ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十四章

648:「判定者とその支援者」の誕生

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 シトリとセリカが出会ってから二年、情報収集に当たっていた二人に協力を申し出た青年がいた。
 インデスト在住で仕事の関係で数ヶ月に一度ポータル・シティを訪れるというその青年は、インデストで勢力を伸ばしつつある「EMいのちの守護者の会」の活動に疑問を抱いているとのことであった。
 セリカやシトリは当初この青年を警戒していたが、「ミクモ工芸」の事件のことを知っていること、「EMいのちの守護者の会」に疑いを持っていることなどから、彼の申し出を受け入れることに決めた。
 この青年こそが後に「ゴールド」のコードネームを得るセイガ・ブナイであった。
 ブナイは事件に関係したとされる者の情報を数多く提供した。
 容疑者の多くは現在インデストに在住しており、その大部分が鉄鉱石の採掘関係の仕事に就いていた。
 インデストで「ミクモ工芸」の事件のことが語られることは皆無に等しく、事件の容疑者たちも安心して過ごすことができるのだろう、というのがブナイの見解であった。

 インデストでの情報が集まる一方、シトリの計画のほうに大きな問題が発生した。
 ジューリックス社社長のナベシマが体調を崩し、会社に顔を出す回数が減ってきたのだ。
 事件の生存者の残りふたりは見つかっておらず、シトリのジューリックス社における立場も社に影響を与えられる水準には達していない。
 また、ナベシマを問い質すための情報も不足しているという状況では、ナベシマと直接対峙するというわけにもいかなかった。
 それでもセリカやシトリは精力的に情報を収集し、ひとつの重大な成果を得た。
 ナベシマの姿が事件の日、それもまさに「ミクモ工芸」に火災が発生しているタイミングで「ミクモ工芸」の敷地内にあったという情報を掴んだのである。
 それは、事件を目撃した周辺の住民が撮影した映像を入手するところから始まった。
 事件の映像は被害者や周辺住民の感情を考慮して、という理由でエクザロームのあらゆる場所から隠されてきた。
 セリカは撮影者を調べ、直接本人と接触して残された当時の映像を入手していった。
 事件の関係者を警戒させないよう、接触は可能な限り間隔や場所を離して行ったため、時間を要した。
 集められた映像を詳細に分析し、ついに「ミクモ工芸」の敷地内にナベシマの姿が映っている場面を発見したのである。
 一秒半ほどの短い時間ではあるが、炎の中から建物の影に身を隠そうと走るナベシマの姿が認められた。
 シトリはこの映像をもって、ナベシマを問い質したいとセリカに訴えた。
 他の生存者の意思が確認できていないが、ナベシマの状況を考えれば時間がないと、セリカも渋々ながらシトリの行動を許した。
 セリカ自身は事件の被害者ではない。
 事件に対してナベシマを問い質す権利があるのは被害者であるシトリであって、自分自身ではない、ということをセリカは自らに強く言い聞かせていたのである。

 結局、シトリとナベシマの対談は実現しなかった。
 対談を申し込む直前のLH四八年一月、ジューリックス社創業社長のタカヒデ・ナベシマは病気のため七八年にわずかに足りない生涯を閉じたのであった。
 ナベシマの死後もセリカとシトリは精力的に情報収集を続けた。
 問い質すべき相手は一人減ったが、事件に関与したのはナベシマ一人ではないからだ。
 事件から二〇年近く経過していたこともあり、事件の関係者でナベシマのようにこの世を去る者も出始めていた。
 ブナイは事件の関係者とされる人物のうち亡くなった者を調査し、事件の現場で指揮を取ったのがナベシマらしいという情報を掴んだ。

 LH四九年に入って、シトリは活動の拠点をインデストの近くにすることを提案してきた。
 事件の関係者の多くが現在インデストに居住していること、ナベシマの死によりシトリ自身がジューリックス社に残る意味がなくなったこと、などが理由であった。
 LH四九年五月末、レイカ・メルツの退職の約一ヵ月後、ミア・シトリはジューリックス社を去った。
 実際にインデストに活動拠点を移したのは、LH五〇年に入ってからである。
 活動拠点や資金の準備に時間を要したためであり、同時に三人での活動には限界を感じ始めた。
(私たちの賛同者を増やさないと……)
 そこでセリカ、シトリ、ブナイの三人は密かに彼らの活動の協力者を募った。
 最初に協力を申し出たのは、ミブヤという農家の青年であった。
「貴女方の活動の意義は理解します。ただ、俺は事件に関係のない農夫なので、活動のための場所は提供するけど、それ以外はちょっと勘弁してもらえないでしょうか?」
 シトリが仕事を辞め資金の調達手段が限られていたこともあり、三人はミブヤの協力を受け入れた。
 こうして、三人はインデスト郊外で活動のための拠点を得ることができたのである。
 ブナイがひとつの情報を得てセリカとシトリのもとにやってきたのは、拠点での活動がようやく軌道に乗り出したLH五一年の年初であった。
 三人目の生存者の氏名が判明したのである。
 ブナイは事件当時、「ミクモ工芸」から数百メートルほど離れた区画に住んでいたらしい。
 その後インデストに家族で移住したのとのことだが、同時期に移住した者の知り合いに三人目の生存者を知る者がいたとのことであった。
「ムツキ・カヤノという女性です。年は恐らくシトリさんのひとつか二つ下だと思われます。事件の後、親戚に引き取られたそうですが……」
 それを聞いたセリカは早速ムツキ・カヤノについての情報を調べ始めた。
 この時期はサン・アカシが「OP社グループ労働者組合」の設立と「タブーなきエンジニア集団」との共闘を宣言したのと前後しており、エイチ・ハドリ率いる「OP社治安改革部隊」がインデストに侵攻してくるのではないか、という噂が立ち始めていた。
 このため情報収集よりも自らの身を守ることが優先され、情報収集の活動も限られたものとなっていた。
 ハドリが行方不明となり、インデストの情勢が落ち着きだしたLH五一年六月、ムツキ・カヤノがインデスト郊外に住んでいることが判明した。
 セリカとシトリが彼女を訪ねたのは六月の下旬である。
 その時、彼女は活動に乗り気ではなかったが、セリカとシトリの根気強い説得により彼女も活動に参加することを承諾したのであった。
 これと時期を同じくしてブナイが協力者を何人か集めてきた。
 事件の被害者の生き残りが二人、そして一〇名ほどの協力者が集まったところで、セリカは「ミクモ工芸」の事件を裁くための団体の設立を提案した。
 ここに「判定者とその支援者」が誕生し、彼らが互いのことを名前ではなくコードネームで呼ぶようになったのである。
 セリカがアレク、シトリがダイヤ、ブナイはゴールドのコードネームを得た。
 二人目の生き残りであったカヤノのコードネームはサファイアであった。
 こうして彼らは「判定者とその支援者」として活動を始めた。
 ただ、この時点において彼らが一枚岩であった、というわけではなかった。
「EMいのちの守護者の会」を真の黒幕と考えるアレクことセリカに対し、ダイヤことシトリは「EMいのちの守護者の会」は単なる集金団体と考えている節があった。
 自分は事件の被害者ではない、とアレクがダイヤの意思を優先したため、二人が対立することはなかったが、組織としてはやや危険を孕んでいたことは否めない。
 しかし、インデスト郊外で組織として立ち上がったことで得られたものも少なくなかった。
 関係者が多く居住していることで情報が多かったことは、彼らにとって何よりもありがたかったのだ。
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