Bグループの少年

櫻井春輝

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8巻

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   第一章 藤本ふじもと家の雪月花せつげっか



 恵梨花えりかの誘いで藤本家を訪れた桜木さくらぎりょう。そこで待ち受けていたのは、恵梨花達姉妹の父と、「超」がつくほどシスコンの兄、純貴じゅんきだった。二人は、純貴と亮を試合させ、亮をおどかそうとしていた。
 しかしいくら純貴が空手の全国大会出場者といっても、亮に勝てる訳もなく、亮が圧倒的な実力差を見せつけ、恵梨花との交際を認めてもらったところで、藤本家の長女、雪奈せつなが帰ってきた。
 今はそんな父と兄の蛮行ばんこうを、雪奈がとがめているところだった。


「信じられない……本当に信じられない! いきなり不意打ちで帰ってきて、亮さんに圧迫面接のような真似して? それもお兄ちゃんは本音ほんねもろくに隠さずほとんど喧嘩腰けんかごしで? それで亮さんの力を見るとか言って試合して? しかもお兄ちゃんはただなぐりたいだけみたいに寸止めを全くしないで……? 私の恩人だって知らなかったからにしても本っ当に信じられない!」

 亮の隣に座る雪奈が、プリプリと不満を吐き出している。
 母親の華恵かえと恵梨花から、今日雪奈が帰ってくるまでに何があったかを聞いて、怒っているのだ。
 話を聞けば聞くほど、雪奈は不機嫌さを増していき、しまいには感情を失くしたような顔になって、父と兄へ静かに正座を命じた。そして二人は反論することなく、いや、雪奈の迫力に押されて反論出来ず、神妙しんみょうにその命令を受け入れざるを得なかった。なので、亮、恵梨花、華恵、雪奈が四人でテーブルを囲んで座っているそのわきで、父と純貴は床で正座をしている。
 ちなみに、そんな二人が亮の視界に入らないようにと雪奈が気を使って、亮の背後になる位置取りで座らせていた。
 だが、背後にいようと気配を感じ取れる亮からしたら、むしろ背後にいる方が気になるという面もあったりするが、言ってもきりがないと思って黙っていた。実際、目に見える位置で正座されるのも痛々しくて仕方ない。

「私も最初はね、お父さんは目が厳しいだけで、ちゃんと会話して亮くんを知ろうとしてるのかなって思って少し安心してたんだよ。なのに急に『なら、見せてもらおうか』なんて言って、そしたらお兄ちゃんも流れるように席立って着替えて亮くんの靴まで持って庭にいるんだよ? ひどくない?」
「ひどい! ひど過ぎる! 初めて彼女の家に来て不意打ちで始まった圧迫面接の時点で、普通の男の子なら泣きたくなりそうなものなのに、その上ハメるようにして、そんなことするなんて‼」

 恵梨花の言葉でグサグサと何かが刺さるようにうめく父と純貴は、続く雪奈の言葉にとどめを刺されて項垂うなだれている。
 そんな二人の気配を背後に感じながら、亮も雪奈の言葉によって流れ弾を受けて、少しグサッときていた。雪奈の言葉では、遠回しに亮を『普通の男の子』でないと言っているからだ。

「亮さん、本当にごめんなさい。うちの娘バカなおろかな父と、どうしようもないシスコン兄が、本当にご迷惑をおかけして……」
「ごめんね、亮くん? 改めて思うと本当に今日の亮くんはずっと驚かされっぱなしだったよね? ごめんなさい……」

 右隣の雪奈と左隣の恵梨花に挟まれ、亮は今日何度目かわからない謝罪を受けている。
 美少女から美女に羽化うかしかけているような、ほんの少し未来の恵梨花を思い浮かばせる美貌びぼうの雪奈と、慣れてきたがそれでも時折、いや、しょっちゅうハッとさせられるほど美しく可愛い自分の彼女である恵梨花。
 そんな二人に至近距離で挟まれている亮は、微妙に居心地が悪い思いをしていた。
 ちなみに華恵は亮の正面に座って、アイスコーヒーを手に娘達と亮を微笑ほほえましそうに眺めている。

