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第15話 天涯比隣の誓い
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思えばルナと向かい合って座るのも久しぶりだった。いつも俺はルナを抱きしめていたから、こうして正面からルナの髪を撫で、頬に触れるのが新鮮だとさえ思う。
相変わらず絹糸のような髪。
鈴のような真ん丸お月様の目。
ツンと尖った上唇に綺麗な弧を描く柔らかな下唇。
白い肌。
覚えておこう。どんなに離れても簡単に思い出せるようにルナの全てを覚えておこう。
「深海、ごめ、なさ……一緒にいるって、約束したのに……帰りたく、ない……」
「こんなに早く死別はイヤだよ? そんなん聞いてないし。それに離れてても魂は通じてるんだよね? ルナが無何有郷に帰っても俺達は変わらない、でしょ? 違う? 変わるの?」
「っ、変わんない。ずっとずっと深海だけ」
「だったら良い。ルナがツラくなくて穏やかに過ごせる所で俺を想ってくれる方が良い」
それが良いんだよ、と繰り返しても、うぅーと唸って小さくイヤイヤと頭を振るルナにもう他に何も言えなくて、ずっと撫で続けた。
「深海!」
ぽすっと胸に飛び付いて来たルナが涙声で
「こんなことなら……抱いてもらえば良かった!」
と苦し気に呟いた。
「俺、何度も夢見た……深海と一つになる夢。深海が早起きして俺にごめんって言ってたのも知ってる。申し訳なかった……この世の者なら深海に我慢させたりしなくてすんだのにって。でも深海もしたいって思ってくれるんだって思ったら嬉しかった。ねぇ? 抱いて欲しいって言葉にしたら抱いてくれた?」
気付かれてたのか。ダセェ。魂が繋がってるんなら当たり前、か。気付かなかった。
馴染んだルナの首元に顔を埋めた。仄かに香るルナの優しい匂いともお別れだと思うと抱き返す腕に自然と力がこもった。
「抱けなかったと思う」
「……だよね……だから俺、夢の中の自分がすっごく羨ましかった! 深海に抱いてもらってる俺はいつもいつも幸せそうで……」
「……俺も。お前を抱いてる自分が……羨ましかった。でも目が覚めたら……クソッ違う……こんなんが言いたいんじゃない。ルナ、身体ツラいの気付けなくてごめん。大変なのに色んなことやらせてごめん。俺、全然良い伴侶じゃなかったかも知れないけど! でも愛してるから! ちゃんと身体治して……」
「深海は幸せにしてくれたよ! これからも伴侶だもん……一人だけだもん……あのね、深海。俺ね新月の月の最初の日に産まれたんだよ。覚えておいてね?」
お互いに必死だった。ちゃんと相手の温もりを感じて、声を直接聞ける時間がどんどんなくなっていっているのが解るから、伝えたいこと、絶対に知っておいて欲しいことを抱き合って熱を確認しながら話すのに必死だった。
「深海、名前を呼んでね? 心がすぐには届かないかも知れないから、ちゃんと『ルナ』って声に出して名前を呼んで。言葉にすれば言霊になって必ず無何有郷でも呼んでくれてるって解るから。俺も呼ぶ。毎日毎日深海深海深海って呼ぶから……だから……俺の名前を呼んで……約束してくれる?」
「しよう。約束。指切り?」
「きすが良い……夢の中でしてたようなきすがしたいよ」
「キスする時、俺から精気抜けよ? 少しは楽になるだろ? 解った?」
見つめ合って、焦れったい程ゆっくりと唇を重ねた。俺達に時間はないってことは解っていたけど、だからってセカセカとしたキスはごめんだった。
「ん、んっ……ん!?」
「にゃに?」
「ぷっ目くらい瞑れよ」
「ヤダ、見てたい、深海の顔……ん、んっどんな顔も見ときたいっ」
同時に舌を突き出して、ふ、と目を細めて宙で舌をこすり合わせてからルナの口の中へ押し込んだ。
「ふぁあ、あ、み、うん……す、き」
「ぅん、俺もっルナすっげぇ好きだっ」
「んく……もっと! いつだって思い出せるくらい、もっとしてっ」
噛み付くようなキスはルナの気持ちがダイレクトに胸にキて痛かった。
