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エピローグ:契約の地へ再び
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「代理さん!」
「……?」
培楽の呼びかけに、中性的な顔姿の若者が首を傾げた。
(あれ……? って……)
相手の反応に違和感を覚えた培楽が、視線を若者の足元の方に向けた。
知っているはずの顔だが、服装が妙だ。
若者はスカート姿だった。
培楽の知っている「代理」であればこのような恰好はしないはずだ。
更によく見ると若者の胸は培楽よりも豊かな膨らみを持っている。
(……女性?! 代理は男の人だったよね?)
「……すみません、実行者の方とお見受けしますが……」
若者が培楽に話しかけた。聞き覚えのある代理の声ではなく、完全に女性の声だ。
「申し訳ありません。彼女にはまだ伝えておりませんでした」
先生が若者の前に進み出て頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。わたくしが『当代の代理』となります。二年前に契約を結んだのは『先代の代理』。わたくしは先代の妹になります……」
若者が自身の立場について皆に説明した。
事情を知らなかったのは培楽だけではなかったようで、ケージや社長などが彼女に質問を投げかけていた。
「……『当代の代理』ですと兄と区別がつきにくいですね。『代理の代理』ですので、わたくしのことは『復代理』とお呼びください」
若者改め復代理の提案に、集まっている皆がそれがいいと賛成した。
やはり「代理」は二年前に契約の場にいた彼でなければしっくりこないのだ。
「これで全員でしょうか?」
復代理がヒロシに尋ねた。ヒロシがそうだとうなずく。
「……?」
そんなはずはない、と培楽が首を傾げた。ダンとタケのことがあったとしても一人足りない。
培楽が主任の方をチラッと見る。培楽の予想通りであれば彼女も違和感を覚えているはずだ。
だが、主任の表情からはその心中は窺い知れない。
「あー、そうか。連絡が行っていなかったのか。すまない」
培楽の様子に気付いたヒロシが顔をしかめた。
「ったくよぉ、そのくらい事前に伝えておけよ!」
ケージが毒づいた。
「まあまあ。私からお伝えしますよ。状況を一番よく知っていますから」
ツトムが割って入った。
先生と主任がツトムに視線を向けた。どうやら彼らも事情を知らないのだろうと培楽は考えた。
「おっかさんは……残念ながら亡くなりました」
予想していた答えとはいえ、実際に言葉で聞かされると改めてその意味を思い知らされる。
「あの……契約のときの怪我が原因、でしょうか……?」
培楽が恐る恐る尋ねてみる。
しかし、ツトムは首を横に振った。
「いいえ。去年の暮れに血管の病気で亡くなりました。契約とは何の関係もありません……」
意外な答えに培楽だけではなく、主任や先生までもが顔を見合わせた。
昨年の一二月のある日、仕入れを終えて職場に戻る途中、道端に倒れているおっかさんをツトムが見つけたそうだ。
そのまま病院に運んだものの、病院に到着した直後に亡くなったとのことであった。
「殺しても死にそうもない婆だったのにな……まあ、契約の後は『やることはやったんだから何をしてもいいだろ。アタシのような年寄りの役割は契約までなんだから! あとは若いのに任せな』って悪態をついてばかりだったけどな……」
社長が過去を懐かしむかのような顔を見せた。
おっかさんの死が契約と何の関係も無さそうだったことから、それ以上彼女のことを語る者はなかった。
「約束の午前零時まではあと三時間四〇分くらいですね。二〇時四五分になりましたら出発しますので、ガレージに集まってください。それまでに着替えなど準備が必要な方は済ませておくようお願いします」
復代理の指示に、皆がいったんその場を離れた。
培楽と主任、そして復代理の三人の女性陣には、二年前にも使った客間が割り当てられていた。
培楽もそこで持参していたハイキング用の服に着替え、出発のときが来るのを待つ。
(復代理さんは美人さんだな……代理にそっくりだし……)
培楽が着替え中の復代理をじっと見つめている。
「あの……何かおかしなことでもありますでしょうか?」
視線に気付いた復代理が培楽に声をかけた。
「あ、そのぅ、お兄さんによく似ているな、って……」
慌てて培楽が視線を逸らす。
「兄は一族で初めて契約に成功しました。わたくしは偉大な兄の成果の確認に赴くだけの存在です。買い被りもいいところですよ」
復代理が遠い目をした。