「いや、まあ、雪奈さんのこと以外は不可抗力なのはわかってるから、気にしなくていいって」
「そんな、亮さん! 私のことはどうか雪奈と呼び捨てでいいです! あ、ユキでもかまいません!」
「あ、あー、うーん、じゃあ、ユキで」
「はい――! では、ユキでお願いします!」

 恵梨花そっくりの顔で、かがやくように喜ばれると、もう弱い。仕方ないと思った亮の口から苦笑がこぼれる。
 それに、呼び名を受け入れた理由はもう一つある。恵梨花は『ユキ姉』と呼び、他の家族は『ユキ』と呼んでいるのだ、その呼称に亮が慣れるのも時間の問題と思われたからだ。

「……ユキ姉?」
「ん? どうしたの、ハナ?」
「……ウウン、ナンデモナイヨ……」

 微妙に居心地の悪い理由がこれだ。この家ではハナと呼ばれている恵梨花の目から時折、光が消えるようになるのだ。
 自分は鈍感ではない――と亮本人は思っている。
 亮の勘違いでなければ、当初の雪奈は亮に好意のようなものがあったが、妹の彼氏なら仕方ないと一歩引いた態度を見せた。かのように見えたが、今の雪奈はグイグイと来る。今も座っている距離が恵梨花と変わらず近く、当たり前のように隣にいた。
 ただ、雪奈はどうにも無自覚のようで、だから恵梨花も強く文句を言えないように見える。

(……もしかしてこれが無自覚の天然たらしというやつか?)

 亮が恵梨花と付き合っていなければ、たらしこまれるのは時間の問題だっただろう。
 実際、雪奈は恵梨花と髪の色が違うだけで、容姿はかなり似ている。亮は恵梨花が好みのどストライクであるから、そんな恵梨花にそっくりな雪奈も必然的にどストライクなのだ。
 不良チーム『シルバー』を潰したあの日、亮が雪奈にジャケットをかけたのは、彼女の服が破られていたからだった。しかしそれ以上に、好みどストライクも良いところの女の子が下着をあらわにして半裸だったという理由が大きい。
 目に毒過ぎて、シリアスなテンションが吹き飛びそうだったので、亮は自分のためにも雪奈にジャケットをかけたという……ちょっと、いやかなり、人には言い辛い事情があったりする。
 そんなことを考えている間に、華恵が悪戯いたずらっぽく笑って会話に入ってきた。

「そういえば、ユキ。亮くんね、今日初めて見た私をハナの姉と――ユキだと勘違いしてたのよ?」
「ええ⁉ そんな、亮さん、私、お母さんほど歳とってませんよ⁉」
「……ユキ? その言い方はあんまりじゃないかしら」

 ニッコリとしながら、妙な迫力を出して長女をたしなめる母に、雪奈が焦った声を出す。

「お、お母さん! えっと、そういう意味じゃ⁉」
「じゃあ、どういう意味なのかしらね……?」

 そうやって母娘おやこが言い争いをしているのを苦笑しながら聞き流していると、ふと背後から、父と兄ではない気配が庭の方でうろついているのに気づいた。亮が振り返って見ると、それは大きな犬だった。

「恵梨花、庭で犬がなんかウロウロしてるぞ」
「え? ああ、ジロー? お母さん、ジローにエサってあげた?」
「え? あら、そう言えば、まだだったかしら。ちょっとやってくるわね」

 そう言って華恵が立ち上がってから、亮はふと思って呼び止める。

「あ、お母さん。エサやるの俺がやってもいいですか?」
「え? でも、ジローは……ああ、そういえば……」

 亮がジローをでているところを思い出したのだろう。

「え? 亮さん、ダメですよ。ジローは、うちの家族以外には……男の人には危ないんですよ?」

 そのことを知らない雪奈が止めてくると、華恵はほほに手をやりながら首を横に振る。

「それがユキ、信じられないことに、亮くん、ジローを撫でてたのよ」
「え⁉ ど、どうやって⁉ なんで⁉ 信じられない⁉」
「そうなのよね。お母さんはそこしか見てなかったのだけど……どうやったの、亮くん?」

