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四月二一日(月)
安堵と油断
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「東神です。ああ、はい……」
東神さんがスマホで話をしている。
様子から相手は柳河さんを担当している気質保護員で間違いなさそうだ。
穏円さんが心配そうな表情で様子を見守っている。
一昨日会って話をした人だし、柳河さんのことは気になる。
しかし、同時に自分としては同じ気質保護員である東神さんの通話の相手も気にかかる。
状況がわからないので何とも言えないが、担当する保有者を負傷させてしまったことには間違いない。
この気質保護員の人がどのように責任を問われるのかが気になって仕方ないのだ。
穏円さんは事件に巻き込まれそうな場所にあまり行かないタイプだと思うけど、人通りの多いこの場所でもその気になれば事件を起こせないことはない。
そうなったとき、自分にできることはあまり多くないと思う。
そう考えると、柳河さんの担当者は思った以上に厳しい状況にあるのかもしれない。
「ああ、スピーカーをオンにするぞ」
東神さんがそう言うと、スマホから一昨日聞いた柳河さんの声が聞こえてきた。
「穏円さんと……有触さんが一緒なのか……とりあえずニ、三日病院で様子を見ることになったけど、私は無事です……」
思ったよりも元気そうで、声の調子は落ち着いている。
その後、担当の気質保護員の人から説明があって、左腕を火傷しているけど程度は軽いとのことだった。
ひとまずは安心してよいだろう。
二、三日入院するらしいが、病院にいるなら自宅にいるよりも安心だと思う。
柳河さんの担当(三津家さんという女性だった)によれば、中白銀の放火事件による火災はまだ消火されていないそうだ。
今のところ死者は確認されていないそうだが、連絡が取れていない人が複数いるらしい。
柳河さんはともかく、状況はかなり良くなさそうだ。
不幸中の幸いか、柳河さんは自分で連絡が取れる状態なので、落ち着いたら東神さんに連絡すると言ってくれた。
今は検査もあり、警察からもいろいろ聞かれているので暇がないが、それも長いことではないだろうと見ているようだ。
そろそろ次の検査が入るとのことで、通話が切れた。
とりあえず柳河さんに関しては大きな問題はなさそうで一安心といったところだ。
精神的なダメージがどのくらいかは気になるが、あいにく三人とも専門家ではないのでよくわからない。
ゲームに戻ろうかと思ったら、今度は自分の会社から連絡が入った。
今日は保有者、担当気質保護員ともニニ時までに帰宅せよ、という指示であった。
今は一七時前だから、まだ時間に余裕はある。
ここからなら自分は歩いても四、五〇分もあれば余裕で家に戻ることができる。
東神さんのところがどう対応するかわからないので、そちらも考慮する必要はあるのだが。
東神さんは自ら担当と連絡を取って、今後の対応を確認した。
やはりニニ時までの帰宅を求められたそうだ。
となるとニ〇時半までにここを出た方がいいだろう。
この後のことを考えて、先に明日の自分と穏円さんの行動予定を会社に連絡しておいた。
東神さんはさっきの通話で連絡を済ませたようだ。
「ニニ時までに戻れ、か。だったら今の回が終わったらちょっと早いけど飲もうぜ」
「そうしよう。トージの持ってきたのは焼いた方がいいのかい? それともボイルかい?」
「スマ、悪いが台所を貸してくれ。モノによって違うからな。それから有触さんの買ってきたビールは……」
東神さんが立ち上がってキッチンの方へと歩いていった。
冷蔵庫を開いて自分が買ってきたビールの内容を確認すると、最初は冷たいのから行こう、と言って穏円さんに皿のありかを尋ねた。
「有触さん、悪いけどこの三本をテーブルの上に置いてくれないかな」
「了解です。ふきんを下さい。下が濡れそうなので」
東神さんによれば、瓶に入ったビールは冷蔵庫に入れると少し冷やしすぎになるそうだ。
かといって室温だと少し温度が高いらしい。
このあたりのさじ加減はよくわからないので、素直に指示に従っておく。
「スマ、卵ってあったっけ?」
「さっき有触さんに買ってきてもらったから一パックはある。それで足りるかい?」
「三個で十分だ」
キッチンでは穏円さんと東神さんが材料や道具を確認している。
「よっし、ゲームを再開しようぜ。この回が終わってから準備すればちょうどいいはずだ」
東神さんが調子を取り戻したようで、腕まくりしながらダイスを手にして構えた。
「このトージの判定が鍵だね。ここで成功しておくと次の有触さんの行動が楽になるからね」
「東神さん、よろしくお願いします」
「よっしゃ! 任せておけよ!」
東神さんによって勢いよく振られた二個のダイスは五のゾロ目を示して止まった。
「うっし! これなら敵が追いつけないだろう!」
東神さんがガッツポーズを見せた。
「自分も続きます。ここは全員で距離を稼ぎましょう」
自分が選択したのは加速。成功すれば全員の移動速度が最大五割増しになる。
「渋い選択だね。いいと思うよ」
穏円さんからお褒めの言葉をもらって、ダイスを振った。
あまり目は良くなかったけど、加速の効果を得ることには成功した。
「じゃあ、僕は船を案内しよう。一番先行しているし、外に出ているのはまだ僕だけだからね」
「スマ、頼むぞ。成功したら次の番で有触さんが外に出られれば勝ちだからな」
穏円さんがダイスを振った。
東神さんが身を乗り出すようにして、ダイスの動きを見守っている。
勢いがよすぎたのか、ダイスはテーブルの上を転がりながら滑っていった。
そしてテーブルの端の方で止まった。
「おっと、勢いがつきすぎた……大丈夫、成功だね」
二ターン後、プレーヤー側の成功が決まった。
「最初は冷たい奴からな。肉ばっかだと飽きるだろうからスマに野菜を用意してもらった。イモは後で用意するわ」
東神さんが皿の上に丁寧に並べられたハムを示した。
並べるだけとはいえ、この人は本当にいいセンスをしていると思う。
皿の上のハムは六種類で見慣れたタイプのものから中に野菜が入ったもの、ゼリーの中に肉が詰まったようなものなどがある。
「じゃ、各自ビールを注いだら乾杯と行こうか! いや~買ったのが無駄にならなくてよかった」
東神さんが満面の笑みを浮かべながらビールをジョッキに注いだ。
穏円さんと自分もそれに倣う。
「まあ、不幸中の幸いという奴だろうが、柳河さんの無事に乾杯!」
「無事に戻ってくることを祈って乾杯、だね」
「乾杯」
ジョッキを合わせてから、中の黄金色の液体を流し込む。
バナナと南国系のフルーツが合わさったような香りがした後、わずかな苦みを感じたが不快ではない。
「いい温度になったな。冷たすぎると接着剤の香りになったりするからな、こいつは」
東神さんの言葉を聞いて、過去に飲んだビールを思い出した。
過去に飲んだものでプラモデルを作るときに使うような接着剤のような香りがしたものがあったのだ。
自分が積極的にクラフトビールに手を出さない原因の一つになった出来事だった。
そういえば保利や来馬が紹介する店では、ビールの種類によって温度が違っていた。
どうやらただ冷やせばよいものではないらしい。
「僕はこのゼリーの酸っぱいのが気に入ったよ」
穏円さんが二種類あるゼリー状のハムのうち、色の濃い方を示しながら言った。
東神さんによれば柳河さんもこれが好きだそうで、そのために買ったのだそうだ。
「そろそろ次行こう。次はボイルする奴だ」
東神さんが立ち上がってキッチンへと向かった。
そして手際よく次の準備を進めていく。
今度は二種類のソーセージを皿に盛って戻ってきた。
「最初のビールがそろそろ無くなるな。スマ、悪いが台所のシンクの脇に次のを置いているから持って来てくれ」
「わかった」
東神さんと穏円さんが絶妙なコンビネーションで次のビールを準備した。
「有触さんは自分のペースで飲んで大丈夫だから」
穏円さんが二本の瓶を抱えて戻ってきた。
そうすると今度は東神さんが空になった最初の皿を抱えてキッチンへと向かった。
皿をさっと洗って戻ってくる。
自分が何もしていないので申し訳ない気分になるが、入ったところで足手まといにしかならない。
ニ〇時少し前、最後のビールを飲み干し、皿を空にした。
最後の分厚いハムのようなものに目玉焼きを乗せて焼いたやつも絶品だった。
ハムとミートローフの中間のような食感だったが、これがパンによく合った。
パンはもちろん穏円さんのお気に入りのベーカリーから調達したものだ。
穏円さんは何日か外に出られないときにも耐えられるように、いくつかのパンを冷凍しているのだという。
二〇時ニ〇分。後片付けを終えて自分と東神さんは穏円さんの家を後にした。
妙木市駅まで東神さんを送った後、ホームで別れた。
東神さんの家は自分と反対方向の青面方面だ。
自分は妙木市民公園方面だ。こちら側の電車が先に来たので乗り込んだ。
この判断は良くなかったと後で気付かされることになるのだが、このときはお酒が入っていたせいもあるのかそこまで頭が回らなかった。
東神さんがスマホで話をしている。
様子から相手は柳河さんを担当している気質保護員で間違いなさそうだ。
穏円さんが心配そうな表情で様子を見守っている。
一昨日会って話をした人だし、柳河さんのことは気になる。
しかし、同時に自分としては同じ気質保護員である東神さんの通話の相手も気にかかる。
状況がわからないので何とも言えないが、担当する保有者を負傷させてしまったことには間違いない。
この気質保護員の人がどのように責任を問われるのかが気になって仕方ないのだ。
穏円さんは事件に巻き込まれそうな場所にあまり行かないタイプだと思うけど、人通りの多いこの場所でもその気になれば事件を起こせないことはない。
そうなったとき、自分にできることはあまり多くないと思う。
そう考えると、柳河さんの担当者は思った以上に厳しい状況にあるのかもしれない。
「ああ、スピーカーをオンにするぞ」
東神さんがそう言うと、スマホから一昨日聞いた柳河さんの声が聞こえてきた。
「穏円さんと……有触さんが一緒なのか……とりあえずニ、三日病院で様子を見ることになったけど、私は無事です……」
思ったよりも元気そうで、声の調子は落ち着いている。
その後、担当の気質保護員の人から説明があって、左腕を火傷しているけど程度は軽いとのことだった。
ひとまずは安心してよいだろう。
二、三日入院するらしいが、病院にいるなら自宅にいるよりも安心だと思う。
柳河さんの担当(三津家さんという女性だった)によれば、中白銀の放火事件による火災はまだ消火されていないそうだ。
今のところ死者は確認されていないそうだが、連絡が取れていない人が複数いるらしい。
柳河さんはともかく、状況はかなり良くなさそうだ。
不幸中の幸いか、柳河さんは自分で連絡が取れる状態なので、落ち着いたら東神さんに連絡すると言ってくれた。
今は検査もあり、警察からもいろいろ聞かれているので暇がないが、それも長いことではないだろうと見ているようだ。
そろそろ次の検査が入るとのことで、通話が切れた。
とりあえず柳河さんに関しては大きな問題はなさそうで一安心といったところだ。
精神的なダメージがどのくらいかは気になるが、あいにく三人とも専門家ではないのでよくわからない。
ゲームに戻ろうかと思ったら、今度は自分の会社から連絡が入った。
今日は保有者、担当気質保護員ともニニ時までに帰宅せよ、という指示であった。
今は一七時前だから、まだ時間に余裕はある。
ここからなら自分は歩いても四、五〇分もあれば余裕で家に戻ることができる。
東神さんのところがどう対応するかわからないので、そちらも考慮する必要はあるのだが。
東神さんは自ら担当と連絡を取って、今後の対応を確認した。
やはりニニ時までの帰宅を求められたそうだ。
となるとニ〇時半までにここを出た方がいいだろう。
この後のことを考えて、先に明日の自分と穏円さんの行動予定を会社に連絡しておいた。
東神さんはさっきの通話で連絡を済ませたようだ。
「ニニ時までに戻れ、か。だったら今の回が終わったらちょっと早いけど飲もうぜ」
「そうしよう。トージの持ってきたのは焼いた方がいいのかい? それともボイルかい?」
「スマ、悪いが台所を貸してくれ。モノによって違うからな。それから有触さんの買ってきたビールは……」
東神さんが立ち上がってキッチンの方へと歩いていった。
冷蔵庫を開いて自分が買ってきたビールの内容を確認すると、最初は冷たいのから行こう、と言って穏円さんに皿のありかを尋ねた。
「有触さん、悪いけどこの三本をテーブルの上に置いてくれないかな」
「了解です。ふきんを下さい。下が濡れそうなので」
東神さんによれば、瓶に入ったビールは冷蔵庫に入れると少し冷やしすぎになるそうだ。
かといって室温だと少し温度が高いらしい。
このあたりのさじ加減はよくわからないので、素直に指示に従っておく。
「スマ、卵ってあったっけ?」
「さっき有触さんに買ってきてもらったから一パックはある。それで足りるかい?」
「三個で十分だ」
キッチンでは穏円さんと東神さんが材料や道具を確認している。
「よっし、ゲームを再開しようぜ。この回が終わってから準備すればちょうどいいはずだ」
東神さんが調子を取り戻したようで、腕まくりしながらダイスを手にして構えた。
