巻き込まれて、逃亡者 ~どうして私が逃亡者に?!~

空乃参三

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7:培楽の決断

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 一一時前に集まったメンバーがいったん解散した。
 三〇分後に始まる作戦会議まで休憩とのことで、メンバーは思い思いの場所へと散っていった。
 といっても、潜伏中の身であることに変わりはなく、建物の外に出る者はない。

(選択肢は二つ……ここに残るか、代理と一緒に山に登るか……)
 培楽は自らの軽挙? によって減ってしまった選択肢を前に頭を悩ませていた。

(警察に突き出される、はやっぱりないか……でも、契約の場でヤバいものが出てきたらイヤだなぁ……)
 契約が行われる場が山、それも名前も無いようなところの頂上と聞いて、培楽は逡巡していた。
 行き先を聞くまでは完全に代理達に同行する方に傾きかけていたのだが、契約の内容が不安になりだしてきた。

 培楽が悩んでいるところに背の高い女性が通りかかった。主任と呼ばれている人だ。
「あの、ちょっといいですか?」
 年が近そうで同性ということもあり、培楽は彼女に相談することにした。話しやすいのではないかと考えたのだ。
「はい、どうされましたか?」
「契約の内容、ってご存知ですか?」
 契約の内容がまともであるならば、自分が心配していたことは杞憂に終わる。
 一縷の望みを託して培楽はそう尋ねたのだった。

「……申し訳ありません。お話しできないことになっております。守秘義務がございます」
「そう、ですか……」
 培楽は落胆したが、守秘義務という言葉を出されてしまっては、それ以上問い詰める気にもなれなかった。悲しき会社員の性である。
「まだ決められませんか」
「……はい。仮にここに残ったとしたら、契約の後、私はどうなるのでしょうか?」
 自分でも意識しないうちに培楽の口から次なる質問が飛び出した。

「そうですね……その前に木口さんは良い判断をされたと思っています。警察へ行くのは論外です。何故だかわかりますか?」
 質問を質問で返され、培楽は困惑した。
 良い決断をした、と褒められるのは嬉しくもあるが、本当にそれで良かったのかについては自信がない。
「あなたたちの仲間、と思われているからでしょうか?」
「そうです。私たちを追っている敵、ですが、契約を阻止するためには手段を選ばないでしょう。仮に木口さんが日本の警察に保護されたとしても、警察に木口さんを守る力はないはずです……」
「えっ……?!」
 警察に守る力がないと一刀両断されて培楽は言葉を失った。
 改めて主任から聞かされて、今起きている出来事は培楽の持っている常識の範囲外のことなのだ、と気付かされる。

「警察にお連れするという選択肢は無くなりましたので、今更論じても意味はないと思います。残った二つの選択肢を検討されてはいかがですか?」
 培楽が絶句したのを見かねたのか、主任が培楽に我に返るよう促す。
「え……あ、はい」

 培楽が選択可能なのは「代理達に同行する」「この場に監視付きで残る」の二つだ。
 ここで培楽は主任が先ほどの質問にまだ答えていないことに気付いた。
「契約が終わった後って、私はどうなるのですか?」
 契約のタイミングは二一日の〇時とされていたから、あと三六、七時間くらい。
 無事に契約が結ばれたとして、その後彼らはどうするつもりなのだろうか?

「無事に契約が済めば、敵も私たちには手出しができなくなると聞いています。そうなれば木口さんも解放されるのではないでしょうか?」
(それって、契約が済めば家に帰れる……ってことだよね? ってことは……)
 培楽は主任の答えに一瞬安堵したが、彼女が語らなかった結末が訪れた場合どうなるのかが気になりだした。
「もし、交渉が決裂するか、契約が結べないということになったら……?」
「交渉決裂はあり得ません。今回は契約書に相手方のサインを頂くだけですから。事前の交渉は既に決着しています。契約書にサインを頂けないのは、代理が約束の日時に契約相手と会えなかった場合だけです。そうならないよう、私たちは全力を尽くすのみです」
 培楽の疑問に対して主任は全てを答えなかったが、何としてでも期限通りに代理を契約相手のもとに送り届けるという決意だけは伝わってきた。
 この雰囲気では「契約ができなかった場合」の話を主任から聞くのは無理そうだ。

