ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十三章

617:後顧の憂いを断つ

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「ホンゴウさん、ハモネスやポータルの状況はニュースとかで見ていますよね? あの状況で本社やポータルに異動しろ、と言われても従うのですか?」
 実際のところ、ロビーはホンゴウの本心を読み誤っていた。
 それはロビーの洞察力が低いというより、彼のデータベースには本来存在しない考えであったためだ。
「正直なところ、私が決めるべきことではないでしょう。私がOP社でしてきたことを考えれば仕方のないことだと……」
 ホンゴウのこの言葉を聞いたとき、ロビーの脳裏にはっと閃くものがあった。
 身近に同じ反応を見せる人物がもう一人いたことを思い出したのだった。
 (そういえば、コナカさんが同じようなことを言っていたな……)
 かつてのロビーには想像もつかないことであったが、世の中には自分のことを自ら決める権利がないと考える者がいる。
 ホンゴウもそうした考えを持っているのだろう。

 (俺の予想が正しいのならば……俺が決めなければ後悔するな)
「……わかりました。ここは俺に一任させてもらえないでしょうか? 悪いようにはしないつもりです」
 ロビーは自身が持つ最良の選択肢を提示してみせた。かなり虫の良い話であるが、それでも示さずに後悔するという選択肢はなかった。
「タカミさんにお任せします」
 答えるホンゴウの言葉に迷いがあるようには見えない。
 やはりこうするのがベストなのだろう、とロビーは考えた。

 ホンゴウや彼の家族をポータル・シティやハモネスの周辺に置くのは危険が大きい。
 市民のOP社に対する感情を考えれば、その矛先がホンゴウに向く可能性も十分に考えられる。
 発電技術者たちを治安改革部隊として率いていたのは彼だ。
 正確にはホンゴウともう一人、オオカワも彼らを率いていたのだが、オオカワは現在も行方不明ということになっている。
 実はオオカワは、現在「リスク管理研究所」に身を潜めている。
 しかし、「リスク管理研究所」がオオカワの在籍を明らかにしていないため、ロビーはその事実を把握していない。
 このため、治安改革部隊関係者に非難の矢が浴びせられるとしたら、その的はホンゴウ以外にない、とロビーは考えたのである。

 一方で「東部探索隊」には、第二次隊が帰還した後も、発見された居住可能区域の開発や、移動経路の確保など山のように仕事が残されている。
 開発が急ピッチで進んだとしても、一般市民が「東部探索隊」の活動区域に入り込むにはまだまだ時間がかかるだろう。
 ならば、ホンゴウやその家族を「東部探索隊」の活動区域に置いておけないだろうか?
 子供は就職したばかりでハモネスの近所で仕事をしているそうなので、そこからの移動は難しいかもしれない。
 ただ、家族に危害が及ぶ前に手を打っておく必要があるだろう、とロビーは考えている。
「そういえば、お子さんは何のお仕事をされているのでしたっけ?」
「え、娘ですか?」
「差し支えなければ教えてもらえないですかね?」
「……ハモネス郊外の農業会社に住み込みで勤務しています。OP社での私の仕事が嫌われたようで、できるだけOP社の影響が及ばないところを選んだようです」
「郊外ってどのあたりですか?」
「ヤエドという集落です。ハモネスの中心部からだと歩いて一時間強、といったところでしょうか」
 ホンゴウの答えを聞いて、ロビーは怪訝な表情を見せた。
 ハモネスから「はじまりの丘」に向かう街道の周辺には、いくつかの小集落があり、ヤエドはそのひとつである。
 こうした小集落の農業事情に詳しい者であれば、花きの生産地だと気付いたであろう。
 しかし、農業事情に通じてもいなければ、観葉植物などには興味もないロビーにとっては聞きなれぬ地名である。
「あのな、ホンゴウさん。俺はポータルやハモネスが落ち着くまでホンゴウさんには、『東部探索隊』に残ってもらいたいと思っている」
「わかりました」
「……多分、長期戦になる。娘さんは住み込みで仕事をしているから難しいとは思うが、奥さんを『はじまりの丘』に呼び寄せることはできないだろうか?」
「……」
 ホンゴウが言葉を詰まらせた。
 意図は伝わっているようだ、とロビーは確信した。
 今のところ報告はないが、ハモネスやポータル・シティの市民感情を考えれば、いずれホンゴウの家族に危害が及ぶ可能性はあるように思える。
 ロビーの申し出は、ホンゴウとその家族の安全を考えてのものであった。
 ロビーは近いうちに「発電技術者が足りない原因を作った張本人はホンゴウである」と短絡的に考える市民が相当数出るのではないか、と考えている。

「東部探索隊」において、ホンゴウは重要な人物である。
 また、ロビーがこれまで接してきた限り、ホンゴウは他人や業務に対して真摯な人物だと思える。
 発電技術者をOP社に戻さなかったのも、彼らの意思を尊重した結果ではないか?
 ロビー自身の我儘かもしれないが、このような人物を市民に処断させることは彼自身の矜持が許容できない。
 だからこそ、彼やその家族を市民の手の届かないところに置こうと考えたのだ。
「今すぐにとは言わない。奥さんに話をしてみて、反応だけでも教えてもらえないだろうか?」
 ホンゴウは少し考えてから、わかりました、と答えた。

 ホンゴウから彼の妻が「はじまりの丘」行きを承諾したと連絡があったのは、翌日の昼食後のことであった。
 これでようやく、ロビーは第二次隊の探索作業に専念できる環境を手に入れたのであった。
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