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8:四つのルート
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「目的地の山頂だが、地図ではここになる……」
社長がスクリーンに映し出された地図上の×印をレーザーポインターで指し示した。
(意外に進んでいるなあ。こういうのに抵抗ないって珍しいよね……)
部屋の隅から培楽が感心と驚きが混じった顔で社長たちを順番に観察している。
仕事柄スクリーンを使った説明を行うことも少なくない彼女だ。
だが、こうした方式の説明を嫌がる顧客もおり、目の前の社長などはそちら側の人間に多いタイプではないかと培楽は考えていたのだった。だが、それは誤りだったらしい。
地図には東西に連なっている三つの山が記されている。
一番西はハイキングコースとしても知られている鷲河山という標高五〇〇メートルほどの山だ。
真ん中が目的地となる山だが、名前はない。標高は鷲河山よりやや低い四五〇メートル弱。
一番東もやはり名前のない山で、こちらは私有地となるらしい。標高は三〇〇メートルくらい。
また、三つの山の北側を竹花川、南側を紅髪川という二つの川が流れて、これら二つの川に沿うように道路が走っている。
(うわ……こんなところに会社のオフィスとか絶対にないよね? ヤバい品物とかの取引だったらイヤだなぁ……)
目的地の場所を地図で見た培楽は、数十分前の己の決断を後悔していた。
地図を見慣れていない彼女にも、目的地が道らしい道もない場所だということくらいはわかる。
気象観測とか特別な理由がない限り、こんな場所にオフィスを構える奇特な企業があるなどとは考えられない。
このような場所で結ばれる「契約」など、麻薬や表に出せない金など犯罪絡みのものしか思い当たらない培楽であった。
過去に見たテレビドラマなどの影響ではあるのだが、それを覆すだけの情報や知見は彼女にない。
(勢いで代理について行く、なんて言っちゃったけど、失敗したかも……)
今更遅いのではあるが、培楽は今からでもここに残れないかと考え始めた。
「鷲河山のハイキングコースは論外だろう。人が多すぎるし、奴らに味方している連中があちこちに潜り込んでいるだろうからな」
ケージが地図の北西の方を塞ぐように手を置いた。
「ハイキングのお客さんを巻き込みかねないですし、ハイキング道は選択肢から外してよいと思います」
主任もケージの見解に賛同した。
「他に考えられるルートはみっつだ。どれも難ありだが、まずは……」
社長が地図をレーザーポイントでなぞった。
第一のルートは竹花川沿いの幹線道路を鷲河山の東まで車で走り、そこから船で川を渡る。その後徒歩で南下しながら山を登り、目的地を目指すというものだ。
「で、次は東からのルートになる……」
第二のルートでは、最初に竹花川沿いの幹線道路を三つの山の山頂より更に東まで移動する。
すると、竹花川を渡って南側に出る橋があるのでこれを渡り、三つの山の東端に近いところまで車で移動する。
そこから徒歩で西へと向かい、目的地を目指す。
「次が最後だ」
第三のルートは、三つの山の南側を流れる紅髪川沿いの道路を車で移動する。
鷲河山の南東あたりで車を降り、そこから船で川を渡る。その後徒歩で北上しながら山を登り、目的地を目指す。
三つのルートが示されると、集まったメンバーがああでもない、こうでもないと議論を交わし始める。
蚊帳の外は培楽一人かと思ったら、代理も議論に参加していない。
(そういえば、代理は外国の出身みたいなことを話していたっけ……私と同じでこのあたりに土地勘がないんだよね……)
このタイミングでは、培楽としてもここに残りたいということは言い出しにくい。
同時に、ここに残ったところで安全を確保できそうもないということを思い出して、議論の行く末を見守ることにした。
これからの自分にも関係があることだから、議論には参加できないまでも、どのように決着するかは見届けておきたいと考えたのだった。
「最初の竹花川を船で渡るのはダメ。敵が釣り人のフリをして見張っているって聞いた。それだけじゃない。タケさんがあの辺は旅館が並んでいるから見つかってしまうと言っている」
ダンがスクリーンの左前に進み出て竹花川の場所に手でバッテンを描いてみせた。
「タケさんがそういうんじゃなぁ……竹花川の方が渡りやすいのだけど……」
コーチが難しい顔をしている。
「旅館に連中が泊まっていて、建物からズドン! とやられちゃ逃げようがないよ。アタシゃこっちはやだね!」
コーチの様子を見たおっかさんが彼の背中をバチンと叩いた。
(タケさん? ここにいない仲間がいるのかな……それに旅館からズドン、ってそんなところに銃を持ち込めるのだっけ……?)
