引っ掛けた飛影が飛び乗る。どうやらついでに自分ごと運んでもらいたいようだ。

 羽子板代わりのバドミントン道具一式を蔦で絡め取る俺を見て飛影が白群の髪を引いた。

「……紫苑のような仏像を見た事があるぞ!」
「へっ? 仏像?」
「うむ、あれは確か、千手観音といったか? 似ているであろう? 手がいっぱいあって便利そうなのだ」
「はぁっ!?」
「っぶっ! 似てっ……あっ、すみませっ、俺酒運ばねぇとなっ! 飛影、落ちるなよ?」

 すごい早さで駆け出した白群と振り落とされないようにしがみつく飛影が激しく上下左右に揺れるのを柚葉は柔らかな笑みを浮かべて見ていた。

「痛っ! 飛影、爪! 痛え!」
「あうわわわわわ! 落ちてしまう! お重がボンボン胸を叩いてっ……ぐかぁあああああ!」

 結局飛ぶ方が安全だと判断した飛影が翼を広げ、一瞬太陽の光を受けて脚の指輪がキラリと輝いた。

「漫才か、あいつらは」

 やれやれと溜め息をつきながら柚葉の腕がそっと腰に添えられ、抱き寄せられていた。

「柚葉も蔦で運んでくれたら良いのに」
「んー? 俺のは蔦じゃない。鞭に近いだろ。紫苑の蔦は良いな、棘も出るから荷物がずり落ちる危険も少ない」
「んじゃ、三階アッチで受け取ってくれたら良いのに」

 俺の頸に何度も唇をつける柚葉は鼻を鳴らすと

「俺はここにいなきゃいけない、だろ?」

 とたいそう不満気に囁く。

「へ?」
鬼化きかして妖力を使うからキスをして補給させてあげなきゃいけないし……何度見ても美しいこの姿を一瞬も見逃したくない」

 すり、と柚葉の手が角を撫でると背筋をぞくりと仄かな快感が走り抜ける。
 鬼化ができないと悩んでいた頃には原因を確かめる為に朱殷も触っていたけれど、もう彼女が俺の角に触れる事はなくなった。

「そんな不敬は働けんもん」

 と朱殷は笑った。
 相変わらずわしゃわしゃと俺の髪を乱したり結ったりして遊んだりはしている。

 角に触れる事がかなりデリケートな事だというのはあの一件で良く解っていたけど、やはり最初のうちはという言葉に慣れなかった。
 朱殷は俺の角をへし折ったりはしないのに……でも俺は規律を乱したいワケじゃないから、それは変えられないしきたりの一つだと納得するしかなかった。

 だから触って良いのは柚葉だけ。

 その事実が染みついた心と身体は自分の存在そのものが柚葉に委ねられている現実を甘く受け入れる。

 

 それがひどく嬉しい俺は背後から温めるように抱きしめてくれる柚葉を振り返る。

「ん? 俺も嬉しいよ。俺の全ては紫苑のものだ」
「うん……嬉しい、ね。すごく嬉しい」

 誰かが柚葉の角を折りに来たら、俺は全力で戦い阻止するだろうと思う。

「俺の、だ」
「どうした?」

 くすくすとからかうように笑うくせに眼差しはいつもひたむきな柚葉めがけてひょいっと背伸びをする。

「……ふはっ!」
「むぅ」

 からかわれたから、キスはやめて鼻に噛みついてやったらなんとも幸せそうに笑われて、自分で仕掛けたくせに頰が熱くなる。

「休憩にしようか? 紫苑」
「えっ、でもまだ荷物が……」

 スッと離れた柚葉は俺の返事を待たずに、軽々と酒樽を持ち上げてそっと手を差し出す。

「行こう?」
「サボっても良いのかなぁ?」
「あとは白群に任せれば良いだろう。戻るついでに酒樽の一つでも運んでやれば文句は言わんだろう? 少し早めの昼食にしてあとは昼寝としゃれ込もう」

 今夜は夜通し宴会だからと言う柚葉に掴まれた右手首。荷物はまだあると迷う俺の気持ちを本音じゃないだろうとあっさりと蔦が消えた。

「……じゃ俺はお重で良いかなっ?」

 口を開く度に立ち上がる白い息に、お昼ご飯は温かい物が良いよね。じゃあなんにする? と相談をする俺達の前に次の荷物を取りに来た翳狼が穏やかに目を細め、お戻りで? と声をかけた。

「お前達も上手く白群に押し付けて早く来いよ?」

 と告げて柚葉は俺の手を引いたまま、肩に酒樽を抱えているとは思えない程の軽やかな足取りで歩き出す。

「昼はうどんにしようか?」
「賛成! 肉うどんが良い。んで」
「卵入れるんだろ?」

 うどんといえば肉うどんだし、肉うどんとなれば卵落としたい。あとはネギとワカメが入れば文句ナシ! だけど、きっと柚葉なら黙ってても入れてくれるはず!

