ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十二章

528:エリック、旧友を尋ねる

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「東部探索隊」が「はじまりの丘」に向けて出発した日、すなわちLH五二年一月二七日の昼過ぎ、プロジェクトの責任者であるエリック・モトムラがECN社の本社から出発した。
 この日は金曜日であったが、彼は午後半休を取っていた。忙しい日々ではあるが、休暇をとれないほどのことはない。
 上級チームマネージャーという彼の立場でも、一時的であれば代役を立てることは可能だ。それにECN社における上級チームマネージャーは、自身のタスクユニットに対して自由に資源を割り振りできるだけの権限を有している。
 エリックは職権乱用にならないよう気を遣いながら、自身の休暇を確保したのであった。

 エリックは鉄道の駅とは異なる方向へと歩きだした。
 ECN社に戻ってから彼はポータル・シティにある実家に住んでいた。
 実家に戻るためには、鉄道に乗るしかないので彼の目的地はそこではないことがわかる。
 途中、洋菓子屋に立ち寄ってケーキを買った。
 それからしばらく進むと、エリックの視界に大きな川が飛び込んできた。
 島の南北を分ける川、サイ川である。

 OP社治安改革部隊が活躍していたころ、川に架かる橋にはOP社の者が常駐しており、人の行き来を厳しく管理していたが、今はその姿も見られない。かつての名残として治安改革のメンバーが常駐する建物は残されていたが、現在は防災倉庫として利用されている。
 必要に応じてECN社で橋の改修を行うことはあるが、今は工事の時期ではない。
 そのため、橋には数人の通行者がいただけであり、エリックの知っている顔はなかった。

「橋を渡って右側に見える最初の道を入った突き当たり、だったな」
 エリックは片手で器用に携帯端末を操作しながらつぶやいた。
 彼が今歩いている道はハモネスと島北西部の「はじまりの丘」とを結ぶ道である。
「東部探索隊」事業が開始してから、ハモネスと島北西部への人の行き来はかなり増えた。
 それでも、もとの通行者が少ないため、人通りは多いとはいえない。
 この道を行き来する人の多くは、川の北側から農産物や水産物を運んでくる者か、エクザロームにおける人類の歴史が始まった地を訪れる者であった。最近では、エリックが進めている「東部探索隊」の関係者がこれらに加わる。

(それにしても何年ぶりだろうか? こんなところに引越していたとは……)
 エリックの歩みは徐々に速度を増しているように思われた。
 彼は、かつての友人たちを訪ねるために休みをとっていたのだった。
 その友人たちは、彼が職業学校に転じる前の研究学校時代の同級生であった。
 数年前までは年に何度か顔を合わせていたのだが、エリックが「タブーなきエンジニア集団」に身を投じてからは、音信不通となっていた。
 当時はOP社治安改革部隊に目をつけられている状態だったから、仕方のないことだとはいえる。

 ECN社に戻って久しぶりに彼らに会おうと彼らの連絡先に連絡してみたが、連絡先が現在使われていないという機械的な返答のみが得られた。
 次に、かつて彼らが住んでいた場所を訪れてみたのだが、そこに彼らの姿はなかった。
 彼らがかつて住んでいた建物には、新たな住人が住んでいた。
 建物の持ち主に彼らの所在を尋ねたが、彼らの行き先は分からなかった。
 エリックは知人などのつてをたどって彼らの居場所を突き止めようとしたが、思うような情報は得られなかった。
 ところが、最近になってエリック宛に彼らから一通のメッセージが届いた。
 ハモネス郊外に新たに研究施設を建てたので、気が向いたら顔を出してほしい。
 そんな内容だった。
 自宅ではなくECN社に届いていたのは、彼らがエリックの住所を知らなかったためであろう。
 エリックはメッセージに書かれていた連絡先に早速連絡し、彼らと会うことを決めたのであった。

 橋を渡ってから数百メートル街道を進み、右に曲がって細い道に入る。
 道の両脇には、ところどころに建物が建っている。
 集落と呼ぶには建物の数が少なすぎたが、それなりの人数が居住しているようだ。
 道路━━といっても土が踏み固められただけのものであるが━━の状態からもそれなりに人の行き来があるように思われる。
 よく見れば最近になって建てられた建物が多いのだが、建築の専門家ではないエリックにはそこまではわからない。

 (ずいぶん遠くに引っ越したんだな……)
 エリックの感想はそれだけである。
 ポータル・シティ、インデストといった都市と比較すれば、ハモネスにはまだ土地の余裕がある。
 利便性を考えれば市街に住む方が楽なのだが、彼らがそんなことにこだわるわけがないか、とエリックは苦笑した。
 (あいつら、今は何をやっているのだろうな……?)
 そう考えているうちに突然道はなくなり、目の前にそれまで周辺にあったものとは毛色の異なる建物が現れた。
 入口と思われる扉には半ば殴り書きのように白いペンキでこう書かれていた。

「よろず研究所マッチ・ラボ」

 エリックは少し見つけにくい場所にあったインターホンを探し出し、少し迷ってからボタンを押した。
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