70 / 304
第十一章
492:疑いは晴れず
しおりを挟む
実はメイがカネサキに声を出して意志を伝えたのは初めてなのだが、カネサキは気にしない。それがどれだけ珍しいことなのかに意識が向いておらず、ただメイの行動を警戒していたからだ。
「え? 腕時計……?」
カネサキの声は明らかに拍子抜けした、といった様子だった。
彼女が手にしていたのは、鎖のついた腕時計であった。
メイはこれを首にかけていたのである。
ロビーにはカネサキの手にある腕時計に心当たりがある。
オイゲンが着けていたのを見たことがあるからだ。
やや旧式の方位磁針が付いた特徴のある時計であり、印象に残っている。
「これは……イナさんの物なの?」
カネサキがメイに問うと、メイは何かに怯えた様子を見せながらもこくりとうなずいた。
「これでイナさんと話をしていたの? イナさんはどこにいるの?」
この問いに対しては、メイは首を横に振った。
「首を振るだけじゃわからないわ。ちゃんと答えなさい」
カネサキが詰め寄ったので、ロビーが慌てて仲裁に入る。
「おいおい、待ってくださいよ。そんな怖い顔をしたら、秘書さんが怖がるじゃないですか。コナカさん、聞いてくれませんか?」
ロビーの仲裁に、カネサキが「私のどこが怖いって言うのよ」と反論したので、ロビーは思わず笑ってしまった。
カネサキは不服そうだが、一応隊長の意志は重んじているようだ。
コナカがメイに寄り添うようにして、二言三言話しかけた。
するとメイが首を縦に振ったり、横に振ったりして意志を示す。
そして再びコナカが話しかける。
これを幾度か繰り返してから、コナカはロビーの方へと向き直った。
「カネサキさん、お願いです。彼女に、時計を返してあげてください。それは彼女にとってとても大切なものなんです……」
「いいえ、私としてはこれが何なのか確認ができるまでは彼女に返すべきではないと思います。隊長の判断は?」
「まあ、そうは言うけど返していいんじゃないかな……社長さん、じゃなかったイナさんが通信の相手なら困ることなどないからな」
「ちょ、ちょっと! そんなに暢気に構えていていいのですかっ?! 彼女の通信相手が我々の探索を妨害する目的の者だとしたら!?」
「考えすぎだと思いますけどね……とりあえず、彼女の行動をコナカさんに見ていてもらおう。コナカさん、何かあったら報告してください」
そう言うとロビーはカネサキの手から腕時計を取り上げてコナカへと手渡した。
コナカがメイの首に鎖をかける。
するとメイは腕時計をきつく握り締めながらふらふらとその場を離れていく。だが、意外にその歩みは速い。
「コナカさん、追って!」
「はいっ!」
カネサキの鋭い指示にコナカが答えた。
コナカが勢いよくメイが行った方に向けて走り出した。
俊足の彼女ならすぐに追いつくだろう。
メイとコナカの姿が見えなくなったところで、ロビーが通信機を手にした。
キーボードを叩いているから今回は会議形式ではなく依頼書を飛ばすようだ。
「こんなものでいいですかね?」
ロビーがカネサキに携帯端末を手渡した。
画面にはエリック・モトムラに宛てた依頼書の文章が表示されている。
要約すると先住者の有無を確認したいので「東部探索隊」が発信している電波以外に付近から何者かが電波を発信していないかを秘密裏に調査して欲しい、という内容である。
「まあ、モトムラマネージャーなら正直に話しても大丈夫だとは思いますが、社長やサクライさんに追及されたときに立場が悪くなるでしょうからね、このあたりで勘弁してもらえないですかね?」
ロビーは敢えてメイを疑っているとは書かなかった。
先住者がいる可能性について調査するのであれば「東部探索隊」の目的からも違和感はないと判断したのだ。この方がエリックも他者に調査の目的を説明しやすいだろう。
「そうね……」
カネサキは少し考える素振りを見せたが、まあいいでしょう、とロビーの提案を受け入れた。
そしておもむろにウエストポーチから陶器製の瓶のようなものを取り出した。
「隊長、今日の仕事は終わりでいいわね?」
「問題ないです、もう自由時間です」
「だったら、タカミ君、付き合いなさい。オオイダとコナカも呼んできて。アイネス先生に見つかると怒られるから、外でやるわよ」
カネサキがロビーの呼称を変えたのは、今は業務外だ、ということを強調するためだ。
「わかってますって、少々お待ちを」
カネサキが取り出したのは蒸留酒の瓶であった。
彼女は仕事に厳しい反面、酒豪としても知られている。
特にECN社の若手男性従業員の間では、彼女と飲みにいくととって食われるなどとまで言われている。
実際のところは、「とって食われる」などという物騒なことはなく、むしろ金払いがよいのでロビーやセスなどは、給料の安かったECN社のアルバイト時代によく助けられていたのである。
「東部探索隊」として、「はじまりの丘」を出てからは表立って飲むことは控えていたようだが、今日は事情が異なる、ということなのだろう。