 これ以上主任から話を聞くのを断念して、培楽は他のメンバーから話を聞けないか、建物の中を探し回った。
 他のメンバーといっても、代理からは既に話を聞いている。
 ケージと社長、そしておっかさんは話をしたときに怖いイメージしか持てなかったので論外だ。
 あとはダンと先生だ。
 先生とはほとんど話をしていないが、見るからにおっかなそうな雰囲気なので、培楽としても声をかけるのを躊躇してしまう。
 ダンは恐らく外国の人ではないか、と培楽は考えていた。
 外見もそうだし、日本語のイントネーションが微妙に日本語を母語とする者のそれとは異なるときがあるからだ。
 コミュニケーションがやや難しくなる可能性はあるが、それでも先生よりはとっつきやすそう、と培楽は判断した。

(えーっと、ダンさんはどこかな……?)

 培楽は階段を降りて昨夜通った通路の方へと向かった。
 他の場所を探してみたが、彼の姿はどこにもなかったのだ。

(あまり行きたくない場所だけど……あ、いた!)

 地下の野菜の入ったケースの脇にダンの姿があった。

「ハイラ、こっちに何の用事カ?」
 培楽の姿を見つけたダンが厳しい口調で尋ねてきた。
 何故か日本語の発音も今までより不自然なものになっている。
「あ、その……ダンさんにお聞きしたいことがあって……」
 ダンの剣幕に驚いた培楽だったが、思い切って自らの疑問をぶつけてみることにした。他に聞けそうな相手がいないからだ。
「何ダ? 私に答えられることはあまりナイハズだ……」
 培楽の様子にダンが態度が軟化させた。日本語の発音も先ほどよりは違和感がない。
「実は……まだ迷っています。私がここに残った場合、契約が終わった後どうするか聞いていませんか?」
「それなら簡単な話だ。契約を終えたら社長に連絡する。後は社長が近くの駅まで送る。それだけ」
 今度はほぼ完璧な日本語の発音でダンが答えた。
「そうですか……あなたは一体?」
 無意識に培楽はそう尋ねて、しまったと口に手を当てた。
 何気ない会話のつもりだったが、聞いてはいけないようなことを口にしてしまったように思われたからだ。

「私? 代理に協力している。よその国から来たから、日本語が変かもしれない」
 意外にもダンは機嫌を損ねたりすることなく、培楽の問いに素直に答えた。
 肝心な部分は隠しているのだろうと思いながらも、ダンの答えに培楽は失礼なことをしてしまったと詫びた。
「構わない。そろそろ時間だが、どうするかは決まったか?」
「あっ! 今決めますっ! ありがとうございます!」
 培楽は慌てて階段の方へと走った。

 階段に行くまでの数歩の間に結論を出した。腹をくくったのだ。

※※
「そろそろ今後の計画について打ち合せたいが……結論は出たのか?」
 先ほどの部屋に戻るや否や、培楽は社長から声をかけられた。
「はい。皆さんが集まりましたらそこでお話しします」
 培楽の返答に社長はそれなら全員揃うまで待つ、とだけ答えた。

「これで……全員揃ったか。時間を決めたのだから、その通りに来てくれよな」
 全員が揃ったところで社長が毒づいた。予定の一一時半を五分ほど過ぎてしまったからだ。
「まったくめんどくさい奴だね、アンタは。そんなみみっちい態度だからいつまで経ってもここはチンケなままなんだよ!」
 遅延の原因となったおっかさんが反論する。
「何だと? できの悪い部下の教育は俺の仕事だからな。その性根を叩き直してやろうか? 特別に無料でサービスしてやるよ?」
「ふん。やれるもんならやってみな! アンタ程度の奴に遅れをとるつもりはないよ!」
 社長とおっかさんが一気に一触即発の状態となる。

