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第十二章
541:潜入調査 その2
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ジンダイから次に案内されたのは醸造・蒸留施設棟であった。
こちらは様々な機械が置かれていて、一見すると怪しそうに思える。
また、化学の実験室のようなスペースもある。何かの実験をしていてもおかしくないが、現在は何も行われていないようだ。
怪しいといえば怪しいのだが、あからさま過ぎるようにヌマタには思われた。
彼は醸造や蒸留についての知識を有していなかったから無理もないが、これらの施設や機器は一般的な醸造所・蒸留所には当たり前のように存在するものである。
(念のためここも調べるが……後回しでもよいかもしれない)
そして、倉庫兼常勤従業員宿舎棟へと案内される。
ここはヌマタが今後もっとも頻繁に出向くであろう場所であった。
「カワエさん、こちらが倉庫部です。カワエさんが今後運ぶ荷物はここに保管してありますよ」
そう言ってジンダイが入口近くのパネルを示した。
中にある在庫を照会するための端末らしく、ジンダイが操作方法を説明した。
ヌマタはジンダイの言う通りに一通り端末を操作したのち、もう少し使わせてもらってよいか聞いてみた。
拒否するようであれば何か隠している可能性があると考えたためだ。
ジンダイは、時計にちらりと目をやってから「慣れてもらった方がよいですし、構わないですよ」と答えた。
やや判断しにくい対応であったが、ヌマタは「限りなく白に近いグレー」と判断した。
(まあ、ここは頻繁に出入りするだろうし、調べる機会も多いだろう)
五分ほど端末を操作した後、ヌマタは引き続き倉庫の中を見せるよう頼んだ。
するとジンダイは、倉庫の中にある品物について丁寧に解説しながらヌマタを案内した。
もともとはウェルの酒好きが嵩じて設立された農場であり、酒の製造がメインの事業であること。
農場のワインの生産量がボトル換算で、年間五万本弱程度であること。
蒸留酒も作っているが、量はワインの五分の一~六分の一程度であること。
麦の生産量は多いが、米はほとんど作っていないこと。
動物を飼っていないため、肉類や乳製品は生産していないこと。
などである。
途中、何人かの常勤と思われる従業員とすれ違ったが、仕事をしているようには見えなかった。ヌマタの姿を見つけて会釈したり、形ばかりのあいさつをするだけであった。
「今日は休みの日なのか?」
ヌマタが驚いてジンダイにそう尋ねたくらいである。
ジンダイによると、冬場の今の時期は仕事が少なく、午前中で仕事が終わりになる者も多いらしい。その代わり春のせん定の時期や、秋の収穫期は休む間もないくらい多忙になるらしいのだが……
(こっちが常勤か……するとこのジンダイ、って奴より長くここにいる連中が多いのだろう。だとしたら……)
常勤従業員については、後で詳細に情報を集めておこう、とヌマタは考えた。
それから一〇分ほどで倉庫兼常勤従業員宿舎棟の案内が終わり、次は診療所棟に案内する、とジンダイが言った。
診療所棟の案内、といっても入口と医師の不在時の連絡方法の説明のみだ。
医師は農場のオーナー、ピーター・ウェルの弟、フィリップが務め、看護師件薬剤師としてピーターの妻リサがいるという。
ピーターとリサの間には一人娘のヒカリがいて、フィリップは独身であるとジンダイが教えてくれた。
診療所にはフィリップが戻っていたので、ジンダイはそのまま診察を受けると言った。
ヌマタには夕食まで時間があるので部屋に戻ってみてはと提案する。
ヌマタは承知したと答えて、その場を離れた。
(あのジンダイ、という奴が何者なのか……一応見てみるか)
そう考えて、ヌマタは診療所の建物の脇に回り込んだ。
幸いにして付近には誰もいないようだ。
周囲を慎重に確認してから、ヌマタは診療所の窓を覗き込んだ。
中を見ると手前にフィリップの背中が、そしてその奥にジンダイの姿が見える。
フィリップの陰に多少隠れるが、ジンダイの姿は比較的見やすい位置だ。
ヌマタの目に見えるジンダイの頭は、まだ目出し帽をしたままだ。
(まだ外さないのか、少し待つか)
そう考えながら、ヌマタは診察室の奥の方にも目をやった。
大きな部屋だと思ったが、中は複数の部屋に分かれているようだ。
消灯しているが、手術中のランプのあるドアがあったり、それと別に何か大がかりな検査のできるような設備もある。
街道近くの診療所には、ヌマタのような運送業者などの急な怪我や病気に備えていくつかの設備の整ったものがあることはヌマタも知っている。
ウェル農場にそうした診療所が併設されている、ということは寡聞にして知らなかったが、この場所にこのような施設があるのは決して不自然ではない。
(さて、こっちはどうだ?)
再びヌマタはジンダイのほうに視線を戻した。
幸い相手はこちらに気づいていないようだ。
声は聞こえないが、フィリップがジンダイに目出し帽をめくるように指示したようだ。
(いよいよ化けの皮が剝がれるのか?!)
ヌマタは固唾を飲んで、ジンダイの姿を見守った。
こちらは様々な機械が置かれていて、一見すると怪しそうに思える。
また、化学の実験室のようなスペースもある。何かの実験をしていてもおかしくないが、現在は何も行われていないようだ。
怪しいといえば怪しいのだが、あからさま過ぎるようにヌマタには思われた。
彼は醸造や蒸留についての知識を有していなかったから無理もないが、これらの施設や機器は一般的な醸造所・蒸留所には当たり前のように存在するものである。
(念のためここも調べるが……後回しでもよいかもしれない)
そして、倉庫兼常勤従業員宿舎棟へと案内される。
ここはヌマタが今後もっとも頻繁に出向くであろう場所であった。
「カワエさん、こちらが倉庫部です。カワエさんが今後運ぶ荷物はここに保管してありますよ」
そう言ってジンダイが入口近くのパネルを示した。
中にある在庫を照会するための端末らしく、ジンダイが操作方法を説明した。
ヌマタはジンダイの言う通りに一通り端末を操作したのち、もう少し使わせてもらってよいか聞いてみた。
拒否するようであれば何か隠している可能性があると考えたためだ。
ジンダイは、時計にちらりと目をやってから「慣れてもらった方がよいですし、構わないですよ」と答えた。
やや判断しにくい対応であったが、ヌマタは「限りなく白に近いグレー」と判断した。
(まあ、ここは頻繁に出入りするだろうし、調べる機会も多いだろう)
五分ほど端末を操作した後、ヌマタは引き続き倉庫の中を見せるよう頼んだ。
するとジンダイは、倉庫の中にある品物について丁寧に解説しながらヌマタを案内した。
もともとはウェルの酒好きが嵩じて設立された農場であり、酒の製造がメインの事業であること。
農場のワインの生産量がボトル換算で、年間五万本弱程度であること。
蒸留酒も作っているが、量はワインの五分の一~六分の一程度であること。
麦の生産量は多いが、米はほとんど作っていないこと。
動物を飼っていないため、肉類や乳製品は生産していないこと。
などである。
途中、何人かの常勤と思われる従業員とすれ違ったが、仕事をしているようには見えなかった。ヌマタの姿を見つけて会釈したり、形ばかりのあいさつをするだけであった。
「今日は休みの日なのか?」
ヌマタが驚いてジンダイにそう尋ねたくらいである。
ジンダイによると、冬場の今の時期は仕事が少なく、午前中で仕事が終わりになる者も多いらしい。その代わり春のせん定の時期や、秋の収穫期は休む間もないくらい多忙になるらしいのだが……
(こっちが常勤か……するとこのジンダイ、って奴より長くここにいる連中が多いのだろう。だとしたら……)
常勤従業員については、後で詳細に情報を集めておこう、とヌマタは考えた。
それから一〇分ほどで倉庫兼常勤従業員宿舎棟の案内が終わり、次は診療所棟に案内する、とジンダイが言った。
診療所棟の案内、といっても入口と医師の不在時の連絡方法の説明のみだ。
医師は農場のオーナー、ピーター・ウェルの弟、フィリップが務め、看護師件薬剤師としてピーターの妻リサがいるという。
ピーターとリサの間には一人娘のヒカリがいて、フィリップは独身であるとジンダイが教えてくれた。
診療所にはフィリップが戻っていたので、ジンダイはそのまま診察を受けると言った。
ヌマタには夕食まで時間があるので部屋に戻ってみてはと提案する。
ヌマタは承知したと答えて、その場を離れた。
(あのジンダイ、という奴が何者なのか……一応見てみるか)
そう考えて、ヌマタは診療所の建物の脇に回り込んだ。
幸いにして付近には誰もいないようだ。
周囲を慎重に確認してから、ヌマタは診療所の窓を覗き込んだ。
中を見ると手前にフィリップの背中が、そしてその奥にジンダイの姿が見える。
フィリップの陰に多少隠れるが、ジンダイの姿は比較的見やすい位置だ。
ヌマタの目に見えるジンダイの頭は、まだ目出し帽をしたままだ。
(まだ外さないのか、少し待つか)
そう考えながら、ヌマタは診察室の奥の方にも目をやった。
大きな部屋だと思ったが、中は複数の部屋に分かれているようだ。
消灯しているが、手術中のランプのあるドアがあったり、それと別に何か大がかりな検査のできるような設備もある。
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ウェル農場にそうした診療所が併設されている、ということは寡聞にして知らなかったが、この場所にこのような施設があるのは決して不自然ではない。
(さて、こっちはどうだ?)
再びヌマタはジンダイのほうに視線を戻した。
幸い相手はこちらに気づいていないようだ。
声は聞こえないが、フィリップがジンダイに目出し帽をめくるように指示したようだ。
(いよいよ化けの皮が剝がれるのか?!)
ヌマタは固唾を飲んで、ジンダイの姿を見守った。
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