視線を彼女の方に戻した培楽はあることを思い出し、話題を転じるために尋ねてみようと考える。
「あの……契約の内容はご存知でしょうか? 実は私、契約の内容を知らされていなくって……」
培楽が右手首の印を復代理の方に向けた。
「あ、そうなのですか? 申し訳ないのですが、わたくしが知らされている情報に貴女に関するものが見当たらなくて、どのようなお立場の方なのか……」
「木口さんの立場については私から説明いたします」
困惑した様子の復代理を見かねたのか、主任が割り込んできた。
「こぐち、さん……?」
復代理が首を傾げている。
「彼女の印は代理、すなわち貴女のお兄さんが契約を終えた後に浮かびあがったものです。彼女が呼称を持たないのもそのためなのです」
「ああ、そうでしたか……」
主任の説明に復代理が納得した様子でうなずいた。
そして、培楽の方を向き、
「……それでしたら、契約の内容をお伝えするのは兄の役割だと思います。木口さん、でしたか。申し訳ありませんが、この後契約の地に赴けば兄から直接話を聞く機会が得られるでしょう」
と告げた。
「わかりました。直接聞いてみます」
はぐらかされたような気もするが、培楽にとって悪い答えではなかった。
やはり代理の口から直接話してもらったほうが納得できる、そう考えたのだ。
二〇時四〇分、培楽と主任と復代理の三人がガレージへと移動した。
ガレージには二〇名くらいが乗車できるマイクロバスが停車している。
ツトムの職場である旅館の名前が入っているので、彼が職場から持ち出したようだった。
「よくこの車を持ち出せましたね。確か……」
培楽が運転席に座っているツトムに話しかけた。
ツトムが勤める旅館の幹部には代理達に敵対する勢力の者達もいるはずだ。少なくとも培楽はそう記憶している。
「契約が結ばれてしまったので、連中は私たちに敵対する行動が取れなくなったのです。ですから今回は安心して登山道を歩けますよ!」
ツトムが明るい声で答えたので、培楽が本当かと主任と復代理の方に視線を向けた。
二人とも無言でうなずいたので、それならと培楽もそれ以上質問することはしなかった。
二〇時四五分、予定通りにマイクロバスが出発した。
ツトムの運転で、復代理、先生、主任、ケージ、社長、コーチ、ヒロシ、そして培楽の九名で登山口にある駐車場へと向かう。
バスの中で復代理から説明があり、今回は九人全員で契約の場である山頂に向かうことになると発表された。実行者、協力者の区別をしないという。
登山道から目的の山頂に向かう道中、妨害らしい妨害は何一つなかった。
街灯などない暗い山道、それも途中からは整備もされていない場所を通るのはそれなりに骨が折れるが、二年前と比べれば培楽にとってですら大した苦労ではなかった。
三時間弱で目的となる山頂にたどり着き、石柱を九人で囲むようにしてその時が訪れるのを待つ。
深夜零時、石柱の周囲が白く光り出した。
九人の視界が一瞬にして真っ白になる。培楽もあまりのまぶしさに顔を手で覆う。
しばらくして光が少し弱まり、それにつれて目が慣れてくると、少し離れた場所から三つの人影がこちらに向かってくるのが見えた。
「兄です!」
復代理が人影の方を指差した。その声は喜びで弾んでいるように培楽には思われた。
人影が九人の方に向かってゆっくりと歩いてくる。
先頭は一組の若い男女で、培楽の知らない顔だ。
培楽が小声で主任と復代理に尋ねたが、二人とも知らない顔だと答えた。
「あ……」
男女の後ろに懐かしい顔が見えてきた。培楽の目にもはっきりとそれが代理だとわかる。
見れば見るほど妹の復代理とはそっくりだ。
三人が石柱のところに到達すると、代理がお待たせして申し訳ありません、と頭を下げた。
「け、契約は一体どのようになったのでしょうか?」
代理のもとに妹の復代理が駆け寄って、興奮した様子で尋ねた。
すると代理は復代理に「待たせてすまなかった」と詫びた後、待っていた九人に状況を説明すると告げた。
九人が代理の前に集まると、代理は先頭を歩いていた男女に前に出るよう促した。
男女が前に進み出る。この二人はいずれも代理や復代理と同世代の二〇歳前後に見える。
不思議なのは二人とも人間であることは間違い無さそうなのだが、この世のものとは思えない雰囲気を纏っていることであった。
それは決して不快なものではなく、敢えて言えば不自然なほどに穢れや混ざり気のない、そんな雰囲気である。
「準備は終わった。これより契約に従い、世界は新たな理に基づいて営まれることになる。以上」
女性の方が無機質な声で宣言した。
「皆様、世界の理は変わりました。ここにいらっしゃる皆様はその瞬間を見届けられたことになります。ご協力に感謝します」
