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9巻
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第一章 雪月花の影響力
彼女である藤本恵梨花の家族との対面を終え、一悶着ありつつも藤本家に受け入れられた桜木亮は、藤本家で朝ご飯をほぼ毎日ごちそうになるまでの仲になっていた。
期末テストを終えた後、恵梨花の家を訪れ、彼女の妹の美月と一緒にゲームをして遊んでいた亮の下に、一人の訪問者が現れる。
それは、亮の通う高校の剣道部主将、郷田剛であった。彼は藤本家を訪れるなり、亮にある頼み事をしたのだった。
「……悪い、今何て言ったか、もう一度聞いても?」
――武士のような体格をした剣道部の部長、郷田の言ったことが信じられず、聞き間違えたかと思って亮はそう聞いた。
「うむ。お前に剣道部の夏合宿に参加をしてもらえないかと思ってな」
どうやら聞き間違えではなかったようで、亮はしばし黙考した末に口を開いた。
「……は?」
意味がわからず、そんな声が出るだけだった。
「うむ。お前に剣道部の夏合宿に参加をしてもらえないかと思って――」
同じ言葉を繰り返す郷田を、亮は遮った。
「いや、そうじゃねえ。聞こえたから」
「そうか。で、頼めるだろうか?」
「いや、なんでだ。なんで俺が剣道部の合宿に参加なんて話になるんだ。剣道部の合宿なんだから剣道部だけで行ったらいいじゃねえか」
亮のこの言葉はまさに正論であるが、その正論をぶつけられた郷田は難しい顔をして、ため息を吐いた。
「お前がそう言うのはもっともだと思うが、こっちもなりふり構ってられなくてな」
「いや、そう言われてもだな。俺は関係ねえよな?」
亮は学校用の地味なスタイルに似合わないつっけんどんな口調で返す。
「うむ、それはわかってる。お前に頼むのは筋違いだというのもだ」
「なら――」
「だが、頼れるのはお前しかおらんのだ。無茶な話だと承知しているが、どうか頼まれてくれんだろうか」
そう言って、座りながら深く頭を下げた郷田の圧に押されて、亮は出かけた文句を呑み込む。
そして頭をガシガシと掻いていると、亮の足元で床に寝転がっていた美月の呑気な声が聞こえた。
「ねえ、タケにい。どうして、亮にいに剣道部の合宿に参加して欲しいの? 亮にいが言ってる通りに、亮にいって剣道部じゃないんでしょ?」
「――こら、ツキ?」
藤本家の母親、華恵が話に入ってきた美月を窘めるような声を出したが、それに反応して頭を上げた郷田が手を振る。なお郷田は恵梨花、美月から『タケちゃん』『タケにい』と呼ばれている。
「構いません、おばさん――それはな、ツキちゃん。桜木が剣の扱いに関しては俺よりも上手く、そして指導者としても優秀だからなんだ」
それを聞いて目をパチパチとさせたのは美月だけでなく、華恵もだった。
「え、亮にいって剣道もやってるの!?」
少し興奮気味に聞いてくる美月に対し、亮は言葉少なに否定する。
「いや、違う」
「え? だって――」
「――剣術だそうだ、ツキちゃん」
郷田から答えを貰って、あんぐりと口を開ける美月と華恵。
「それも、二刀流。見せてもらったことがあるのだが、それは見事なものだったぞ」
実感のこもったその声に、美月と華恵は揃って驚いた顔で亮を凝視した。
「……え、ちょ、亮にいの二刀流って、すごくヤバそう」
「何がヤバいんだよ」
「だ、だって、ただでさえ強い亮にいが、二刀流とかしちゃったら、とんでもなさそう」
「本当にね……」
華恵の相槌を耳にしつつ、亮はため息を吐きながら口を開く。
「言っておくが、俺の剣術は未熟もいいとこでな。二刀持ってる方が弱体化するんだぜ?」
「……ちょっと信じられないけど、でも説得力あるよ」
納得したような美月に亮は苦笑して、郷田に目を向ける。
「まあ、俺の剣術の話は今はどうでもいいだろ。問題はなぜ剣道部でもない俺に、合宿に参加して欲しいのかって話だよな」
「うむ」
「なんでまたそんなこと考えたんだよ?」
「ああ、神林と成瀬から聞いたのだが、全国大会の前にお前が二人に稽古をつけてくれるそうだな?」
神林将志と成瀬千秋は、剣道部に所属している亮の中学からの同級生だ。
「……ああ。だが、それはあいつらへの借りがあるから、それを返すためのって話だ」
「うむ。それを聞いて俺もどうにか稽古をつけてもらえないか、二人に話してみたところだな、成瀬が名案を思いついたと言ったのだ」
「……何をだ?」
亮は嫌な予感を覚えながら聞いてみた。
「一人につき一日、稽古をつけてもらうというお願いを合算すれば、二日分となる。ならばその二日分のお願いの権利を合宿に参加してもらう、というのに変更したらいいのでは、と。きっと亮なら――桜木なら応じてくれると」