「このトージの判定が鍵だね。ここで成功しておくと次の有触さんの行動が楽になるからね」
「東神さん、よろしくお願いします」
「よっしゃ! 任せておけよ!」
東神さんによって勢いよく振られた二個のダイスは五のゾロ目を示して止まった。
「うっし! これなら敵が追いつけないだろう!」
東神さんがガッツポーズを見せた。
「自分も続きます。ここは全員で距離を稼ぎましょう」
自分が選択したのは加速。成功すれば全員の移動速度が最大五割増しになる。
「渋い選択だね。いいと思うよ」
穏円さんからお褒めの言葉をもらって、ダイスを振った。
あまり目は良くなかったけど、加速の効果を得ることには成功した。
「じゃあ、僕は船を案内しよう。一番先行しているし、外に出ているのはまだ僕だけだからね」
「スマ、頼むぞ。成功したら次の番で有触さんが外に出られれば勝ちだからな」
穏円さんがダイスを振った。
東神さんが身を乗り出すようにして、ダイスの動きを見守っている。
勢いがよすぎたのか、ダイスはテーブルの上を転がりながら滑っていった。
そしてテーブルの端の方で止まった。
「おっと、勢いがつきすぎた……大丈夫、成功だね」
二ターン後、プレーヤー側の成功が決まった。
「最初は冷たい奴からな。肉ばっかだと飽きるだろうからスマに野菜を用意してもらった。イモは後で用意するわ」
東神さんが皿の上に丁寧に並べられたハムを示した。
並べるだけとはいえ、この人は本当にいいセンスをしていると思う。
皿の上のハムは六種類で見慣れたタイプのものから中に野菜が入ったもの、ゼリーの中に肉が詰まったようなものなどがある。
「じゃ、各自ビールを注いだら乾杯と行こうか! いや~買ったのが無駄にならなくてよかった」
東神さんが満面の笑みを浮かべながらビールをジョッキに注いだ。
穏円さんと自分もそれに倣う。
「まあ、不幸中の幸いという奴だろうが、柳河さんの無事に乾杯!」
「無事に戻ってくることを祈って乾杯、だね」
「乾杯」
ジョッキを合わせてから、中の黄金色の液体を流し込む。
バナナと南国系のフルーツが合わさったような香りがした後、わずかな苦みを感じたが不快ではない。
「いい温度になったな。冷たすぎると接着剤の香りになったりするからな、こいつは」
東神さんの言葉を聞いて、過去に飲んだビールを思い出した。
過去に飲んだものでプラモデルを作るときに使うような接着剤のような香りがしたものがあったのだ。
自分が積極的にクラフトビールに手を出さない原因の一つになった出来事だった。
そういえば保利や来馬が紹介する店では、ビールの種類によって温度が違っていた。
どうやらただ冷やせばよいものではないらしい。
「僕はこのゼリーの酸っぱいのが気に入ったよ」
穏円さんが二種類あるゼリー状のハムのうち、色の濃い方を示しながら言った。
東神さんによれば柳河さんもこれが好きだそうで、そのために買ったのだそうだ。
「そろそろ次行こう。次はボイルする奴だ」
東神さんが立ち上がってキッチンへと向かった。
そして手際よく次の準備を進めていく。
今度は二種類のソーセージを皿に盛って戻ってきた。
「最初のビールがそろそろ無くなるな。スマ、悪いが台所のシンクの脇に次のを置いているから持って来てくれ」
「わかった」
東神さんと穏円さんが絶妙なコンビネーションで次のビールを準備した。
「有触さんは自分のペースで飲んで大丈夫だから」
穏円さんが二本の瓶を抱えて戻ってきた。
そうすると今度は東神さんが空になった最初の皿を抱えてキッチンへと向かった。
皿をさっと洗って戻ってくる。
自分が何もしていないので申し訳ない気分になるが、入ったところで足手まといにしかならない。
ニ〇時少し前、最後のビールを飲み干し、皿を空にした。
最後の分厚いハムのようなものに目玉焼きを乗せて焼いたやつも絶品だった。
ハムとミートローフの中間のような食感だったが、これがパンによく合った。
パンはもちろん穏円さんのお気に入りのベーカリーから調達したものだ。
穏円さんは何日か外に出られないときにも耐えられるように、いくつかのパンを冷凍しているのだという。
二〇時ニ〇分。後片付けを終えて自分と東神さんは穏円さんの家を後にした。
妙木市駅まで東神さんを送った後、ホームで別れた。
東神さんの家は自分と反対方向の青面方面だ。
自分は妙木市民公園方面だ。こちら側の電車が先に来たので乗り込んだ。
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