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四月ニニ日(火)
事件未満?
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穏円さん、東神さんと飲んだ日の夜中、正確には翌日の午前〇時過ぎ、自分のスマホが鳴った。
さすがに飲み終えてから四時間ちょっとでは完全に酔いが醒めているということもなく、反射的に通話を開始した。
「夜分恐れ入ります。私、ポスト・アールエムの多桜と申します。東神さんの担当気質保護員をしております」
相手の声を聞いて跳び起きてしまった。
東神さんの担当がこんな時間に何の用だというのだろう。
ロクな話ではないだろう、と身構えた。
「どのようなご用件でしょうか?」
警戒感を前面に出した声で応じた。声の感じから東神さんの担当であることは間違いなさそうだが……
「東神さんが今、どうされているかご存知でしょうか? 家に戻っていないようなのですが」
多桜さんの言葉を聞いて、一気に酔いが醒めた。
「……ニ〇時半くらいに妙木市駅のホームで別れました。ニニ時までには帰っているはずですが」
「二一時前に青面駅の付近にいたことはわかるのですが、それ以降の足取りがわからないのです。スマホに連絡を入れても電源が入っていないようで……」
「……わかりました。自分は彼の知り合いに連絡を取ります。多桜さんは会社に状況を報告してください」
「何かわかったらすぐ、連絡してください」
気質保護員には、担当する保有者の位置情報が概ね一五分おきに送られてくるようになっている。
スマホのGPS機能を利用したしくみだ。
穏円さんの位置情報を確認すると自宅にいるようだとわかった。
寝ているかもしれないと思いながらもチャットツールで連絡を入れてみる。
幸い穏円さんからはすぐに返信があった。
穏円さんから東神さんに連絡を入れてくれるとのことだ。
考えてみたら、東神さんの家にはネット環境があったはずだ。
自宅にいて寝ていなければすぐに返信があるだろう。
これなら自分でも対応できたのだろうけど、やはり冷静さを欠いているようだ。
単純にスマホの電源を切ったかバッテリー切れであれば良いのだけど、実際のところはよくわからない。
ニ〇時半くらいに別れたとき、東神さんの様子に異常はなかったと思う。
事件に巻き込まれた可能性もあると思ってテレビをつけてみたり、ネットニュースを調べてみたりしたが、それらしい情報はなかった。
代わりに柳河さんが巻き込まれた東白銀の放火事件について、火が消し止められたという情報を得た。
犯人は未だ確保できていないようだ。
念のため、うちの会社にも東神さんの行方がわからないことと、自分がニ〇時半まで一緒だったことを連絡しておいた。
東神さんには飲ませないでもう少し早く帰宅させるべきだったか?
それとも自宅まで同行するべきだったのだろうか?
対応を誤ったかもしれない。
柳河さんと連絡が取れたので油断もあったように思う。
〇時半を過ぎた。
穏円さんから連絡が入った。東神さんからの連絡はまだないということであった。
メッセージを読んだ気配がないので、寝ているのかもしれないというのが穏円さんの見解であった。
その直後、多桜さんから連絡が入った。多桜さんにも東神さんからの連絡がないという。
「……自分が東神さんの自宅に向かいましょうか?」
ビデオ通話モードに切り替えたところでそう提案してみた。
東妙木の駅でタクシーを拾えば、一時間ちょっとで東神さんの家まで行けるはずだ。
多桜さんがどこに住んでいるのかわからないことを考えれば、動きやすいのは自分だ。
「今なら要央中央の駅まで行けば、ニ五時四五分発の国府山台行きの深夜バスに間に合うはずだよ」
穏円さんが最適解を提示してくれた。
「……そこまで他社の方にしてもらう訳には……明日の始発で私が向かいます」
多桜さんは東神さんの住む城西区舞台山から電車で一時間くらいのところに住んでいるらしい。
ちょっと遠い気もするが、それこそ他社のことなので自分がどうこう言うべきではないだろう。
多桜さんの最寄り駅の始発電車は五時過ぎだそうだ。
まだ四時間以上ある。
どうすべきかと考えていると、自分のスマホが鳴った。床井さんからだ。
恐らくメッセージを見て連絡してきたのだろう。
「どう? 東神さんとは連絡は取れている?」
「いえ、今穏円さんと東神さんの担当の方と一緒にビデオ通話中なのですが……」
「私も入るから繋いでもらってもいい?」
こうして床井さんもビデオ通話に加わることになった。
「朝になったら東神さんの自宅に行って留守なら警察に届けます。それまでは……」
多桜さんが床井さんに状況を説明している。
床井さんも状況を理解してくれたようで、しばらくビデオ通話を繋いだままにしてくれるという。