 華恵と雪奈が疑問の目を向けてくる中、恵梨花は何となく予想がついているようで、静かにアイスティーを口にしている。

「どうやったって……ちょっとにらんでやっただけです」
「……え、それだけ?」
「ええ、ずっと吠えてきて余りにうるさかったもんですから……ああ、すみません」
「いえ、いいのよ。でも睨むだけ……? それでジローが大人しく?」
「ああ、簡単に説明すると『誰に喧嘩売ってんだ』って気を――意味を込めて睨んだんですよ。それで脅かしちゃったもんですから、エサやって仲直りしておこうかと思って」
「……な、なるほど?」

 納得したようなしてないような二人であるが、華恵はエサを用意して、亮に手渡した。

「じゃあ、これをお願いね、亮くん」

 受け取ってから亮は父と純貴となるべく目を合わせないようにしながら、恵梨花と雪奈と華恵まで後に続いて一緒にリビングを横切る。そして亮が窓を開けた途端だ。

「あらまあ……」
「うっそー……」
「えー…」

 美しい母娘三人が驚いた声を出す。何故なら、窓を開けた亮とジローの目が合った瞬間、ジローがゴロンと寝転がって腹を見せたからだ。それだけでなく、少し小刻みに震えてもいる。

「ははっ、そうビビらなくても、何もしねえよ。無闇むやみに吠えねえならな。立っていいぞ」

 ジローに向かって亮が言うと、ジローは恐る恐るといったように起き上がる。

「ほら、お前のご主人様が用意してくれたもんだ」

 そして、エサを前に置いてやるが、ジローは食べずにジッと亮を見上げるだけだ。

「……よし、食っていいぞ」
「ワン――!」

 返事をするように吠えてから、尻尾しっぽを揺らしながらガツガツと食べ始めるジロー。
 そして食べているジローの頭を、亮はガシガシと撫でる。

「よしよし、美味うまいか?」
「ワン――!」

 さらに強く尻尾を振るジローに、亮は満足して窓を閉めた。

「……」

 美女三人、だけでなくその後ろにいる父と兄も唖然あぜんとして、そんな亮とジローを見ていた。

「ねえ、なんで? なんでジロー、亮くんの言うことわかってるの? ていうか、亮くんとジロー会話してなかった⁉」

 恵梨花の疑問には他の面々も同意のようで、そろって不可解な目を向けられる。

「いや、会話はしてねえだろ。俺はジローが何言ってるかなんて、わかんねえし」
「でもでも、ジローは亮くんの言うことわかってたよ⁉」
「そりゃあ、意味が伝わるように俺は話したつもりだし」
「え? そんなことできるの⁉」
「まあ……簡単な命令ならな。動物は人間より本能が強いし、それで力の差がわかって屈服くっぷくすると、その相手の言うことを聞こうとなんとなくだろうが理解しようとするからな。現に俺は『立っていい』と『食っていい』ぐらいしか伝えたつもりねえし、ジローだって、それ以外はなんとなくでしか返事してねえんじゃねえか?」
「……言われてみれば確かにそうだったかも」
「亮さんは……動物に命令が出来るってことですか?」
「んー……知能がそれなりにあって、俺との力の差がわかる動物なら? でも簡単な命令だけな」
「はあ……つまり、ジローは亮さんに完全降伏してたんですね……言われてみれば、そうなるのも仕方ないのかも……? あのゴールドクラッシャーですものね……」