今度は男性の方が頭を下げた。こちらの声も無機質だ。
「ありがとうございました。私と妹はこれで役割を終えることになります。後のことはよろしくお願いいたします」
「「承知した」」
代理の言葉に男女は機械的な動作で頭を下げた。
その直後、二人の姿は霧となり、少しして消えた。周囲を照らしていた白い光も消え、夜の闇が周囲を覆った。
「……これで全てが無事完了しました。戻りましょう」
「はい。私が先導します」
代理の言葉に主任が進み出て全員で帰路につくこととなった。
「培楽さん、失礼します」
皆が来た道を戻りだした直後、代理が培楽の脇に駆け寄ってきた。
「代理さん、よくご無事で……」
代理に話したいことは山ほどあったが、そう答えるのが精一杯だった。
「培楽さんはやはりこちら側の方でしたね。申し訳ないことに大変なことに巻き込んでしまいましたが、来ていただけて嬉しいです!」
代理が興奮した様子でまくし立てるように言った。二年前にはなかったことだ。
「あ、ありがとうございます……」
代理の意外な一面が見られたことに、培楽は安堵した。
無事に再会できたことの嬉しさもある。
だが、それ以上に彼が普通の若者だったことが喜ばしく、そして微笑ましく思われたのだ。
落ち着きを取り戻した培楽は、二年間抱えていた疑問を代理にぶつけてみることにした。
「あの……二年前に答えてもらえなかったことに答えてもらえますか?」
培楽が代理に右手首の印を示した。
「もちろんです。あの契約は……」
代理の言葉に培楽がごくりと唾を飲む。
「……人だけで世界のことを決める権利……これを返上したのです。世界のことは人だけではなく存在するあらゆる意思や感情を持つものたちで決めるべきことでしょうから。人が力に任せて勝手に振る舞う時代が終わったのです」
「人だけで、世界を、決めない……ということでしょうか?」
代理の答えに培楽は一つ一つ言葉を区切って尋ねた。
「ええ、その通りです」
答えを聞いた培楽は、自分が代理の側に選ばれた理由が納得できたような気がした。
仕事で嫌なことがあるたびに抱いていた感情に対する答えが得られたと考えたからだ。
「……ありがとうございます。詳しいことは山を下りたら教えてください!」
培楽が晴れやかな表情で代理に声をかけると、代理はええと穏やかな顔でうなずいたのだった。
「……?」
培楽の呼びかけに、中性的な顔姿の若者が首を傾げた。
(あれ……? って……)
相手の反応に違和感を覚えた培楽が、視線を若者の足元の方に向けた。
知っているはずの顔だが、服装が妙だ。
若者はスカート姿だった。
培楽の知っている「代理」であればこのような恰好はしないはずだ。
更によく見ると若者の胸は培楽よりも豊かな膨らみを持っている。
(……女性?! 代理は男の人だったよね?)
「……すみません、実行者の方とお見受けしますが……」
若者が培楽に話しかけた。聞き覚えのある代理の声ではなく、完全に女性の声だ。
「申し訳ありません。彼女にはまだ伝えておりませんでした」
先生が若者の前に進み出て頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。わたくしが『当代の代理』となります。二年前に契約を結んだのは『先代の代理』。わたくしは先代の妹になります……」
若者が自身の立場について皆に説明した。
事情を知らなかったのは培楽だけではなかったようで、ケージや社長などが彼女に質問を投げかけていた。
「……『当代の代理』ですと兄と区別がつきにくいですね。『代理の代理』ですので、わたくしのことは『復代理』とお呼びください」
若者改め復代理の提案に、集まっている皆がそれがいいと賛成した。
やはり「代理」は二年前に契約の場にいた彼でなければしっくりこないのだ。
「これで全員でしょうか?」
復代理がヒロシに尋ねた。ヒロシがそうだとうなずく。
「……?」
そんなはずはない、と培楽が首を傾げた。ダンとタケのことがあったとしても一人足りない。
培楽が主任の方をチラッと見る。培楽の予想通りであれば彼女も違和感を覚えているはずだ。
だが、主任の表情からはその心中は窺い知れない。
「あー、そうか。連絡が行っていなかったのか。すまない」
培楽の様子に気付いたヒロシが顔をしかめた。
「ったくよぉ、そのくらい事前に伝えておけよ!」
ケージが毒づいた。
「まあまあ。私からお伝えしますよ。状況を一番よく知っていますから」
ツトムが割って入った。
先生と主任がツトムに視線を向けた。どうやら彼らも事情を知らないのだろうと培楽は考えた。
「おっかさんは……残念ながら亡くなりました」
