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第四章 Bグループの少年と夏休み
第九話 俺がやっても文句言うなよ。後でやりたかったって言っても――
しおりを挟む「そういやバスケってけっこう……ってか、かなり久しぶりだな?」
経験者チームから一方的に宣戦布告を受けた亮は怪訝ながら困ったように苦笑してから、将志、千秋の元へやってきた。
「亮が高校入って一度もやってないんなら、中学の時ぶりじゃないの?」
千秋が恐らくそうだろうと思われることを言うと、亮は短く考えた後にすぐ頷いた。
「ああ、そうだな。高校入ってから学校の休み時間とかやったことねえし、体育は……そういや、体育があったか。そっちは適当に隅の方にいて過ごしてたしな」
「あ、そういえば一年の時の体育の授業一緒だったよね……確かに亮、何の活躍もせずジッとしてたっけ。あははっ」
亮と千秋は一年の時に同じクラスだった訳ではないが、体育は他のクラスと合同でやるため一緒だったりしていた。
「見事に目立ってなかっただろう?」
亮が心なしかドヤ顔で言うと、千秋はますます笑い声を上げる。
「何言ってんの、中学一緒のあたしらからしたら違和感バリバリですごく目立ってたよ! ……まあ、同中でない人からしたら目立ってないように見えたろうけど」
将志はその時に見た千秋の光景を想像して、ちょっと笑けてきた。
確かに亮を知る人からしたら違和感が半端なかっただろう。
「なら、いいじゃねえか。同中以外の連中に目立ってなけりゃそれでいいんだし」
ふっと勝ち誇ったような顔をする亮に、将志は千秋と一緒に苦笑を浮かべた。
「ま、それなら『やった』とは言わないよね。つまり亮からしたら中学の時以来ってこと」
「そうなるな。まあ、久しぶりだったからちょっとやってみようかと思ったんだが……」
言いながら亮がチラッと目をやると、そこにはウォームアップに熱心にウォームアップを行っている経験者チームがいる。
「――あんなに張り切られるとはな」
肩をすくめて苦笑を貼り付ける亮に、将志と千秋は似たような顔で笑い合った。
「ま、なんだ、久しぶりだけど、やるからには勝たねえとな」
亮がニッと、中学の時によく見たふてぶてしい笑みを向けてくる。
(……こうして見ると、中学の時とあんまり変わってないな、亮の根っこって)
将志がそう思ってしまうのも、高校に入った亮が大人しすぎたためだ。
中学の時に見ていた覇気ある姿からは程遠い地味な亮を見ている内に、高校に入って亮が変わってしまったようにいつの間にか思っていたのだ。
でも、そうでないということがわかって、将志はなんだか自分でもよくわからないほど嬉しくなった。
(やっぱり亮はこうでないとな)
「でも中学ぶりだろ? まともにバスケするのって。ちゃんと動けんのかよ、亮?」
将志がからかい混じりに言うと、亮は怪訝に眉を寄せる。
「いや、それはサッパリわからん……」
亮がバスケの部活経験者という訳ではないのは、将志も良く知るところだ。
亮は本当に遊びでしかやったことない。だが――
「まあ、動いてる内に勘も戻るだろ」
亮は気負いなくそう言って、ウォームアップを終えた経験者チームと向かい合った。
「亮くん、頑張れー!」
「亮さん、頑張ってー!」
同中チームの亮、将志、千秋に対し、経験者の剣道部チーム、三年で上背のある赤城と、同じく三年でバランス感覚の高そうな三木、そしてこの中で唯一一年の安岡。
六人がコートに立つと、恵梨花と雪奈が早速とばかりに亮へ声援を送り、亮が軽い感じで手を挙げて応えると、あからさまに嫉妬で目を燃やす経験者チーム。
「えーっと、先攻、後攻ってか、後攻も無いか。最初のボールはどうしましょう……?」
将志が遠慮がちに聞くと、赤城が亮から視線を戻して、将志にボールを渡しながら余裕たっぷりに告げる。
「そちらからで構わん」
「わかりました……亮、どうする?」
試合はスリーポイントのラインから始めて、そのハーフコートだけを使う形式だ。
相手がボールを持ったら、一人がそのラインまで戻ればいいスタイルである。
将志が亮に聞いたのは、ゲーム開始時に誰がボールを持つかということについて聞いたのである。
「ん? あー、そうだな……なら、俺が持っていいか? 久しぶりだしな」
「おっけ、わかった」
了解して将志がボールを渡すと、亮は早速とばかりにダムダムと床を鳴らしてそこでドリブルをする。
その手つきは下手では無い。が、将志は過去の記憶と比べるとどこか違和感があった。
亮は感触を確かめるようにドリブルを続ける。
「んー……? …………ああ、こんな感じだったな」
そう言い終えた頃には、ボールは一定の、それもけっこうなスピードで床と亮の手の平の間を往復している。
亮の姿勢も綺麗なもので、危なげな感じが一切無い。
(見る見る内に上手くなっていったな……ていうか、戻っていった、か……)
将志が流石と内心で舌を巻いている横では、経験者チームが驚いたように目を見開いている。
「あー……、なあ、桜木? お前って経験者だったりする……?」
三年の三木がどこか動揺したように聞くと、亮は笑って答える。
「体育とか休み時間で遊ぶのを経験って言うなら、経験者だな」
つまりは経験者では無いということだ。
それを聞いて経験者チームが鋭い目でアイコンタクトを取り合って、頷き合う。
「よ、よし、それなら始めようか……」
そう言った三木は亮と向かい合い、将志と千秋はゴールと亮の間ぐらいの位置に別々のサイドで身構える。
そして将志のマークにつくように赤城が、千秋には安岡が近くにいる。
それぞれが位置についたのを確認した亮が三木へ目を向けると、無言で頷き返される。
そこで亮は対面に立つ三木に一旦ボールを投げ、受け取った三木はすぐさま投げ返し、亮が受け取る。
これにてゲーム開始である。
三木が腰を低くして一切の油断無いように構えて、亮を見据える。
対して亮は将志、千秋へとゆっくり視線を動かした後、ボールを腰に構えながら三木と目を合わせる。
そして目が合うと、一瞬だけ亮の視線が左に動く。それに対して、ピクッと三木が反応した――してしまった時には、亮は右から三木を抜き去っていた。
「っ――!? マーク!!」
三木が驚愕しながら叫ぶと、鋭いドリブルをしながらゴールへ向かう亮に、赤城と安岡が二人して身構えていた。
「来ると思ったぞ!」
「やっぱり来た!?」
赤城は亮のジャンプシュートを警戒して手を上げ、安岡は腰を低くして抜かれまいと亮を見据えている。
「来るの早くねえか?」
亮がスピードを緩めながら苦笑している。
だが、その時には既にボールはバックハンドで将志へとパスされており、将志はゴールへと向かっていた。
(あっぶねー! もう少しで取り損ねるとこだった!?)
