上 下
20 / 33
四月二一日(月)

知らせを待つ

しおりを挟む
 結局ニュース番組が終わるまで、犯人や醸造所に残された人などに関する新しい情報は入ってこなかった。
 うちの会社から二回、東神さんの担当気質保護員から一回連絡があったが、いずれもその場に待機せよ、という指示であった。

 違いがあるとすれば、うちの会社からの二回目の連絡の内容だ。
 それまでは気質保護員の自分もその場に待機だったのだが、「気質保護員は担当する保有者が必要とする食料品や日用品の買い物のため外出してもよい」となった。
 そこで穏円さんと東神さんに必要なものはあるかと尋ねると東神さんが、
 「柳河さんと一緒に食べる予定だったこいつがあるから、こいつを食おう。飲むかどうか迷うところだが……」
 と言って保冷バッグを指し示した。

 東神さん、自分の二人とも公共交通機関で移動しているから飲むこと自体には問題ない。
 しかし、自分はともかく東神さんの安全のことを考えると飲ませてよいのかは迷う。
 それとなく床井さんに相談してみると、「担当に確認した方がいいけど、自分で歩いて帰れる程度ならいいでしょう」ということだった。
 東神さんに担当の気質保護員に連絡をとるように頼むと、東神さんは飲酒の許可をもらってきてくれた。
 本来なら許可を求めるほどのことではないのだけど、状況が状況なので念のためだ。

 夕方になるとスーパーが混むだろうから、ということですぐに自分が買い出しに行くことになった。
 穏円さんの家から目的のスーパーは歩いて二分といったところだ。
 大手チェーンではなく地元密着型の店で、酒類の品揃えがいい。

 商店街を歩いて気付いたが、街の様子はいつもと変わりないようだ。
 事件が起きているとはいえ距離が離れているし、一般の人たちには直接関係ないのだからこんなものなのかもしれない。
 自分の顔を知っている人も何人か通っていて、途中何度か挨拶を交わした。
 さすがに夕方というには早すぎる時間だったので、店はそれほど混雑していない。
 食べるものを少し調達してから酒のコーナーへと移動する。

 さすがに柳河さんの醸造所のビールは置いていない。
 それも当然で、柳河さんの醸造所のビールは直売所か、併設のブルワリーパブでしか買えない。
 仕方ないので、ここで買えるクラフトビールを含めた買い方にする。
 クラフトビールの瓶が六本、他に大手メーカーの缶ビールを六缶でいいだろう。

 あまり長く穏円さんから離れるのも問題になりそうだ。
 自分では警備の人が周囲にいるのかどうかわからないが、そのような気配を感じないような気がする。
 まだ警備の人が自分のような気質保護員や保護対象の保有者を守っていないのかもしれない。
 なので、早めに買い物を済ませて戻ることにした。

 買い物に出ていたのはニ〇分ほどのことだったので、特に変化はなかった。
 買ってきたビールを冷蔵庫の中に入れているときに、東神さんのスマホが鳴った。
 メッセージの到着を告げる音だ。

 「ん? これは……」
 東神さんの表情が一瞬固まった。
 「トージ、何があったんだ?」
 「……ああ、柳河さんの担当の人からだ。読んでみる」

 東神さんと穏円さんの表情に緊張が走った。
 自分も身体から血の気が引くような感覚を覚えた。
 「……柳河さんは病院に運ばれたらしいな。担当者は病院に向かっている途中だそうだ。何かあったらまた連絡してくれる、ってさ」
 東神さんの言葉を受けて、穏円さんがネットの情報を調べた。
 今のところ中白銀の事件では、負傷者が出ているという情報しかない。
 まだ犯人も捕まっていないようだ。