予想していた答えとはいえ、実際に言葉で聞かされると改めてその意味を思い知らされる。
「あの……契約のときの怪我が原因、でしょうか……?」
培楽が恐る恐る尋ねてみる。
しかし、ツトムは首を横に振った。
「いいえ。去年の暮れに血管の病気で亡くなりました。契約とは何の関係もありません……」
意外な答えに培楽だけではなく、主任や先生までもが顔を見合わせた。
昨年の一二月のある日、仕入れを終えて職場に戻る途中、道端に倒れているおっかさんをツトムが見つけたそうだ。
そのまま病院に運んだものの、病院に到着した直後に亡くなったとのことであった。
「殺しても死にそうもない婆だったのにな……まあ、契約の後は『やることはやったんだから何をしてもいいだろ。アタシのような年寄りの役割は契約までなんだから! あとは若いのに任せな』って悪態をついてばかりだったけどな……」
社長が過去を懐かしむかのような顔を見せた。
おっかさんの死が契約と何の関係も無さそうだったことから、それ以上彼女のことを語る者はなかった。
「約束の午前零時まではあと三時間四〇分くらいですね。二〇時四五分になりましたら出発しますので、ガレージに集まってください。それまでに着替えなど準備が必要な方は済ませておくようお願いします」
復代理の指示に、皆がいったんその場を離れた。
培楽と主任、そして復代理の三人の女性陣には、二年前にも使った客間が割り当てられていた。
培楽もそこで持参していたハイキング用の服に着替え、出発のときが来るのを待つ。
(復代理さんは美人さんだな……代理にそっくりだし……)
培楽が着替え中の復代理をじっと見つめている。
「あの……何かおかしなことでもありますでしょうか?」
視線に気付いた復代理が培楽に声をかけた。
「あ、そのぅ、お兄さんによく似ているな、って……」
慌てて培楽が視線を逸らす。
「兄は一族で初めて契約に成功しました。わたくしは偉大な兄の成果の確認に赴くだけの存在です。買い被りもいいところですよ」
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視線を彼女の方に戻した培楽はあることを思い出し、話題を転じるために尋ねてみようと考える。
「あの……契約の内容はご存知でしょうか? 実は私、契約の内容を知らされていなくって……」
培楽が右手首の印を復代理の方に向けた。
「あ、そうなのですか? 申し訳ないのですが、わたくしが知らされている情報に貴女に関するものが見当たらなくて、どのようなお立場の方なのか……」
「木口さんの立場については私から説明いたします」
困惑した様子の復代理を見かねたのか、主任が割り込んできた。
「こぐち、さん……?」
復代理が首を傾げている。
「彼女の印は代理、すなわち貴女のお兄さんが契約を終えた後に浮かびあがったものです。彼女が呼称を持たないのもそのためなのです」
「ああ、そうでしたか……」
主任の説明に復代理が納得した様子でうなずいた。
そして、培楽の方を向き、
「……それでしたら、契約の内容をお伝えするのは兄の役割だと思います。木口さん、でしたか。申し訳ありませんが、この後契約の地に赴けば兄から直接話を聞く機会が得られるでしょう」
と告げた。
「わかりました。直接聞いてみます」
はぐらかされたような気もするが、培楽にとって悪い答えではなかった。
やはり代理の口から直接話してもらったほうが納得できる、そう考えたのだ。
二〇時四〇分、培楽と主任と復代理の三人がガレージへと移動した。
ガレージには二〇名くらいが乗車できるマイクロバスが停車している。
ツトムの職場である旅館の名前が入っているので、彼が職場から持ち出したようだった。
「よくこの車を持ち出せましたね。確か……」
培楽が運転席に座っているツトムに話しかけた。
ツトムが勤める旅館の幹部には代理達に敵対する勢力の者達もいるはずだ。少なくとも培楽はそう記憶している。
「契約が結ばれてしまったので、連中は私たちに敵対する行動が取れなくなったのです。ですから今回は安心して登山道を歩けますよ!」
ツトムが明るい声で答えたので、培楽が本当かと主任と復代理の方に視線を向けた。
二人とも無言でうなずいたので、それならと培楽もそれ以上質問することはしなかった。
二〇時四五分、予定通りにマイクロバスが出発した。
ツトムの運転で、復代理、先生、主任、ケージ、社長、コーチ、ヒロシ、そして培楽の九名で登山口にある駐車場へと向かう。
バスの中で復代理から説明があり、今回は九人全員で契約の場である山頂に向かうことになると発表された。実行者、協力者の区別をしないという。
登山道から目的の山頂に向かう道中、妨害らしい妨害は何一つなかった。
街灯などない暗い山道、それも途中からは整備もされていない場所を通るのはそれなりに骨が折れるが、二年前と比べれば培楽にとってですら大した苦労ではなかった。
三時間弱で目的となる山頂にたどり着き、石柱を九人で囲むようにしてその時が訪れるのを待つ。
深夜零時、石柱の周囲が白く光り出した。
九人の視界が一瞬にして真っ白になる。培楽もあまりのまぶしさに顔を手で覆う。
しばらくして光が少し弱まり、それにつれて目が慣れてくると、少し離れた場所から三つの人影がこちらに向かってくるのが見えた。
「兄です!」
復代理が人影の方を指差した。その声は喜びで弾んでいるように培楽には思われた。
人影が九人の方に向かってゆっくりと歩いてくる。
先頭は一組の若い男女で、培楽の知らない顔だ。
培楽が小声で主任と復代理に尋ねたが、二人とも知らない顔だと答えた。
「あ……」
男女の後ろに懐かしい顔が見えてきた。培楽の目にもはっきりとそれが代理だとわかる。
見れば見るほど妹の復代理とはそっくりだ。
三人が石柱のところに到達すると、代理がお待たせして申し訳ありません、と頭を下げた。
「け、契約は一体どのようになったのでしょうか?」
代理のもとに妹の復代理が駆け寄って、興奮した様子で尋ねた。
すると代理は復代理に「待たせてすまなかった」と詫びた後、待っていた九人に状況を説明すると告げた。
九人が代理の前に集まると、代理は先頭を歩いていた男女に前に出るよう促した。
男女が前に進み出る。この二人はいずれも代理や復代理と同世代の二〇歳前後に見える。
不思議なのは二人とも人間であることは間違い無さそうなのだが、この世のものとは思えない雰囲気を纏っていることであった。
それは決して不快なものではなく、敢えて言えば不自然なほどに穢れや混ざり気のない、そんな雰囲気である。
「準備は終わった。これより契約に従い、世界は新たな理に基づいて営まれることになる。以上」
女性の方が無機質な声で宣言した。
「皆様、世界の理は変わりました。ここにいらっしゃる皆様はその瞬間を見届けられたことになります。ご協力に感謝します」
今度は男性の方が頭を下げた。こちらの声も無機質だ。
「ありがとうございました。私と妹はこれで役割を終えることになります。後のことはよろしくお願いいたします」
「「承知した」」
代理の言葉に男女は機械的な動作で頭を下げた。
その直後、二人の姿は霧となり、少しして消えた。周囲を照らしていた白い光も消え、夜の闇が周囲を覆った。
「……これで全てが無事完了しました。戻りましょう」
「はい。私が先導します」
代理の言葉に主任が進み出て全員で帰路につくこととなった。
「培楽さん、失礼します」
皆が来た道を戻りだした直後、代理が培楽の脇に駆け寄ってきた。
「代理さん、よくご無事で……」
代理に話したいことは山ほどあったが、そう答えるのが精一杯だった。
「培楽さんはやはりこちら側の方でしたね。申し訳ないことに大変なことに巻き込んでしまいましたが、来ていただけて嬉しいです!」
代理が興奮した様子でまくし立てるように言った。二年前にはなかったことだ。
「あ、ありがとうございます……」
代理の意外な一面が見られたことに、培楽は安堵した。
無事に再会できたことの嬉しさもある。
だが、それ以上に彼が普通の若者だったことが喜ばしく、そして微笑ましく思われたのだ。
落ち着きを取り戻した培楽は、二年間抱えていた疑問を代理にぶつけてみることにした。
「あの……二年前に答えてもらえなかったことに答えてもらえますか?」
培楽が代理に右手首の印を示した。
「もちろんです。あの契約は……」
代理の言葉に培楽がごくりと唾を飲む。
「……人だけで世界のことを決める権利……これを返上したのです。世界のことは人だけではなく存在するあらゆる意思や感情を持つものたちで決めるべきことでしょうから。人が力に任せて勝手に振る舞う時代が終わったのです」
「人だけで、世界を、決めない……ということでしょうか?」
代理の答えに培楽は一つ一つ言葉を区切って尋ねた。
「ええ、その通りです」
答えを聞いた培楽は、自分が代理の側に選ばれた理由が納得できたような気がした。
仕事で嫌なことがあるたびに抱いていた感情に対する答えが得られたと考えたからだ。
「……ありがとうございます。詳しいことは山を下りたら教えてください!」
培楽が晴れやかな表情で代理に声をかけると、代理はええと穏やかな顔でうなずいたのだった。
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