将志は亮の視界があらゆる球技で役立つほどに広いことを知っていて、いつどこからでもボールが飛んできていいように構えていたのだ。
「んなっ!?」
亮の鮮やかなバックハンドのパスに赤城が驚きの声を上げ、手を大きく振りかぶるように上げながらこっちへ向かってくる。
そうやって赤城が向かってきたのを見て、将志は逆サイドにいる千秋へとパスした。
「ナーイスパス!」
安岡と三木は亮を警戒して、亮の傍にいたので、千秋はノーマークでボールを受け取れ、一歩踏み込んでからのジャンプシュート。
ボールはリングを通ってシュパッとネットが鳴る。
「やったー!!」
「おっし、ナイッシュー」
亮が近寄りながら手を掲げると、千秋はその意を違えることなく、同じく手を上げてパチンと鳴らす。
「イエーイ!」
「ナイッシュー、千秋!」
喜び合う二人に将志も近寄って、同じく手を叩き合う。
「将志もナイスパスだったな」
「いやいや、その前の亮のパスがすごいんだって」
「あれね。こっちから見てたらいつボール投げたかわかりにくかったしね」
「はっは、とりあえず先制点だな」
そうやって喜び合う三人に対し、経験者チームは……
「見たか、今の……?」
「あれで経験者じゃないって、どういうことっすか……?」
「何だ、あの鋭すぎるドライブ……! フェイントに一瞬だけ反応したその隙に一気にだぞ……!?」
「あー……もしかして、剣術やってて剣道は未経験だって言ってたみたいなことがあったり……?」
「!?」
「なあ、桜木! 本当に経験者じゃないのか!? 例えば……小学校の時にミニバスはやってたとか!?」
「? いや、公式的なもんは何もねえけど……」
「本当の本当か!?」
「……さっき言ったみたいに、休み時間とか体育とかでしかねえな……」
「ほ、本当に……?」
「ああ」
「でもさ、亮が遊びでやってた球技ってバスケぐらいだよね? てか、バスケぐらいでしか遊んでないよね?」
「……そう、だな……いや、小学校の時ならドッジボールとか……ある……な」
「何でそんな歯切れ悪いの?」
「いや、何か危ないからって俺はあんまり投げさせてもらえなくてな……」
「あー、なるほど……」
そこは将志と千秋だけでなく、外で見ていた者達の声も揃ってしまった。
小学生とは言え、亮が投げるボールなど同年代とは隔絶していただろう。
「まあ、とにかくですね、先輩方……」
千秋が苦笑しながら、経験者チームに切り出す。
「バスケは亮にとって唯一と言っていい、得意なスポーツなんですよ」
別に経験豊富だったとか、そういうことを聞いた訳ではない。
ないが、亮にとって唯一得意なスポーツと聞いて、経験者チームは恐ろしい何かを聞いたかのようにゴクリと喉を鳴らした。
「ま、続きやろうぜ。そっちのボールから」
久しぶりのバスケを楽しんでるかのように亮は気楽に声をかけ、三木は躊躇いがちに頷いた。
「お、おう……」
そして三木がボールを持って、ゴール下からの再開。
一度スリーポイントのラインまでボールを持っていくまでシュートは出来ない。
パスを受けた安岡がライン近くでパスを受け、千秋を相手にドリブルを仕掛け、将志がマークする赤城の上背を利用し、高めのパスが通り、すぐさまゴール下からのシュートをアッサリ決められる。亮は何をしていたかというと、ゆったりと三木の傍にいてマークしていたのである。
「おおっし!!」
「よし! 戦えるぞ!!」
喜びに沸く経験者チームに対し、将志が「悪い」と亮へ手を振る。
「まあ、身長差あるし、今のはしゃあねえだろ」
「ま、ドンマイドンマイ、次行こ次ー」
そして千秋がゴール下でボールを持ってまた再開。
経験者チームは亮を警戒してか、三木のマークに加え、すぐ近くに安岡も付いている。
将志が走って赤城から離れながらボールを受け取り、スリーポイントのラインを越える。
対面には赤城がマークしており、千秋にはマークがついていないが、安岡がいつでもマークにつけるようにと目を配っているのがわかる。
(千秋が若干フリーだけど……亮がめっちゃ警戒されてるな……)
それでも亮へ投げたら割となんとかしてくれるかとは思う気がしている将志である。
(でもなんかまだ調子乗ってない感じだよなあ……瞬くんやバスケ部の連中としてた時の亮ってけっこうエゲつなかったし……ま、ここは……)
将志は亮へのパスのフェイントを入れてから千秋へとパスし、赤城の脇を抜き去る。
「千秋!」
ワンツーのリターンで再びボールをもらい、安岡と赤城を引きつけ、また亮へパスのフェイントをしてから完全フリーになった千秋へとパスを送る。
「ナイスパス!」
受け取った千秋が再びジャンプシュート。
「リバン!!」
三木が叫び、赤城がゴール下で備える。千秋のシュートは流石に二回連続は入らなかったようで、リングから零れ始める。
「ふんっ!!」
元センターらしき動きで赤城がリバウンドをキャッチ。
「戻せ!」
三木が叫ぶ前から安岡がラインに戻っていて、赤城からボールを受け取る。
そこから安岡がドリブルでボールを進め、亮が近づこうとした時にはジャンプシュートを放っていて、それが入る。
「おっしゃああ!!」