「手伝えよ?」

 って笑う柚葉からはぼんやりとネギとワカメのイメージが伝わってきて、俺は一人こっそりと美味しいうどんが食べられそうだとにんまりした。

「……で?」
「でってなんだ、でって」

 軽い昼食のはずのうどんでお腹がいっぱい大満足。空腹が満たされたその後は、柚葉の腕枕でどんな年越しになるのかなって話をしてたら唇が重なってきて。じゃれ合っているうちに……まぁ、そういうコトになってしまって、頭の上の騒音に意識を引き戻されるまで俺は熟睡していたんだけど……柚葉、言い合ってる?

「……ぅ、ゆず? どしたの?」

 寝過ぎて重い目蓋を擦る。寝惚けて力加減の狂った指にジリリと鈍い痛みを感じてよけいに涙目になる。

「寝過ぎじゃ! なんよ! 紫苑がおるから安心じゃわぁって思っとったんに、昼寝だけならまだしも! えっちまで! 私は開いた口が塞がらんのん!」
「俺は人の寝室にズカズカ乗り込んで来るお前に開いた口が塞がらんがな」

 ベッドが微かに軋み、くしゃりと柚葉が俺の髪に指を通す感触にゆっくりと目を開けると頬を膨らませた朱殷がいた。

「ぇ、しゅ、あん?」
「紫苑、起きて? 早う服着て!?」
「……えっ」

 かろうじて下半身は布団に隠れていたものの、上半身はしっかり晒してしまっていた。

「ご、ごめん……柚葉、シャツ取って?」
「お前はさっさと出て行け」
「んまー! ひどい! 聞いた? 紫苑、聞いた? 二人がぐーすか寝とる間に宴会の準備バッチリ整えたんに、ひどくなぁい?」

 ぷっくりと膨れた朱殷がベッドの上をのっしのっしと這い寄ってくる。

「……う。ごめん、朱殷。俺が爆睡してたから……」

 きっとそうだ。柚葉は朱殷が来た事に当然気付いたと思う。でも俺がのん気に寝てたからずっと傍にいてくれて。
 だから悪いのは安心しきって気も張らずに寝入っていた俺で柚葉じゃないんだと、どうしても朱殷に解って欲しくて力説していると寝室のドアの向こうから知らない声が聞こえた。

 その声はひどくゆったりとしていて、低く柔らかで辺りを包む優しさがあった。

「朱殷様はせっかちじゃのぅ。お前様の腹の虫が鳴り止まんからと……せっかくの甘い夢から醒ますとは不粋極まりないのぅ」
「じゃって! 今夜の為にお昼抜いたんよ?」
「それはお前様の勝手な都合でありましょうが?」

 くつくつと朱殷をからかう声は相変わらず穏やかで、姿の見えない相手がとても気になる。そっと柚葉の腕に触れて、誰? と問えば柚葉の代わりに朱殷が答えてくれた。

「あんな! 一人連れて来たん! 早よ入って来んさいよぅ!」

 いつも以上にテンションの高い朱殷はドアの方へ首だけ向けると大声で縹という鬼神を呼んだ。

「いやいやいや、おさと伴侶様の寝所へは入れんよ、ワシは。お前様と違うてな。さてお二人の準備が整うまで階下したでお待ちしておろうかの」

 スッとドアの隙間から一瞬見えた姿はすらりと背が高くとても美しかった。

「あっ! はなちゃんっ! 待って! 私も行くん!」
「はなちゃん?」

 くるっとベッドの上で華麗に反転した朱殷は消えた影を追おうとしていた。
 あの一瞬で目に焼きついた美しい人は、はなちゃんというのかと寝起きの回転の悪い頭で考えていると、ぎゅうっと頰を柚葉に摘まれた。

「いひゃい、れす」
「ちゃんと紹介してやるから……そんな熱っぽい目で俺以外を見るな」

 チッと小さな舌打ちをした柚葉は朱殷にすぐに行くから出ろ、と顎でドアを示してすぐに俺に向き直った。

「解った。待っとるからね? あ、紫苑? がんばってー」

 意味不明な朱殷の声援を受けた俺はドアが閉まると同時に不服そうな柚葉に押し倒されていた。

「他の奴らにはあんな目はしなかった」

 嫉妬を隠そうともしない柚葉の首に腕を絡めて力いっぱい引き寄せる。

 ふわりと柚葉の匂いに包まれて、胸の奥が熱くなった。

 ときめいたんじゃない。ただ改装に来てくれた鬼神達とは気配が全く違っていたから。
 ただそれだけだから……ちゃんと伝わると良いな。

「ん。あのね。なんだか不思議な雰囲気の人だなぁって思って」
「……不思議?」

 痛いくらいに首筋に吸いつかれて、柚葉の嫉妬がほんの少し薄れたのを感じる。所有痕で安心するならいくらでもつけてくれてかまわない。

「うん。全然荒っぽさを感じなかった……なんか……水みたい?」
「紫苑にはそう感じられたのか……水、な。確かに水のような奴かもな」

 ふぅ……と溜め息のような吐息のような、苛立った自分に腹を立てていてそれをなかった事にしたいような、けどかなり満足そうな音を伴った息が耳にかかって、思わず柚葉を抱きしめた。

「笑うなよ」
「笑ってない」
「疑ったワケじゃないぞ?」
「ん。解ってる」

 柚葉が嫉妬深いのは。俺に関する事にだけ心の乱れを隠そうともしない……っていうか隠せないのも、ちゃんと知ってる。

「特別なのは柚葉だけだよ?」
「……充分解っているはずなのに、な」

 我ながら心が狭い、と自嘲する柚葉が愛おしくてならない。
 あまり時間をかけるとまた朱殷の怒りの突撃に遭いそうだから、ぎゅうっときつく抱きしめて、お返しに同じくらいの位置にキスマークをつけてから柚葉を解放した。

「着替えて、早く行こう?」
「……ちゃんとついた?」
「えっと、うん。ついてるよ、俺の痕」

 ならば良い! とご機嫌になった柚葉に手を引かれて起こされて、改めてシャツに腕を通すと丁寧にボタンを一つ一つかけ始める。
 手は止めずに軽くキスをしかけてくる事も忘れないのには、ちゃっかりしてると思うよりも単純に器用だなと感心してしまう。

 ボタンを留め合う俺達はまるで子供だ。俺も柚葉も子供みたいに拗ねて駄々をこねて甘えて笑う。
 誰にも見せられない外面なんか取り払った素面を見せ合ってぶつかって、眉間に皺を刻んだすぐ後でお互いの体温とキスで機嫌を直す。

「あのさ。俺、そういうのなかったから……いてもいなくても一緒ってか、いない方が良いって感じだったから、なんか、その……」

 嬉しいんだ。俺の視線の先を見てくれている人がいるって、ちゃんと俺が存在してるって感じがして……。

 柚葉に勘違いさせるような態度の──もちろんそんなつもりはない──俺が悪いっていうのは百も承知の上。それでも嬉しいって思いが勝ってしまう俺を許して欲しい。

「紫苑に愛想を尽かされない程度にしなきゃな……とは思うんだけど、多分ムリだ。諦めろ」

 寝乱れた髪を整えながら申し訳なさそうに微笑む柚葉に抱きついた。

「ね、柚葉! なんか良い匂いしてるね!」
「ああ、準備万端って言ってたしな? 笑って年越ししような。さっきは本当にすまなかった」

 謝りながらそっと頬を包む大きな掌が大好きだ。俺の返事を待って揺れる深い緑の瞳も大好きだ。

「柚葉、大好き」
「うん。行こうか……紫苑の好物の唐揚げの匂いがする」

 ほっと安堵の吐息を零した柚葉に手を引かれて、美味しそうな物の匂いのする方へと進む。

「わあ!」

 そこはいつもの部屋じゃなく、リフォームされたばかりの四階だった。二部屋をぶち抜いてまるで宴会場のように改装した空間には真新しい畳が敷かれ、一角にはコタツも置いてある。

「どう? すごいじゃろ!」

 がんばったんよ! と拳を握る朱殷の目はこれからの宴会への期待でキラキラしている。

「あれ? さっきの人は?」
「はなちゃん? 辰臣シンシンと一緒に台所におるよ。お酒に燗つけしよるん。戻って来たら紹介するね。じゃから、つまみ食いはしたらいけんよ?」
「あ、うん。解ってる」

 釘付けだった唐揚げから慌てて視線を外して、テーブルに所狭しと並んだ豪華な料理を眺めた。

 舟盛りにステーキ。サラダに……あれは鍋かな? 蟹も海老もあるし、とにかく豪華だ。

「年越し蕎麦も、もちろんあるん! 紫苑、お蕎麦食べられる? 食べたら痒うなったりせんのん?」
「アレルギー? うん、大丈夫」
「良かったぁ! こーんな大っきい海老の天ぷら用意したん!」

 肩幅に開かれた手の大げささについ吹き出してしまった俺と柚葉を頰を膨らませた朱殷が睨む。

「二人には桜海老の粉になったヤツじゃ」
「まぁた、お前様はそういう心にもない意地悪を言うのぅ。鮮魚店の店主に駄々をこねまくって一番大きな海老を格安で手に入れたくせに」
「はなちゃんっ!」

 顔を赤くして慌てて振り返る朱殷に微笑みかけるはなちゃんと呼ばれている長身の男性が両手に徳利を持ったまま俺達の前に進み出た。

「先程は扉越しに失礼いたしました。伴侶殿、儂ははなだと申す者……あぁ、ついつい儂と言うてしまうのは昔からの癖ですのでお許しを」
「はなだ、さん」

 教えてもらった名前を繰り返すと、朱殷に見せていたのと同じ笑みをくれた縹さんは呼び捨てにして欲しいと照れくさそうに眉を下げた。

「長よ、これを貴方様に一番に飲んでもらいたくての。聞けば燗は朱殷様がつけると。それは危険だと思うてな。遠慮は忘れて来させていただきましたのよ」
「……失礼なん。私だって燗くらいつけられるん」

 朱殷はぶうたれながらも柚葉と俺を上座に座らせて、素晴らしい色で絵付けのされたお猪口を渡してくれた。
 くるりくるりと回して絵と色に見とれていると、古伊万里だと教えてくれた。

「長のお口に合うかの」
「お前の酒に間違いはなかろう?」
「さぁて。今年はどうやら」

 お酒を注ぐ縹の手付きも、注がれる柚葉も堂々としていてとても様になっている。
 とくとくとく、と小気味良い音を立ててお酒が柚葉の持つお猪口を満たすと辺りにふんわりと微かに甘い日本酒の香りが漂った。

「さ。伴侶殿もご一献」

 ずいっと差し出された徳利に思わず自分の歳を考えてしまった。
 未成年だけど、もう人間じゃないし、いいのかな……なんて思ったりして。

「あの、お酒飲んだ事なくて……味とか解らなくて……」
「ふふっ。かまいませんよ。舌の上に乗せて香りを楽しんでいただければ、儂はそれで満足じゃ。唇を湿らせる程度でも良い。美味いと思うも不味いと思うも貴方様次第じゃからな」

 気を悪くするでもなく、強引に飲めと押しつけるでもなく、やはり優しく微笑んでくれる縹の瞳は雲一つない晴天を映した静かな水面のように澄んでいた。

「一口、飲んでやれ。縹の造った酒だ」
「美味しいよ! はなちゃんは何よりもお酒造りに力を注いどるん!」

 実は上位十位以内の力があるにも関わらず、管理者として人の世に赴くよりも酒樽を見ている方が性に合っているとかで鬼国の杜氏の任を拝命しているとか、白群と気が合ってよく将棋を打っているとか、縹について朱殷が色々と教えてくれる。

「ん? 味が変わったな? 米か?」
「さすが。今年はこしきを新調しましての。あとは麹も少し弄ってみまして。お口に合いませんかの?」
「いや、美味い。香りが良いな。それに飲みやすい」

 紫苑も、と勧められて、恐る恐る一口。

「……美味しい!」

 するりと喉を下りていく温度は一番お酒を活かす最高の温度なんだろう。
 口に含んだ時と飲み飲んでからの味と湧き上がる香りが微妙に違う事を伝えようにも適切な言葉が見当たらない。

「そうか。お気に召していただけたか」

 俺の拙い感想にも縹は満足そうに笑って朱殷と自分のお猪口に酒を注いだ。

「ああ! ズルいっ! 俺も飲みたい、縹の新作!」

 大皿に山盛りの天ぷらを持った白群の悲鳴に縹は肩をすくめると

「賑やか賑やか。けっこう、けっこう」

 と外見に似合わず、時代劇で見聞きしたような言葉遣いをする縹の気はやはり静かな水面のようだった。

「紫苑、飛影を呼んでくれ。俺は翳狼を呼ぶから」
「あ! 天翔も呼びたいん!」

 使い魔達はどうやら気を遣って、森に住むもの達にほんの少しのおすそ分けを持って年末の挨拶に出ているらしい。
 天翔はこの森に住んではいないから、裏庭で羽を休めているという。

「呼んで良いのかな?」
「呼びなされ、伴侶殿。でないと森のもの達は夜明けまで飛影のお喋りに付き合わされてしまいますぞ? さ、儂は次の燗をつけて来ようかの」

──縹の言う通りかも知れない──呼ぼう。

 水が流れるように音も立てずに動く縹の背中を見送りながら、飛影の羽根に唇をつけた。

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