「ち、千秋の野郎……」
亮は文字通り頭を抱えて唸った。そして少し考えて顔を上げる。
「――どうして俺が合宿なんて話はわかった。大体、千秋のせいなんだな」
郷田は何も返さず沈黙で肯定を示した。
「だが、そもそも前提がおかしい。俺が合宿に参加だという話以前に、進藤のじいさんはどうした? こういう時のために俺はおっさんにあの人の連絡先を教えたんだぜ」
進藤とは、おっさんこと郷田の師匠であり、亮は彼と異色な形ではあるが、拳と剣で手合わせしたという縁があった。
亮が進藤について問うと、郷田は非常に気まずそうな顔をして目を逸らし、ポツリと言った。
「先生はなんでも、その合宿の日……大事な用事があるらしくてな」
「ああ? なんだよ、その用事って。弟子の全国大会前の稽古より大事って、一体どんな用事だよ」
「……――コンがあるらしい」
「……? 聞こえねえ、何だって?」
よく聞こえず亮が聞き返すと、郷田は咳払いして顔を赤くし目を逸らしながら答えた。
「――ご、合コンがあるらしい……沖縄のギャル達と」
その瞬間、藤本家のリビングにブリザードが吹き荒れた。
少しして、亮は自分の頭の中から「ブチッ」という音を聞いたのと同時に怒声を上げる。
「だー! クソッたれめ!! なんで達人級のじじい共はどいつもこいつも、そうふざけた連中ばっかなんだ!?」
気づけば亮は立ち上がってそう吠えていた。
「りょ、亮くん、落ち着いて――!?」
恵梨花が駆け寄ってきて亮を宥める。
庭からは「クーンクーン」とジローの怯えた鳴き声が聞こえてきた。
美月と華恵もビクッとしたが、それだけだった。
恵梨花に肩をポンポンと叩かれ、亮は息を荒くしながら腰を落とした。
「――おっさんには同情する」
「――うむ」
「進藤のじいさんを説得して呼び寄せろとは言わねえ。だが、それとこれとは別の話だ。剣道部の合宿だろ? 関係のねえ俺が参加したら、嫌な顔する部員だっているだろ。そこはどうなんだ?」
亮は話を戻して理詰めで合宿参加を避けようと考えた。
「そこは問題ない。俺が全員から了承を得た」
「……全員? それでも嫌々同意したやつだっているだろ」
「いや、いない。全国大会を前にして、皆気合いが入っていてな。神林や成瀬から中学の時の稽古の話を聞いていたのもあって、強くなれるのなら是非もないと」
「……そうかい……そういや、合宿って何泊するんだ?」
「三泊四日だ」
「ふうん? それじゃ、計算が合わねえな。マサと千秋に使う時間は一日ずつの話だぜ」
亮はこれで合宿参加なんて面倒な話は終わりだと、胸を撫で下ろした。
が――
「うむ。それはその通りだ。お前にメリットがある話でもないしな。そこで、俺から一つの提案がある」
郷田はそこで言葉を区切り、亮の肩に手を乗せた。
「……なんだ?」
亮が眉をひそめると、郷田は亮の肩に手を置いたまま背後にいる恵梨花に目を向けた。
「ハナちゃんも参加しないか?」
その言葉の意味を理解するのに、亮もハナちゃん――恵梨花も数秒を有してしまった。
少しの沈黙の後、二人は揃って口を開く。
「――はあ!?」
「――ええ!?」
亮と恵梨花の驚きの声に、郷田は何も言わず待っている。
「いやいや、おっさん。恵梨花まで来いってどういう意味だよ。何しに行くんだよ」
「そ、そうよ、タケちゃん。大会に応援に行くのとは全然違うじゃない」
亮と恵梨花の至極もっともな言葉に、郷田は鷹揚に頷き恵梨花へと目を向けた。
「うむ――確かにそうだが、ハナちゃん、聞いて欲しい」
「えっと、何――?」
「ああ、ハナちゃんもそうだが、桜木も帰宅部だ。そして二人は違うクラスで、体育の合同授業でも一緒ではないクラス。つまりは高校生の間に、学校の中で、共に運動をする機会がない訳だ。そこでどうだろう、ハナちゃん。この合宿の間だけ、桜木と同じ部の部員の気分を味わう――というのは?」
その言葉は亮には悪魔の囁きに聞こえ、対して恵梨花は耳をピクリと反応させ、素早くソファをグルリと回って、未だ亮の足元で転がっている美月を踏んづけて、速やかに亮の隣へと座った。
「ぐえっ――ハナ姉、ひどい――!?」
そしてそんな美月の抗議の声に耳を貸さず、恵梨花は真剣な表情を浮かべて、鋭く郷田を見据えた。
「――詳しく聞かせて」
その恵梨花の声が、亮には『王手』と聞こえたような気がした――つまりは詰み、だ。
「ちょ、ちょっと待て、おっさん――」
「亮くん、ちょっと黙ってて」
「――はい」
恵梨花の鬼気迫る眼光に亮は射すくめられた。
亮が抗えない絶望感を覚える中、郷田と恵梨花は、頷き合って話し始めた。
「うむ。何もハナちゃんが合宿に来て俺達と同じ練習メニューをする必要はない。やりたいならやっても構わない。もちろんこなせるとは思えないからほどほどにやればいい。その場合でも部員達や桜木と、同じ場所で練習をした一体感――言うならば青春的なもの――を得られるだろう桜木と」
恵梨花は無言でコクリと頷き、郷田は話を続ける。
「そして何も一緒に練習をするだけが、一体感を得る術ではない――そう、マネージャーというものもある。想像してみてくれないか、桜木が我々部員を指導している姿を、ハナちゃんは後ろから眺めるのだ」
恵梨花は目を閉じた。そして満足感が込められた長い息を吐いた。
郷田はなおも恵梨花に語りかける。
「――そして休憩のタイミング。ハナちゃんは桜木にそっと駆け寄って、タオルを渡す」
「まあ、素敵」
恵梨花はウットリとしながら、乙女が祈るように両手を組んだ。
「ただ、マネージャーをする場合だったら、食事の用意など他の部員の世話も頼みたいところだ。ああ、ハナちゃん一人に任せるということはない。女子部員が中心に手伝ってくれる。部の合宿という手前、桜木のマネージャーだけをやっていたら、流石に部員達から冷ややかな目が向けられるだろうから――桜木が」
その場合の様子が、亮には手に取るようにイメージ出来た。
頼まれたとはいえ、参加した合宿に彼女を連れて、自分の世話だけをさせたらさぞかし顰蹙を買うことだろう。
「後は――そうだな。俺達は何も一日中、桜木を拘束するつもりはない。なにせ四日間だからな。桜木だって自分の稽古があるだろう。それは存分にやってくれたらいい」
「そいつは当然の話だな」
「ああ。一日中指導してくれとは言わん。時折、指摘したり、乱取りの相手をしてくれたりするとありがたい。後は自分の稽古の時間に使ってくれて構わない」
「……ふむ」
「そしてハナちゃんが参加した場合の選択肢の一つとして、桜木の自由時間に、ハナちゃんが桜木から稽古をつけてもらうというのもありじゃないかと俺は思っている」
その提案は一考の価値ありかもしれないと、亮は郷田に感心した。
「え!? 私が亮くんから――!?」
「うむ。桜木は普段から自分の道場で指導しているのだろう?」
「ああ、まあな」
「その指導内容の中には、護身術もあると思っているのだが」
「ああ」
「ふむ。お前だってわかっているのだろう? ハナちゃんが護身術を覚えた方がいいということぐらいは」
「まあ――そうだな。俺が一緒にいる時は問題ねえが、恵梨花が自衛出来るに越したことはない」
亮の言葉に頷いて同意を示す郷田。
「えーっと、私ってやっぱり護身術覚えた方がいいのかな……?」
予想だにしてない話を聞いたような恵梨花がそっと聞いてきて、亮と郷田は揃って頷いた。
「そっか……亮くん、教えてくれるの……?」
「ああ、恵梨花にやる気があるなら、いくらでも教えてやるよ」
「本当? じゃあ、教えてもらおうかな……でも迷惑じゃないかな?」
「うむ。いいと思うぞ、ハナちゃん。その場合だと、君が護身術を教えてもらうという名目でついて行くことになるが、文句を言うやつなどおらんだろう。こっちが無理言って桜木の時間を貰ってる訳だからな」
郷田の言葉に、恵梨花は安心したようだった。
「それに運動部でないハナちゃんが一日中稽古なんて出来ないだろう。休憩がてら桜木のマネージャーをやるのもいいと思うぞ」
「あ、それいいかも――!」
恵梨花はすっかりその気になっている。そこで亮は遅まきながらに郷田を怪しみ始めた。
郷田のことをよく知っているとは言えないが、自分を合宿に参加させるために、このような搦めて手を使うような男ではなかったはずだ。
(まさか……)
恵梨花に向かって頷いている郷田に、亮は眼鏡をかけた美少女の幻影がニヤリと笑っているのが見えた。
「ふーん? 亮くん、ハナに教えてくれるの? だったらこれ以上なく、安心して任せられるのだけど」
ここで華恵にまでこう言われてしまっては、ますます亮に逃げ場などなくなってしまう。
亮は最後の抵抗を試みた。
「ま、まあ、何だ。恵梨花に護身術の範囲で技を教えるのには何の躊躇いもない」
「亮くん……」
恵梨花が感動したように亮を見る。
「ああ、だが、それはこの合宿でなくともいいはずだ……」
「あ――た、確かにそうかもだけど……」
恵梨花が未練たらたらにそう口にすると、郷田が静かに言ってきた。
「ハナちゃん。これは合宿なんだ。だから同じ宿舎に泊まったりする訳で、つまりは一足早く修学旅行のような気分を――」
「――亮くん、行こう!!」
恵梨花がこれ以上なく目を輝かせて、亮の手を取って揺さぶってくる。
亮は頬を引き攣らせながら、なんとか口を動かした。
「な、なあ、恵梨花? お母さんから許可を貰わずに決めていいのか?」
おそらく無駄な抵抗だと思いつつ聞いてみると、恵梨花は小首を傾げた。
「ん――? お母さん?」
「ええ、亮くんが一緒なら何も心配いらないわね」
「だよね」
頷いた恵梨花は、どうしてそんなことを聞くのかという顔で亮を見ている。
