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第62話 また会う日まで
しおりを挟む「次に会う時は、高校生なんだね。背、伸びてるかな?」
と期待を込めて頬を赤らめた優希に、柚葉はどうだろうな? と返事をして、鍋はやめろと声をかけた。
「えっ? なんで? 神様は楽しくなかった?」
「いや、楽しかったぞ。ただな、次は、空飛ぶモモンガだかなんだかを見せてやりたいと思ってな。という事はだ。夏にお前はここに来る事になるだろう? だから、真夏の鍋はちょっとな」
「主人! それはなんたる名案! 私も友達を紹介できて嬉しいぞ!」
「その頃には私も森のみなさんと仲良くなれているでしょうか? ワクワクします!」
「神様、ホント!? 約束だよ!」
「なら、流し素麺じゃな! 辰臣、竹割って!」
「よし来た、任せとけ!」
三年後、なんて言ったくせに実質的には二年半だ。たった半年、されど半年。もう今から背が伸びた優希に会うのが楽しみでならない。
「俺も伸びるのかな?」
「伸びるだろ? 成長期なんだし」
「案ずるでない、紫苑。いざとなったら主人にびょーんと伸ばしてもらえば良いのだ」
「あ! お兄ちゃん、ズルい! ズルはダメだよ!」
「時が止まったわけじゃねぇからな。伸びるさ」
人間から変化した身体がどうなるのか知りたかっただけなのに、何故だろう? 慰められているような気がするのは……。柚葉の大きな手が頭に添えられているからか、はたまた優希と飛影がズルだ神技だと言い合っているからか、それとも白群と縹が俺達兄弟を生温い目で見ているからか?
「食後の一杯……は、今夜は茶にしようかの。長、緑茶で?」
「あぁ、そうだな。紫苑の好きな玉露が棚の……」
「長、そこは勝手知ったるなんとやら。場所は存じておりますわい。どうかゆるりとお過ごしくだされ」
すぅ、と立ち上がる縹を目で追う優希はそれぞれで鬼火の色が違うのかと誰にともなしに問う。
「んん? 私のは? どう見えるん?」
掌で小さな鬼火をぽっと炊いた朱殷が向かいに座った優希に問いかけると、優希はじっとその掌で揺れる炎を見つめ続けた。
「掌に近いトコ……炎の底って言うの? そこがね、お姉ちゃんのは赤いよ。ほんのちょっとだけど。あ、お兄ちゃんと神様はね、色は同じなんだけど。色は二つだし順番が逆になってて不思議だなぁって思ってたんだ。炎の底に薄っすらと色があって、先っぽは青白い感じで……だから、みんなが火を使ったら綺麗なんだろうなって思って……」
ゆっくりと区切って言うのは、ちゃんと自分の言いたい事が伝わっているか不安な時の優希の癖だ。その証拠に語尾を濁らせ、俺達一人一人の顔を見て息を詰めている。
「これはまた、驚きなん」
鬼火を握り消した朱殷がじいっと優希を見つめると、優希は何故か救いを求めるような視線を俺に投げてきた。
「そう言われれば確かに根底の色は違うけど、そんなに驚く事?」
「ん。普通の人間にはそこまでは解らんはずなん。戦期のじゃあるまいし、こんな小さな鬼火なら、ボーッと青白い炎が揺れとるわぁくらいにしか認識できんはず……じゃな? 長」
「そう、だな。やれ火の玉だなんだと騒がれたりもするが、所詮はまあ、その程度だろうな」
「え? 俺、普通じゃないの!?」
両手で頬を挟んだ優希が眉を下げて俺を見上げる。
きっと、大丈夫──柚葉から流れる気が乱れていないから、怖い事にはならないはずだ。
「何か問題でも?」
人数分の湯呑みを盆に載せて戻った縹が部屋中に漂う疑問を感じ取ったのか、いつもと変わらぬ穏やかな口調で誰にともなしに問いかけると朱殷が事の次第を簡潔に伝えた。
「儂のは何色に見える?」
「えぇっと、びゃく兄より濃い青。あ、空の色! に似てる」
ふむ、と湯呑みを唇に当てて目を閉じた縹はただお茶の香りを楽しんでいるようにも見えた。
「恐らくは」
と、目を閉じたまま呟いた縹の言葉を柚葉が拾う。
「認識の問題、か。優希とその他大勢との違いといえば、俺達をきちんと神として認識しているかどうかという点だな」
「いかにも。確かに弟御は人間。なれど、こうして密に時間を分かち合う稀有な存在」
普通の人間が経験し得ない事が重なった優希は少しだけ特異な力を持ってしまったみたいだ。
「そ、それって、オバケ見えたりするようになっちゃう?」
優希は湯呑みを握りしめ、半ベソ状態だ。そんな優希を慰めるようにぴょんと膝に飛び乗った飛影と、足元にすり寄った翳狼。
「大丈夫ですよ。ねぇ?」
「そうなのだ。主人、優希が可哀想なのだ。早くお言葉を!」
せっつく飛影は首の辺りの毛をふっくらとさせて、少々不満気だ。柚葉は静かにお茶を飲み下すと、柔らかな眼差しで優希を見やった。
「心配するな、臆病者め。お前には俺と紫苑の加護がある。オバケと言われるような低級な魔や思念体はお前に害を及ぼすどころか、側にさえ近付けまい」
「て、コトは?」