 呆けたような雪奈の横では、華恵がどこかおかしそうに笑っている。

「そう……じゃあ、ジローは亮くんとの力の差を感じて降伏しておとなしくなったというのに、お兄ちゃんは、あれほどしつこく亮くんに……」

 その言葉に純貴はあんぐりと口を開いた。

「つまり、お兄ちゃんはジローより馬鹿……?」
「なるほど、確かにそうかも……いえ、間違いなくそうだわ、ハナ」

 愛する妹二人にそこまで言われて、純貴は焦った声で抗議する。

「待て待て、本能の部分が劣ってるだけだ! 知能が劣ってるなんて訳ないだろ!」

 ここでふと亮は、これぐらいの嫌がらせはしてもいいだろうと思って言った。

「いや、あにさん。俺との力の差を感じる力――本能は持ってるじゃないですか? 途中で俺があにさんの師範しはんより強いって気づいたじゃないですか?」

 その時の純貴の顔はなかなかの見ものだった、とここに記しておく。

「じゃあ、つまり――」
「そうよ、ハナ。お兄ちゃんの知能は――」
「ジロー以下‼」

 仲の良い美人姉妹の声が、揃って藤本家に響いたのであった。
 ひとしきり藤本家の美女三人が長男を笑った後、ブツブツと「俺はジロー以下……」と繰り返し呟いている純貴を横目にテーブルへ戻る際、父が懇願こんがんするように雪奈を見上げる。

「ユキ、そろそろ勘弁かんべんしてもらえないだろうか……」
「えー、聞こえなーい」
「む、むう……」

 父も亮が雪奈の恩人だとは知らなかったとはいえ、反省してるからこそおとなしく正座しているのだと思われる。
 そして雪奈に拒否され項垂れた時の父の体のぎこちなさが目に入って、亮はふと思い出した。

(……あ、そういや……)

 恵梨花達の父の腰はなかなかにひどい状態で、正座は短い時間であればそれほど負担にならないのだが、長時間座っていた際はその後が不味まずいのではと思って、亮は少し逡巡しゅんじゅんしてから言うことにした。

「なあ、恵梨花」
「んー? なに?」
「親父さん、もう椅子に座ってもらった方がいいかも」
「! 桜木くん……」

 父が感動した目を向けてくるのを居心地悪く感じていると、雪奈が先に返事をしてきた。

「え、そんな、亮さん、こんな愚かな父に気を使わなくても構いませんよ」
「うん、もうちょっと反省しててもいいと思うけど」

 姉妹揃ってけんもほろろだ。

「いや、まあ、なんだ、親父さん、腰悪いだろ? 足がしびれる前に正座はやめさせた方がいいと思うぞ」
「あー……ユキ姉?」
「……亮さんがそう言うなら」

 恵梨花に判断を促された雪奈が渋々しぶしぶ頷いた。
 そうして、雪奈から許可をもらった父が立ち上がろうとした時だ。

「あれ? 亮くん、お父さんの腰が悪いって何で知ってるの? 私言ったっけ?」
「いや、そんなの見てりゃ――それよか、親父さん、歩く時は気をつけた方が――」

 亮が言っている途中で、父はやはり足が痺れていたのかカクンと体が揺れて――

「くっ……」

 と、腰に手を当てて痛みをこらえ始める。

「――って、言わんこっちゃない」

 ため息をいて、父の体を見るが、先の動きが致命的なダメージを与えたようには思えない。単に変な動きをしたから痛んだだけのように見える。

「父さん、大丈夫かよ?」
「もー、お父さん、病院行かないから」
「今日こんなことたくらんでないで、病院に行けばよかったのに」

 正座をほどく許可をもらっていない純貴はともかく、姉妹は何だかんだ文句言っても、父の手を引いて椅子まで連れてってやっている。やはり優しい二人である。

(……流石さすがにもう見てらんねえな……)