培楽は議論に出てくる言葉を理解しようと必死に耳を傾けていた。
聞いたことのない人名を耳にして別の仲間の存在を知り、示される懸念から障害の大きさを推測する。
「東の山って、管理人は敵じゃねえが、見つかると厄介だぞ。金かけて監視カメラも入れているし、誰かが近寄るだけで飛び出してくるからな……」
「あれはカツのところの山だからな。松茸が採れるってわかったんで、よそ者どころか家族以外の誰も山に入れねえ、って息巻いていたからな」
「なんだよそれ! だったら社長よぉ、候補に入れるなよ、そんなところ! カツが猟友会に入ってるのは知っているだろうが! 下手したらこっちがズドンとやられるぞ!」
スクリーンの右側ではケージと社長が言い争っている。
二人の会話から、目的地の東の山は松茸が採れる個人所有の山らしいことが培楽にも理解できた。
猟友会に入っているからといって、人間をいきなり銃で撃つとは培楽には考えられない。だが、今の状況なら何が起きても不思議ではないな、と思い返す。
山の所有者が契約を妨害する側のメンバー、すなわち敵でないとは限らないからだ。
「船は誰が動かせますか? モノが解れば私が動かせるかもしれませんが」
「先生、ちょっと待ってくれ。今画面に映すからよ。先生がダメでもタケさんとうちの息子が動かせるから大丈夫だ。ケージも動かせそうだしな」
今度は先生と社長がスクリーンの前でやり取りしている。
(え? これ……このあたりの川ならこれでも大丈夫かな……)
スクリーンに映し出されたのは、船外機のあるゴムボートだった。
培楽にボートの知識はないが、いかにも頼りなさそうに感じられた。
実際は水難救助や水害対策などに用いられる五、六人乗りの代物で、この手のボートとしてはしっかりした造りのものだ。
「……免許は必要でしょうか?」
「いや、要らないのを選んだから大丈夫だ。一応、タケさんと息子は免許持っているけどな」
「でしたら、いざというときは私が動かしましょう」
「助かります」
先生と社長とのやり取りから、川を渡る船を動かせる者が三、四人いるらしいことが培楽にも理解できた。
船の大きさは不安であるが、少なくとも操船については心配なさそうだと培楽は安堵の息をついた。
「南は橋がないからなぁ……ボートは準備に時間がかかるから、その間に見つかると厄介だぞ、親父」
「それはてめえが急ぐんだよ。代理や先生に迷惑かけないようにな!」
「そりゃやるけどさ! ボートは二隻あるんだぜ。一人で二隻同時ってワケにはいかないぜ。親父にも一隻やってもらうからな」
「ああ、てめえよりは上手にやってやるよ!」
今度はコーチと社長が言い争っている。
そのやり取りを聞いた主任が地図を見ながらケージに声をかけた。
「紅髪川の川原が狭いですが……ボートの準備ができるような場所はありますか?」
「竹花川の方が川原は広いんだが、タケさんの情報だとヤバそうだからな……紅髪川となると候補はこのあたりだな」
ケージが地図のある一点を指差した。
目的となる山頂からは南南西くらいの場所で、川と道路が大きくカーブしている。
「民家などは近くにないようですね。周りに身を隠せる場所などはありますでしょうか? ボートの準備をすると目立つと思うのですが」
「日没を待って移動するつもりだ。真っ暗になるからな。闇に紛れることができるだろう」
「操船には気を遣いますね」
「まあな。そこはタケさんとコーチが何とかする。だから主任は代理をてっぺんまで送り届けてくれればいい」
「わかりました」
話の状況から、培楽は選択するルートが南の紅髪側を渡る第三のルートに固まりつつあるのに気付いた。
培楽はどちらかというと東から回り込む第二のルートの方が安全ではないかと思っている。
他の人はそうではないのかな、と考えているところに培楽の気持ちを代弁するかのようにコーチが声をあげた。