「ナイッシューだ、安岡!!」
「ナイスだ!!」
2-1と逆転し大喜びに沸く経験者チームに対し、亮が少し不貞腐れた顔を将志へと向ける。
「俺、さっきから全然ボールに触ってねえんだけど……」
「あ、はは……だって、しょうがないじゃん。亮、三木さんが思いっきり張り付いてるし」
「んん……」
亮もそこは理解しているようで唸る。
しかし亮は何もしてない訳ではない。三木と安岡の二人を引きつけているということをボールを持たずにやっていると言える。
亮もそこは意識しているのだろうから将志へこれ以上言わないのだが、外から見れば違う。
「あはは、亮くん、ドンマイー! 頑張れー!」
「最初のドリブルすごかったですよ、亮さんー!」
素人らしい藤本姉妹からしたら亮は何もしてないように見えるのだろう。
そしてこれが亮に火をつけることになった。
「……マサ、千秋、次はマークがついてようがボール寄越せ」
「あー、うん、わかった」
「あ、それならさー、あたしがボール持ったらさ……ゴショゴショ――」
「ふんふん……――オッケオッケ、それでいこうぜ」
亮が上機嫌に千秋の提案に頷く。
それを聞いた将志は、今も喜びを露わにしている経験者チームへと心の中で合掌を送った。
(……心折れなきゃいいんだけど……)
そしてゴール下からの再開、千秋がライン際にいる将志へとパスを送る。
自分をマークしているマークを赤城を見据え、将志は先ほどと同じように千秋へとパスをして、リングへと向かう。
先ほどと違うのは将志へ返さず、千秋がドリブルで一歩下がった点か、そこで「亮!!」と叫びながらジャンプシュート。
「リバウンド!!」
リバウンドを亮にとらせるためと思った三木が自身もリング下へ向かいながら赤城へと叫ぶ。
このシュートが入らないのはリングに届く前から一目瞭然、赤城もスクリーンアウトをとりながらリング下で構える。
そしてボールがボードに当たりそうになって、三木と赤城がジャンプしようとした時だ。
彼らの視界に影が覆う。
そしてボードにもリングに触れていないボールへとニョキっと手が生える。
その手はボールを掴むと、そのままリングへと叩きつけた。
「きゃあああああ!!」
その瞬間、館内から歓声が沸いた。
赤城と三木が唖然とリングを見上げると、そこには片手でリングにぶら下がっている亮がいたのである。
「やったー、大成功!!」
千秋が喜びを爆発させながら、ゴールへ走ってくると同時に、亮がリングから手を離してスタッと着地する。
「おおっし、ナイスパス、千秋!!」
「イエーイ!!」
二人がいい笑顔で手を叩き合う。
経験者チームが愕然とた顔を互いに見合わせる。
「まさか……」
「ダンク……? てか、今のって……」
「アリウープダンク……?」
アリウープダンクとは、リングの上でボールをキャッチしてそれをそのままダンクするダンクのことである。
「嘘だろおおおお!?」
三人の絶叫が揃った。
「ど、どんだけジャンプしてんだ……」
「桜木の身長って170ぐらいだよな!?」
「い、一メートルは確実に飛ばないと無理ですよね」
「リングの上に手があったんだぞ!? 一メートルどころじゃないだろ、あの身長なら!?」
「……そうだよな、桜木って、喧嘩強いとか剣が強いとか云々の前に身体能力が異常だったんだよな……」
「そ、そうだった……」
「いや、でもあのジャンプ力ってどう考えてもおかしいっすよ!?」
「だな……バレーのナショナル代表とかそれ以上だろうな……」
「高さはこっちの有利だと思ってたけど……」
「もうこっちの強みでも無くなってしまったな……」
「……いや、テクニックでならまだ勝負出来るっ――……はずだ……」
「そ、そうだな……やってやろうぜ!!」
「お、おおう!!」
気合いを入れ直す経験者チームに対し、亮はご満悦の顔で藤本姉妹へと手を振っていた。
「すっごーい、亮くん!! 格好良かった!!」
「すごかったです、亮さん!!」
「あの身長でダンクって、嘘でしょ……」
最後は経験者の新川で、思いっきり頬を引き攣らせている。
他にも道場に戻ってきた女子達がザワザワと、興奮した面持ちで騒いでいる。
「桜木くんってやっぱりスポーツも万能……?」
「身体能力がおかしい気が……」
「てか、普通にスポーツしてる姿が普通に格好いいかも……」
「普通というにはちょっと語弊があるような気もするけど……」
「ああ、うん……」
他には男子達もいて、呆れたように亮を見ていた。
「なんだ、さっきのダンク……」
「何であの身長でダンクできるんだ……?」
「俺、ジャンプしてもボードにすら手届かないぞ……」
「普通そうだよな……」
「ああ、普通は、な……」
「……」
ざわめきは耳にしながら、亮は上機嫌に将志へ言った。
「おし、さっきのでなんか勘とか調子とか思い出してきたかも。マサ、もっとボール寄越せよ」
「あー、了解」
将志は再度、だが先ほど強く心の中で経験者チームへ合掌を送ったのである。
そしてそこからは、将志が予想したように、亮の独壇場となった。
ゲームが再開され、今までディフェンスの最中は割とボーッとしていたように見えた亮が俊敏に動き、赤城から安岡のパスをインターセプト。
