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29:それからのこと
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契約の場から帰宅した培楽は、翌日から仕事に復帰した。
金曜日は代休であったし、土日は会社が休みだったため、培楽は何事もなかったかのように振る舞っていた。
会社の人達も彼女に起きた出来事に気付くことなく、時は流れていった。
右手首に浮かび上がった両矢印の印は消えることがなかったが、培楽はリストバンドやテーピングでそれを隠し続けた。
周囲には腱鞘炎と伝えていたので、訝しがられることもなかった。
酔っぱらった勢いで送った主任宛てのメッセージには、二週間後に返信が来ていた。
「申し訳ありません。私は現在X国で仕事をしていますので、お会いできそうにありません。もし木口さんがX国へ来られる際はご連絡ください」
返信を見て培楽は自分の軽挙を大いに恥じたが、主任の機嫌を損ねなかったことに対してはほっと安堵の息をついたのだった。
家に戻ってからずっと、事件に関する報道や書き込みがないか、培楽はネットやテレビのニュースなどを調べ続けていた。
だが、一向にそのような報道や書き込みが登場することはなかった。当然、恐れていた警察による取り調べなどもなかった。
※※
そして二年が過ぎた。
二年後の四月一日、二八歳となっていた培楽はリーダー職に昇進した。
実態は部下のいない一兵卒であるが、顧客に対する箔付けと少しだが給料が上がるというメリットも得ていた。
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」
今でも時折代理のこの言葉を思い出す。
思い出すたびに培楽は右手首の印に視線を向ける。
(私……代理の言う「こちら側」だったんだ……)
印に目を向けたとき、培楽の脳裏には必ず次の代理の言葉が浮かんできた。
「……培楽さん、やはり貴女もこちら側の方だったようです。申し訳ありませんがお二人とも、二年待ってください……」
代理の言っていた「二年後」まであと三週間ほどに迫った四月下旬のある日、培楽のスマホに一通のメッセージが届いた。
「あれ……? 主任さん?」
海外のX国で仕事をしているため、培楽の誘いを断った主任からのメッセージだった。
結局、この二年の間培楽が日本を離れることは一度もなく、主任と顔を合わせることもなかった。
(……うちの会社、役職名が日本語じゃなくてよかった……「リーダー」じゃなくて「主任」だったら……)
培楽は身も蓋もないことを考えながら、メッセージを開く。
「五月二〇日の二〇時にxx酒店に集合します」
文面はこれだけであった。
xx酒店とは、契約の地に赴く前に培楽と代理、そして先生が身を隠していたヒロシが経営する酒屋の名前だ。
培楽はスマホで地図検索し、xx酒店の場所を確認する。
(お店は……まだある。駅から歩いて一五分くらい……一八時過ぎに会社を出れば間に合いそう……よし!)
培楽は五月二一日と二二日の二日間休暇をとることにし、「二年後」に備えた。
※※
五月二〇日の一八時過ぎにオフィスを出た培楽は、そのまま帰宅することなくY県へと向かう。
目的のxx酒店は、鷲河山登山口がある駅の一つ先の駅が最寄り駅となっている。
(二年前、ここでお酒を飲んでいたらあの人たちが……)
一九時半の少し前、培楽の乗った電車は目的の駅の二つ手前に到達していた。
この駅のすぐ近くにあるカフェで晩酌を楽しんでいたところ、培楽は代理達と一緒にパトカーに連れ込まれた。これが培楽にとっての事件の始まりだった。
「結局、また来ちゃったな……」
培楽がぽつりとつぶやいた。
車内にいる客はまばらで、彼女のつぶやきを耳にした者はなさそうだった。
一五分ほどして目的の駅に到着し、培楽は電車を降りた。
二年前の五月二一日の朝、この駅から電車に乗って培楽は三日ぶりに自宅に戻ったのだった。
「変わって……ないか」
培楽の言葉通り、駅の周辺は二年前と全く変わっていなかった。
違いは他の乗降客の有無だった。
二年前にここから電車に乗ったときは、ハイキング客と思われる人々の姿があったが、今はない。
一九時四〇分過ぎという時間が理由だ。週末の午前中であれば二年前に培楽が見たのと同じようにハイキング客の姿があるはずだ。
「あ……直接お店に行っちゃっていいのかな?」
一〇分ほど歩いたところで、ふと、培楽はどこに顔を出せば良いのかわかっていないことに気付いた。
主任からのメッセージには店の名前しか書かれていなかった。
二年前培楽が身を潜めていたのは主に客間で、その他に倉庫やガレージへ行き来したが、いずれも外からいきなり入っていける場所ではない。
(……誰か近くを歩いているかもしれないか。行こう)
培楽が足を早めた。
少し歩いて「xx酒店」の看板が見えてきた。
店の前に人影があるが、距離があるので誰だかわからない。
培楽がパタパタと走り出した。
店の前の人影も向かってくる培楽に気付いたようで、彼女の方を向いた。
「木口さん、こちらです!」
「主任さん!」
培楽が人影の方に駆け寄っていく。人影は二年前に飲みに誘ったが断られた主任であった。
「……他の皆さんは?」
培楽が主任に尋ねた。
「もう少ししたらヒロシさんが中に案内してくれますので、そのときにわかると思います」
主任の言葉通り、五分ほどしてヒロシが店から出てきて、二人を中に招き入れた。
二年前には入ることがなかった店舗を通り抜け、倉庫の方へと移動する。
倉庫の一角には二年前に無かったテーブルと椅子が置かれた二〇人ほどが入れるスペースがあった。
ヒロシによると昨年から角打ちを始めたそうで、案内されたのは角打ちのためのスペースらしい。
二人をテーブルへ案内すると、ヒロシは他のメンバーを待つと言って店へと戻っていた。
「あんた、来たのか?」
近くの椅子に主任と向かい合わせに培楽が腰掛けると、倉庫の奥の方にいた作業着姿の男が近寄ってきた。
「ケージさん、お久しぶりです……」
培楽が身じろぎしながら挨拶した。
「……」
ケージは無言で培楽を睨みつけている。
「……彼女に対して失礼ではないでしょうか?」
主任が立ち上がり、すっと培楽とケージの間に割って入る。
「失礼? こっちにだって死人が出たんだ! いきなり割り込んできたどこの馬の骨とも知れねえ奴が何食わぬ顔してここにいるってのには納得できねえ。隠れずにノコノコやって来た度胸に免じて手は出さずにいてやるが、タケの奴がやられたのもこいつが何かやった……」
「木口さん、失礼します」
ケージの言葉を聞いた主任が培楽の方を向いた。
そして、培楽のシャツの右側の袖をめくり、右手首を隠しているリストバンドを外した。
「これを」
主任が培楽の右手をケージに向かって突き出した。
「なぁぁぁぁぁっ! 何だと?!」
ケージの両目が驚愕に見開かれた。
「……彼女は実行者です。暴言は慎んでください! 特に最後の言葉は絶対に許容できません!」
「あ、あの……そこまで……」
主任のあまりの剣幕に、培楽が穏便にと彼女を止める。
「……すまねえ。さっきのは取り消す」
今度はケージが素直に頭を垂れた。
「は、はあ……別に私は……問題ないです」
ケージの豹変ぶりに呆気にとられながら、培楽が答えた。
「で、いつから知っていた?」
険しい表情のままケージが主任に尋ねた。
「契約を終えて下山する途中、木口さんが腕を伸ばしたときに……見てしまいました」
「待て! 社長のところで見たときにはそんなものはなかったはずだぞ! 主任も印はないと言っていたじゃないか!」
「……私の見間違いでなければ。ですが、私だけでなく代理も印はないと仰っていたので、恐らく当時はなかったのだと思います」
培楽を無視してケージと主任のやり取りが続いている。
会話に入れない培楽は茫然とやり取りを見守っている。
「……印が突然浮かんでくることがあるというのは聞いたことがあるが……二年前まで見つけ出せなかったというのは初耳だぞ? 社長に後で確認してみるか……」
ケージが矛を収めた。納得はできていないようだが目の前に現実として突きつけられた以上、否定することはできないと考えたようだった。
「あの……他の方は?」
