107 / 304
第十二章
528:エリック、旧友を尋ねる
しおりを挟む
「東部探索隊」が「はじまりの丘」に向けて出発した日、すなわちLH五二年一月二七日の昼過ぎ、プロジェクトの責任者であるエリック・モトムラがECN社の本社から出発した。
この日は金曜日であったが、彼は午後半休を取っていた。忙しい日々ではあるが、休暇をとれないほどのことはない。
上級チームマネージャーという彼の立場でも、一時的であれば代役を立てることは可能だ。それにECN社における上級チームマネージャーは、自身のタスクユニットに対して自由に資源を割り振りできるだけの権限を有している。
エリックは職権乱用にならないよう気を遣いながら、自身の休暇を確保したのであった。
エリックは鉄道の駅とは異なる方向へと歩きだした。
ECN社に戻ってから彼はポータル・シティにある実家に住んでいた。
実家に戻るためには、鉄道に乗るしかないので彼の目的地はそこではないことがわかる。
途中、洋菓子屋に立ち寄ってケーキを買った。
それからしばらく進むと、エリックの視界に大きな川が飛び込んできた。
島の南北を分ける川、サイ川である。
OP社治安改革部隊が活躍していたころ、川に架かる橋にはOP社の者が常駐しており、人の行き来を厳しく管理していたが、今はその姿も見られない。かつての名残として治安改革のメンバーが常駐する建物は残されていたが、現在は防災倉庫として利用されている。
必要に応じてECN社で橋の改修を行うことはあるが、今は工事の時期ではない。
そのため、橋には数人の通行者がいただけであり、エリックの知っている顔はなかった。
「橋を渡って右側に見える最初の道を入った突き当たり、だったな」
エリックは片手で器用に携帯端末を操作しながらつぶやいた。
彼が今歩いている道はハモネスと島北西部の「はじまりの丘」とを結ぶ道である。
「東部探索隊」事業が開始してから、ハモネスと島北西部への人の行き来はかなり増えた。
それでも、もとの通行者が少ないため、人通りは多いとはいえない。
この道を行き来する人の多くは、川の北側から農産物や水産物を運んでくる者か、エクザロームにおける人類の歴史が始まった地を訪れる者であった。最近では、エリックが進めている「東部探索隊」の関係者がこれらに加わる。
(それにしても何年ぶりだろうか? こんなところに引越していたとは……)
エリックの歩みは徐々に速度を増しているように思われた。
彼は、かつての友人たちを訪ねるために休みをとっていたのだった。
その友人たちは、彼が職業学校に転じる前の研究学校時代の同級生であった。
数年前までは年に何度か顔を合わせていたのだが、エリックが「タブーなきエンジニア集団」に身を投じてからは、音信不通となっていた。
当時はOP社治安改革部隊に目をつけられている状態だったから、仕方のないことだとはいえる。
ECN社に戻って久しぶりに彼らに会おうと彼らの連絡先に連絡してみたが、連絡先が現在使われていないという機械的な返答のみが得られた。
次に、かつて彼らが住んでいた場所を訪れてみたのだが、そこに彼らの姿はなかった。
彼らがかつて住んでいた建物には、新たな住人が住んでいた。
建物の持ち主に彼らの所在を尋ねたが、彼らの行き先は分からなかった。
エリックは知人などのつてをたどって彼らの居場所を突き止めようとしたが、思うような情報は得られなかった。
ところが、最近になってエリック宛に彼らから一通のメッセージが届いた。
ハモネス郊外に新たに研究施設を建てたので、気が向いたら顔を出してほしい。
そんな内容だった。
自宅ではなくECN社に届いていたのは、彼らがエリックの住所を知らなかったためであろう。
エリックはメッセージに書かれていた連絡先に早速連絡し、彼らと会うことを決めたのであった。
橋を渡ってから数百メートル街道を進み、右に曲がって細い道に入る。
道の両脇には、ところどころに建物が建っている。
集落と呼ぶには建物の数が少なすぎたが、それなりの人数が居住しているようだ。
道路━━といっても土が踏み固められただけのものであるが━━の状態からもそれなりに人の行き来があるように思われる。
よく見れば最近になって建てられた建物が多いのだが、建築の専門家ではないエリックにはそこまではわからない。
(ずいぶん遠くに引っ越したんだな……)
エリックの感想はそれだけである。
ポータル・シティ、インデストといった都市と比較すれば、ハモネスにはまだ土地の余裕がある。
利便性を考えれば市街に住む方が楽なのだが、彼らがそんなことにこだわるわけがないか、とエリックは苦笑した。
(あいつら、今は何をやっているのだろうな……?)
そう考えているうちに突然道はなくなり、目の前にそれまで周辺にあったものとは毛色の異なる建物が現れた。
入口と思われる扉には半ば殴り書きのように白いペンキでこう書かれていた。
「よろず研究所マッチ・ラボ」
エリックは少し見つけにくい場所にあったインターホンを探し出し、少し迷ってからボタンを押した。
この日は金曜日であったが、彼は午後半休を取っていた。忙しい日々ではあるが、休暇をとれないほどのことはない。
上級チームマネージャーという彼の立場でも、一時的であれば代役を立てることは可能だ。それにECN社における上級チームマネージャーは、自身のタスクユニットに対して自由に資源を割り振りできるだけの権限を有している。
エリックは職権乱用にならないよう気を遣いながら、自身の休暇を確保したのであった。
エリックは鉄道の駅とは異なる方向へと歩きだした。
ECN社に戻ってから彼はポータル・シティにある実家に住んでいた。
実家に戻るためには、鉄道に乗るしかないので彼の目的地はそこではないことがわかる。
途中、洋菓子屋に立ち寄ってケーキを買った。
それからしばらく進むと、エリックの視界に大きな川が飛び込んできた。
島の南北を分ける川、サイ川である。
OP社治安改革部隊が活躍していたころ、川に架かる橋にはOP社の者が常駐しており、人の行き来を厳しく管理していたが、今はその姿も見られない。かつての名残として治安改革のメンバーが常駐する建物は残されていたが、現在は防災倉庫として利用されている。
必要に応じてECN社で橋の改修を行うことはあるが、今は工事の時期ではない。
そのため、橋には数人の通行者がいただけであり、エリックの知っている顔はなかった。
「橋を渡って右側に見える最初の道を入った突き当たり、だったな」
エリックは片手で器用に携帯端末を操作しながらつぶやいた。
彼が今歩いている道はハモネスと島北西部の「はじまりの丘」とを結ぶ道である。
「東部探索隊」事業が開始してから、ハモネスと島北西部への人の行き来はかなり増えた。
それでも、もとの通行者が少ないため、人通りは多いとはいえない。
この道を行き来する人の多くは、川の北側から農産物や水産物を運んでくる者か、エクザロームにおける人類の歴史が始まった地を訪れる者であった。最近では、エリックが進めている「東部探索隊」の関係者がこれらに加わる。
(それにしても何年ぶりだろうか? こんなところに引越していたとは……)
エリックの歩みは徐々に速度を増しているように思われた。
彼は、かつての友人たちを訪ねるために休みをとっていたのだった。
その友人たちは、彼が職業学校に転じる前の研究学校時代の同級生であった。
数年前までは年に何度か顔を合わせていたのだが、エリックが「タブーなきエンジニア集団」に身を投じてからは、音信不通となっていた。
当時はOP社治安改革部隊に目をつけられている状態だったから、仕方のないことだとはいえる。
ECN社に戻って久しぶりに彼らに会おうと彼らの連絡先に連絡してみたが、連絡先が現在使われていないという機械的な返答のみが得られた。
次に、かつて彼らが住んでいた場所を訪れてみたのだが、そこに彼らの姿はなかった。
彼らがかつて住んでいた建物には、新たな住人が住んでいた。
建物の持ち主に彼らの所在を尋ねたが、彼らの行き先は分からなかった。
エリックは知人などのつてをたどって彼らの居場所を突き止めようとしたが、思うような情報は得られなかった。
ところが、最近になってエリック宛に彼らから一通のメッセージが届いた。
ハモネス郊外に新たに研究施設を建てたので、気が向いたら顔を出してほしい。
そんな内容だった。
自宅ではなくECN社に届いていたのは、彼らがエリックの住所を知らなかったためであろう。
エリックはメッセージに書かれていた連絡先に早速連絡し、彼らと会うことを決めたのであった。
橋を渡ってから数百メートル街道を進み、右に曲がって細い道に入る。
道の両脇には、ところどころに建物が建っている。
集落と呼ぶには建物の数が少なすぎたが、それなりの人数が居住しているようだ。
道路━━といっても土が踏み固められただけのものであるが━━の状態からもそれなりに人の行き来があるように思われる。
よく見れば最近になって建てられた建物が多いのだが、建築の専門家ではないエリックにはそこまではわからない。
(ずいぶん遠くに引っ越したんだな……)
エリックの感想はそれだけである。
ポータル・シティ、インデストといった都市と比較すれば、ハモネスにはまだ土地の余裕がある。
利便性を考えれば市街に住む方が楽なのだが、彼らがそんなことにこだわるわけがないか、とエリックは苦笑した。
(あいつら、今は何をやっているのだろうな……?)
そう考えているうちに突然道はなくなり、目の前にそれまで周辺にあったものとは毛色の異なる建物が現れた。
入口と思われる扉には半ば殴り書きのように白いペンキでこう書かれていた。
「よろず研究所マッチ・ラボ」
エリックは少し見つけにくい場所にあったインターホンを探し出し、少し迷ってからボタンを押した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる