ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

文字の大きさ
161 / 304
第十三章

581:一方的敗北

しおりを挟む
 先ほどまで事情聴取が行われていた部屋にはアカシとモチナガの二人だけが残された。

「……モチナガ、どうやら俺は完全に事件への対処を誤ったようだ」
 アカシが声を絞り出すようにそう言った後、首を横に振った。
「そ、それは……アカシ代表だけの責任ではありません!」
 モチナガの言葉をアカシは左手で制した。
「モチナガが気にかけることじゃない。かつての業績より多くのものを得られれば、最低限の協力は得られると思っていたのが誤りだったようだ」

 アカシの言葉は誇張されたものでも、嘘でもなかった。
 ECN社との取引が当初の取り決め通り進めば、IMPU全体としてはOP社が鉄鋼関連の事業を牛耳っていた時期よりも多くの利益をあげることができたはずであった。
 電力の問題もECN社の協力である程度の解決がなされる見込みであった。
 だが、現状は異なる。
 ECN社との取引は開始されているが、その量は当初計画の四割に満たず、IMPU全体としての利益はかつての水準に遠く及ばない。
 電力供給が回復すればECN社との取引も増やせるのであるが、「勉強会」グループの強硬な抵抗のためそれもままなっていない。
 「勉強会」グループの抵抗の理由が地熱発電所での事件にあるのであれば、事件の解決のための譲歩はやむを得ない点もある、とアカシは考えた。
 しかし、その解決が罪もない組合員を事件の犯人に仕立て上げることによって実現されるものであるならば、アカシはそれを看過できない。
 そして、イオらが挙げた犯人が真犯人だとはアカシには到底考えられない。
 意図的であるかどうかは不明だが、「勉強会」グループは犯人とされている者達のアリバイについて触れていなかった。
 また、イオらが挙げた犯人が事件を起こしたところで、彼らが得られるものはほとんどないと言ってよい。

「ヒキさんの所へ行って話を聞きましょうか?」
 モチナガの申し出は、アカシの負担を少しでも減らそうと思ってのことだろう。
 しかし、問題はそこまで簡単ではないとアカシは思う。
「いや、組合だけの問題ではなかろう。向こうは俺が動くことを期待しているはずだ」
 (それにしても彼らは一体何を望んでいるのだ……?)
 「勉強会」グループが地熱発電所の事件を利用して、アカシに何かを求めていることは彼自身理解している。
 しかし、求められているモノが何か、そして事件と「勉強会」グループの関係は何か、アカシは掴めずにいた。

 アカシは故ウォーリー・トワやジン・ヌマタと自分との違いを痛感していた。
 ウォーリーであれば、「勉強会」グループとの対立を厭わず、自らが正しいと思った道を突き進んだであろうし、多くの者が自ら望んで彼に続いたに違いない。
 アカシは自分自身に人望が全くないとは思っていないが、ウォーリーのそれと比較して十分な水準にあると思うほど自惚れてもいなかった。
 一方、ヌマタであれば今回の事態の本質を鋭くえぐり、解決の方向性を示したはずだ。
 ヌマタの言葉は決して綺麗なものではないが、それがゆえに物事の急所を的確に突いているようにアカシには思えていた。
 しかし、現在アカシの周辺には、その両者の姿はない。
 彼らがアカシの前から姿を消してから、まだ一年も経っていない。
 その短い期間にウォーリー・トワはすでに異なる世界へ移住を済ませており、ヌマタの姿もいまだ見つけられずにいる。
 実のところアカシとヌマタの間の物理的な距離は最短で一〇キロメートルに満たなかったのだが、少なくともアカシから見たヌマタまでの距離は、限りなく長いもののようであった。
 (せめてヌマタさんがここにいれば、状況が変わるのだが……)
 現在、アカシに決定的に不足しているのは彼とともにIMPUの支えとなる人材であった。
 IMPUは多数の小規模な事業者の集合体であり、参加している者たちの思惑はそれぞれ異なるのが実情である。
 また、IMPUの上層部に食い込むことは、必ずしもその者自身や彼らが所属する事業者の利益を意味している訳ではなかった。
 IMPUが特定の個人や事業者に利益を誘導する行為に対して、アカシは厳格に対処していた。
 このことを不満に思っていた者も少なくなかったが、こうした行為に対して厳格、という点では理事のサカデなどはアカシ以上であった。
 アカシならば、こうした行為に対して最初は警告を与える程度で済ませるよう主張していたが、サカデは初犯でも表沙汰にし、厳しい処分を下すことを強硬に主張していたのだ。
 このことはIMPU参加企業間の公平を保つのに役立つ一方で、一部の企業や個人にとっては、IMPUへ参加することのインセンティブを弱めるという面もあった。

 (やはり何らかのメリットを示して、上層部に人材を集める必要があるか……)
 アカシは自身がIMPUのトップという地位に必ずしも相応しくないということを知っていた。
 参加者に公平な機会を提供すること、旧「タブーなきエンジニア集団」のメンバーとのコネクションを確保するという点においては、アカシ以上の人材は今のIMPUにない。
 また、IMPUの外に目を向けても、この点においてアカシを凌駕する人材の確保はほぼ不可能といえる状態である。
 しかし、アカシは組織運営や経営の専門家ではなく、二万人を超える組織の運営という点においては、何とか及第点にあるといった水準の能力や経験しか持ち合わせていないことも自覚している。
 (やはり……こうするのがよいか)
 不意にアカシが席を立った。
「アカシさん、どちらへ?」
 モチナガの問いに、アカシは静かにこう答えた。
「組合は俺の行き先について一切関知していない。いいな?」
 呆気にとられるモチナガを尻目に、アカシは悠然と部屋を去った。
 アカシはIMPUの事務所にある自らの執務室へは向かわず、彼が在籍するウサミメタル社へと向かった。
 そして、会議室のひとつを確保すると、IMPUの理事を緊急招集した。
 今後の対応について、先に理事だけで協議するためであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...