「ちゃんと吸い取ったか?」
「……もらった……ありがと……」
涙で束になった長い睫毛を揺らしてルナが俺を見る。
そうだ。
「なぁ? コレって無何有郷に持って行けるか?」
ずっと着けていたネックレス。
表に彫り込まれた細工に惹かれて買ったシルバーのドッグタグ。
「コレ?」
「ああ。ダメか?」
「大丈夫だよ?」
「じゃあ、着けててよ」
本来なら指輪を渡すんだろうな、と思いながら首からボールチェーンを外した。
あいにく俺はルナの指に合いそうな細い指輪は持っていないし、そもそも装飾品の類なんてコレくらいしかマトモな物は持っていない。
贈れる物も何もない。
着物にコレは合わないだろうな、と思いつつ細いルナの首に着けてやる。ちょっとチェーンが長いかも。
「深海の首飾り」
ドッグタグを握りしめてルナが少しだけ笑った。
「和子様、そろそろ」
窓辺に置いたベッドが軋む音がして、尾白が帰って来た。
さっきはあまりのことに思い至らなかったけど、この人、窓の鍵なんて完璧無視なんだな。
「待って、深海! 俺何も持ってない……何もないよ」
八の字眉の可愛らしい困り顔も見せてくれるんだな、と思うとそれも嬉しい。
「じゃあ……ルナの痕をつけてよ」
首筋を晒すとルナは力いっぱい吸いついて来て、尾白の舌打ちが聞こえた。ルナは尾白を完全に無視している。
「絶対消えないよ!? 良い?︎」
「ホント? 良かった」
「俺も欲しい」
ルナがねだる時は、そうだ。こういう顔をするんだ。頬を染めて、唇を少し尖らせて、上目遣いで一生懸命に俺の目を覗き込む。それこそ全身全霊でお願い!を醸し出すんだ。
晒された白い首筋に吸血鬼よろしく吸いついた。唇を離した時には赤い花が一つ咲いたようだった。
消えなきゃ良いのにな……なんて。
「コレも消させない」
俺の心を読んだようにルナが言って、またキスをせがんできた。
尾白の溜め息が頭の上から聞こえる。
「さっきもらった気、痕残すのに使った! もっと深海ときすしたい」
最後の我儘になるんだろうか?
また会えるまでの。
「和子様、穢れま」
「黙れ」
キッと尾白を睨んだルナの目に朱が混じるのを見た。
「俺の愛している唯一の者を侮辱するな。お前の人間嫌いは勝手だが深海は俺の伴侶だ。深海への侮辱は俺への侮辱だ。絶対に許さない」
怒るとルナの目がまるでブラッドムーンのような色になるなんて、こんな時にまで新しい発見をするとは。
「深海と約束したからちゃんと帰る。だから……だから……邪魔しないでよ……」
お別れのキス。
次会えるのはいつだろうな、と思いつつ俺も尾白を無視することに決めた。
「ルナ、嘘じゃない、本当に愛してる」
「ん、解る。ずっと深海想ってる」
「俺も。だからちゃんと身体治して──」
ぎゅう、としがみついてきたルナの涙が肩に染み込んでいくのが解った。
「やだよ、深海やっぱりやだぁ……」
「ルナ泣くなよ……お前が泣くと俺も泣いちゃうだろ? そしたらお前、もっと泣くだろ? 泣くなって」
「うぅーっ痛いっヤダっ深海!」
胸が痛い。なんてレベルじゃなかった。
身体が半分削ぎ落とされるような激痛だった。
寂しさに負けて、愛しさに負けて、痛みに負けて、ルナに行くなと言う前に……。
「っ尾白さんっ!」
「失礼」
太い尾白の腕がルナの胴に回って、無理矢理俺から引き剥がした。
一瞬目を瞠ったルナがすぐに顔を歪めて泣き叫ぶ。
「イヤだ痛い離して深海イヤだ深海深海痛いイヤだぁ!」
胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す顔面蒼白の俺と泣き叫ぶルナを尾白が苦い顔で見ている。
差し伸ばされたルナの細い手を掴んで、本当に最後のキスをした。
「天涯比隣だ、な? ルナ」
「うん……深海、愛してる……」
囁きを残して目の前からルナが消えた。
相変わらず胸は焼け付くように痛むし、涙も止まらないけど、部屋を見渡せば確かにルナがいた形跡があった。
超高級キャットフード柔らかタイプとおやつにぴったりカリカリタイプ。
肌触りが良いからと気に入っていたタオルに残された青黒の髪。