亮はガクッと肩を落とした。
「……桜木、お前、何があってそんなに信頼されてるんだ?」
郷田がボソッと聞いてきて、亮は苦笑を浮かべる。
「色々あったんだよ、色々……」
「そうか……まあ、それでだ、桜木。ハナちゃんはこう言ってる訳だが……合宿に参加してくれるか? さっきも言った通り、一日中指導してくれとは言わん。たまに気づいたことを注意したり、乱取りの相手をしたりして欲しいのだ」
亮は長くため息を吐いた。
見渡せば、恵梨花はキラキラした目で見てきて、華恵はまるで自分の子供が頼られているのが嬉しいような、そんな顔をしている。美月は面白がってニヤニヤしている。
「わかったよ――いや、合宿の日っていつだ? 俺に予定が入ってたら流石に無理だぜ?」
「あ、ああ――日程は夏休みに入って、二日目だ」
「二日目な……」
亮がスマホでスケジュールを確認すると、用事はあっても亮でなければいけないというものではなく……つまりは都合がつけられるものだった。
「――運が良いのな、おっさん」
「! ということは――!?」
「ああ、行ってやるよ」
「おお、ありがたい――!!」
郷田は立ち上がって、亮の手をとって感謝を示してきた。
「大げさな――言っておくが、この際だから俺は俺で稽古させてもらうからな」
「もちろんだ!」
「だけでなく、どうせならおっさん達には俺の稽古に付き合ってもらうぜ?」
「それは……俺達で相手出来ることなら問題ないが……いや、怪我は困るぞ」
「怪我はさせねえよ。じゃあ、その時に頼んだぜ」
「あ、ああ……」
亮は一息吐くと、ふと気づいて質問する。
「そういや、合宿費用はいくらだ?」
「ああ、それか。桜木とハナちゃんはいらんぞ」
「は――?」
「え、私もってどういうこと!?」
「ああ、桜木はこちらが指導を頼むために来てもらうからな。むしろ指導料を払うことを考えねばならんぐらいでな――だから、無料だ。かかる宿泊費に関しては部員全員での折半だな。指導料としてお前の分の合宿費を部費から出すことに誰も不満を抱いていないぞ。そもそも泊まるのは民宿だしな。全員で折半すれば、大した額ではない」
「タケちゃん、私は?」
「ハナちゃんは桜木とセットで見られている。というより、ハナちゃんが来るようなことでもなければ、桜木が来ることは絶対ないと言われたのでな。だから、宿泊費は最初から二人分で計算しているから問題ない」
「……おっさん、それ、『言われた』って言ってるが、誰に言われた……?」
恵梨花はハッとし、郷田はギクリと肩を震わせ、目を逸らした。
「はあ……やっぱりか。もうそれでわかった。梓だな?」
亮が恵梨花の親友の名前を挙げると、郷田と恵梨花が同時に目を丸くした。
「恵梨花は不思議に思わなかったのか? おっさんが俺を参加させるために、恵梨花を誘うなんて回りくどい真似するなんてって」
「! そう言えば……」
恵梨花のこの反応は、それほど梓の考えた策にハマり込んでいたという証左であろう。
「――ったく、あの女め……」
亮が悪態を吐くと、恵梨花が宥めるように言ってきた。
「も、もういいじゃない、亮くん。実際にこんな機会でもなければ、亮くんと合宿、なんて出来ないんだから――ね?」
亮が複雑な心境で眉を曲げていると、新たにリビングに入ってくる者が現れた。
「ただいまー」
大学から帰ってきた雪奈である。
恵梨花と美月が「おかえり、ユキ姉」と言い、亮と華恵が「おかえり、ユキ」と揃って声を投げかける。
雪奈は亮と目が合うとニッコリとし、続いて郷田に気づいて、意外そうに目を丸くする。
「あら、剛くんじゃない。いらっしゃい、久しぶり――かしら?」
「お、お久しぶりです、ユキさん。お邪魔してます……」
そう言いながら、目に見えて浮き足立ったようにソワソワし始める郷田を訝しんで、亮は目で恵梨花に問う。
すると恵梨花は苦笑を浮かべ、ソッと亮の耳へ囁いた。
「タケちゃんの初恋、ユキ姉なの」
「……なるほど」
幼馴染と聞いてから、てっきりその相手は恵梨花かと亮は思っていたが、確かに郷田の恵梨花への態度は一貫して、そういったものを匂わせない、妹を見るようなものだった。
「ちょ、ハ、ハナちゃん、今、桜木に何を――?」
珍しく焦った様子の郷田に、恵梨花は「てへっ」といった感じで笑う。
「あはは、ごめんね、勝手に言っちゃって。それに言わなくても一緒にいたらすぐバレると思うけど?」
「……確かに」
「ぐっ……」
亮が同意すると、郷田が顔を赤くして唸る。
「……桜木、言っておくがな、この町内でこの家の美人三姉妹である雪月花と歳が近い男で、三姉妹の誰にも憧れずに済んだ男などいないのだぞ」
「……な、なるほど」
郷田も例外ではなかったという話のようだ。
「亮さん、テスト終ったんですよね? 剛くんと一緒に何を話されてたんですか?」