「親父よぅ、カツさんに頭下げて通してくれって頼んだ方がいいんじゃないか? 川をボートで渡るより安全だと思うぜ」
「アホか! あんな金の亡者に頭を下げられっか! 金のためなら何でもやるぞ、あいつは! 俺らを通すと言って奴らにチクられるのがオチだろうよ!」
社長が息子であるコーチの提案を一蹴した。
「そうだそうだ! 代理にかかっている懸賞金がいくらだか知っているのか? 億、それもドルでだぞ! 一割でもやるっていったらカツの奴が裏切るに決まってる!」
ケージまでもが社長に同調する。
声の大きい二人が第二のルートに強硬に反対しているのは、カツなる人物が信用できないから、という理由のようであった。
やり取りを聞いているうちに二人が反対するのは、カツに対する私怨の要素もあるようだと培楽は考えていた。
「そろそろ意見は出尽くしたのではないか? 代理に判断してもらう」
コーチと社長、ケージの三人のやり取りを聞いていたダンが不意に割って入った。
「「「……」」」
代理という単語が出た瞬間に三人が会話を止め、ほぼ同時に視線を代理の方へと向けた。
「……ボートに乗れるのは何人でしょうか?」
それまでほぼ無言だった代理が社長に尋ねた。
「六人乗りが二隻だから操縦する奴を入れて一二人ですが、荷物が多そうだから二人減らした方がいいと思いますがね」
社長が怪訝な顔をしながら答えた。
すると代理はおっかさんと培楽に視線を向けてから、
「……でしたら南回りで行きましょう」
代理の決断に社長とケージは「おっしゃ!」と声をあげた。
(さっき代理は私とあの人に視線を向けていた……どういう意味だろう?)
培楽はおっかさんの方に視線を向ける。
視線の先のおっかさんは渋い顔をしている。
(あ、そうか……私とあの人の体力のことを考えて……)
培楽は代理の視線の意図をそう推測したのであった。
男性陣は屈強、とまではいかなくても体力のありそうな者ばかりだ。
男性陣で体力面に一番不安があるのが代理本人かもしれないが、昨夜の様子を見ていると自分が彼の心配をするのはおこがましいと培楽には思える。
一方、培楽を含めた三名の女性のうち主任は、若い (といっても培楽からは同世代か少し年上に見える)うえに長身でしなやかな肢体の持ち主であり、スポーツも涼しい顔でこなしそうに見える。
培楽は年齢だけは若いが、趣味らしい趣味もないインドア派ということもあり、体力にはあまり自信がない。
一方、おっかさんは年齢的に体力の面では不安があるだろう。ここにいる者たちの中で彼女が最年長であるのはほぼ間違いない。
また、小柄なのもハンデになる可能性がある。
だが、昨日の逃走中の様子から考えると、培楽よりも体力があるようにも思われる。
三つのルートの中で一番徒歩での移動距離が少ないのが代理が選択した南回り、すなわち第三のルートであった。
少しでも体力的な負担を減らそうと代理は考えた、と培楽は推測したのだった。
(足手まといにならないように気をつけないと……)
培楽が覚悟を決めようとしたところに、遠くからガラガラと乱暴に戸が開かれる音が聞こえてきた。
「誰だ? おい、ちょっと見てこい」
「わかった」
社長がコーチに命じ、コーチが部屋の外に飛び出していった。
現在、五月一九日一三時四五分
━━契約の刻限まで、あと三四時間一五分━━
社長がスクリーンに映し出された地図上の×印をレーザーポインターで指し示した。
(意外に進んでいるなあ。こういうのに抵抗ないって珍しいよね……)
部屋の隅から培楽が感心と驚きが混じった顔で社長たちを順番に観察している。
仕事柄スクリーンを使った説明を行うことも少なくない彼女だ。
だが、こうした方式の説明を嫌がる顧客もおり、目の前の社長などはそちら側の人間に多いタイプではないかと培楽は考えていたのだった。だが、それは誤りだったらしい。
地図には東西に連なっている三つの山が記されている。
一番西はハイキングコースとしても知られている鷲河山という標高五〇〇メートルほどの山だ。
真ん中が目的地となる山だが、名前はない。標高は鷲河山よりやや低い四五〇メートル弱。
一番東もやはり名前のない山で、こちらは私有地となるらしい。標高は三〇〇メートルくらい。
また、三つの山の北側を竹花川、南側を紅髪川という二つの川が流れて、これら二つの川に沿うように道路が走っている。
(うわ……こんなところに会社のオフィスとか絶対にないよね? ヤバい品物とかの取引だったらイヤだなぁ……)
目的地の場所を地図で見た培楽は、数十分前の己の決断を後悔していた。
地図を見慣れていない彼女にも、目的地が道らしい道もない場所だということくらいはわかる。
気象観測とか特別な理由がない限り、こんな場所にオフィスを構える奇特な企業があるなどとは考えられない。
このような場所で結ばれる「契約」など、麻薬や表に出せない金など犯罪絡みのものしか思い当たらない培楽であった。
過去に見たテレビドラマなどの影響ではあるのだが、それを覆すだけの情報や知見は彼女にない。
(勢いで代理について行く、なんて言っちゃったけど、失敗したかも……)
今更遅いのではあるが、培楽は今からでもここに残れないかと考え始めた。
「鷲河山のハイキングコースは論外だろう。人が多すぎるし、奴らに味方している連中があちこちに潜り込んでいるだろうからな」
ケージが地図の北西の方を塞ぐように手を置いた。
「ハイキングのお客さんを巻き込みかねないですし、ハイキング道は選択肢から外してよいと思います」
主任もケージの見解に賛同した。
「他に考えられるルートはみっつだ。どれも難ありだが、まずは……」
社長が地図をレーザーポイントでなぞった。
第一のルートは竹花川沿いの幹線道路を鷲河山の東まで車で走り、そこから船で川を渡る。その後徒歩で南下しながら山を登り、目的地を目指すというものだ。
「で、次は東からのルートになる……」
第二のルートでは、最初に竹花川沿いの幹線道路を三つの山の山頂より更に東まで移動する。
すると、竹花川を渡って南側に出る橋があるのでこれを渡り、三つの山の東端に近いところまで車で移動する。
そこから徒歩で西へと向かい、目的地を目指す。
「次が最後だ」
第三のルートは、三つの山の南側を流れる紅髪川沿いの道路を車で移動する。
鷲河山の南東あたりで車を降り、そこから船で川を渡る。その後徒歩で北上しながら山を登り、目的地を目指す。
三つのルートが示されると、集まったメンバーがああでもない、こうでもないと議論を交わし始める。
蚊帳の外は培楽一人かと思ったら、代理も議論に参加していない。
(そういえば、代理は外国の出身みたいなことを話していたっけ……私と同じでこのあたりに土地勘がないんだよね……)
このタイミングでは、培楽としてもここに残りたいということは言い出しにくい。
同時に、ここに残ったところで安全を確保できそうもないということを思い出して、議論の行く末を見守ることにした。
これからの自分にも関係があることだから、議論には参加できないまでも、どのように決着するかは見届けておきたいと考えたのだった。
「最初の竹花川を船で渡るのはダメ。敵が釣り人のフリをして見張っているって聞いた。それだけじゃない。タケさんがあの辺は旅館が並んでいるから見つかってしまうと言っている」
ダンがスクリーンの左前に進み出て竹花川の場所に手でバッテンを描いてみせた。
「タケさんがそういうんじゃなぁ……竹花川の方が渡りやすいのだけど……」
コーチが難しい顔をしている。
「旅館に連中が泊まっていて、建物からズドン! とやられちゃ逃げようがないよ。アタシゃこっちはやだね!」
コーチの様子を見たおっかさんが彼の背中をバチンと叩いた。
(タケさん? ここにいない仲間がいるのかな……それに旅館からズドン、ってそんなところに銃を持ち込めるのだっけ……?)