ロビーが先にテントの中のオオイダに声をかけてから、今度はコナカを探しに走った。
「え? 腕時計……?」
カネサキの声は明らかに拍子抜けした、といった様子だった。
彼女が手にしていたのは、鎖のついた腕時計であった。
メイはこれを首にかけていたのである。
ロビーにはカネサキの手にある腕時計に心当たりがある。
オイゲンが着けていたのを見たことがあるからだ。
やや旧式の方位磁針が付いた特徴のある時計であり、印象に残っている。
「これは……イナさんの物なの?」
カネサキがメイに問うと、メイは何かに怯えた様子を見せながらもこくりとうなずいた。
「これでイナさんと話をしていたの? イナさんはどこにいるの?」
この問いに対しては、メイは首を横に振った。
「首を振るだけじゃわからないわ。ちゃんと答えなさい」
カネサキが詰め寄ったので、ロビーが慌てて仲裁に入る。
「おいおい、待ってくださいよ。そんな怖い顔をしたら、秘書さんが怖がるじゃないですか。コナカさん、聞いてくれませんか?」
ロビーの仲裁に、カネサキが「私のどこが怖いって言うのよ」と反論したので、ロビーは思わず笑ってしまった。
カネサキは不服そうだが、一応隊長の意志は重んじているようだ。
コナカがメイに寄り添うようにして、二言三言話しかけた。
するとメイが首を縦に振ったり、横に振ったりして意志を示す。
そして再びコナカが話しかける。
これを幾度か繰り返してから、コナカはロビーの方へと向き直った。
「カネサキさん、お願いです。彼女に、時計を返してあげてください。それは彼女にとってとても大切なものなんです……」
「いいえ、私としてはこれが何なのか確認ができるまでは彼女に返すべきではないと思います。隊長の判断は?」
「まあ、そうは言うけど返していいんじゃないかな……社長さん、じゃなかったイナさんが通信の相手なら困ることなどないからな」
「ちょ、ちょっと! そんなに暢気に構えていていいのですかっ?! 彼女の通信相手が我々の探索を妨害する目的の者だとしたら!?」
「考えすぎだと思いますけどね……とりあえず、彼女の行動をコナカさんに見ていてもらおう。コナカさん、何かあったら報告してください」
そう言うとロビーはカネサキの手から腕時計を取り上げてコナカへと手渡した。
コナカがメイの首に鎖をかける。
するとメイは腕時計をきつく握り締めながらふらふらとその場を離れていく。だが、意外にその歩みは速い。
「コナカさん、追って!」
「はいっ!」
カネサキの鋭い指示にコナカが答えた。
コナカが勢いよくメイが行った方に向けて走り出した。
俊足の彼女ならすぐに追いつくだろう。
メイとコナカの姿が見えなくなったところで、ロビーが通信機を手にした。
キーボードを叩いているから今回は会議形式ではなく依頼書を飛ばすようだ。
「こんなものでいいですかね?」
ロビーがカネサキに携帯端末を手渡した。
画面にはエリック・モトムラに宛てた依頼書の文章が表示されている。
要約すると先住者の有無を確認したいので「東部探索隊」が発信している電波以外に付近から何者かが電波を発信していないかを秘密裏に調査して欲しい、という内容である。
「まあ、モトムラマネージャーなら正直に話しても大丈夫だとは思いますが、社長やサクライさんに追及されたときに立場が悪くなるでしょうからね、このあたりで勘弁してもらえないですかね?」
ロビーは敢えてメイを疑っているとは書かなかった。
先住者がいる可能性について調査するのであれば「東部探索隊」の目的からも違和感はないと判断したのだ。この方がエリックも他者に調査の目的を説明しやすいだろう。
「そうね……」
カネサキは少し考える素振りを見せたが、まあいいでしょう、とロビーの提案を受け入れた。
そしておもむろにウエストポーチから陶器製の瓶のようなものを取り出した。
「隊長、今日の仕事は終わりでいいわね?」
「問題ないです、もう自由時間です」
「だったら、タカミ君、付き合いなさい。オオイダとコナカも呼んできて。アイネス先生に見つかると怒られるから、外でやるわよ」
カネサキがロビーの呼称を変えたのは、今は業務外だ、ということを強調するためだ。
「わかってますって、少々お待ちを」
カネサキが取り出したのは蒸留酒の瓶であった。
彼女は仕事に厳しい反面、酒豪としても知られている。
特にECN社の若手男性従業員の間では、彼女と飲みにいくととって食われるなどとまで言われている。
実際のところは、「とって食われる」などという物騒なことはなく、むしろ金払いがよいのでロビーやセスなどは、給料の安かったECN社のアルバイト時代によく助けられていたのである。
「東部探索隊」として、「はじまりの丘」を出てからは表立って飲むことは控えていたようだが、今日は事情が異なる、ということなのだろう。
ロビーが先にテントの中のオオイダに声をかけてから、今度はコナカを探しに走った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる