巻き込まれて、逃亡者 ~どうして私が逃亡者に?!~

空乃参三

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プロローグ

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 木口培楽こぐち・はいらは両脇を屈強な男に固められながら車の後部座席に座らされていた。

(大丈夫……私は何もしていないから。事情を説明すれば、理解してもらえるよね……)

 培楽はそう自分に言い聞かせながら、じっと前方を見据えている。

 車はゆっくりと道を進んでいる。
 培楽の知る景色ではないが、行き先は大体予想がついている。多分最寄りの警察署だ。
 彼女が乗せられているのはパトカーである。他に行き先は思いつかない。

 木口培楽は二六歳の女性だ。仕事は中堅システムベンダーでe-ラーニングツールの導入やトレーニングを担当している。

(無実が証明されたとして、解放されるのは何時くらいになるのかな? 電車まだあるよね……)

 培楽が呑気に帰りの電車の心配をしているのは、まさか自分が罪に問われることなどないだろうとたかをくくっているためだ。

 パトカーに乗せられたのが一九時くらい。まだ、それから三〇分は経っていないはずだ。

 もし無実が証明されてパトカーに乗る前にいた場所に戻されるのであれば、終電は二二時二六分。あと三時間くらいは余裕がある。

「……?」

 不意にパトカーが停止した。信号も何もないただのまっすぐな道であるにも関わらず、だ。
 パトカーは全部で六台。これが一列になって進んでいる。六台ともサイレンは鳴らしていない。
 培楽が乗っているのは前から二番目の車だ。
 前で何が起きたのか、身体を伸ばして覗こうとしたが、両脇の男達に止められた。

(何で両脇男の人なのかな……こういう場合って女性を配置するのじゃないのだっけ?)

 培楽は苛立ちながらも制止には素直に従った。
 相手の心証が悪くなれば無実を証明する手間が増えると考えたからだ。彼女の力では制止を振り払おうとしても恐らく無理であっただろうが。

 不意に前方からボゴン! という鈍い音が聞こえてきた。
 培楽の位置からは見えなかったが、何かがぶつかったのだろう。培楽の乗っている車は揺れなかったから、前の車に何か当たったようだ。

 すると直後にガシャン、という音が聞こえて、培楽の乗る車のフロントガラスが割れた。大きな石か何かが命中したらしい。
 フロントガラスの破片が飛び散った後、周囲がオレンジ色の霧に覆われた。

「な、何が起こっているの!」
 培楽が叫んだものの答えはなく、その代わりに両脇から後頭部を押さえつけられ、前かがみにさせられた。
 その直後に目に強い痛みを覚え、目を開けていられなくなる。

 外から人の叫ぶ声や、何かがぶつかる音が聞こえてくる。何者かによる襲撃だろうか?
 培楽の右隣から車を出せ、と声が飛んだが、その直後ガラスが割れる音がした。何者かがこの車にも襲い掛かってきたのだ。

 それから先に起きたことはよく覚えていない。
 乱暴にドアが開かれ、培楽の身体は車から外に引っ張り出された。
 抵抗したものの、相手の力の方が強く、培楽にはどうすることもできなかった。

(何、襲われるの、私? 怖い! 怖い!)
 痛みで目を開けることができないので、周囲で何が起きているのかはわからない。
 ただ、何者かが揉み合っていることと、培楽の身体をどこかへと引っ張ろうとしている者がいることはわかる。

「こっちだ!」
 不意に男の声が聞こえてきた。
(あ、警察の人? どうしよう……)
 警察と正体不明の襲撃者、どちらを頼るべきか、培楽は一瞬迷った。
 本来なら警察を頼るべきなのだろうが、彼らは何もしていない無実の (と本人は思っている)培楽を問答無用でパトカーに押し込んだのだ。

 もしかして、襲撃者の方が正しい存在なのかもしれない。
 そう考えてしまうのは、彼女が仕事の場で大きな権限を持つ者が道義に反するような言動をとるのを何度も何度も目撃していたからだ。
 そのためか、どうしても権限や権力を持つ側に対して懐疑的になる。

(ダメダメ。警察じゃないと犯罪者になっちゃう!)
 培楽は首を横に振って、襲撃者の方を頼ろうとする思いを断ち切る。

(落ち着くのよ、培楽!)
 培楽は意を決して声のした方へと這いずるようにして移動する。
 培楽本人は落ち着いているつもりであったが、実際には冷静さを欠いていたと言わざるを得ない。
 何故なら、声の主が彼女を連行した警察の者だとは限らないからだ。

 相変わらず痛みで目が開けられないし、這いずっているうちに喉や鼻まで痛みだしてきた。

(何でもいいから助けて……)
 助けを求めるため悲鳴をあげようとしても、喉の痛みで声にならない。
 それでも必死に声のした方へと移動すると、不意に何者かの手によって身体を起こされた。

「??」
「いいから、こっちへ来い!」
 培楽のすぐ前で男の声がした。先ほどの「こっちだ!」という言葉と同じ声だ。
 腕を引っ張られ、それにつられて培楽も走り出す。
 先ほどより目の痛みが和らいだので目を開けてみるが、涙で周囲がよく見えない。
 
 これから自分の身に何が起きるのかを知らぬまま、培楽は男に引っ張られるに任せて走り続けた。
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