培楽は議論に出てくる言葉を理解しようと必死に耳を傾けていた。
聞いたことのない人名を耳にして別の仲間の存在を知り、示される懸念から障害の大きさを推測する。
「東の山って、管理人は敵じゃねえが、見つかると厄介だぞ。金かけて監視カメラも入れているし、誰かが近寄るだけで飛び出してくるからな……」
「あれはカツのところの山だからな。松茸が採れるってわかったんで、よそ者どころか家族以外の誰も山に入れねえ、って息巻いていたからな」
「なんだよそれ! だったら社長よぉ、候補に入れるなよ、そんなところ! カツが猟友会に入ってるのは知っているだろうが! 下手したらこっちがズドンとやられるぞ!」
スクリーンの右側ではケージと社長が言い争っている。
二人の会話から、目的地の東の山は松茸が採れる個人所有の山らしいことが培楽にも理解できた。
猟友会に入っているからといって、人間をいきなり銃で撃つとは培楽には考えられない。だが、今の状況なら何が起きても不思議ではないな、と思い返す。
山の所有者が契約を妨害する側のメンバー、すなわち敵でないとは限らないからだ。
「船は誰が動かせますか? モノが解れば私が動かせるかもしれませんが」
「先生、ちょっと待ってくれ。今画面に映すからよ。先生がダメでもタケさんとうちの息子が動かせるから大丈夫だ。ケージも動かせそうだしな」
今度は先生と社長がスクリーンの前でやり取りしている。
(え? これ……このあたりの川ならこれでも大丈夫かな……)
スクリーンに映し出されたのは、船外機のあるゴムボートだった。
培楽にボートの知識はないが、いかにも頼りなさそうに感じられた。
実際は水難救助や水害対策などに用いられる五、六人乗りの代物で、この手のボートとしてはしっかりした造りのものだ。
「……免許は必要でしょうか?」
「いや、要らないのを選んだから大丈夫だ。一応、タケさんと息子は免許持っているけどな」
「でしたら、いざというときは私が動かしましょう」
「助かります」
先生と社長とのやり取りから、川を渡る船を動かせる者が三、四人いるらしいことが培楽にも理解できた。
船の大きさは不安であるが、少なくとも操船については心配なさそうだと培楽は安堵の息をついた。
「南は橋がないからなぁ……ボートは準備に時間がかかるから、その間に見つかると厄介だぞ、親父」
「それはてめえが急ぐんだよ。代理や先生に迷惑かけないようにな!」
「そりゃやるけどさ! ボートは二隻あるんだぜ。一人で二隻同時ってワケにはいかないぜ。親父にも一隻やってもらうからな」
「ああ、てめえよりは上手にやってやるよ!」
今度はコーチと社長が言い争っている。
そのやり取りを聞いた主任が地図を見ながらケージに声をかけた。
「紅髪川の川原が狭いですが……ボートの準備ができるような場所はありますか?」
「竹花川の方が川原は広いんだが、タケさんの情報だとヤバそうだからな……紅髪川となると候補はこのあたりだな」
ケージが地図のある一点を指差した。
目的となる山頂からは南南西くらいの場所で、川と道路が大きくカーブしている。
「民家などは近くにないようですね。周りに身を隠せる場所などはありますでしょうか? ボートの準備をすると目立つと思うのですが」
「日没を待って移動するつもりだ。真っ暗になるからな。闇に紛れることができるだろう」
「操船には気を遣いますね」
「まあな。そこはタケさんとコーチが何とかする。だから主任は代理をてっぺんまで送り届けてくれればいい」
「わかりました」
話の状況から、培楽は選択するルートが南の紅髪側を渡る第三のルートに固まりつつあるのに気付いた。