一生懸命たたんでくれた洗濯物。
ルナのお気に入りのカップ。
「ルナ」
ぽわん。
大丈夫。ちゃんと俺達は繋がっている。
相変わらず絹糸のような髪。
鈴のような真ん丸お月様の目。
ツンと尖った上唇に綺麗な弧を描く柔らかな下唇。
白い肌。
覚えておこう。どんなに離れても簡単に思い出せるようにルナの全てを覚えておこう。
「深海、ごめ、なさ……一緒にいるって、約束したのに……帰りたく、ない……」
「こんなに早く死別はイヤだよ? そんなん聞いてないし。それに離れてても魂は通じてるんだよね? ルナが無何有郷に帰っても俺達は変わらない、でしょ? 違う? 変わるの?」
「っ、変わんない。ずっとずっと深海だけ」
「だったら良い。ルナがツラくなくて穏やかに過ごせる所で俺を想ってくれる方が良い」
それが良いんだよ、と繰り返しても、うぅーと唸って小さくイヤイヤと頭を振るルナにもう他に何も言えなくて、ずっと撫で続けた。
「深海!」
ぽすっと胸に飛び付いて来たルナが涙声で
「こんなことなら……抱いてもらえば良かった!」
と苦し気に呟いた。
「俺、何度も夢見た……深海と一つになる夢。深海が早起きして俺にごめんって言ってたのも知ってる。申し訳なかった……この世の者なら深海に我慢させたりしなくてすんだのにって。でも深海もしたいって思ってくれるんだって思ったら嬉しかった。ねぇ? 抱いて欲しいって言葉にしたら抱いてくれた?」
気付かれてたのか。ダセェ。魂が繋がってるんなら当たり前、か。気付かなかった。
馴染んだルナの首元に顔を埋めた。仄かに香るルナの優しい匂いともお別れだと思うと抱き返す腕に自然と力がこもった。
「抱けなかったと思う」
「……だよね……だから俺、夢の中の自分がすっごく羨ましかった! 深海に抱いてもらってる俺はいつもいつも幸せそうで……」
「……俺も。お前を抱いてる自分が……羨ましかった。でも目が覚めたら……クソッ違う……こんなんが言いたいんじゃない。ルナ、身体ツラいの気付けなくてごめん。大変なのに色んなことやらせてごめん。俺、全然良い伴侶じゃなかったかも知れないけど! でも愛してるから! ちゃんと身体治して……」
「深海は幸せにしてくれたよ! これからも伴侶だもん……一人だけだもん……あのね、深海。俺ね新月の月の最初の日に産まれたんだよ。覚えておいてね?」
お互いに必死だった。ちゃんと相手の温もりを感じて、声を直接聞ける時間がどんどんなくなっていっているのが解るから、伝えたいこと、絶対に知っておいて欲しいことを抱き合って熱を確認しながら話すのに必死だった。
「深海、名前を呼んでね? 心がすぐには届かないかも知れないから、ちゃんと『ルナ』って声に出して名前を呼んで。言葉にすれば言霊になって必ず無何有郷でも呼んでくれてるって解るから。俺も呼ぶ。毎日毎日深海深海深海って呼ぶから……だから……俺の名前を呼んで……約束してくれる?」
「しよう。約束。指切り?」
「きすが良い……夢の中でしてたようなきすがしたいよ」
「キスする時、俺から精気抜けよ? 少しは楽になるだろ? 解った?」
見つめ合って、焦れったい程ゆっくりと唇を重ねた。俺達に時間はないってことは解っていたけど、だからってセカセカとしたキスはごめんだった。
「ん、んっ……ん!?」
「にゃに?」
「ぷっ目くらい瞑れよ」
「ヤダ、見てたい、深海の顔……ん、んっどんな顔も見ときたいっ」
同時に舌を突き出して、ふ、と目を細めて宙で舌をこすり合わせてからルナの口の中へ押し込んだ。
「ふぁあ、あ、み、うん……す、き」
「ぅん、俺もっルナすっげぇ好きだっ」
「んく……もっと! いつだって思い出せるくらい、もっとしてっ」
噛み付くようなキスはルナの気持ちがダイレクトに胸にキて痛かった。
「ちゃんと吸い取ったか?」
「……もらった……ありがと……」
涙で束になった長い睫毛を揺らしてルナが俺を見る。
そうだ。
「なぁ? コレって無何有郷に持って行けるか?」
ずっと着けていたネックレス。
表に彫り込まれた細工に惹かれて買ったシルバーのドッグタグ。