「恐ろしいモノは何も見えぬ、何も聞こえぬ、安全安心という事なのだ!」
柚葉に臆病者とからかわれ、飛影には慰められ、怒っていいのか喜んでいいのか複雑そうな優希の頭を撫でると、ほっと肩から力が抜けたのを感じた。
「お兄ちゃん、神様も。ありがと」
「ひょっとして……あの、優希様の目が鬼神様の魂色を捉える事ができるのは、お二人の加護のせいやも知れませぬ。私の目には優希様を取り巻く加護の渦が紫苑様を求め、離れ難く見えるのです。同じ色ではないのです。ですが、なんと申しましょうか……縁……そう、切っても切れぬ縁を感じるのです」
「それは、善いものか?」
柚葉に問われた絢風は小首を傾げ、クゥと鳴く。
「善悪の判断は私にはつきません。ただ、とても美しい、とだけ」
「絢風の目に美しいと映るのならば、善きものに違いないのです!」
嬉しそうに尾を振る翳狼の頭をそっと撫でる優希は飛影にもそう思う? と聞き、同じ答えをもらって満足したようだった。
「これだけ仲の良い兄弟なん。その想いが悪く影響するなんてないじゃろし」
「うん……良かったぁ。なんか、いっぱいびっくりしちゃったよ。俺、普通じゃないのかな。お兄ちゃん達に迷惑かけてないかなって。安心したら眠くなって来ちゃった……」
小さな欠伸と眠気に抗うかのように一口二口と傾けられる湯呑み。どんなに抗っても、もうじき優希は深い眠りに落ちる事になる。
優希の門限まで十五分。
優希一人を歩いて帰らせるわけにはいかないので、柚葉と相談して眠ってもらう事にした。
眠っている間に、柚葉の結界内の空気を閉じ込めない為に一旦森の外へ運んで、そこで普通の人間が鬼道を通っても問題ないように堅固な結界を編む。そして俺の頭の中にある家の間取りを柚葉に読んでもらって、直接優希の部屋に鬼道をつなげて、優希をベッドに寝かせたら俺達は退散……という計画。
翌朝の優希はなんだか懐かしい夢を見たような気がする、くらいで今日の事は記憶に残っていない。そう思うと寂しいけれど、また会えるんだし、これからも繰り返していかなくてはならない事だから慣れなきゃいけないな、と思う。
「優希、翳狼の背に乗ると良い。ふかふかでぬっくぬくなのだ」
「う、ん……そだね。こんなチャンス滅多にないし……神様、良い?」
「あぁ、翳狼が良いならな」
「さ、どうぞ!」
床にぺたっと完璧に伏せてくれた翳狼を見て、虎の敷物を思い浮かべたのは申し訳ないと思う。そうまでして転がり落ちないように気を遣ってくれた翳狼の背に、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた優希をそっと降ろすと、ぎゅっと翳狼の自慢の毛を一房握りしめて薄っすらと笑みを浮かべて規則正しい寝息を立て始めた。
「お開き、なんじゃな」
名残惜しそうな朱殷の頭を無言で撫でる白群も寂しそうだ。兄としては、優希がここまで俺の大切な人達に受け入れてもらえて良かったと思うばかりだ。
「ホント楽しかったん。次は優希をもっともっと楽しませたいん」
「次に会う時は、優希は酒が飲めるかの?」
「まだだよ! 次だってまだ未成年! お酒は二十歳になってから! それに優希は人間だから……」
「あぁ、そうであった。鬼国の物は口にできぬ、な」
「だから縹は俺と一緒に流し素麺の台作って、錦糸卵焼いてくれや」
「それは……かまわんが、その場にまた儂がいても?」
「はい、はーい! 花火したいん! 線香花火で競争したいん! 打ち上げのはガマンするから、長、ええじゃろ?」
「森の仲間にも喧伝せねばならぬな! 大忙しなのだ!」
「……となると、またも大騒ぎだ。一人でも減ったら優希が寂しい思いをするかもな? 増える分には良いが減っては困る。な、紫苑? それに、俺達はお前の酒が要るんだぞ? 紫苑には軽め甘口で頼むな」
寝入った優希の上で、小声でぽんぽん交わされるやりとりは既に二年半後をどう楽しむかばかりで、つい笑ってしまう。
「来年の事を言えば──って言うのに!」
「ええんよ。私ら鬼が笑っとるん。誰にも文句は言わせんのん! ほら、もう時間じゃろ?」
「ん。またしばらく、お別れだね」
立ち上がると、背を気にしながらゆっくりゆっくりと翳狼も立ち上がる。優希のお気に入りのコートを掛けてやると、翳狼が耳を垂らして俺を見上げた。
「紫苑様も乗られませ。そして優希様を抱いてあげていただきたいのです。このまま窓から飛び出せば、きっと落ちてしまわれます」
「紐でぐるぐる巻きにしてしまえば良いさ。先に下で待ってるよ」
そう言う柚葉は俺のコートを片手に、もう準備は整っているようだ。
この時間は柚葉がくれた今回最後の兄弟水入らずの時間だ。その想いを無駄にしないように、そして優希を落とさないようにと念を込めて紐を編み上げた。
──二年半後が楽しみだね──
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