魔術士チームオセロの結論

琥珀

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8章 神界

#51 金色の扉

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 「私だって、なりたくて魔術士になったわけじゃない、でしょ」
 「何で知ってるの?」

  ツバサはじっとりとかいた汗によって額にくっついてきた前髪をいじりながら答えた。

 「だって俺だって同じ教室にいたし……それに、結構心に響いたんだよね、その言葉」
 「何それ……」
 「何かさ。何のために俺達は魔術使ってるのかなって考えるきっかけになったわけ。それから、その時はベティの名前すら知らなかったけど、結構面白い奴かもしれないって興味が湧いた。実際、チーム結成の時はベティにだけは声かけられなくて。まじで殺されるかと思ったのも事実」
 「……まあ、そんなこんなで今に至るってことよ。暗い話でごめんね、何か。でも、初めて人に全部話せた気がする。気持ちがスッキリした」
 「俺、嫌いになってないよ、ベティのこと」
 「ふふっ」

  ベティが少し嬉しそうに笑った。それを見てツバサは胸がいっぱいになる。あ、と不意にベティが声を上げた。

 「ニア」
 「……全く。来るのが遅いから直々にお迎えに来たよ、ベティ」

  向こうからベティの先祖であるニアが歩いてきた。いつもの魔法マイクは付けていないようで、普通の声だった。そのせいでニアは神には全く見えなかった。ニアはツバサに向かって言った。

 「……貴様、本当にこいつは神なのかとか言いたげな顔をしておるな。私は正真正銘の神だ!何なら貴様も一緒に神界へ来るか?」
 「神界?」
 「そうさ。神々が暮らす美しい世界……それこそが神界だ!」
 「今日は声のボリューム良い感じだね」
 「ああ、魔法マイクはここでは使えないからな。……本当はベティだけ連れていきたいが……まあベティが好きな人間は私も好きだ、さあ来たまえ諸君!」

  ベティは小声でもう一つの用事はこれだ、とツバサにささやいた。ニアは公園のど真ん中に金色に輝くワープの扉を作り出した。2人は初めて金色の扉に入った。


  ツバサとベティが目を開けると、目の前には真ん丸の大きなボールのような家が建っていた。いきなり背後から声がして2人はビクッとした。

 「ここが我が家だよ!!人は見た目じゃないって言うだろう?家も見た目じゃないのさ!さあ入って入ってお客人!」

  ニアはツバサとベティの背中を押して、そのボールの家のドアを開いた。入ってすぐに思ったこと。本当に家は見た目じゃない。広々とした部屋に家具が綺麗に置かれ、屋根裏へと繋がる螺旋階段に外の光が当たっていた。普通の人間が住む家とほとんど何も変わらない。違うことと言えばどの家具も新品同様キラキラとしていることぐらいである。

 「素敵な部屋!!」
 「ここに一人暮らしなんて勿体ないな!」
 「まあ、ここの部屋は殆ど使ってないからね」
 「なるほど……えっ?!何それどういうこと?!」

  ニアが主に使っているのは地下室だと言った。地下へ繋がる階段を降りると、一番始めに目に入ってきたのは床に伸びているたくさんのコードだった。ベティがコードにつまづいて転びそうになる。それをニアが咄嗟に抱きとめた。

 「ありがとう」
 「……ちゃんと足元見て歩けよ、ベティ」
 「何でそんなに不機嫌そうな顔してるんだ、婿殿?」
 「婿殿?!自己紹介が遅れたかもしれないけど、俺はツバサって言うの」
 「あ、ああ……ありがとな。私は子孫以外の人間の名前を忘れるのが特技でな……だから婿殿じゃ駄目か?」
 「……もう好きに呼んでください」
 「婿は嫌なのか?私は嫁にはやらんぞ」
 「どっからそんな話になったんだよ」
 「ニア!この剣は何?!」

  ベティはガラスケースの中に入った長く立派な剣に釘付けになって叫んだ。ニアは弾んだような足取りでベティの横に行くと、ケースの中から剣を取り出した。

 「これはサンダーソード、バージョン1.4だ!持ってみな」
 「……あっ思ってたよりも軽い!!普通の剣と何が違うの?」
 「名前の通り、雷術士にとって強力な武器になるんだ。剣に雷術が含まれるんだ。まだ試作品でな、いきなり雷が発射されたりするんだ……あともう少しなんだが」

  他にもたくさんの機械や武器などがてんこ盛りに並べられていた。やはり神という感じはあまり無い。正直ツバサはあまり興味が無かったため、1人でうろうろと室内を見学していた。ベティは本当にニアの子孫なんだ。目を輝かせながらニアの様々な作品を手に取って見ていた。
  ツバサはこの部屋に飾られている絵にすぐに気づいた。

 「この絵は……」
 「やっぱり婿殿はこの絵に惹き付けられるんだなぁ。この方は美しいと私も思うよ」

  サングスターの要塞で見た、あの絵だ。両手を広げている、天使のように美しい少女。希望で溢れているような絵。

 「……ナターシャ」
 「そう、ナターシャ。彼女は大天使だったんだよ」
 「どうして過去形なんだ?」
 「……自ら堕天使になったんだ。愛する者に会うため、彼女はその選択をした。本当に文句無しに美しい方なんだよ、この人は」
 「会ったことがあるの?」

  ニアは少し残念そうな顔をして首を振った。

 「残念ながら。ナターシャを肉眼で見たら、あまりの輝きと美しさに目がやられるなんて言い伝えもあったくらいさ」
 「……ナターシャは死んだの?」
 「彼女がしたことは天使として許されることではなかった。だから彼女には大天使から天罰が下された。ナターシャは石の中に閉じ込められ、その姿を封印された。この絵は、その石の中に封印された後の姿らしい。ナターシャを愛した者が描いたとされている」
 「天使として許されないことって……?」
 「悪魔と恋に落ちることだ」
 「俺、どっかで見たことがあるんだ、この子……ナターシャのこと」

  飾られている絵について真剣に関心を持つツバサを面白く感じたのか、ベティもやってきてナターシャの絵を眺めた。綺麗、というのがベティの第一声だった。

 「この人、石に閉じ込められているのに、どうしてこんなにも安心した顔をしているんだ?もうその好きな人に2度と会えないのに」
 「……君は本当に知らないのか?婿殿はサングスターの人間だろう。ナターシャと恋に落ちた悪魔は、サングスターの悪魔なんだよ。それからずっと、サングスターがナターシャの石も保護して守り続けているんだ」
 「じゃあナターシャの石ってまさか、別世界にあるの?」
 「いいや。ナターシャの石は悪魔界、オウバルAという場所にある。悪魔界はオウバルA、オウバルBというように区分けされていて、オウバルごとに全く悪魔達の様子も違うんだ。ナターシャの石があるオウバルAという場所は、悪魔界の王が居るところだよ。婿殿、君が行くときっと歓迎されるんじゃないかな」

  なぜ、と尋ねたのはベティだった。ニアは魔術である1枚の絵を呼び出すと、それを2人の手元に送った。そこには玉座に座り、頬杖をつく悪魔が居た。口元だけが何かを企んでいるかのように怪しげに緩んでいた。立派な角が二本生え、さらさらとした長い黒髪が床にまで伸びていた。その赤い目はくっきりとした二重だった。身体は全身重そうな鎧で包まれていた。
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