何か連絡がないかとじりじりした気分で画面を見る。
ときどきネットニュースなどを調べてみるが、特に情報らしい情報はない。
他の三人も同じような感じで、画面を見たり落ち着きなくスマホに目をやったりしている。
画面とネットニュースを交互に見るのを繰り返すこと十数回、不意に穏円さんのマイクがメッセージの着信を告げる音を拾った。
皆の視線が画面に集まった。
「見てみます」
穏円さんが落ち着いた様子でそう言った後、キーボードを叩く音が聞こえてきた。
「……トージからです。こっちに繋ぐように誘導しました」
三〇秒ほど経ってから東神さんの姿が画面に現れた。
「……すみません。ウチの回線のメンテナンスがやっと終わったところで……」
東神さんの声は申し訳なさそうだ。
直後に多桜さんのスマホが鳴って、東神さんからのメッセージの到着を告げた。
「あら? 今になって?」
「今まで繋がっていなかったからな。今になってようやく届いた、ってところだろう」
東神さんによれば、次のような状況だったらしい。
青面の駅で電車を乗り換える際に、スマホを落として壊してしまった。
青面駅より先の位置情報がないのはそのためだったようだ。
急いで家に戻って多桜さんにチャットで連絡しようとしたが、回線工事の時間に当たってしまい、つい先ほどそれが終わったという。
穏円さんが確認したところ、「メンテナンスのため、四月二一日一九時からニ七時の間に三時間程度の通信断が一回発生」ということだった。
東神さんの家には固定電話もなかったから、お手上げになってしまったようだ。
「深夜にお騒がせして申し訳ございません。また、ご協力いただきありがとうございました。事件性も無いようですし時間も遅いですから、今日はこれで」
画面に映った多桜さんが頭を下げた。
「無事がわかって何よりです。私はこれで失礼します」
床井さんが通話から抜け、自分と穏円さんも失礼することにした。
東神さんの身に何か起きた訳ではないということが明らかになったので、一安心といったところだ。
二時近くになってしまったので、明日は起きる時間を一時間ほど遅らせよう。
安心したためか、一気に眠くなってしまった。
これでこの件は一件落着と思っていたのだが、少し甘かったようだ。
後日、このことがちょっとしたトラブルを引き起こすのだが、このときの自分には想像力が欠けていた。
さすがに飲み終えてから四時間ちょっとでは完全に酔いが醒めているということもなく、反射的に通話を開始した。
「夜分恐れ入ります。私、ポスト・アールエムの多桜と申します。東神さんの担当気質保護員をしております」
相手の声を聞いて跳び起きてしまった。
東神さんの担当がこんな時間に何の用だというのだろう。
ロクな話ではないだろう、と身構えた。
「どのようなご用件でしょうか?」
警戒感を前面に出した声で応じた。声の感じから東神さんの担当であることは間違いなさそうだが……
「東神さんが今、どうされているかご存知でしょうか? 家に戻っていないようなのですが」
多桜さんの言葉を聞いて、一気に酔いが醒めた。
「……ニ〇時半くらいに妙木市駅のホームで別れました。ニニ時までには帰っているはずですが」
「二一時前に青面駅の付近にいたことはわかるのですが、それ以降の足取りがわからないのです。スマホに連絡を入れても電源が入っていないようで……」
「……わかりました。自分は彼の知り合いに連絡を取ります。多桜さんは会社に状況を報告してください」
「何かわかったらすぐ、連絡してください」
気質保護員には、担当する保有者の位置情報が概ね一五分おきに送られてくるようになっている。
スマホのGPS機能を利用したしくみだ。
穏円さんの位置情報を確認すると自宅にいるようだとわかった。
寝ているかもしれないと思いながらもチャットツールで連絡を入れてみる。
幸い穏円さんからはすぐに返信があった。
穏円さんから東神さんに連絡を入れてくれるとのことだ。
考えてみたら、東神さんの家にはネット環境があったはずだ。
自宅にいて寝ていなければすぐに返信があるだろう。
これなら自分でも対応できたのだろうけど、やはり冷静さを欠いているようだ。
単純にスマホの電源を切ったかバッテリー切れであれば良いのだけど、実際のところはよくわからない。
ニ〇時半くらいに別れたとき、東神さんの様子に異常はなかったと思う。
事件に巻き込まれた可能性もあると思ってテレビをつけてみたり、ネットニュースを調べてみたりしたが、それらしい情報はなかった。
代わりに柳河さんが巻き込まれた東白銀の放火事件について、火が消し止められたという情報を得た。
犯人は未だ確保できていないようだ。
念のため、うちの会社にも東神さんの行方がわからないことと、自分がニ〇時半まで一緒だったことを連絡しておいた。
東神さんには飲ませないでもう少し早く帰宅させるべきだったか?
それとも自宅まで同行するべきだったのだろうか?
対応を誤ったかもしれない。
柳河さんと連絡が取れたので油断もあったように思う。
〇時半を過ぎた。
穏円さんから連絡が入った。東神さんからの連絡はまだないということであった。
メッセージを読んだ気配がないので、寝ているのかもしれないというのが穏円さんの見解であった。
その直後、多桜さんから連絡が入った。多桜さんにも東神さんからの連絡がないという。
「……自分が東神さんの自宅に向かいましょうか?」
ビデオ通話モードに切り替えたところでそう提案してみた。
東妙木の駅でタクシーを拾えば、一時間ちょっとで東神さんの家まで行けるはずだ。
多桜さんがどこに住んでいるのかわからないことを考えれば、動きやすいのは自分だ。
「今なら要央中央の駅まで行けば、ニ五時四五分発の国府山台行きの深夜バスに間に合うはずだよ」
穏円さんが最適解を提示してくれた。
「……そこまで他社の方にしてもらう訳には……明日の始発で私が向かいます」
多桜さんは東神さんの住む城西区舞台山から電車で一時間くらいのところに住んでいるらしい。
ちょっと遠い気もするが、それこそ他社のことなので自分がどうこう言うべきではないだろう。
多桜さんの最寄り駅の始発電車は五時過ぎだそうだ。
まだ四時間以上ある。
どうすべきかと考えていると、自分のスマホが鳴った。床井さんからだ。
恐らくメッセージを見て連絡してきたのだろう。
「どう? 東神さんとは連絡は取れている?」
「いえ、今穏円さんと東神さんの担当の方と一緒にビデオ通話中なのですが……」
「私も入るから繋いでもらってもいい?」
こうして床井さんもビデオ通話に加わることになった。
「朝になったら東神さんの自宅に行って留守なら警察に届けます。それまでは……」
多桜さんが床井さんに状況を説明している。
床井さんも状況を理解してくれたようで、しばらくビデオ通話を繋いだままにしてくれるという。
何か連絡がないかとじりじりした気分で画面を見る。
ときどきネットニュースなどを調べてみるが、特に情報らしい情報はない。
他の三人も同じような感じで、画面を見たり落ち着きなくスマホに目をやったりしている。
画面とネットニュースを交互に見るのを繰り返すこと十数回、不意に穏円さんのマイクがメッセージの着信を告げる音を拾った。
皆の視線が画面に集まった。
「見てみます」
穏円さんが落ち着いた様子でそう言った後、キーボードを叩く音が聞こえてきた。
「……トージからです。こっちに繋ぐように誘導しました」
三〇秒ほど経ってから東神さんの姿が画面に現れた。
「……すみません。ウチの回線のメンテナンスがやっと終わったところで……」
東神さんの声は申し訳なさそうだ。
直後に多桜さんのスマホが鳴って、東神さんからのメッセージの到着を告げた。
「あら? 今になって?」
「今まで繋がっていなかったからな。今になってようやく届いた、ってところだろう」
東神さんによれば、次のような状況だったらしい。
青面の駅で電車を乗り換える際に、スマホを落として壊してしまった。
青面駅より先の位置情報がないのはそのためだったようだ。
急いで家に戻って多桜さんにチャットで連絡しようとしたが、回線工事の時間に当たってしまい、つい先ほどそれが終わったという。
穏円さんが確認したところ、「メンテナンスのため、四月二一日一九時からニ七時の間に三時間程度の通信断が一回発生」ということだった。
東神さんの家には固定電話もなかったから、お手上げになってしまったようだ。
「深夜にお騒がせして申し訳ございません。また、ご協力いただきありがとうございました。事件性も無いようですし時間も遅いですから、今日はこれで」
画面に映った多桜さんが頭を下げた。
「無事がわかって何よりです。私はこれで失礼します」
床井さんが通話から抜け、自分と穏円さんも失礼することにした。
東神さんの身に何か起きた訳ではないということが明らかになったので、一安心といったところだ。
二時近くになってしまったので、明日は起きる時間を一時間ほど遅らせよう。
安心したためか、一気に眠くなってしまった。
これでこの件は一件落着と思っていたのだが、少し甘かったようだ。
後日、このことがちょっとしたトラブルを引き起こすのだが、このときの自分には想像力が欠けていた。
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