遠いか近いかは貴方次第

深緋莉楓

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第3話

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 そう答えた彼は振り返らない。

「人間やめたら、少しは近くなるかもね?」

 悪戯っ子の囁きは独り残された私の鼓膜に響き続けた。 
 去り際にたった一度だけ振り返った青年の、無言のままの微笑みの意味を、私は考えねばならない。
 答えがあるならいつか辿り着けるだろうかと考えながら、すっかり吸い尽くされ変形したアイスの包装の残骸を小さなビニール袋に押し込んで私も小さな社に背を向けて帰路に着いた。

 「明日はおでんにしようかな……笑ってくれるかな? 菓子じゃないからびっくりするかな?」

 私は掌の中で微かな音を立てるゴミ袋を足を止めて見つめ直した。
 彼は確かに存在するのだ。今まではカラスや誰かの胃袋に収まっていたと思っていた菓子の数々を、彼が食べていた証がこのひしゃげたアイスの包装なのだ。
 私の目の前で食べ、言葉を交わしたのだから、他の誰に見えていなくても彼は存在するのだ。

 ああ、確かに彼の言うことは正しかった。
 師走間近にアイスはさすがに冷える……彼は大丈夫だろうか? 人間をやめたら、平気なのだろうか?
 もっと彼の話が聞きたいと思う私は、おそらくとても疲れていて、同僚にこんな話をしたら間違いなく病院を勧められてしまうだろう、そんなモノはいないよ、と。
 それを否定してまでも、彼の声が聞きたいと思う私は……。

 木の枝の上に座った青年は、口に残る甘さに目を閉じながら足をぶらぶらと揺らした。

「トモダチ、かぁ」

 嬉しそうな、照れ臭そうな声音は森が全て飲み込む。

 ──だって貴方、僕と同じでしょう? 明日もまた、来てしまうんでしょう? を知ってしまったから……。でもいつか貴方が人間をやめる日が来たら、お菓子が食べられなくなるね。それはちょっと嬉しいけれど、残念だなぁ……残念だけど、待ってるね──

 崩れかけた社がひとつ。
 その存在の成り立ちを知るのは、祀られたとされる当人から聞かされた人間が、唯独り。
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感想 2

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みんなの感想(2件)

あまどい
2024.01.01 あまどい

好きな世界観でした。
青年の生きていた背景も気になります。

2024.01.01 深緋莉楓

お読みいただきありがとうございます!
明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願い致しますm(_ _)m

解除
2021.09.09 ユーザー名の登録がありません

退会済ユーザのコメントです

2021.09.10 深緋莉楓

zakoさま

お楽しみいただけたようで安心いたしました。お読みいただきありがとうございました。

               深緋莉楓

解除

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