どんぐりの木

雨田ゴム長

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冬の赤い雪

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北海道、道東、阿寒地区
阿寒摩周国立公園に隣接し、森林山岳地帯や農業地帯が広大に広がっている。
その場所も、稜線は国立公園の山々へと続くが、ありふれた名もない山だった。
丁度、釧路市と阿寒湖温泉の真ん中あたり、温泉へ向かって左側に位置し、Vサインを出した時の中指が川、指と指の間が山、人差し指が林道になっている。
川側は日当たりが良く、林道側は日陰になっていた。

厳冬の2月、空は、雲一つない快晴だった。
この時期この辺りは、晴れた日の朝が一番寒い、-10℃以下でも、人も動物も当たり前に過ごしている。

ヴィーンドッドッドッヴィーン
チェンソーの音が小気味良く響く、防寒作業着をガッチリ着込んだ3人の男が、黙々と作業をしていた
「お~し、三つにしたし、枝もはらったな、積んだらかえるべや」
かなり太い、直径1メートル以上あるイチイの木であった。
クレーン付きのトラックに、三分割した木材を積み込み三人は車に乗った。
「ひ~寒~、須田さんもうこの辺にクレーンで届きそうな木は無いよ」
もう一人が言う
「タカちゃんが言ってたけど、どうなの、60万くらい行きそう、須田さん」
須田と呼ばれた男が面倒くさそうに言う
「ああ、そんなくらいならいんだけどな
最近は、国内じゃなく、外国人が買うらしくてな
厳しいらしいわ」
「ンな事より早くかえるべや、ヤッス」
「今年の冬はこれで終わりな、おらほも、冬眠だ
派手にやって足つくのも嫌だしな」
大きな木材は冬に運ぶと、余計な雑草や枝葉などの障害物がなく、以外にも作業が楽なのだ。
三人が乗ったトラックは、林道を降りて行く
林道は 2トントラックがやっと通れるくらいの幅であり、切り返しの場所もなかった。
ここまでは、バックで誘導されながら来たのだ。
道路の途中、山が途切れ平地になる少し手前に車の切り返しスペースと、三人のアジト兼作業小屋があった。
須田が
「今日は、小屋さ、寄らんでもいいべ、寒いんなら家によってくか」
「今日はまだ時間あるから、俺とタカは、釧路にパチンコしに帰るわ」
「おう、わかった、おりゃ一人で材木置いてくるわ」
作業小屋の先一本道をずーと降りたところが、須田の自宅だった。
その須田の自宅手前で、ヤスが林道のゲートを閉めてチェーンを巻いてカギを掛けた。
それだけではなく、林道も自分達が勝手に通したものだった。
「じゃあな」「はいよ」
須田の自宅前で三人は別れた。

一方、反対側の斜面には、幹の直径が1m以上の大きな、どんぐりの木が5から6本他にもダケカンバ、蝦夷山桜、トドマツ、等の大木が威風堂々と林立し、倒木すらも苔むしてその森の歴史を物語っている。
アカゲラの幹を叩く音が、乾いて、凍てつく、冬の寒空に響き渡る、カケスが樹間を飛び回り小鳥達も、冬の食料を探し廻る
キツネは野鼠や野ウサギの臭いを追いかけ、鹿は食べられそうな樹皮や木の芽を探し歩く
山の稜線を挟んで対象的な環境だった。

パチンコから戻ったタカとヤスが、タカの部屋で缶ビールを飲んでいた
「早く春になんねーかな」
「どした、ヤス、金無くなったか」
「おろ、タカちゃん、よゆーっすね
さては、こっそり単独犯っ」
「ばか言え、俺もねーさ、そろそろ前の自販機から2ヶ月だし、どうよ」
「そう言えば、新しい工事現場見つけたんだわ、そこもどう」
「よっしゃ決まり、トラック借りて明日から廻ろうや
何しろ春の雪解けまで、もう少しあるからな」
「そう言や、須田さん、大型発電機欲しがってたな、あの工事現場で使うやつ」
「先に、言えっちゅーの、先ずそれからだろ」
この2人は、主に道東地方の希少植物や樹木を盗掘、盗伐して生活し、たまに通常の窃盗も繰り返していた。
須田と呼ばれている男は、この2人の、親玉の様な存在だった。

ターン、雪原に乾いた銃声が響いた、狩猟ガイドの小林は、客の村重に
「良いじゃないですか、この距離で、かなり腕あげましね」
「またまた、ガイドが優秀だからだよ、きっと
あ、でも、もう肉はいいや、ストッカーも満杯だしさ
撮影だけで十分だよ
そうか、雄だっけ、じゃ角だけ持って行こうかな」
スノーシューを履いた2人は雪原を獲物の方へ向かっていた。
雪原の先は、幅5メートル位の川が流れ所々結氷して、雪が積もっていた。
川の向う岸は3メートル位で直ぐに小高くて勾配がきつい山が始まっていた。
名前は知らないが、大木が生い茂っている。
雪のなかに黒い塊が、少し湯気を発している。
雄鹿が1頭、血を流して倒れて死んでいた。
鮮血が辺りの雪を赤く染めていた、おそらく、少しの間もがいていたのだろう。
小林は、村重が雄鹿とのポーズ写真を撮った後、角を切り落とす作業に取り掛かる
今度は村重がその作業映像を撮った。
「本当に肉はいいですか」
「うん、いいや、ガイドさんは」
「僕もあまってるから、じゃあ、このままに、ほんとは、不法投棄だけど」
「うん、今日は荷造りもあるし、帰ろうか、夏くらいに温泉に入りにくるかな」
結局、2人は殺した雄鹿の角だけをリュックに付けてもと来た方向へ帰って行った。

この一部始終を見ていたものがいた。
山の稜線に、周囲を見下ろす様に、一番背が高いトドマツがあった。
そのてっぺんから、一羽の大鷲が、下界の様子を睨み付けていた。
なんと、人間は鹿肉に手を付けないどころか、あの邪魔くさい
角までも 取り払ってくれたではないか。
人の気配が消えたあと、倒れた鹿に止まり腹を満たした、そして、おもむろに肉片の様な物を、文字どおり鷲掴みにして、後を、キツネ、野犬、カラス達に任せ山へと戻った。

山の夜、立ち枯れた巨木の、高いところに、大きな鳥が止まっていた。
シマフクロウの巣があった。
繁殖期を迎え、ペアリングして、既に交代で抱卵していた。
たった今、雄が帰って来て、雌と交代したばかりだ、暗視スコープの様な目で、獲物をねらっていた。
いた、国道の縁を野鼠がチョロついている、いきなり1メートル60センチの翼を広げ滑空する
風を切る音もなにもしない、フクロウの狩りは無音なのだ、何かの気配に気付いた時には、鋭い爪の餌食になっている。
もう直ぐ、野鼠が手に入る、後少し、その時目の端に高速で明るい光が確認出来た、そして、それが最後の景色となった。

国道を釧路市方向へ向けて、猛スピードで走行するトラックがいた、ヤッスとタカが乗っていた。
「ヤッス、もうそんなに、スピード出さなくていいって」
「うん、でも、警報鳴るとはなぁ~、久びさにびびったよ
早く帰って飲もうよ」
その時だった、暗がりの中から何か白っぽい物体が翔んできて
フロントガラスに、ぶつかった
『ボン』柔らかなしかし結構大きな物体だった。
「おわー、何、何、何、えーなに」
「落ちつけっての、多分鳥だわ、夜だから、フクロウかもな
鳥って以外と軽いから、それに羽毛でクッションになるし」
「確かに、イヤー、ガラス割れたら須田さん、もうトラック貸さないって言うかも
ヤッパ、早く帰って飲もうよタカちゃん」
「おう、少し稼いだしな」

雄のフクロウは抱卵しながら雌の帰りを待っていた、一度巣穴から、「ホー」啼いてみた、そして、決心したかのように、巣の外の太い枝にとまり「ホーホーホー」間隔を空けて雌を呼んだ、夜明け前、巣穴に戻り三つの卵を、木の下へ蹴り落とし、また巣穴へ戻った。
どんぐりの巨木が隣から大きく枝を張り出していた。

母キツネは、途方にくれていた
子ギツネが動かない、まだ毛並みが黒いままだが、外に連れ出し慣れさせる練習をしていた、三頭産んで、一頭は、オジロワシにさらわれ、もう一頭は川に流された、最後の一頭を今夜、道路の先にある、餌場に連れて行く途中だった。
突然人間が乗るあの大きな物体が来て、子ギツネは消えてしまった。
臭いを嗅いで、やっと見つけたのだが、さっきまで、あんなに喜んで自分の周りを、駆け回っていたのに、啼きもしなければ、動きもしない
母キツネは、ぺしゃんこになった我が子を咥え、巣のある、大きなどんぐりの木がある山の方へ向かった。
やっと雪解けが進みこの辺にも遅い春が感じられそうな四月の終わりだった。














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