「と、止めないで大丈夫ですか……?」
 思わず培楽が自分の状況も忘れて隣にいる主任に尋ねた。
「二人ともいい大人ですから問題ありません。もう少し待っていれば落ち着くでしょう」
 主任はあくまで冷静だった。
 培楽が周囲を見回すと、いきり立っているのは社長とおっかさんだけで、他のメンバーは皆落ち着いたものであった。
 拍子抜けした培楽は、二人が落ち着くのを待つことにした。
 先ほど決めた覚悟がどこかへと飛んでいってしまうのではないかと思ったが、かえって落ち着きを取り戻せたようであった。

「さすがにこれ以上は勘弁してやるよ! 代理が遅刻でもしたらシャレにならねえからな!」
「はん! やっぱりアンタは社長の器じゃないね! それがわかっただけでも良かったじゃないかい? 代理に悪いからそろそろ始めてもらうよ」
 主任の予想通り、二人の言い争いはすぐに治まった。二人とも代理には気を遣っているようであった。

「さて、最初にこっちから結論を出してもらわないとな。あんた、結論は出たのか?」
 社長が培楽に回答を迫った。
 既に覚悟は決まっているから、培楽も躊躇なくはいと答えて立ち上がる。
「……私の結論をお話しします。こちらの代理さんと行動を共にしたいと思います」
 培楽が皆に決断を伝えて反応を待つ。

 代理は軽くうなずいた後、目を閉じた。
 主任と先生、そしてダンは表情を変えず、黙り込んだままだ。
 おっかさんとケージ、そしてコーチが小声で何やら話をしている。

「何か言いたいことやこいつに聞きたいことがあったら言ってくれ。これからのことはその後だ」
 社長が宣言すると、ケージが手を挙げて発言を求めた。直後、社長がケージの発言を許可した。

「昨日の感じからすると、それなりに体力はありそうだが……これから行くのは低いっちゃいえ山だ。ハイキングみたいに道があるところを進むわけでもねえ。それに耐えられるのか?」
「……耐えますっ! それに、ここに私が残ったら社長さんはここから動けないですよね?」
 ここに残されて社長の監視下に置かれるのはまっぴらごめんとばかりに培楽が必死に訴える。社長とケージに対して培楽はやや苦手意識がある。
「……何が言いたい?」
「私が家に戻るには代理さんの契約が無事終わるようにするしかないってわかったんです! だったら、一人でも代理さんに協力する人を増やした方がいいじゃないですか!」
「……木偶の某が増えても足手まといになるだけだ」
 ケージが冷たく言い放った。

 やっぱりだめか、と培楽が落胆しかけたとき、何かが培楽の脚をツンツンと突いた。
 その直後、おっかさんが立ち上がった。
「ケージ、こいつはアンタが考えるよりずっといい度胸をしているよ。面白いじゃないか。社長の手だって借りたいところだ、一緒に行かせてやりな」
「あん? いいのかよ? 裏切りでもしたらどうするつもりなんだ?」
 ケージが驚いた顔でおっかさんに問う。
「そんときゃこいつでズドン、だよ。それで決まりでいいじゃないか。アタシゃちょっくら用事を済ませてくるからね。代理もそれでいいだろう?」
 そう言い残しておっかさんが部屋から出ていった。
「お、おい……」「まだ話は終わってないぞ!」
 社長とケージが慌てておっかさんを呼び戻そうとしたが、代理が静かにそれを制した。
 そして代理は培楽に向けて頭を下げた。
「いいでしょう。培楽さん、これからしばらくよろしくお願いします」

 こうしてこれからの約一日半、培楽は代理たちと行動を共にすることになった。

 現在、五月一九日一一時四五分
━━契約の刻限まで、あと三六時間一五分━━
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