ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十一章

492:疑いは晴れず

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 実はメイがカネサキに声を出して意志を伝えたのは初めてなのだが、カネサキは気にしない。それがどれだけ珍しいことなのかに意識が向いておらず、ただメイの行動を警戒していたからだ。

「え? 腕時計……?」
 カネサキの声は明らかに拍子抜けした、といった様子だった。
 彼女が手にしていたのは、鎖のついた腕時計であった。
 メイはこれを首にかけていたのである。
 ロビーにはカネサキの手にある腕時計に心当たりがある。
 オイゲンが着けていたのを見たことがあるからだ。
 やや旧式の方位磁針が付いた特徴のある時計であり、印象に残っている。

「これは……イナさんの物なの?」
 カネサキがメイに問うと、メイは何かに怯えた様子を見せながらもこくりとうなずいた。
「これでイナさんと話をしていたの? イナさんはどこにいるの?」
 この問いに対しては、メイは首を横に振った。
「首を振るだけじゃわからないわ。ちゃんと答えなさい」
 カネサキが詰め寄ったので、ロビーが慌てて仲裁に入る。
「おいおい、待ってくださいよ。そんな怖い顔をしたら、秘書さんが怖がるじゃないですか。コナカさん、聞いてくれませんか?」
 ロビーの仲裁に、カネサキが「私のどこが怖いって言うのよ」と反論したので、ロビーは思わず笑ってしまった。
 カネサキは不服そうだが、一応隊長の意志は重んじているようだ。
 コナカがメイに寄り添うようにして、二言三言話しかけた。
 するとメイが首を縦に振ったり、横に振ったりして意志を示す。
 そして再びコナカが話しかける。
 これを幾度か繰り返してから、コナカはロビーの方へと向き直った。
「カネサキさん、お願いです。彼女に、時計を返してあげてください。それは彼女にとってとても大切なものなんです……」
「いいえ、私としてはこれが何なのか確認ができるまでは彼女に返すべきではないと思います。隊長の判断は?」
「まあ、そうは言うけど返していいんじゃないかな……社長さん、じゃなかったイナさんが通信の相手なら困ることなどないからな」
「ちょ、ちょっと! そんなに暢気に構えていていいのですかっ?! 彼女の通信相手が我々の探索を妨害する目的の者だとしたら!?」
「考えすぎだと思いますけどね……とりあえず、彼女の行動をコナカさんに見ていてもらおう。コナカさん、何かあったら報告してください」
 そう言うとロビーはカネサキの手から腕時計を取り上げてコナカへと手渡した。
 コナカがメイの首に鎖をかける。
 するとメイは腕時計をきつく握り締めながらふらふらとその場を離れていく。だが、意外にその歩みは速い。
「コナカさん、追って!」
「はいっ!」
 カネサキの鋭い指示にコナカが答えた。
 コナカが勢いよくメイが行った方に向けて走り出した。
 俊足の彼女ならすぐに追いつくだろう。

 メイとコナカの姿が見えなくなったところで、ロビーが通信機を手にした。
 キーボードを叩いているから今回は会議形式ではなく依頼書を飛ばすようだ。
「こんなものでいいですかね?」
 ロビーがカネサキに携帯端末を手渡した。
 画面にはエリック・モトムラに宛てた依頼書の文章が表示されている。
 要約すると先住者の有無を確認したいので「東部探索隊」が発信している電波以外に付近から何者かが電波を発信していないかを秘密裏に調査して欲しい、という内容である。
「まあ、モトムラマネージャーなら正直に話しても大丈夫だとは思いますが、社長やサクライさんに追及されたときに立場が悪くなるでしょうからね、このあたりで勘弁してもらえないですかね?」
 ロビーは敢えてメイを疑っているとは書かなかった。
 先住者がいる可能性について調査するのであれば「東部探索隊」の目的からも違和感はないと判断したのだ。この方がエリックも他者に調査の目的を説明しやすいだろう。
「そうね……」
 カネサキは少し考える素振りを見せたが、まあいいでしょう、とロビーの提案を受け入れた。
 そしておもむろにウエストポーチから陶器製の瓶のようなものを取り出した。
「隊長、今日の仕事は終わりでいいわね?」
「問題ないです、もう自由時間です」
「だったら、タカミ君、付き合いなさい。オオイダとコナカも呼んできて。アイネス先生に見つかると怒られるから、外でやるわよ」
 カネサキがロビーの呼称を変えたのは、今は業務外だ、ということを強調するためだ。
「わかってますって、少々お待ちを」
 カネサキが取り出したのは蒸留酒の瓶であった。
 彼女は仕事に厳しい反面、酒豪としても知られている。
 特にECN社の若手男性従業員の間では、彼女と飲みにいくととって食われるなどとまで言われている。
 実際のところは、「とって食われる」などという物騒なことはなく、むしろ金払いがよいのでロビーやセスなどは、給料の安かったECN社のアルバイト時代によく助けられていたのである。
 「東部探索隊」として、「はじまりの丘」を出てからは表立って飲むことは控えていたようだが、今日は事情が異なる、ということなのだろう。
 ロビーが先にテントの中のオオイダに声をかけてから、今度はコナカを探しに走った。
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