「んな!?」
予想外の動きに驚く彼らを脇目に、すぐさまラインに戻った千秋へと亮のパスが通る。
「出せっ!」
すぐさまリターンを要求した亮へ、千秋が応える。
そのボールをキャッチした時には、三木が腰を低く構えているも、そこで亮は持ち前の敏捷性を存分に活かしたロールターンで抜き去る。
「嘘だろ!?」
そしてゴールへと走る亮に立ちはだかったのは、上背のある赤城。
亮はお構いなしにリングへとジャンプ、赤城もそれに合わせて手を伸ばしながらジャンプすると、リングへとレイアップしようとした亮の手は赤城の手をヒョイっとかわして、ボールを放る。
邪魔の無くなったボールはアッサリとネットを鳴らす。
館内に歓声が沸く。
「だ、ダブルクラッチ……」
「……あいつ、経験者顔負けのドリブルしてんだけど……」
「……次、あいつが突っ込んできたら最低でもダブルチームで当たるぞ」
「……他がノーマークになるが、そうだな……」
「うっす……」
経験者チームがボールを回す中、千秋のマークを振り切って安岡がジャンプシュートを放つ。が――
「よっと」
先ほどのリベンジとばかりに、亮は安岡の放ったジャンプシュートをボールが最高点に到達する前にジャンプしてキャッチしてしまった。
「えええええ!?」
「マサ!」
亮はすぐさまラインの近くにいた将志へパスする。
将志はドリブルして赤城を引きつけると、千秋へパス。
千秋はジャンプシュートと見せて、ドリブルで少し切り込み、安岡を引きつけると自身をマークする三木をフェイントとスピードで引き離した亮へパスする。
「ナイスパス!!」
ほぼノーマークの亮は少しドリブルで切り込んだ末に、フリースローラインでジャンプ。
そこから亮は宙を走るかのように勢いを維持したまま、ゴールへと到達し片手で豪快にダンクシュートを決める。
「は、あっ――!?」
「え、エアウォーク……?」
「いやいやいやいやいや!!」
実際には亮の敏捷性がそう見せただけで、本家本物の『エアウォーク』には及ばないだろう。
だが、そう見えてしまうことが問題なのだ。
「きゃあああああ、亮くん、格好いい――っ!」
「亮さん、素敵ですっ!!」
「すっごい、桜木くん……」
「なんてか、身体能力のゴリ押しだけじゃないとこもすごい……」
この時間になると、殆どの部員が戻ってきていて、このゲームを観戦していた。
「はー……相変わらず、すげえな……」
将志が感嘆しながら昔のことを思い出す。
中学の時の球技大会、亮と瞬、達也がバスケで同じチームを組み、他クラスの全員がバスケットボール現役部員のチームを、今のような調子で半泣きにさせていたのだ。
亮も瞬も身体能力が極まっているというのはあったが、二人は好んでよくバスケをして遊んでいたことがあったりで、1on1を繰り返し、気付いた時にはお互いをちょっと信じられないレベルまで高め合っていたのだ。
(……その二人がバスケで遊ぶようになった切っ掛けが漫画読んでハマったからだもんな……先輩らには内緒にしとこ)
その後のゲームについても、より調子が昇り始めた亮のワンサイドゲームとなってしまった。
ただ、亮は将志や千秋がフリーとなっていてもボールを持つことに拘ったりせずパスするだけの分別は持っていたから、将志も千秋もそこそこ楽しめたと言っていいだろう。
圧巻だったのは、亮がゴールへとジャンプした時、経験者チームの三人が同時に飛び上がって亮のゴールを阻もうとした時か。
それに対し亮は、宙で体をクルリと後ろ向きにし、ボールを持ち直すと、後ろ向きのままノールックでひょいとボールを背後へと投げ、それが綺麗にリングに収まったことだろう。
これには誰もが脱帽したかのように絶句した。
そして、郷田がそろそろ時間だからと声がかかったのを機に、ゲームは終了となった。
「はっはっは、久しぶりにやったらやっぱり面白いな、バスケって」
亮がスポーツを楽しんだ後特有のスッキリした顔をしている。
「やっぱり、亮がバスケやるととんでもないね!」
「まあ、あれだけ好き放題にプレイしてたらな……」
千秋と将志もなんだかんだと勝ってゲームを終えれたので、気分は悪くない。
対して――
「はあ、はあ……何だよ、あんなの聞いてねえぞ……」
「はあ、はっ……あれで未経験って詐欺もいいとこだろ……」
「はあ、ううっ……俺ちょっとサンドバッグの気持ちがわかったような気がします……」
経験者チームは『経験者』としての自負やプライドといったものを粉微塵にされ、どんよりとしている。
「そういや、スコアってどうなってんだ?」
亮が思い出したように聞くと、将志は呆れながら答えた。
「20ー5……こっちの点数は殆ど亮だけど」
「あたしと将志は亮がマーク集めたからのお零れみたいなもんだね、あっはは」
「ふーん、まあ、遊びだしな。楽しめたならいいだろ」
「うんうん、楽しかった楽しかった!!」
「ま、まあ……楽しかったのは楽しかったなけどな……」
将志の歯切れが悪いのは、経験者チームから漂う負のオーラが目に入っているためだ。
「そんじゃ、休憩時間も終わりみただし、練習始めるかー」