培楽はどちらかというと東から回り込む第二のルートの方が安全ではないかと思っている。
他の人はそうではないのかな、と考えているところに培楽の気持ちを代弁するかのようにコーチが声をあげた。
「親父よぅ、カツさんに頭下げて通してくれって頼んだ方がいいんじゃないか? 川をボートで渡るより安全だと思うぜ」
「アホか! あんな金の亡者に頭を下げられっか! 金のためなら何でもやるぞ、あいつは! 俺らを通すと言って奴らにチクられるのがオチだろうよ!」
社長が息子であるコーチの提案を一蹴した。
「そうだそうだ! 代理にかかっている懸賞金がいくらだか知っているのか? 億、それもドルでだぞ! 一割でもやるっていったらカツの奴が裏切るに決まってる!」
ケージまでもが社長に同調する。
声の大きい二人が第二のルートに強硬に反対しているのは、カツなる人物が信用できないから、という理由のようであった。
やり取りを聞いているうちに二人が反対するのは、カツに対する私怨の要素もあるようだと培楽は考えていた。
「そろそろ意見は出尽くしたのではないか? 代理に判断してもらう」
コーチと社長、ケージの三人のやり取りを聞いていたダンが不意に割って入った。
「「「……」」」
代理という単語が出た瞬間に三人が会話を止め、ほぼ同時に視線を代理の方へと向けた。
「……ボートに乗れるのは何人でしょうか?」
それまでほぼ無言だった代理が社長に尋ねた。
「六人乗りが二隻だから操縦する奴を入れて一二人ですが、荷物が多そうだから二人減らした方がいいと思いますがね」
社長が怪訝な顔をしながら答えた。
すると代理はおっかさんと培楽に視線を向けてから、
「……でしたら南回りで行きましょう」
代理の決断に社長とケージは「おっしゃ!」と声をあげた。
(さっき代理は私とあの人に視線を向けていた……どういう意味だろう?)
培楽はおっかさんの方に視線を向ける。
視線の先のおっかさんは渋い顔をしている。
(あ、そうか……私とあの人の体力のことを考えて……)
培楽は代理の視線の意図をそう推測したのであった。
男性陣は屈強、とまではいかなくても体力のありそうな者ばかりだ。
男性陣で体力面に一番不安があるのが代理本人かもしれないが、昨夜の様子を見ていると自分が彼の心配をするのはおこがましいと培楽には思える。
一方、培楽を含めた三名の女性のうち主任は、若い (といっても培楽からは同世代か少し年上に見える)うえに長身でしなやかな肢体の持ち主であり、スポーツも涼しい顔でこなしそうに見える。
培楽は年齢だけは若いが、趣味らしい趣味もないインドア派ということもあり、体力にはあまり自信がない。
一方、おっかさんは年齢的に体力の面では不安があるだろう。ここにいる者たちの中で彼女が最年長であるのはほぼ間違いない。
また、小柄なのもハンデになる可能性がある。
だが、昨日の逃走中の様子から考えると、培楽よりも体力があるようにも思われる。
三つのルートの中で一番徒歩での移動距離が少ないのが代理が選択した南回り、すなわち第三のルートであった。
少しでも体力的な負担を減らそうと代理は考えた、と培楽は推測したのだった。
(足手まといにならないように気をつけないと……)
培楽が覚悟を決めようとしたところに、遠くからガラガラと乱暴に戸が開かれる音が聞こえてきた。
「誰だ? おい、ちょっと見てこい」
「わかった」
社長がコーチに命じ、コーチが部屋の外に飛び出していった。
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