 ゴールドクラッシャーのことを抜きにしても、恵梨花との付き合いを許してもらえたことは嬉しかったので、亮はもうひと仕事するかと苦笑を浮かべた。

「親父さん、背もたれを横にして座ってもらえますか? 恵梨花、えっと――ユキ、椅子の向き変えてやってくれ」

 雪奈が「ユキ――!」と真っ先に亮の言葉に反応して感動している横で、父がいぶかしむ。

「――なに? どうしてだ?」

 ともあれ、恵梨花と雪奈は亮の言う通りに椅子の向きを変え、亮は父の背中に歩みを進める。

「ちょっと、応急処置的なもんをやろうと思いまして」
「なんだと? 君がそのような気を使う必要はない。痛みなら放っておけばよくなるから、構わなくともいい……そもそも、そんなこと君に出来るのかね? 下手に素人しろうとが何かする方が不味いだろう……君の気持ちは嬉しく思うが――」
「もう、お父さん! こんな時に亮くんが適当なこと言うと思ってんの⁉」
「いや、しかしだな、ハナ」
「亮くんが言うなら大丈夫だよ! それに私が足をひねった時だって、丁寧に手当てしてくれて、すぐ良くなったよ?」
「あの時のか……あれは、桜木くんにやってもらったのか……?」

 父が驚いたように目を丸くすると、恵梨花がニンマリと頷く。

「だ、だが、足でなく腰なのだぞ……?」
「大丈夫だよ! ……大丈夫なんだよね、亮くん?」

 確認するように聞いてくる恵梨花に、亮は自信のある笑みを浮かべる。

「ああ……まあ、親父さん、ちょっとだまされたと思って俺に任せてもらえませんか? 一応、これでも仕込まれてるんで」
「そ、そこまで言うのなら……」

 父は若干不安そうにしながらも頷いた。亮に任せてくれるようだ。

「本当に大丈夫なの? 亮くん、無理しなくても構わないのよ?」

 華恵も心配そうだが、亮は安心させるように笑う。

「ご心配はもっともでしょうが、今はもう土曜の午後だし、明日は日曜で、病院はもう行けないじゃないですか。これでも心得こころえはあるんで任せてくれませんか」
「お母さん、言ったでしょ! 亮くんは出来ないことなんて言わないって!」
「そう……だったわね。じゃ、じゃあ……お願いできる?」

 亮は「はい」と返事をしてから、背もたれを横に腰かけた父の背中を眺める。

「ふむ……親父さん、ちょいと失礼――」

 そう言って、亮は父の背中を指で触れて上から下までそっと走らせた。

「――っ」

 ゾワリと感覚が走ったのだろう、父は変な声が出そうになるのをなんとか抑えたようだった。

「あーあ……」
「ねえ、亮くん、何なの?」
「うん……親父さん、最後に病院に行ったのは……いや、もう長いこと行ってないですよね?」
「⁉ わ、わかるのかね?」
「そりゃ、わかりますよ……靴下くつしたもまともに一人ではけないんじゃ?」
「何故、それを――⁉」
「いや、簡単に予想つきますよ……恵梨花、綺麗なタオル持ってきてくれるか?」
「え? うん、わかった。洗濯したやつでいいんだよね?」
「ああ、それでいい」

 恵梨花がリビングから出ていくのを横目に、亮は父の背中をあちこち触って、触診しょくしんを終える。

「やっぱりか……」
「……何かわかったのかね?」
「何かわかったの? 亮くん」
「何がわかったんですか? 亮さん」

 亮が思いの外まともに見える診察をしたからか、藤本家一同が真剣な目になっている中、亮は軽く答えた。

「ええ、ヘルニアですね」
「ええ――⁉」

 家族が絶叫ぜっきょうする。

「いやあ……何で病院行かずにここまで放っておいたんですか」
「じ、時間がなくてだな――」
「いや、今日行けたんじゃないんですか?」
「そ、それを言われると……だが、ヘルニアというのは本当かね?」
「ええ、間違いないと思いますよ。同じ状態の腰の人を見たことありますから」
「大変、それが本当なら……ヘルニアって手術が必要なんじゃなかったかしら?」
「そうだったと思うよ。漫画かドラマでそんなこと言ってた気がする」

 家族が慌ただしくなる中、亮が割って入る。

「ああ、すみません。ちょっと言葉が足りませんでした」
「……どういうこと、亮くん?」

 華恵の心配そうな声に、亮は苦笑を浮かべる。

「このままだと確実にヘルニアになるってことで、まだ完全にはなってないって言おうとしてたんですよ」
「そ、そうなの……よかったわ」
「まあ、でも、それも放っておけばあと数日の話ですけど」
「数日――なら今から病院手配したら間に合うかしら……?」
「お母さん、今日土曜だよ」
「ああ、そうだったわ――」
「ちょっと、お母さん。落ち着いてください、このまま放っておけば手術が必要なヘルニアになるのであって、今はまだ、なんですよ」
「……つまり?」
「今から処置すれば、手術しなくても大丈夫かと」
「それって本当なの?」
「ええ」
「なら、どこか今日もやってる病院を――」
「いや、だから落ち着いてくださいよ、お母さん。俺はまだただけで、何の処置もしてないんですから、させてくださいよ」
「ええっと――任せて大丈夫なの?」
「ええ。でなければ、自分から言いませんよ」
「そ、そう――でも、無理そうならすぐに言ってちょうだいね? ヘルニアかもってわかっただけでもこちらは十分なんだから」

 亮は苦笑しながら頷いた。高校生がヘルニアの処置をしたいなどと言えば、心配されるのも当たり前だ。だから華恵の遠慮えんりょの言葉は気にならない。

「亮くーん、タオル持ってきたよ、ハンドタオルでよかった? ……なんか騒がしかったけど、何かわかったの?」

 亮はタオルを受け取ると、姉から亮の話を聞く恵梨花を横目に、父の背中にタオルを当てた。

「そんじゃ、親父さん。ちょっとだけ痛むとは思いますけど、しばらくの間、我慢がまんしてもらいますよ」
「う、うむ……わかった」

 どこか覚悟を決めたような声で父が頷くと、亮は父の背骨に沿って上から下へとタオル越しに親指を強く押し当てていく。

「くっ――ぐっ――むうっ――くうっ――け、けっこう痛いのだが……? さ、桜木くん?」
「ええ、言ったじゃないですか。まあ、もうちょっと我慢してください」
「むうっ――こ、これも罰の内か。わかった……」

 亮の厚意での治療に対し、父がそんな失礼なことをのたまいつつ痛みから呻く声を無視しながら、亮は淡々と同じことを進める。

「……ねえ、亮くん、今って何やってるの?」

 黙って地味なことを繰り返している亮に、恵梨花が耐えかねたように聞いてきた。

「うん? ああ、簡単に言えばな、骨の位置を修正してんだよ」
「その――指で押してるだけで?」
「ああ。ここなんだけどな、素人目にはわかりにくいかもしれねえが、背骨がゆるくカーブしてんだよ」

 押しているのとは反対の左手で亮が示すと、美女三人がのぞき込んでくる。恵梨花は当然だが、雪奈まで同じように距離が近い。恵梨花一人でもドキドキするというのに、ほとんど同じ美貌に並ばれて思わず目が泳ぎそうになる亮。
 ともあれ、三人はやはりわからないようで、揃って小首をかしげた。

「ううん……全然わかんない。素人目って言うけど、亮くんはそうじゃないんだね?」
「そりゃあな」
「おじいさんから習ったって言ってたよね? 素人じゃないって言うぐらい、そんなに長く習ってるの?」
「うん? ああ――ただ、何もじじいから習った整体の技術だけでやってる訳じゃねえぞ?」
「? ……どういうこと?」
「武術ってのは、如何いかに効率よく急所を破壊するかって面があってだな、それはつまり、急所を見抜く目がないとダメってことになり、見る目が自然と養われるってことになる」
「ああ……うん、なるほど」
「そして破壊の方法がわかれば、おのずと治す方法も見えてくるってことだ」
「あ! そうか、つまり亮くんの武術の経験が、そのまま整体にも役立つってことなんだね」
「そういうこと。つまり、俺は今親父さんの背中を治すために手を動かしてる訳だが、反対にここ押したら不味まずいなってところも見えてる。そこを避けるのに、急所を破壊するために養った目が役立ってるって訳だ」
「わあ――すごいよくわかったよ、亮くん!」
「ああ、だから整骨院とかには柔道経験者の人が多いっていうことなのね?」

 華恵の感心したような声に、亮は頷く。


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