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第十二章
529:マッチ・ラボ
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インターホンのボタンを押し、エリックはボタンの上のマイクに向かって呼びかける。
「シシガ、ウィリマ、いるかい?」
建物の中からガタッと音がした後、すぐに反応があった。
「開いているから入ってきなよ」
女性の声だ。
声に従ってエリックが恐る恐る入口のドアを開ける。声の通り鍵はかかっていなかった。
建物の中は雑然と計測器・工具の類や棚が置かれている町工場のようなスペースであった。
棚から棚へは細い紐のようなものが渡されており、そこには洗濯物が干されている。
よく見ると洗濯物の中には女性物の下着もある。
(ウィリマも相変わらずだな……)
エリックにとっては、友人の変わらぬ様子がありがたい。
「シシガの奴、畑に行っているから。悪いけど、そこらの椅子に座って待っていてよ」
先ほどの女性がエリックに話しかけた。
女性は計測器の前にある椅子に行儀悪く胡坐をかいて座っており、顎を計測器の置かれた台に乗せたままの状態だ。
エリックは近くの椅子の背もたれにコートをかけた。
「ケーキを持ってきたけど、冷蔵庫に入れておくかい?」
「うん、そうしておいて。奥に二台並んでいるけど、白いのは薬品用だから青い方ね」
エリックは言われるままにケーキを青い冷蔵庫へと入れた。
ECN社にいれば上級チームマネージャーとして七千人を率いているが、この建物の中ではその面影は欠片すらない。
一方、女性の方はというと先ほどの姿勢のまま、計測器の数値をじっと眺めている。
エリックは邪魔をしないようじっと勧められた椅子に座って待っていたが、待ち時間はそれほど長くはならなかった。
五分ほどして計測器のランプが赤く点滅すると、女性は「だめかぁ」とつぶやいてからおもむろに立ち上がり、エリックの方を向いた。
「久しぶりだね、エリック。調子はどう?」
「ああ、ぼちぼちやっているよ。ウィリマの研究はどうなんだい?」
「見ての通り。多少はましな物ができているけど、まだまだ使い物にはならない、ってところね。エリックは今の職場で研究とかできているの?」
「困ったことに、うちも自分が管理をやらなければならないくらい人がいないからね。研究させてもらえる余裕もないな。それで後で話したいこともあるのだけどね」
「なるほどね。あれだけ大きい会社でそんなものかぁ。エリックが管理職じゃ苦労も絶えないわね」
ウィリマと呼ばれた女性がケラケラと笑った。
「……どういう意味だ?」
エリックが露骨に嫌そうな顔をした。ここでは七千人を率いる管理職ではなく、一人の青年の顔をしている。
「まあまあ、いいじゃないの。言葉通り、ってところよ」
「あのなぁ……」
二人が話していると、部屋の奥の扉が開いた。
「あ、シシガが戻ってきたよ」
部屋の奥から小柄な痩せた青年が姿を現した。
青年はエリックの姿があるのに気付くと、
「エリック、来てくれたね。待っていたよ」
と声をかけてから、エリックの近くに椅子を持ってきて腰をかけた。
エリックを含めた三人は、ポータル・シティにかつて存在した研究学校の同級生であった。
研究分野が近いこともあり、学生時代から親しい間柄だ。
女性の方がウィリマ・サソ、男性の方がバン・シシガという。
三人が在学していた三年制の研究学校は彼らが二年終了時に廃校となった。
廃坑に伴い、三人も他の生徒同様に急遽、進路を変更せざるを得なくなった。
ここでエリックと他の二人の進路が分かれることになる。
エリックは試験を受けて職業学校に編入した。
ウィリマ、シシガの二名は廃校となった研究学校の設備の一部を譲り受けて自らの研究施設を設立し、そこで研究を続けた。
研究、といっても十分な資金を持たない彼らであったから、当初は近所の子供の家庭教師や、魚の養殖場から委託される水質検査の代行などで日々の糧を得ていた。
研究所の設立から四年後、彼らは通気性に優れた農業用の人工培地の開発に成功し、まとまった額の資金を手にした。
以降は彼らの本来の研究を中心に行いながら、必要に応じて資金を得るための活動を行っている。
