113 / 154
8巻
8-1
しおりを挟む第一章 藤本家の雪月花
恵梨花の誘いで藤本家を訪れた桜木亮。そこで待ち受けていたのは、恵梨花達姉妹の父と、「超」がつくほどシスコンの兄、純貴だった。二人は、純貴と亮を試合させ、亮を脅かそうとしていた。
しかしいくら純貴が空手の全国大会出場者といっても、亮に勝てる訳もなく、亮が圧倒的な実力差を見せつけ、恵梨花との交際を認めてもらったところで、藤本家の長女、雪奈が帰ってきた。
今はそんな父と兄の蛮行を、雪奈が咎めているところだった。
「信じられない……本当に信じられない! いきなり不意打ちで帰ってきて、亮さんに圧迫面接のような真似して? それもお兄ちゃんは本音もろくに隠さずほとんど喧嘩腰で? それで亮さんの力を見るとか言って試合して? しかもお兄ちゃんはただ殴りたいだけみたいに寸止めを全くしないで……? 私の恩人だって知らなかったからにしても本っ当に信じられない!」
亮の隣に座る雪奈が、プリプリと不満を吐き出している。
母親の華恵と恵梨花から、今日雪奈が帰ってくるまでに何があったかを聞いて、怒っているのだ。
話を聞けば聞くほど、雪奈は不機嫌さを増していき、終いには感情を失くしたような顔になって、父と兄へ静かに正座を命じた。そして二人は反論することなく、いや、雪奈の迫力に押されて反論出来ず、神妙にその命令を受け入れざるを得なかった。なので、亮、恵梨花、華恵、雪奈が四人でテーブルを囲んで座っているその脇で、父と純貴は床で正座をしている。
ちなみに、そんな二人が亮の視界に入らないようにと雪奈が気を使って、亮の背後になる位置取りで座らせていた。
だが、背後にいようと気配を感じ取れる亮からしたら、むしろ背後にいる方が気になるという面もあったりするが、言ってもきりがないと思って黙っていた。実際、目に見える位置で正座されるのも痛々しくて仕方ない。
「私も最初はね、お父さんは目が厳しいだけで、ちゃんと会話して亮くんを知ろうとしてるのかなって思って少し安心してたんだよ。なのに急に『なら、見せてもらおうか』なんて言って、そしたらお兄ちゃんも流れるように席立って着替えて亮くんの靴まで持って庭にいるんだよ? ひどくない?」
「ひどい! ひど過ぎる! 初めて彼女の家に来て不意打ちで始まった圧迫面接の時点で、普通の男の子なら泣きたくなりそうなものなのに、その上ハメるようにして、そんなことするなんて‼」
恵梨花の言葉でグサグサと何かが刺さるように呻く父と純貴は、続く雪奈の言葉にとどめを刺されて項垂れている。
そんな二人の気配を背後に感じながら、亮も雪奈の言葉によって流れ弾を受けて、少しグサッときていた。雪奈の言葉では、遠回しに亮を『普通の男の子』でないと言っているからだ。
「亮さん、本当にごめんなさい。うちの娘バカな愚かな父と、どうしようもないシスコン兄が、本当にご迷惑をおかけして……」
「ごめんね、亮くん? 改めて思うと本当に今日の亮くんはずっと驚かされっぱなしだったよね? ごめんなさい……」
右隣の雪奈と左隣の恵梨花に挟まれ、亮は今日何度目かわからない謝罪を受けている。
美少女から美女に羽化しかけているような、ほんの少し未来の恵梨花を思い浮かばせる美貌の雪奈と、慣れてきたがそれでも時折、いや、しょっちゅうハッとさせられるほど美しく可愛い自分の彼女である恵梨花。
そんな二人に至近距離で挟まれている亮は、微妙に居心地が悪い思いをしていた。
ちなみに華恵は亮の正面に座って、アイスコーヒーを手に娘達と亮を微笑ましそうに眺めている。
「いや、まあ、雪奈さんのこと以外は不可抗力なのはわかってるから、気にしなくていいって」
「そんな、亮さん! 私のことはどうか雪奈と呼び捨てでいいです! あ、ユキでもかまいません!」
「あ、あー、うーん、じゃあ、ユキで」
「はい――! では、ユキでお願いします!」
恵梨花そっくりの顔で、輝くように喜ばれると、もう弱い。仕方ないと思った亮の口から苦笑が零れる。
それに、呼び名を受け入れた理由はもう一つある。恵梨花は『ユキ姉』と呼び、他の家族は『ユキ』と呼んでいるのだ、その呼称に亮が慣れるのも時間の問題と思われたからだ。
「……ユキ姉?」
「ん? どうしたの、ハナ?」
「……ウウン、ナンデモナイヨ……」
微妙に居心地の悪い理由がこれだ。この家ではハナと呼ばれている恵梨花の目から時折、光が消えるようになるのだ。
自分は鈍感ではない――と亮本人は思っている。
亮の勘違いでなければ、当初の雪奈は亮に好意のようなものがあったが、妹の彼氏なら仕方ないと一歩引いた態度を見せた。かのように見えたが、今の雪奈はグイグイと来る。今も座っている距離が恵梨花と変わらず近く、当たり前のように隣にいた。
ただ、雪奈はどうにも無自覚のようで、だから恵梨花も強く文句を言えないように見える。
(……もしかしてこれが無自覚の天然たらしというやつか?)
亮が恵梨花と付き合っていなければ、たらしこまれるのは時間の問題だっただろう。
実際、雪奈は恵梨花と髪の色が違うだけで、容姿はかなり似ている。亮は恵梨花が好みのどストライクであるから、そんな恵梨花にそっくりな雪奈も必然的にどストライクなのだ。
不良チーム『シルバー』を潰したあの日、亮が雪奈にジャケットをかけたのは、彼女の服が破られていたからだった。しかしそれ以上に、好みどストライクも良いところの女の子が下着を露わにして半裸だったという理由が大きい。
目に毒過ぎて、シリアスなテンションが吹き飛びそうだったので、亮は自分のためにも雪奈にジャケットをかけたという……ちょっと、いやかなり、人には言い辛い事情があったりする。
そんなことを考えている間に、華恵が悪戯っぽく笑って会話に入ってきた。
「そういえば、ユキ。亮くんね、今日初めて見た私をハナの姉と――ユキだと勘違いしてたのよ?」
「ええ⁉ そんな、亮さん、私、お母さんほど歳とってませんよ⁉」
「……ユキ? その言い方はあんまりじゃないかしら」
ニッコリとしながら、妙な迫力を出して長女を窘める母に、雪奈が焦った声を出す。
「お、お母さん! えっと、そういう意味じゃ⁉」
「じゃあ、どういう意味なのかしらね……?」
そうやって母娘が言い争いをしているのを苦笑しながら聞き流していると、ふと背後から、父と兄ではない気配が庭の方でうろついているのに気づいた。亮が振り返って見ると、それは大きな犬だった。
「恵梨花、庭で犬がなんかウロウロしてるぞ」
「え? ああ、ジロー? お母さん、ジローにエサってあげた?」
「え? あら、そう言えば、まだだったかしら。ちょっとやってくるわね」
そう言って華恵が立ち上がってから、亮はふと思って呼び止める。
「あ、お母さん。エサやるの俺がやってもいいですか?」
「え? でも、ジローは……ああ、そういえば……」
亮がジローを撫でているところを思い出したのだろう。
「え? 亮さん、ダメですよ。ジローは、うちの家族以外には……男の人には危ないんですよ?」
そのことを知らない雪奈が止めてくると、華恵は頬に手をやりながら首を横に振る。
「それがユキ、信じられないことに、亮くん、ジローを撫でてたのよ」
「え⁉ ど、どうやって⁉ なんで⁉ 信じられない⁉」
「そうなのよね。お母さんはそこしか見てなかったのだけど……どうやったの、亮くん?」
華恵と雪奈が疑問の目を向けてくる中、恵梨花は何となく予想がついているようで、静かにアイスティーを口にしている。
「どうやったって……ちょっと睨んでやっただけです」
「……え、それだけ?」
「ええ、ずっと吠えてきて余りにうるさかったもんですから……ああ、すみません」
「いえ、いいのよ。でも睨むだけ……? それでジローが大人しく?」
「ああ、簡単に説明すると『誰に喧嘩売ってんだ』って気を――意味を込めて睨んだんですよ。それで脅かしちゃったもんですから、エサやって仲直りしておこうかと思って」
「……な、なるほど?」
納得したようなしてないような二人であるが、華恵はエサを用意して、亮に手渡した。
「じゃあ、これをお願いね、亮くん」
受け取ってから亮は父と純貴となるべく目を合わせないようにしながら、恵梨花と雪奈と華恵まで後に続いて一緒にリビングを横切る。そして亮が窓を開けた途端だ。
「あらまあ……」
「うっそー……」
「えー…」
美しい母娘三人が驚いた声を出す。何故なら、窓を開けた亮とジローの目が合った瞬間、ジローがゴロンと寝転がって腹を見せたからだ。それだけでなく、少し小刻みに震えてもいる。
「ははっ、そうビビらなくても、何もしねえよ。無闇に吠えねえならな。立っていいぞ」
ジローに向かって亮が言うと、ジローは恐る恐るといったように起き上がる。
「ほら、お前のご主人様が用意してくれたもんだ」
そして、エサを前に置いてやるが、ジローは食べずにジッと亮を見上げるだけだ。
「……よし、食っていいぞ」
「ワン――!」
返事をするように吠えてから、尻尾を揺らしながらガツガツと食べ始めるジロー。
そして食べているジローの頭を、亮はガシガシと撫でる。
「よしよし、美味いか?」
「ワン――!」
さらに強く尻尾を振るジローに、亮は満足して窓を閉めた。
「……」
美女三人、だけでなくその後ろにいる父と兄も唖然として、そんな亮とジローを見ていた。
「ねえ、なんで? なんでジロー、亮くんの言うことわかってるの? ていうか、亮くんとジロー会話してなかった⁉」
恵梨花の疑問には他の面々も同意のようで、揃って不可解な目を向けられる。
「いや、会話はしてねえだろ。俺はジローが何言ってるかなんて、わかんねえし」
「でもでも、ジローは亮くんの言うことわかってたよ⁉」
「そりゃあ、意味が伝わるように俺は話したつもりだし」
「え? そんなことできるの⁉」
「まあ……簡単な命令ならな。動物は人間より本能が強いし、それで力の差がわかって屈服すると、その相手の言うことを聞こうとなんとなくだろうが理解しようとするからな。現に俺は『立っていい』と『食っていい』ぐらいしか伝えたつもりねえし、ジローだって、それ以外はなんとなくでしか返事してねえんじゃねえか?」
「……言われてみれば確かにそうだったかも」
「亮さんは……動物に命令が出来るってことですか?」
「んー……知能がそれなりにあって、俺との力の差がわかる動物なら? でも簡単な命令だけな」
「はあ……つまり、ジローは亮さんに完全降伏してたんですね……言われてみれば、そうなるのも仕方ないのかも……? あのゴールドクラッシャーですものね……」
呆けたような雪奈の横では、華恵がどこかおかしそうに笑っている。
「そう……じゃあ、ジローは亮くんとの力の差を感じて降伏しておとなしくなったというのに、お兄ちゃんは、あれほどしつこく亮くんに……」
その言葉に純貴はあんぐりと口を開いた。
「つまり、お兄ちゃんはジローより馬鹿……?」
「なるほど、確かにそうかも……いえ、間違いなくそうだわ、ハナ」
愛する妹二人にそこまで言われて、純貴は焦った声で抗議する。
「待て待て、本能の部分が劣ってるだけだ! 知能が劣ってるなんて訳ないだろ!」
ここでふと亮は、これぐらいの嫌がらせはしてもいいだろうと思って言った。
「いや、兄さん。俺との力の差を感じる力――本能は持ってるじゃないですか? 途中で俺が兄さんの師範より強いって気づいたじゃないですか?」
その時の純貴の顔はなかなかの見ものだった、とここに記しておく。
「じゃあ、つまり――」
「そうよ、ハナ。お兄ちゃんの知能は――」
「ジロー以下‼」
仲の良い美人姉妹の声が、揃って藤本家に響いたのであった。
ひとしきり藤本家の美女三人が長男を笑った後、ブツブツと「俺はジロー以下……」と繰り返し呟いている純貴を横目にテーブルへ戻る際、父が懇願するように雪奈を見上げる。
「ユキ、そろそろ勘弁してもらえないだろうか……」
「えー、聞こえなーい」
「む、むう……」
父も亮が雪奈の恩人だとは知らなかったとはいえ、反省してるからこそおとなしく正座しているのだと思われる。
そして雪奈に拒否され項垂れた時の父の体のぎこちなさが目に入って、亮はふと思い出した。
(……あ、そういや……)
恵梨花達の父の腰はなかなかにひどい状態で、正座は短い時間であればそれほど負担にならないのだが、長時間座っていた際はその後が不味いのではと思って、亮は少し逡巡してから言うことにした。
「なあ、恵梨花」
「んー? なに?」
「親父さん、もう椅子に座ってもらった方がいいかも」
「! 桜木くん……」
父が感動した目を向けてくるのを居心地悪く感じていると、雪奈が先に返事をしてきた。
「え、そんな、亮さん、こんな愚かな父に気を使わなくても構いませんよ」
「うん、もうちょっと反省しててもいいと思うけど」
姉妹揃ってけんもほろろだ。
「いや、まあ、なんだ、親父さん、腰悪いだろ? 足が痺れる前に正座はやめさせた方がいいと思うぞ」
「あー……ユキ姉?」
「……亮さんがそう言うなら」
恵梨花に判断を促された雪奈が渋々頷いた。
そうして、雪奈から許可をもらった父が立ち上がろうとした時だ。
「あれ? 亮くん、お父さんの腰が悪いって何で知ってるの? 私言ったっけ?」
「いや、そんなの見てりゃ――それよか、親父さん、歩く時は気をつけた方が――」
亮が言っている途中で、父はやはり足が痺れていたのかカクンと体が揺れて――
「くっ……」
と、腰に手を当てて痛みを堪え始める。
「――って、言わんこっちゃない」
ため息を吐いて、父の体を見るが、先の動きが致命的なダメージを与えたようには思えない。単に変な動きをしたから痛んだだけのように見える。
「父さん、大丈夫かよ?」
「もー、お父さん、病院行かないから」
「今日こんなこと企んでないで、病院に行けばよかったのに」
正座を解く許可をもらっていない純貴はともかく、姉妹は何だかんだ文句言っても、父の手を引いて椅子まで連れてってやっている。やはり優しい二人である。
(……流石にもう見てらんねえな……)
ゴールドクラッシャーのことを抜きにしても、恵梨花との付き合いを許してもらえたことは嬉しかったので、亮はもうひと仕事するかと苦笑を浮かべた。
「親父さん、背もたれを横にして座ってもらえますか? 恵梨花、えっと――ユキ、椅子の向き変えてやってくれ」
雪奈が「ユキ――!」と真っ先に亮の言葉に反応して感動している横で、父が訝しむ。
「――なに? どうしてだ?」
ともあれ、恵梨花と雪奈は亮の言う通りに椅子の向きを変え、亮は父の背中に歩みを進める。
「ちょっと、応急処置的なもんをやろうと思いまして」
「なんだと? 君がそのような気を使う必要はない。痛みなら放っておけばよくなるから、構わなくともいい……そもそも、そんなこと君に出来るのかね? 下手に素人が何かする方が不味いだろう……君の気持ちは嬉しく思うが――」
「もう、お父さん! こんな時に亮くんが適当なこと言うと思ってんの⁉」
「いや、しかしだな、ハナ」
「亮くんが言うなら大丈夫だよ! それに私が足を捻った時だって、丁寧に手当てしてくれて、すぐ良くなったよ?」
「あの時のか……あれは、桜木くんにやってもらったのか……?」
父が驚いたように目を丸くすると、恵梨花がニンマリと頷く。
「だ、だが、足でなく腰なのだぞ……?」
「大丈夫だよ! ……大丈夫なんだよね、亮くん?」
確認するように聞いてくる恵梨花に、亮は自信のある笑みを浮かべる。
「ああ……まあ、親父さん、ちょっと騙されたと思って俺に任せてもらえませんか? 一応、これでも仕込まれてるんで」
「そ、そこまで言うのなら……」
父は若干不安そうにしながらも頷いた。亮に任せてくれるようだ。
「本当に大丈夫なの? 亮くん、無理しなくても構わないのよ?」
華恵も心配そうだが、亮は安心させるように笑う。
「ご心配はもっともでしょうが、今はもう土曜の午後だし、明日は日曜で、病院はもう行けないじゃないですか。これでも心得はあるんで任せてくれませんか」
「お母さん、言ったでしょ! 亮くんは出来ないことなんて言わないって!」
「そう……だったわね。じゃ、じゃあ……お願いできる?」
亮は「はい」と返事をしてから、背もたれを横に腰かけた父の背中を眺める。
「ふむ……親父さん、ちょいと失礼――」
そう言って、亮は父の背中を指で触れて上から下までそっと走らせた。
「――っ」
ゾワリと感覚が走ったのだろう、父は変な声が出そうになるのをなんとか抑えたようだった。
「あーあ……」
「ねえ、亮くん、何なの?」
「うん……親父さん、最後に病院に行ったのは……いや、もう長いこと行ってないですよね?」
「⁉ わ、わかるのかね?」
「そりゃ、わかりますよ……靴下もまともに一人ではけないんじゃ?」
「何故、それを――⁉」
「いや、簡単に予想つきますよ……恵梨花、綺麗なタオル持ってきてくれるか?」
「え? うん、わかった。洗濯したやつでいいんだよね?」
「ああ、それでいい」
恵梨花がリビングから出ていくのを横目に、亮は父の背中をあちこち触って、触診を終える。
「やっぱりか……」
「……何かわかったのかね?」
「何かわかったの? 亮くん」
「何がわかったんですか? 亮さん」
亮が思いの外まともに見える診察をしたからか、藤本家一同が真剣な目になっている中、亮は軽く答えた。
「ええ、ヘルニアですね」
「ええ――⁉」
家族が絶叫する。
「いやあ……何で病院行かずにここまで放っておいたんですか」
「じ、時間がなくてだな――」
「いや、今日行けたんじゃないんですか?」
「そ、それを言われると……だが、ヘルニアというのは本当かね?」
「ええ、間違いないと思いますよ。同じ状態の腰の人を見たことありますから」
「大変、それが本当なら……ヘルニアって手術が必要なんじゃなかったかしら?」
「そうだったと思うよ。漫画かドラマでそんなこと言ってた気がする」
家族が慌ただしくなる中、亮が割って入る。
「ああ、すみません。ちょっと言葉が足りませんでした」
「……どういうこと、亮くん?」
華恵の心配そうな声に、亮は苦笑を浮かべる。
「このままだと確実にヘルニアになるってことで、まだ完全にはなってないって言おうとしてたんですよ」
「そ、そうなの……よかったわ」
「まあ、でも、それも放っておけばあと数日の話ですけど」
「数日――なら今から病院手配したら間に合うかしら……?」
「お母さん、今日土曜だよ」
「ああ、そうだったわ――」
「ちょっと、お母さん。落ち着いてください、このまま放っておけば手術が必要なヘルニアになるのであって、今はまだ、なんですよ」
「……つまり?」
「今から処置すれば、手術しなくても大丈夫かと」
「それって本当なの?」
「ええ」
「なら、どこか今日もやってる病院を――」
「いや、だから落ち着いてくださいよ、お母さん。俺はまだ診ただけで、何の処置もしてないんですから、させてくださいよ」
「ええっと――任せて大丈夫なの?」
「ええ。でなければ、自分から言いませんよ」
「そ、そう――でも、無理そうならすぐに言ってちょうだいね? ヘルニアかもってわかっただけでもこちらは十分なんだから」
亮は苦笑しながら頷いた。高校生がヘルニアの処置をしたいなどと言えば、心配されるのも当たり前だ。だから華恵の遠慮の言葉は気にならない。
「亮くーん、タオル持ってきたよ、ハンドタオルでよかった? ……なんか騒がしかったけど、何かわかったの?」
亮はタオルを受け取ると、姉から亮の話を聞く恵梨花を横目に、父の背中にタオルを当てた。
「そんじゃ、親父さん。ちょっとだけ痛むとは思いますけど、しばらくの間、我慢してもらいますよ」
「う、うむ……わかった」
どこか覚悟を決めたような声で父が頷くと、亮は父の背骨に沿って上から下へとタオル越しに親指を強く押し当てていく。
「くっ――ぐっ――むうっ――くうっ――け、けっこう痛いのだが……? さ、桜木くん?」
「ええ、言ったじゃないですか。まあ、もうちょっと我慢してください」
「むうっ――こ、これも罰の内か。わかった……」
亮の厚意での治療に対し、父がそんな失礼なことを宣いつつ痛みから呻く声を無視しながら、亮は淡々と同じことを進める。
「……ねえ、亮くん、今って何やってるの?」
黙って地味なことを繰り返している亮に、恵梨花が耐えかねたように聞いてきた。
「うん? ああ、簡単に言えばな、骨の位置を修正してんだよ」
「その――指で押してるだけで?」
「ああ。ここなんだけどな、素人目にはわかりにくいかもしれねえが、背骨が緩くカーブしてんだよ」
押しているのとは反対の左手で亮が示すと、美女三人がのぞき込んでくる。恵梨花は当然だが、雪奈まで同じように距離が近い。恵梨花一人でもドキドキするというのに、ほとんど同じ美貌に並ばれて思わず目が泳ぎそうになる亮。
ともあれ、三人はやはりわからないようで、揃って小首を傾げた。
「ううん……全然わかんない。素人目って言うけど、亮くんはそうじゃないんだね?」
「そりゃあな」
「おじいさんから習ったって言ってたよね? 素人じゃないって言うぐらい、そんなに長く習ってるの?」
「うん? ああ――ただ、何もじじいから習った整体の技術だけでやってる訳じゃねえぞ?」
「? ……どういうこと?」
「武術ってのは、如何に効率よく急所を破壊するかって面があってだな、それはつまり、急所を見抜く目がないとダメってことになり、見る目が自然と養われるってことになる」
「ああ……うん、なるほど」
「そして破壊の方法がわかれば、自ずと治す方法も見えてくるってことだ」
「あ! そうか、つまり亮くんの武術の経験が、そのまま整体にも役立つってことなんだね」
「そういうこと。つまり、俺は今親父さんの背中を治すために手を動かしてる訳だが、反対にここ押したら不味いなってところも見えてる。そこを避けるのに、急所を破壊するために養った目が役立ってるって訳だ」
「わあ――すごいよくわかったよ、亮くん!」
「ああ、だから整骨院とかには柔道経験者の人が多いっていうことなのね?」
華恵の感心したような声に、亮は頷く。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