雪奈がニコニコと寄ってきて、恵梨花とは反対の亮の隣に腰を落とした。
彼女である藤本恵梨花の家族との対面を終え、一悶着ありつつも藤本家に受け入れられた桜木亮は、藤本家で朝ご飯をほぼ毎日ごちそうになるまでの仲になっていた。
期末テストを終えた後、恵梨花の家を訪れ、彼女の妹の美月と一緒にゲームをして遊んでいた亮の下に、一人の訪問者が現れる。
それは、亮の通う高校の剣道部主将、郷田剛であった。彼は藤本家を訪れるなり、亮にある頼み事をしたのだった。
「……悪い、今何て言ったか、もう一度聞いても?」
――武士のような体格をした剣道部の部長、郷田の言ったことが信じられず、聞き間違えたかと思って亮はそう聞いた。
「うむ。お前に剣道部の夏合宿に参加をしてもらえないかと思ってな」
どうやら聞き間違えではなかったようで、亮はしばし黙考した末に口を開いた。
「……は?」
意味がわからず、そんな声が出るだけだった。
「うむ。お前に剣道部の夏合宿に参加をしてもらえないかと思って――」
同じ言葉を繰り返す郷田を、亮は遮った。
「いや、そうじゃねえ。聞こえたから」
「そうか。で、頼めるだろうか?」
「いや、なんでだ。なんで俺が剣道部の合宿に参加なんて話になるんだ。剣道部の合宿なんだから剣道部だけで行ったらいいじゃねえか」
亮のこの言葉はまさに正論であるが、その正論をぶつけられた郷田は難しい顔をして、ため息を吐いた。
「お前がそう言うのはもっともだと思うが、こっちもなりふり構ってられなくてな」
「いや、そう言われてもだな。俺は関係ねえよな?」
亮は学校用の地味なスタイルに似合わないつっけんどんな口調で返す。
「うむ、それはわかってる。お前に頼むのは筋違いだというのもだ」
「なら――」
「だが、頼れるのはお前しかおらんのだ。無茶な話だと承知しているが、どうか頼まれてくれんだろうか」
そう言って、座りながら深く頭を下げた郷田の圧に押されて、亮は出かけた文句を呑み込む。
そして頭をガシガシと掻いていると、亮の足元で床に寝転がっていた美月の呑気な声が聞こえた。
「ねえ、タケにい。どうして、亮にいに剣道部の合宿に参加して欲しいの? 亮にいが言ってる通りに、亮にいって剣道部じゃないんでしょ?」
「――こら、ツキ?」
藤本家の母親、華恵が話に入ってきた美月を窘めるような声を出したが、それに反応して頭を上げた郷田が手を振る。なお郷田は恵梨花、美月から『タケちゃん』『タケにい』と呼ばれている。
「構いません、おばさん――それはな、ツキちゃん。桜木が剣の扱いに関しては俺よりも上手く、そして指導者としても優秀だからなんだ」
それを聞いて目をパチパチとさせたのは美月だけでなく、華恵もだった。
「え、亮にいって剣道もやってるの!?」
少し興奮気味に聞いてくる美月に対し、亮は言葉少なに否定する。
「いや、違う」
「え? だって――」
「――剣術だそうだ、ツキちゃん」
郷田から答えを貰って、あんぐりと口を開ける美月と華恵。
「それも、二刀流。見せてもらったことがあるのだが、それは見事なものだったぞ」
実感のこもったその声に、美月と華恵は揃って驚いた顔で亮を凝視した。
「……え、ちょ、亮にいの二刀流って、すごくヤバそう」
「何がヤバいんだよ」
「だ、だって、ただでさえ強い亮にいが、二刀流とかしちゃったら、とんでもなさそう」
「本当にね……」
華恵の相槌を耳にしつつ、亮はため息を吐きながら口を開く。
「言っておくが、俺の剣術は未熟もいいとこでな。二刀持ってる方が弱体化するんだぜ?」
「……ちょっと信じられないけど、でも説得力あるよ」
納得したような美月に亮は苦笑して、郷田に目を向ける。
「まあ、俺の剣術の話は今はどうでもいいだろ。問題はなぜ剣道部でもない俺に、合宿に参加して欲しいのかって話だよな」
「うむ」
「なんでまたそんなこと考えたんだよ?」
「ああ、神林と成瀬から聞いたのだが、全国大会の前にお前が二人に稽古をつけてくれるそうだな?」
神林将志と成瀬千秋は、剣道部に所属している亮の中学からの同級生だ。
「……ああ。だが、それはあいつらへの借りがあるから、それを返すためのって話だ」
「うむ。それを聞いて俺もどうにか稽古をつけてもらえないか、二人に話してみたところだな、成瀬が名案を思いついたと言ったのだ」
「……何をだ?」
亮は嫌な予感を覚えながら聞いてみた。
「一人につき一日、稽古をつけてもらうというお願いを合算すれば、二日分となる。ならばその二日分のお願いの権利を合宿に参加してもらう、というのに変更したらいいのでは、と。きっと亮なら――桜木なら応じてくれると」
「ち、千秋の野郎……」
亮は文字通り頭を抱えて唸った。そして少し考えて顔を上げる。
「――どうして俺が合宿なんて話はわかった。大体、千秋のせいなんだな」