このように進路は二手に分かれたものの、三人の友誼は変わることなく現在まで続いている。
「シシガ、ウィリマ、いるかい?」
建物の中からガタッと音がした後、すぐに反応があった。
「開いているから入ってきなよ」
女性の声だ。
声に従ってエリックが恐る恐る入口のドアを開ける。声の通り鍵はかかっていなかった。
建物の中は雑然と計測器・工具の類や棚が置かれている町工場のようなスペースであった。
棚から棚へは細い紐のようなものが渡されており、そこには洗濯物が干されている。
よく見ると洗濯物の中には女性物の下着もある。
(ウィリマも相変わらずだな……)
エリックにとっては、友人の変わらぬ様子がありがたい。
「シシガの奴、畑に行っているから。悪いけど、そこらの椅子に座って待っていてよ」
先ほどの女性がエリックに話しかけた。
女性は計測器の前にある椅子に行儀悪く胡坐をかいて座っており、顎を計測器の置かれた台に乗せたままの状態だ。
エリックは近くの椅子の背もたれにコートをかけた。
「ケーキを持ってきたけど、冷蔵庫に入れておくかい?」
「うん、そうしておいて。奥に二台並んでいるけど、白いのは薬品用だから青い方ね」
エリックは言われるままにケーキを青い冷蔵庫へと入れた。
ECN社にいれば上級チームマネージャーとして七千人を率いているが、この建物の中ではその面影は欠片すらない。
一方、女性の方はというと先ほどの姿勢のまま、計測器の数値をじっと眺めている。
エリックは邪魔をしないようじっと勧められた椅子に座って待っていたが、待ち時間はそれほど長くはならなかった。
五分ほどして計測器のランプが赤く点滅すると、女性は「だめかぁ」とつぶやいてからおもむろに立ち上がり、エリックの方を向いた。
「久しぶりだね、エリック。調子はどう?」
「ああ、ぼちぼちやっているよ。ウィリマの研究はどうなんだい?」
「見ての通り。多少はましな物ができているけど、まだまだ使い物にはならない、ってところね。エリックは今の職場で研究とかできているの?」
「困ったことに、うちも自分が管理をやらなければならないくらい人がいないからね。研究させてもらえる余裕もないな。それで後で話したいこともあるのだけどね」
「なるほどね。あれだけ大きい会社でそんなものかぁ。エリックが管理職じゃ苦労も絶えないわね」
ウィリマと呼ばれた女性がケラケラと笑った。
「……どういう意味だ?」
エリックが露骨に嫌そうな顔をした。ここでは七千人を率いる管理職ではなく、一人の青年の顔をしている。
「まあまあ、いいじゃないの。言葉通り、ってところよ」
「あのなぁ……」
二人が話していると、部屋の奥の扉が開いた。
「あ、シシガが戻ってきたよ」
部屋の奥から小柄な痩せた青年が姿を現した。
青年はエリックの姿があるのに気付くと、
「エリック、来てくれたね。待っていたよ」
と声をかけてから、エリックの近くに椅子を持ってきて腰をかけた。
エリックを含めた三人は、ポータル・シティにかつて存在した研究学校の同級生であった。
研究分野が近いこともあり、学生時代から親しい間柄だ。
女性の方がウィリマ・サソ、男性の方がバン・シシガという。
三人が在学していた三年制の研究学校は彼らが二年終了時に廃校となった。
廃坑に伴い、三人も他の生徒同様に急遽、進路を変更せざるを得なくなった。
ここでエリックと他の二人の進路が分かれることになる。
エリックは試験を受けて職業学校に編入した。
ウィリマ、シシガの二名は廃校となった研究学校の設備の一部を譲り受けて自らの研究施設を設立し、そこで研究を続けた。
研究、といっても十分な資金を持たない彼らであったから、当初は近所の子供の家庭教師や、魚の養殖場から委託される水質検査の代行などで日々の糧を得ていた。
研究所の設立から四年後、彼らは通気性に優れた農業用の人工培地の開発に成功し、まとまった額の資金を手にした。
以降は彼らの本来の研究を中心に行いながら、必要に応じて資金を得るための活動を行っている。
このように進路は二手に分かれたものの、三人の友誼は変わることなく現在まで続いている。
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