ストランディング・ワールド(Stranding World) 第二部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて新天地を求める~

空乃参三

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第十四章

660:テロリストのなりそこないと記憶を失った青年

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「インデストでは、ECN社とIMPU、OP社インデスト支店などとの交渉がまとまる、か。一千五百人程度の技術者で足りるのかね? ジンダイはどう思う?」
「……発電のことはよくわかりませんが、一万人程度は必要だと思います。ただ、ある程度のまとまった数なので何らかの効果はありそうだと……」
 ヌマタとジンダイの二人の姿は、ニジョウから十数キロ離れた宿泊所にあった。
 この宿泊所は運送業者用のものではなく、最近増えているフジミ・タウンとポータル・シティを移動する労働者が主に利用する施設であった。
 室内に据付けられた大型の画面からはECN社とインデストの関係者との間で交渉が妥結し、その結果、OP社本社から一千五百名の発電技術者がインデストへ派遣されることが決定したというニュースが流れていた。
 LH五二年四月二日の午後九時を回った頃の出来事である。
 この数時間前、ECN社広報企画室長のレイカ・メルツらインデストで交渉を続けていたメンバーが撤退を決めている。

「カワエさん、明日の午後にはハモネスに入ることができそうですね。それからどうされますか?」
「そうだな……まずはその『カワエさん』だ」
「??」
 オイゲンが首を傾げた。
「……人前ではその名前でいい。が、それは俺の正確な名前じゃない」
「……仕事用の名前、というところでしょうか?」
 ヌマタのただならぬ様子に気を遣ったのか、ジンダイは言葉を選んで答えた。
 先ほどのは恐らく、ジンダイが考え得る最も無難な答えなのだろう。
「まあ、ある意味仕事用だな。前の会社ではその名前で仕事をしていたのだからな。偽名、ってのが正しいだろうが」
「なるほど……偽名ですか」
「ああ、俺の名前はジン・ヌマタっていうんだ。世間では行方不明者、って扱いになっている」
 ヌマタの言葉を聞いたジンダイが考え込むそぶりを見せた。
 ヌマタにはそれが失われた記憶の糸を必死に手繰り寄せているように見える。
 (そういえば、ジンダイの奴は記憶を失っていたのだったな……)
 本名を明かしてジンダイが正体に気づかなかったことに拍子抜けはしたものの、彼の背景を考慮し、更に説明を続ける。
「俺はウォーリー・トワさんの『タブーなきエンジニア集団』に所属していたのさ。アカシさんの立ち上げた組合と組んでハドリの『OP社治安改革部隊』とドンパチやっていたのだな。もしかしたらジンダイ、お前さんともやり合っていたかも知れん」
「……僕は『OP社治安改革部隊』の後方にいたので、恐らく直接の接点はなかったでしょう。ところで、何故行方不明に?」
 ジンダイの表情が次第に神妙さを増してきた。
 話が話だけに仕方ないか、とヌマタは考えていた。
 相手によってはヌマタをOP社に差し出すなどする危険もあるだろう。
 しかし、目の前のジンダイは性格的にそうした選択をしないだろうとヌマタは確信していた。
 また、一度は記憶を失ったとされている人物である。
 うまく対処すれば、それを利用してジンダイの話の説得力を失わせることができそうだ。それなら自分に勝機はある、とヌマタは考えていたのである。
 (やれやれ、まったく俺も変な打算に走るようではな。これでは、俺が物事のわからん人間ということになるじゃないか……)
 ヌマタは自分の考えに呆れながらも、ジンダイに対する説明を続ける。
「ああ、俺が面倒なことをしてしまってな、組合や『タブーなきエンジニア集団』に累が及ぶとまずいので身を隠していた、という訳さ」
「それは……僕が想像できる以上に厳しい状況だと思います。僕が言うのもどうかと思いますが、今、ハモネスに行かれて大丈夫なのですか……?」
「ああ、俺の行き先はECN社だ。かつての『タブーなきエンジニア集団』の幹部が経営層にいる。彼ら、特に今社長をやっているミヤハラさんと話をする必要があってな、彼らなら俺の正体が明らかになったほうがいいだろう。何かいい手があればいいのだがな、俺の能力ではそんなのも浮かばないってところだな」
 ヌマタが自嘲気味な笑みを見せると、ジンダイは「僕にはもっと厳しいですよ」と答えながら真剣な様子で携帯端末を操作し始めた。
 もっとも、その顔の額から鼻の下までは目を除いて保護用のマスクに覆われており、表情は読み取りにくい。
「この件に関しては、ジンダイは部外者だからな。俺がECN社に入る前に別れるとして、ジンダイはどうするんだ?」
「インデストへの遠征前に住んでいるところを引き払ってしまったので、住むこところを探さないと。それまではホテル住まいになると思います。待てよ……」
「どうした?」
「家財道具を貸し倉庫に預けているのですが、荷物、処分されちゃったかなぁ。僕も一年以上ハモネスとは連絡を取っていないですからね、ヌマタさんと同じく行方不明者扱いになっているんだと思うんですよ」
 (そうか、ジンダイの奴も地元じゃ行方不明扱いだろうなぁ……)
 記憶が戻りきったかどうかわからない行方不明者をいきなり町に放り出すことには、ヌマタも抵抗を感じる。
 行方不明者の帰還はそれなりにインパクトのある出来事といえるし、戻ってくる際の同行者が話題になる可能性は十分に考えられる。
 そうなると、ヌマタとしても身動きがとりにくくなる。
 ふと、ヌマタの脳裏にあるアイデアが閃いた。
 (我ながらひどいアイデアだが……これは本格的に……
 だが、テロリストのなりそこないに墜ちた身だ、ジンダイの奴くらい利用できなくてどうする……?)
 ヌマタの顔には再び自嘲の笑みが浮かんでいた。
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