一番動いていたくせにやっぱり一番疲れてなさそうな亮が呑気に言う横で、将志は肩を落とす。
「こ、これから練習か……けっこう動いたばっかなのに……」
「夢中でやってたもんね。仕方ないけど頑張るかー、ってね」
将志と千秋もまだ息を整えている段階で、経験者チームは亮に振り回されたせいで未だに肩で息をしている。
彼らはこれから練習と耳にして、思い出したような顔になって絶望を面に出した。
勝てると挑んだ勝負でボロ負けし、疲れ切っているこのまま練習である。
(ひ、悲惨な……)
将志はまた心の中で、両手を合わせて合掌したのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「昨日から色々教えてきたが、基本中の基本っていう意味では全て教えたと言っても過言じゃない」
バスケのプレイのことを散々褒め倒された後に始めた午後の練習。
軽い体操を終えてから、亮は恵梨花、雪奈と向き合って話していた。
「え、そうなの?」
「基本中の基本は、ってことですか……」
「ああ。簡単に言えば、『突き』『蹴り』は打撃の基本、『受け』と『受け身』が防御の基本と言える」
「ああ、なるほど……」
「確かにその四つは教わりましたね」
「そしてその四種を効率良く練習するのが午前にも教えた『型』になる」
「うんうん」
「『型』の練習は、知ったかとかがパターン化したダンスだのと言ったりして馬鹿にしたりする時もあるが、そう馬鹿にしたもんじゃない。恵梨花とユキが練習している目的はあくまで護身術。突差の時、反射的にパターン化した動きが出来て相手を撃退出来るならそれに越したことはなく、つまり『型』の練習は、護身術としては非常に効果的なものとなる――俺の言ってることわかるよな?」
「うんうん!」
恵梨花と雪奈が感嘆した様子で勢いよく頷く。
「そして『型』であろうとなかろうと練習を重ねていれば、いざという時、考える間もなく反射的に出てしまう。そこまでやってこそ『技』だと俺は思っている」
恵梨花と雪奈は真剣な顔で亮の話を聞いている。
「そこまでの境地に絶対に至れとは言わない。期間が短いしな。だが、今練習していることが自分の身を守ることに繋がることを一層意識して練習しようか」
別に恵梨花と雪奈が中途半端な気持ちで練習をしているとは亮は思っていない。
だが練習をすることに一所懸命になり、そもそもの目的に意識が無くなっていては、折角の練習も効率が落ちる。
そういった亮の考えが伝わったように、恵梨花と雪奈はしっかりと返事をする。
「はい!」
「よし。それじゃ、午前に教えた『型』だけどな、二人でやってるの見せてくれ。『攻め』『受け』両方とも」
「はい!」
二人は向かい合って、午前に教えた型をスムーズにこなして見せる。
そう難しいものでもないし、もう覚えたからだろう。
「よし、とりあえず覚えれてそんなに意識せず流して動けるみたいだな」
「あ、うん。一応、覚えはした、かな?」
「そうね。長いことでもないものね」
「それじゃ、今度は俺とやってみるか。まず恵梨花から」
「え、亮くんと!?」
「ああ、何も恵梨花の反応出来ない速さで動く訳でもないから、気楽にな。まずは俺が『受け』だ」
「は、はい……」
そして亮が向かい合うと、恵梨花はどこか緊張したような顔にで、最初の一手である中段突きを放った。
「やあ!」
それを亮が基本中の基本である中段の受けでゆっくり弾く。すると――
「うえええ!?」
恵梨花の体が、弾かれた腕を起点に流されそうになる。
「はい、さっさと構える!」
「は、はい!」
恵梨花が態勢を整えると、亮はゆっくりと下段突きを出す。
「や、やあ――!」
それを恵梨花が警戒心を露わにしながら、下段受けで迎える。
「んんっ……やあ!」
どこか困難そうに亮の突きを流した後に、恵梨花は続けて蹴りを放つ。
それを亮が弾くと、今度はと言わんばかり恵梨花は体を流されることなく踏ん張って、そしてその後の一連も同じ調子で終えることが出来た。
「……なるほどな」
一手差し合うだけで、亮は見る以上に相手の力を計れるが、知り尽くしている型ならそれは一層のものとなる。
「じゃあ、次、俺が『攻め』で」
「はい!」
そして攻めを交代して型を終える。
今度は恵梨花は大した動揺を出すこともなく、スムーズに終えることが出来た。
(何が大事か、すぐに把握して直してきたな……)
亮は恵梨花の出来栄えに満足してニヤリと笑う。
「じゃあ、次はユキだ」
「は、はい」
雪奈との型練習も最初の恵梨花と同じように躓きがあり、以降の雪奈はそれを無理に力を入れながら踏ん張りつつ終えた。
「よし、一通り俺とやってみての感想は? まずはユキから」
「は、はい。亮さんはまるで力を入れてないように見えるのに、思っていた以上の力が流れてきて驚きました」
「そうだな。それにユキは力を入れて対抗した。そうだな?」
「は、はい」
「だが、俺は型練習をする時は力を入れないようにと言ったが、それは意識出来たか?」
「あ……」
「だな。ああ、責めてる訳じゃないからな。ならどうやってやるかをこれから教えるとこなんだからな」
「は、はい」