 「……続報を待つしかねえな。スマ、もう少しゲームを続けよう」
 東神さんの一声でゲームが再開された。

 やはり集中力を欠いているが、今度はどちらかというと判断にミスが混じる感じだ。
 ダイスの目はそれほど悪くない。良いというほどでもないのだが。

 「……なかなか到着しないな……」
 東神さんがゲームの方とも柳河さんの担当者の方とも取れる言葉を口にした。
 先ほどの連絡からはまだニ〇分弱しか経っていない。

 さらに一五分ほどしてゲームが終わった。前回同様今回もプレーヤー側の失敗だ。
 今回は前半何回かあった判断ミスの影響が大きいように思う。

 東神さんがスマホを手に取った。
 しかし、すぐに首を横に振った。
 新たな連絡が入っていないということだ。

 「……気を取り直して三回目行くか」
 東神さんの言葉に反対する人はいなかった。

 結局、次はプレーヤー側の成功に終わった。
 判断ミスはいくつかあったが、ダイスの目に恵まれたからだ。
 もう一回やるか、と穏円さんがカードを配り始めたとき、東神さんのスマホが鳴った。

 「?!」
 穏円さんがカードを配る手を止めた。
 東神さんがスマホを手に取った。

 「……はい。……そうですか。なら、次の連絡を待ちますわ」
 通話は短いものであった。

 「柳河さんの担当者からだ。病院に到着した。柳河さんは今のところ無事らしいが、まだ会えてはいないらしい」
 「……続報を待つしかないね」
 穏円さんの言う通りなのだろう。
 自分たちもここから動くことができない状況だ。
 一応、自分だけは条件付きで外に出られるけど、柳河さんの状況を知るのには役立ちそうもない。

 ネットでニュースを調べてみるが、こちらも進展がない。
 東神さんが到着してから二時間くらいだから、進展がないのが普通なのかもしれないが。
 ただ、未だ犯人が捕まっていないというのは気になる。

 ゲームを再開しようと穏円さんがカードを手にした瞬間、今度は自分のスマホが鳴った。
 慌てて落としそうになりながらスマホを手にすると、今度は先輩社員からだった。
 番号は会社のものだったので、オフィスからかけているのだろう。
 「有触さんか? 警備は明日以降の開始になった」
 どうやら穏円さんや自分にはまだ警備がついていなかったようだ。
 明日以降の行動について次のように制約がかけられることが決まったという連絡だ。

 気質保護員、保有者とも前日の一八時までに翌日の行動予定と居場所を気質保護員の所属する会社に連絡する。
 近所への買い物などを除き、外出時には気質保護員を通じて担当の警備会社と連絡を取り、警備会社からの返事を待って家を出ること。

 どうやら日常の生活以外で外に出る際は、常に警備員が近くにいることになりそうだ。

 ほどなくして東神さんの担当からも同じ連絡が入ったので、恐らく国がそのように決定したのだろう。

 気質保護員、保有者ともある程度行動の制約が入るのは希少気質保護制度の性格から考えれば仕方のないことだと思う。
 しかし、今回の内容についてはちょっと厳しい気もする。
 それとなく穏円さんと東神さんに尋ねてみる。
 「うーん、僕はまだ何とかなると思うけど、トージにとっては厳しくない? バイクで遠出できるの?」
 「バイクは大丈夫らしいが、行き先を決めない遠出はしにくくなったな。まあ、その分ゲームを楽しむさ」

 結局できることもないので、ゲームを再開した。
 再開後の最初の回、通算四回目は配られたカードの中味を見て新しい戦術を試してみようということになり、やり方を変えて失敗。
 新しい戦術に慣れていなかったことと、カード運が良くなかったことが影響したように思う。

 五回目は新しい戦術に慣れてきたこともあり、一進一退の状況が続く。
 ゲームが佳境を迎え、成否を大きく左右する判断を迫られるようになったとき、不意に東神さんのスマホが鳴った。
 「来たか!」
 東神さんがストラップを引きちぎらんばかりにして、首からぶら下げたスマホを手に取った。
しおりを挟む

処理中です...