郷田は何も返さず沈黙で肯定を示した。
「だが、そもそも前提がおかしい。俺が合宿に参加だという話以前に、進藤のじいさんはどうした? こういう時のために俺はおっさんにあの人の連絡先を教えたんだぜ」
進藤とは、おっさんこと郷田の師匠であり、亮は彼と異色な形ではあるが、拳と剣で手合わせしたという縁があった。
亮が進藤について問うと、郷田は非常に気まずそうな顔をして目を逸らし、ポツリと言った。
「先生はなんでも、その合宿の日……大事な用事があるらしくてな」
「ああ? なんだよ、その用事って。弟子の全国大会前の稽古より大事って、一体どんな用事だよ」
「……――コンがあるらしい」
「……? 聞こえねえ、何だって?」
よく聞こえず亮が聞き返すと、郷田は咳払いして顔を赤くし目を逸らしながら答えた。
「――ご、合コンがあるらしい……沖縄のギャル達と」
その瞬間、藤本家のリビングにブリザードが吹き荒れた。
少しして、亮は自分の頭の中から「ブチッ」という音を聞いたのと同時に怒声を上げる。
「だー! クソッたれめ!! なんで達人級のじじい共はどいつもこいつも、そうふざけた連中ばっかなんだ!?」
気づけば亮は立ち上がってそう吠えていた。
「りょ、亮くん、落ち着いて――!?」
恵梨花が駆け寄ってきて亮を宥める。
庭からは「クーンクーン」とジローの怯えた鳴き声が聞こえてきた。
美月と華恵もビクッとしたが、それだけだった。
恵梨花に肩をポンポンと叩かれ、亮は息を荒くしながら腰を落とした。
「――おっさんには同情する」
「――うむ」
「進藤のじいさんを説得して呼び寄せろとは言わねえ。だが、それとこれとは別の話だ。剣道部の合宿だろ? 関係のねえ俺が参加したら、嫌な顔する部員だっているだろ。そこはどうなんだ?」
亮は話を戻して理詰めで合宿参加を避けようと考えた。
「そこは問題ない。俺が全員から了承を得た」
「……全員? それでも嫌々同意したやつだっているだろ」
「いや、いない。全国大会を前にして、皆気合いが入っていてな。神林や成瀬から中学の時の稽古の話を聞いていたのもあって、強くなれるのなら是非もないと」
「……そうかい……そういや、合宿って何泊するんだ?」
「三泊四日だ」
「ふうん? それじゃ、計算が合わねえな。マサと千秋に使う時間は一日ずつの話だぜ」
亮はこれで合宿参加なんて面倒な話は終わりだと、胸を撫で下ろした。
が――
「うむ。それはその通りだ。お前にメリットがある話でもないしな。そこで、俺から一つの提案がある」
郷田はそこで言葉を区切り、亮の肩に手を乗せた。
「……なんだ?」
亮が眉をひそめると、郷田は亮の肩に手を置いたまま背後にいる恵梨花に目を向けた。
「ハナちゃんも参加しないか?」
その言葉の意味を理解するのに、亮もハナちゃん――恵梨花も数秒を有してしまった。
少しの沈黙の後、二人は揃って口を開く。
「――はあ!?」
「――ええ!?」
亮と恵梨花の驚きの声に、郷田は何も言わず待っている。
「いやいや、おっさん。恵梨花まで来いってどういう意味だよ。何しに行くんだよ」
「そ、そうよ、タケちゃん。大会に応援に行くのとは全然違うじゃない」
亮と恵梨花の至極もっともな言葉に、郷田は鷹揚に頷き恵梨花へと目を向けた。
「うむ――確かにそうだが、ハナちゃん、聞いて欲しい」
「えっと、何――?」
「ああ、ハナちゃんもそうだが、桜木も帰宅部だ。そして二人は違うクラスで、体育の合同授業でも一緒ではないクラス。つまりは高校生の間に、学校の中で、共に運動をする機会がない訳だ。そこでどうだろう、ハナちゃん。この合宿の間だけ、桜木と同じ部の部員の気分を味わう――というのは?」
その言葉は亮には悪魔の囁きに聞こえ、対して恵梨花は耳をピクリと反応させ、素早くソファをグルリと回って、未だ亮の足元で転がっている美月を踏んづけて、速やかに亮の隣へと座った。
「ぐえっ――ハナ姉、ひどい――!?」
そしてそんな美月の抗議の声に耳を貸さず、恵梨花は真剣な表情を浮かべて、鋭く郷田を見据えた。
「――詳しく聞かせて」
その恵梨花の声が、亮には『王手』と聞こえたような気がした――つまりは詰み、だ。
「ちょ、ちょっと待て、おっさん――」
「亮くん、ちょっと黙ってて」
「――はい」
恵梨花の鬼気迫る眼光に亮は射すくめられた。
亮が抗えない絶望感を覚える中、郷田と恵梨花は、頷き合って話し始めた。
「うむ。何もハナちゃんが合宿に来て俺達と同じ練習メニューをする必要はない。やりたいならやっても構わない。もちろんこなせるとは思えないからほどほどにやればいい。その場合でも部員達や桜木と、同じ場所で練習をした一体感――言うならば青春的なもの――を得られるだろう桜木と」
恵梨花は無言でコクリと頷き、郷田は話を続ける。
「そして何も一緒に練習をするだけが、一体感を得る術ではない――そう、マネージャーというものもある。想像してみてくれないか、桜木が我々部員を指導している姿を、ハナちゃんは後ろから眺めるのだ」
恵梨花は目を閉じた。そして満足感が込められた長い息を吐いた。
郷田はなおも恵梨花に語りかける。
「――そして休憩のタイミング。ハナちゃんは桜木にそっと駆け寄って、タオルを渡す」
「まあ、素敵」
恵梨花はウットリとしながら、乙女が祈るように両手を組んだ。
「ただ、マネージャーをする場合だったら、食事の用意など他の部員の世話も頼みたいところだ。ああ、ハナちゃん一人に任せるということはない。女子部員が中心に手伝ってくれる。部の合宿という手前、桜木のマネージャーだけをやっていたら、流石に部員達から冷ややかな目が向けられるだろうから――桜木が」
その場合の様子が、亮には手に取るようにイメージ出来た。
頼まれたとはいえ、参加した合宿に彼女を連れて、自分の世話だけをさせたらさぞかし顰蹙を買うことだろう。
「後は――そうだな。俺達は何も一日中、桜木を拘束するつもりはない。なにせ四日間だからな。桜木だって自分の稽古があるだろう。それは存分にやってくれたらいい」
「そいつは当然の話だな」
「ああ。一日中指導してくれとは言わん。時折、指摘したり、乱取りの相手をしてくれたりするとありがたい。後は自分の稽古の時間に使ってくれて構わない」
「……ふむ」
「そしてハナちゃんが参加した場合の選択肢の一つとして、桜木の自由時間に、ハナちゃんが桜木から稽古をつけてもらうというのもありじゃないかと俺は思っている」
その提案は一考の価値ありかもしれないと、亮は郷田に感心した。
「え!? 私が亮くんから――!?」
「うむ。桜木は普段から自分の道場で指導しているのだろう?」
「ああ、まあな」
「その指導内容の中には、護身術もあると思っているのだが」
「ああ」
「ふむ。お前だってわかっているのだろう? ハナちゃんが護身術を覚えた方がいいということぐらいは」
「まあ――そうだな。俺が一緒にいる時は問題ねえが、恵梨花が自衛出来るに越したことはない」
亮の言葉に頷いて同意を示す郷田。
「えーっと、私ってやっぱり護身術覚えた方がいいのかな……?」
予想だにしてない話を聞いたような恵梨花がそっと聞いてきて、亮と郷田は揃って頷いた。
「そっか……亮くん、教えてくれるの……?」
「ああ、恵梨花にやる気があるなら、いくらでも教えてやるよ」
「本当? じゃあ、教えてもらおうかな……でも迷惑じゃないかな?」
「うむ。いいと思うぞ、ハナちゃん。その場合だと、君が護身術を教えてもらうという名目でついて行くことになるが、文句を言うやつなどおらんだろう。こっちが無理言って桜木の時間を貰ってる訳だからな」
郷田の言葉に、恵梨花は安心したようだった。
「それに運動部でないハナちゃんが一日中稽古なんて出来ないだろう。休憩がてら桜木のマネージャーをやるのもいいと思うぞ」
「あ、それいいかも――!」
恵梨花はすっかりその気になっている。そこで亮は遅まきながらに郷田を怪しみ始めた。
郷田のことをよく知っているとは言えないが、自分を合宿に参加させるために、このような搦めて手を使うような男ではなかったはずだ。
(まさか……)
恵梨花に向かって頷いている郷田に、亮は眼鏡をかけた美少女の幻影がニヤリと笑っているのが見えた。
「ふーん? 亮くん、ハナに教えてくれるの? だったらこれ以上なく、安心して任せられるのだけど」
ここで華恵にまでこう言われてしまっては、ますます亮に逃げ場などなくなってしまう。
亮は最後の抵抗を試みた。
「ま、まあ、何だ。恵梨花に護身術の範囲で技を教えるのには何の躊躇いもない」
「亮くん……」
恵梨花が感動したように亮を見る。
「ああ、だが、それはこの合宿でなくともいいはずだ……」
「あ――た、確かにそうかもだけど……」
恵梨花が未練たらたらにそう口にすると、郷田が静かに言ってきた。
「ハナちゃん。これは合宿なんだ。だから同じ宿舎に泊まったりする訳で、つまりは一足早く修学旅行のような気分を――」
「――亮くん、行こう!!」
恵梨花がこれ以上なく目を輝かせて、亮の手を取って揺さぶってくる。
亮は頬を引き攣らせながら、なんとか口を動かした。
「な、なあ、恵梨花? お母さんから許可を貰わずに決めていいのか?」
おそらく無駄な抵抗だと思いつつ聞いてみると、恵梨花は小首を傾げた。
「ん――? お母さん?」
「ええ、亮くんが一緒なら何も心配いらないわね」
「だよね」
頷いた恵梨花は、どうしてそんなことを聞くのかという顔で亮を見ている。
亮はガクッと肩を落とした。
「……桜木、お前、何があってそんなに信頼されてるんだ?」
郷田がボソッと聞いてきて、亮は苦笑を浮かべる。
「色々あったんだよ、色々……」