「じゃあ、恵梨花。恵梨花は最初は力を入れて対抗したが、途中からはそうしなかったよな?」
「うん。亮くん見てたら、体がなんかドッシリ構えてて、体がちっとも揺れないからお腹を伸ばすように重心意識してたら……」
「うん、それで正解」
やはり恵梨花にはこっちの方に才があるようだと亮はニヤリとする。
雪奈が感心したように妹を見ている。
「ハナ、すごいわねえ……」
「えっと、言っても亮くんの動き意識して真似してみたいな感じだよ?」
「それで重心を意識したってのがすごいと思うのだけど……」
「そうだな。でもユキだって、気づかなかっただけで、意識して練習すればすぐ出来るようになるからな」
「はい!」
「それじゃ、その辺を意識しながら二人でやって見せてくれるか」
「はい!」
「それじゃ、今度はまた俺とやるぞ」
「は、はい――!」
「それじゃ、始めるが……気持ち少しだけ速くするから、それに合わせるように」
「え、あ、はい……」
「大丈夫、恵梨花なら対応出来る速さだから」
「う、うん……」
「けど、速さに意識をとられて形が悪くならないようにな」
「は、はい……出来るかな……」
「や! っ……やあ! やあ!」
「それじゃ、また少しスピード上げるぞ」
「え、ええ、また!?」
「大丈夫、大丈夫。恵梨花なら大丈夫」
「ええええ!?」
「私もハナなら大丈夫な気がするわ……」
「ユキ姉!?」
「はいはいはいはい」
「やあやあやあやあ――!」
「ほいほいほいほいっと」
「んん……にゃ、やややあ!」
「……ハナ、どうして出来るの……?」
「……おい、藤本さんさっきからすごくないか……?」
「なあ……あの二人、昨日から桜木に教わってんだよな……?」
「ああ、昨日は間違いなく初心者って感じだったぞ……」
「普通に速いな……重心も安定してて……」
「型練習とは言え……とても昨日から始めたようには見えんな……」
「あんなに速く動くハナちゃんは初めて見るな……」
「はあーっ、はあーっ、はあーっ、りょ、亮くん、これ以上動けない……」
恵梨花が汗だくになって、床に手をついている。
「ああ、十分だ。すまんな、ちょっとやり過ぎた」
「う、うう……ひどい……」
恵梨花から恨みがましい目を向けられて、亮は誤魔化し笑いを浮かべる。
恵梨花の対応力の高さについ興が乗ってしまったのである。
「はは……悪い。じゃあ、ちょっと休憩な、ユキも」
「はい……あの、亮さん。普通は練習してたらハナみたいになれるんでしょうか……?」
今の自分にはとても恵梨花のように動けないことを気にしてか、不安そうな顔をする雪奈に亮は心配無用と笑いとばす。
「ああ、そうじゃないからな、ユキ。恵梨花とユキじゃ、持ってる才能がそれぞれ違うだけの話だから」
「私とハナの才能……?」
「ああ、見たところ恵梨花が兄さんに似てると言えばわかるか?」
「まあ……」
「で、ユキはツキ寄りだ。恵梨花に出来てユキに出来ないことがあるように、ユキに出来て恵梨花に出来ないことも出てくる。だから気にしないようにな」
「そうですか……わかりました。亮さん」
「ああ。ユキに合う技もいつかは教えるからな」
「! ありがとうございます――!」
「ああ――そんじゃ、そろそろ男子部員達をしごくとするかな……」
ひと段落したと見て、亮が男子部員達へ目を向けると、ビクリと何人かの男子部員が肩を揺らす。
「ほ、ほどほどに頑張ってくださいね、亮さん……」
雪奈にそう言われて、亮は肩を回す。
「ああ、ほどほどに絞るとするか……」
そう言ってニヤリとする亮を雪奈は苦笑して見送るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっと休憩しよっか、ユキ姉」
型の練習を雪奈と繰り返しした末に、恵梨花はそう切り出した。
先ほど亮から限界まで体を動かされたのもあって、恵梨花は少々バテ気味だった。
「そうね。あちらもちょうど終わったみたいだし」
苦笑して答えた姉が目を向けた先には、亮との乱取りを終えた郷田がバタンと倒れたところであった。
「おし、これで一周だな。はー、流石に喉渇いてくるぜ」
それが聞こえた恵梨花は雪奈と何とも言えない顔になる。
「皆、倒れるほどなのに、亮くんは喉渇いただって……」
「亮さんって、一体どれだけタフなのかしら……」
そんなことを言い合っていると開け放たれている入り口からリンリンと何か大きな音が聴こえてきて、目を向けると、そこには民宿で働く年配の従業員がいたのである。
「おっちゃん……?」
気づいた亮が先に声をかけた。
(そういえば、昨日仲良さそうにしてたよね……)
亮が拾ったと言い張る猪の解体をしたのはこの人なのだ。
「おお、桜木くん、ちょっと、ここの責任者的な人呼んでくれるかい?」
「責任者……?」
実はこの合宿には顧問の先生がついて来ていたりしたのだ。
が、その先生は剣道の経験も、更にはやる気もなく、部に関する全てを主将の郷田に任せていたりする。
その先生が今どこにいるかと言えば、こんな暑い道場内におらず民宿でゆっくりしていたりする。
つまり、今この場の責任者というのは――
「おっさーん、呼んでるぜ」
亮が郷田を呼ぶと、何事かと首を傾げてやってくる。
「そんじゃ、おっちゃん」
「ああ、ありがとさん」
亮は用事は終わったと見て、息を整えながら話を聞こうとする郷田を背に、恵梨花と雪奈が休憩している片隅へとやって来る。
「お疲れ様、はい、お水」
「ありがとよ」
亮がペットボトルを傾けて水を飲んでいると、郷田の驚いた声が響いた。
「熊が出たんですか!?」
それが聞こえた瞬間に、亮がピクリと肩を揺らしたのを恵梨花は驚きながら目にした。
聴こえたのは恵梨花達だけでなく道場中に響き、全員が動揺を露わにする。
「おいおい、確かに熊注意の看板あったの見たけど……」
「まさか本当に出るなんて……」
そんな声があちこちから聞こえてくるが、まずは従業員の方からの話を聞くのが先決と耳を澄ませ始める。
「ああ、でも心配なさんな。この熊避けの鈴つけて歩けば、熊の方から逃げていくからな」
「あ、だからわざわざ持ってきてくれたんですか……」
「ああ。そういう訳だから、今日、外歩く時は必ずこれつけるようにな」
「これはすみません、ありがとうございます……」
「いいってことよ、そんじゃ――」
と、従業員のおっちゃんが手を振って出て行こうとした時だ。
「ちょっと待ってくれ、おっちゃん!!」
いつの間にか亮が血相を変えながら、彼に接近していて詰め寄っている。
「熊出たのか、本当かっ!?」
亮のそんな焦ったような顔を初めて目にしたからか、部員達が怪訝な顔になる。
「あ、ああ……でも熊はあんなナリで警戒心強くて、この熊よけの鈴があれば大丈夫だから心配なさんな」
おじさんが先ほど言ったことを再度言うと、亮は信じられないと言わんばかりに首を振る。
「いやいや、そういう問題じゃねえだろ……熊が出たんだろ!?」
「そ、そうだが……いや、大丈夫だ。心配なさんな」
諭すように、宥めるように声を募る彼の姿に、熊が近くにいるから亮が怯えているのかと、部員達は思ったようで「あいつでも熊にはビビるのか……いや、当然か」などと漏らしている。
実際、恵梨花もそう思った。一瞬だけ。
(……なんか違う気がする……)
なんだろうと思っている内に、亮は焦った顔をしながらダッシュで恵梨花達が休憩している片隅まで戻ってくると、慌ただしく道着を脱ぎ始める。
「やっべー、急がねえと!!」
何をやってるのかと一同が呆気にとられたのも束の間、亮はあっという間に元より来ていた黒のTシャツとトランクス姿になると、これまた某タヌキ型ロボットが焦りながらポケットを漁るように自分の荷物をひろげ、ジーンズを取り出し、忙しない手つきでそれを履き始める。
それを見て、亮はここから、熊が出るかもしれない場所から逃げ出す気なのかと部員達は思ったようで、呆れつつニヤけ始めたのである。
「おいおい、そんな慌てて逃げださなくても……」
一人が言うと、女子も含めてクスクスと笑い始める。
が、亮は気にする余裕もない様子でジーンズを履き終えると、再び血相を変えながら従業員の人に詰め寄る。
「おっちゃん、どこだ!? どこで出た!? どっちの方角だ!?」
「お、おい、桜木、失礼だし、みっともないからやめないか……」
遂には郷田にまでそんなことを言われても亮は変わらず、おじさんを問い詰める。
「い、いや、麓のゴンさんの畑の方で……」
「その畑って、どこだよ!? 方角だけでいいから教えてくれ!!」
「え、えっとだな……」
外に出たおじさんが道場前の道からは逸れた山のとある方角を指差した。
「あっちだな……だが、そう心配はいらんから――」
と続けるが、亮はもう聞いていない。
「あっちだな!? おっし――」
今にも駆け出しそうな亮へ、郷田がストップをかける。
「ちょ、ちょっと待て桜木、どこへ行く気だ……?」
「どこって……っ!」
そこで亮はようやく我に返ったように周りを見渡した。
恵梨花は雪奈と顔を見合わせ、とりあえず亮の傍へと歩みを進める。
近くまで来ると亮はばつが悪そうな顔で苦笑して、周りへ呼びかけた。
「すまん、ちょっと焦っちまった……で、誰か行きたいやつはいるか……?」
そう聞きながら、いるなら手を挙げて合図するようにと言わんばかりに亮は手を挙げている。
いきなりそんな風に聞かれても何のこっちゃと全員が首を傾げる中で、亮は真剣な顔で念を押すように口を開く。
「いない……で、いいんだな? 後で自分がやりたかったとか言っても知らねえからな? いないな? 俺がやっても文句言うなよ……?」
その念の押しように全員が気になりながら恵梨花が代表して聞いた。
「あの、亮くん……皆、何のことかサッパリみたいで……それでどこに行く気なの……?」
そんな恵梨花の問いに亮は信じられないと目を剥いた。
「何言ってんだ、恵梨花!? 熊が出たんだぞ!?」
「う、うん……だから?」
そう、ここにいる亮以外の一同の気持ちはこの一言に尽きた――だから何? と。
なのに亮は相も変わらず信じられないと言わんばかりに首を振り、目をクワッと見開き吠えるように言ったのだ。
「熊だぞ!? 美味いんだぞ、あいつ!!」
その言葉が頭に浸透するのに恵梨花は、いや全員が暫しの時間を要した。
ポカンとしていると、亮はもう一度叫んだのである。
「めっちゃ美味いんだぞ、熊肉!! 一頭でどれだけステーキ食えると思ってんだ!?」
恵梨花は自分の口があんぐりと開いているのに途中で気づいた。
「ああもう、こうしちゃいられねえ……! おっさん、ちょっとだけ抜ける! 恵梨花とユキもすまんが、二人で練習しててくれ! おっちゃん! 悪いけど、その麓のどっか適当なとこに軽トラか、熊載せれるような車運んでてくれねえか!? 頼む!!」
その鬼気迫らんばかりな亮の懇願に、おじさんは「あ、ああ、わかった……」とカクカクと首を縦に振って頷いていた。
「ありがてえ! じゃあ、頼んだからな、おっちゃん!!」
そう言うや否や、亮は道場を飛び出してしまった。
「ははははは! 熊肉、熊肉ー!!」
姿が見えなくなって間もなく、そんなテンション高い声が聴こえてきて、道場内にいた者達が我に返る。
「ちょ、ちょっと待て、桜木! お前、熊を獲りに行くつもりか――!?」
郷田が慌てて後を追うのに、恵梨花もついていった――が。
「あ、あいつ、こんな道を降りて行ったのか……? それにもう姿が見えんとは……」
良く見ると、地面ではなく奥へ進むにつれて木の、それもけっこうな高さにある枝がブンブンと揺れるのが目に入った。
それを見て思い出すは、蛍を見に行った時のことだ。
あの時も亮は枝から枝へとすさまじい速さで走っていたのだ。
「……あいつの口ぶりから考えるに熊を獲る気のようだったよな、ハナちゃん……?」
「う、うん……そう聞こえた……」
「……あいつ着替えただけで何も持ってなかったよな……?」
「う、うん……」
「私にもそう見えたわね……」
「…………まさか、素手か……!?」
信じたくない答えを出したような声だった。
「う、嘘でしょ、亮くん……」
「……熊と? 素手で……?」
雪奈が怯えたような声を出すのをボンヤリ聞きながら、恵梨花は先ほどの亮の言葉を思い出していた。
「も、もしかしてさっき亮くんが『俺がやっても文句言うなよ』って……」
郷田と雪奈、後ろから山を覗き込んでいた部員達がハッとする。
「『俺が殺っても文句言うなよ』ってことか!?」
何人かの声がハモった。
そして顔を見合わせて唖然とする。
「いや、言う訳ないだろ!! てか、戦いたくもねえよ!?」
男子部員の誰かがもっともな文句を口にする。
「そ、その、ハナちゃん……桜木から熊と戦ったことがあるとか聞いた覚えは……?」
郷田の恐る恐るなその問いに、恵梨花は首を横に振る。
「あ、ある訳ないよ……」
答えると「流石にヤバいんじゃね……?」と誰かが亮への心配を口にする。
「警察に言う……?」
「いや、でも桜木なら……」
「いやいやいや、熊だぞ!?」
「だ、だよな……」
「やっぱり警察に……」
そんな声を耳にしながら、恵梨花は何となく思っていた。
(あの様子じゃ、多分大丈夫……信じられないけど……本当に信じられないけど、大丈夫だと思う……何より――)
「ちょ、ちょっと待って。警察は多分必要ないと思うから……」
「いや、しかし、ハナちゃん……」
「大丈夫だと思う。亮くんって、出来ないこと出来るとか誇張したりしないし、何よりね――」
「――何より?」
「――最後に見た亮くんの目がもうお肉食べることしか考えてない目だったから。自分の命の心配なんて一切してなかったから大丈夫だと思う……」
あれは何度も熊を食べてきた目で間違いない。
では、どうして熊を食べたかというと、自分で仕留めてきたからなのだろう。
恵梨花のこの言葉には馬鹿らしい内容ながら、なかなかの信憑性があった。
「……一時間……いや、二時間しても帰ってこなかったら警察に連絡しよう……」
悩みに悩んだ末、郷田は最後にそう結論付けた。
「……もうっ、皆にこんな心配かけて、亮くんったら……」
恵梨花がボヤくように愚痴ると、部員達がコソッと囁き合った。
「藤本さんもなんていうか大概だよな……」
「なあ、口ではああ言ってたけど、心配してるように見えないよな……」
「……藤本さんが桜木に毒されてしまった……」
「俺達の女神だったのに……」
「今じゃ非常識の女神に……」
はあ、と彼らは大きなため息を吐くのだった。
***********************************************
という訳で、次回――
亮 対 熊
亮が本気で出す技の披露がここになるとは、流石に私も思ってませんでした(笑)
励みになるので、感想いただけると嬉しいです。
またまた長くお待たせして申し訳ありません。
前話の感想の返信もまだですね。
これもちゃんと返させていただきますので、少々お待ちくださいませ。
ちょっとお知らせです。私の別作品
『社畜男はB人お姉さんに助けられて――』
ですが、二巻が先週発売されました!
是非是非書店にて手に取ってみてください!!
おまけツイートとか流してるので、興味ある方は是非↓のツイッターまで
https://twitter.com/sakuharu03
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