「コレ?」
「ああ。ダメか?」
「大丈夫だよ?」
「じゃあ、着けててよ」
本来なら指輪を渡すんだろうな、と思いながら首からボールチェーンを外した。
あいにく俺はルナの指に合いそうな細い指輪は持っていないし、そもそも装飾品の類なんてコレくらいしかマトモな物は持っていない。
贈れる物も何もない。
着物にコレは合わないだろうな、と思いつつ細いルナの首に着けてやる。ちょっとチェーンが長いかも。
「深海の首飾り」
ドッグタグを握りしめてルナが少しだけ笑った。
「和子様、そろそろ」
窓辺に置いたベッドが軋む音がして、尾白が帰って来た。
さっきはあまりのことに思い至らなかったけど、この人、窓の鍵なんて完璧無視なんだな。
「待って、深海! 俺何も持ってない……何もないよ」
八の字眉の可愛らしい困り顔も見せてくれるんだな、と思うとそれも嬉しい。
「じゃあ……ルナの痕をつけてよ」
首筋を晒すとルナは力いっぱい吸いついて来て、尾白の舌打ちが聞こえた。ルナは尾白を完全に無視している。
「絶対消えないよ!? 良い?︎」
「ホント? 良かった」
「俺も欲しい」
ルナがねだる時は、そうだ。こういう顔をするんだ。頬を染めて、唇を少し尖らせて、上目遣いで一生懸命に俺の目を覗き込む。それこそ全身全霊でお願い!を醸し出すんだ。
晒された白い首筋に吸血鬼よろしく吸いついた。唇を離した時には赤い花が一つ咲いたようだった。
消えなきゃ良いのにな……なんて。
「コレも消させない」
俺の心を読んだようにルナが言って、またキスをせがんできた。
尾白の溜め息が頭の上から聞こえる。
「さっきもらった気、痕残すのに使った! もっと深海ときすしたい」
最後の我儘になるんだろうか?
また会えるまでの。
「和子様、穢れま」
「黙れ」
キッと尾白を睨んだルナの目に朱が混じるのを見た。
「俺の愛している唯一の者を侮辱するな。お前の人間嫌いは勝手だが深海は俺の伴侶だ。深海への侮辱は俺への侮辱だ。絶対に許さない」
怒るとルナの目がまるでブラッドムーンのような色になるなんて、こんな時にまで新しい発見をするとは。
「深海と約束したからちゃんと帰る。だから……だから……邪魔しないでよ……」
お別れのキス。
次会えるのはいつだろうな、と思いつつ俺も尾白を無視することに決めた。
「ルナ、嘘じゃない、本当に愛してる」
「ん、解る。ずっと深海想ってる」
「俺も。だからちゃんと身体治して──」
ぎゅう、としがみついてきたルナの涙が肩に染み込んでいくのが解った。
「やだよ、深海やっぱりやだぁ……」
「ルナ泣くなよ……お前が泣くと俺も泣いちゃうだろ? そしたらお前、もっと泣くだろ? 泣くなって」
「うぅーっ痛いっヤダっ深海!」
胸が痛い。なんてレベルじゃなかった。
身体が半分削ぎ落とされるような激痛だった。
寂しさに負けて、愛しさに負けて、痛みに負けて、ルナに行くなと言う前に……。
「っ尾白さんっ!」
「失礼」
太い尾白の腕がルナの胴に回って、無理矢理俺から引き剥がした。
一瞬目を瞠ったルナがすぐに顔を歪めて泣き叫ぶ。
「イヤだ痛い離して深海イヤだ深海深海痛いイヤだぁ!」
胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す顔面蒼白の俺と泣き叫ぶルナを尾白が苦い顔で見ている。
差し伸ばされたルナの細い手を掴んで、本当に最後のキスをした。
「天涯比隣だ、な? ルナ」
「うん……深海、愛してる……」
囁きを残して目の前からルナが消えた。
相変わらず胸は焼け付くように痛むし、涙も止まらないけど、部屋を見渡せば確かにルナがいた形跡があった。
超高級キャットフード柔らかタイプとおやつにぴったりカリカリタイプ。
肌触りが良いからと気に入っていたタオルに残された青黒の髪。
一生懸命たたんでくれた洗濯物。
ルナのお気に入りのカップ。
「ルナ」
ぽわん。
大丈夫。ちゃんと俺達は繋がっている。
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