「そうか……まあ、それでだ、桜木。ハナちゃんはこう言ってる訳だが……合宿に参加してくれるか? さっきも言った通り、一日中指導してくれとは言わん。たまに気づいたことを注意したり、乱取りの相手をしたりして欲しいのだ」
亮は長くため息を吐いた。
見渡せば、恵梨花はキラキラした目で見てきて、華恵はまるで自分の子供が頼られているのが嬉しいような、そんな顔をしている。美月は面白がってニヤニヤしている。
「わかったよ――いや、合宿の日っていつだ? 俺に予定が入ってたら流石に無理だぜ?」
「あ、ああ――日程は夏休みに入って、二日目だ」
「二日目な……」
亮がスマホでスケジュールを確認すると、用事はあっても亮でなければいけないというものではなく……つまりは都合がつけられるものだった。
「――運が良いのな、おっさん」
「! ということは――!?」
「ああ、行ってやるよ」
「おお、ありがたい――!!」
郷田は立ち上がって、亮の手をとって感謝を示してきた。
「大げさな――言っておくが、この際だから俺は俺で稽古させてもらうからな」
「もちろんだ!」
「だけでなく、どうせならおっさん達には俺の稽古に付き合ってもらうぜ?」
「それは……俺達で相手出来ることなら問題ないが……いや、怪我は困るぞ」
「怪我はさせねえよ。じゃあ、その時に頼んだぜ」
「あ、ああ……」
亮は一息吐くと、ふと気づいて質問する。
「そういや、合宿費用はいくらだ?」
「ああ、それか。桜木とハナちゃんはいらんぞ」
「は――?」
「え、私もってどういうこと!?」
「ああ、桜木はこちらが指導を頼むために来てもらうからな。むしろ指導料を払うことを考えねばならんぐらいでな――だから、無料だ。かかる宿泊費に関しては部員全員での折半だな。指導料としてお前の分の合宿費を部費から出すことに誰も不満を抱いていないぞ。そもそも泊まるのは民宿だしな。全員で折半すれば、大した額ではない」
「タケちゃん、私は?」
「ハナちゃんは桜木とセットで見られている。というより、ハナちゃんが来るようなことでもなければ、桜木が来ることは絶対ないと言われたのでな。だから、宿泊費は最初から二人分で計算しているから問題ない」
「……おっさん、それ、『言われた』って言ってるが、誰に言われた……?」
恵梨花はハッとし、郷田はギクリと肩を震わせ、目を逸らした。
「はあ……やっぱりか。もうそれでわかった。梓だな?」
亮が恵梨花の親友の名前を挙げると、郷田と恵梨花が同時に目を丸くした。
「恵梨花は不思議に思わなかったのか? おっさんが俺を参加させるために、恵梨花を誘うなんて回りくどい真似するなんてって」
「! そう言えば……」
恵梨花のこの反応は、それほど梓の考えた策にハマり込んでいたという証左であろう。
「――ったく、あの女め……」
亮が悪態を吐くと、恵梨花が宥めるように言ってきた。
「も、もういいじゃない、亮くん。実際にこんな機会でもなければ、亮くんと合宿、なんて出来ないんだから――ね?」
亮が複雑な心境で眉を曲げていると、新たにリビングに入ってくる者が現れた。
「ただいまー」
大学から帰ってきた雪奈である。
恵梨花と美月が「おかえり、ユキ姉」と言い、亮と華恵が「おかえり、ユキ」と揃って声を投げかける。
雪奈は亮と目が合うとニッコリとし、続いて郷田に気づいて、意外そうに目を丸くする。
「あら、剛くんじゃない。いらっしゃい、久しぶり――かしら?」
「お、お久しぶりです、ユキさん。お邪魔してます……」
そう言いながら、目に見えて浮き足立ったようにソワソワし始める郷田を訝しんで、亮は目で恵梨花に問う。
すると恵梨花は苦笑を浮かべ、ソッと亮の耳へ囁いた。
「タケちゃんの初恋、ユキ姉なの」
「……なるほど」
幼馴染と聞いてから、てっきりその相手は恵梨花かと亮は思っていたが、確かに郷田の恵梨花への態度は一貫して、そういったものを匂わせない、妹を見るようなものだった。
「ちょ、ハ、ハナちゃん、今、桜木に何を――?」
珍しく焦った様子の郷田に、恵梨花は「てへっ」といった感じで笑う。
「あはは、ごめんね、勝手に言っちゃって。それに言わなくても一緒にいたらすぐバレると思うけど?」
「……確かに」
「ぐっ……」
亮が同意すると、郷田が顔を赤くして唸る。
「……桜木、言っておくがな、この町内でこの家の美人三姉妹である雪月花と歳が近い男で、三姉妹の誰にも憧れずに済んだ男などいないのだぞ」
「……な、なるほど」
郷田も例外ではなかったという話のようだ。
「亮さん、テスト終ったんですよね? 剛くんと一緒に何を話されてたんですか?」
雪奈がニコニコと寄ってきて、恵梨花とは反対の亮の隣に腰を落とした。
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