ケージが落ち着いたので、ようやく培楽が会話に加わることができた。
「社長とコーチはもうすぐ来るはずだ。俺はここへ来る前に社長のところに寄ってきたからな。ダンとタケさんのことは……そっちのほうがよく知っているだろう……」
ダンとタケの名前を挙げた後、ケージが目を閉じて首を横に振った。
「……」
培楽がチラッと主任の方を見る。
「……二人に関してはあの後、事件などになった様子がありませんでしたが?」
培楽の意図を汲んだのか、主任が知りたいことを代わりに尋ねてくれた。
「俺にもよくわからねえ。警察は来たんだが、猟銃の暴発とかで事件性がないってことで事故として処理されたのは知っている。どう考えても事故じゃねえのは一目瞭然なんだがな……」
ケージが首を傾げている。
話を聞いた培楽も警察の対応を疑問に思ったが、ニュースなどにならなかった理由についてはようやく理解できた。
「他は……おっと、おいでなすったな……」
他のメンバーの状況を説明しようとしたところで、ヒロシに案内された二人組の男が入ってきた。一人が年配で、もう一人は中年だ。
二人ともポロシャツにチノパンという恰好で、農作業の服装ではない。
「ご無沙汰しております」
主任が入ってきた二人組に向けて頭を下げた。
「久しぶりだな」「よろしくお願いします」
二人組が主任に短く挨拶した。
二人組は協力者である社長とコーチだった。
二人が空いた椅子を見つけて腰掛ける。何度かここを訪れたことがあるのだろうか、手慣れた様子であった。
その後数分は沈黙が続いたが、今度はヒロシが三人組を引きつれてやって来た。
「おう、ツトム、来たか」
ケージが手を挙げた。ヒロシのすぐ後ろを歩いているのは、金髪で眼鏡をかけた男であった。
「すみません。やっと仕事が終わったので来ることができました」
近所の旅館に勤めているツトムであった。
ツトムの後ろを歩いているのは、長身でがっしりした体格の大男だった。
見覚えのある姿に主任と培楽が視線を向ける。
「皆様、ご無沙汰しております」
大男が丁寧に頭を下げた。
「先生……」
培楽が大男の姿を目にして、その場に立ち尽くす。
大男は代理を守る使命を負い、見事それを成し遂げた先生であった。
主任が先生に駆け寄り、短く言葉を交わす。
「皆様、『代理』をお連れしました」
先生がすっと脇に移動すると、その後ろから中性的な顔姿の若者が姿を現した。
「代理さん!」
培楽が喜びに満ちた視線を若者へと向けた。
金曜日は代休であったし、土日は会社が休みだったため、培楽は何事もなかったかのように振る舞っていた。
会社の人達も彼女に起きた出来事に気付くことなく、時は流れていった。
右手首に浮かび上がった両矢印の印は消えることがなかったが、培楽はリストバンドやテーピングでそれを隠し続けた。
周囲には腱鞘炎と伝えていたので、訝しがられることもなかった。
酔っぱらった勢いで送った主任宛てのメッセージには、二週間後に返信が来ていた。
「申し訳ありません。私は現在X国で仕事をしていますので、お会いできそうにありません。もし木口さんがX国へ来られる際はご連絡ください」
返信を見て培楽は自分の軽挙を大いに恥じたが、主任の機嫌を損ねなかったことに対してはほっと安堵の息をついたのだった。
家に戻ってからずっと、事件に関する報道や書き込みがないか、培楽はネットやテレビのニュースなどを調べ続けていた。
だが、一向にそのような報道や書き込みが登場することはなかった。当然、恐れていた警察による取り調べなどもなかった。
※※
そして二年が過ぎた。
二年後の四月一日、二八歳となっていた培楽はリーダー職に昇進した。
実態は部下のいない一兵卒であるが、顧客に対する箔付けと少しだが給料が上がるというメリットも得ていた。
「……今は印がないですけど、貴女は敵ではなくこちら側の方の様に思います」
「最後まで……契約書にサインをもらうまでお付き合いいただければ、あなたが我々側の人かそうでないかがわかると思います。もし、我々側でしたら……」
今でも時折代理のこの言葉を思い出す。
思い出すたびに培楽は右手首の印に視線を向ける。
(私……代理の言う「こちら側」だったんだ……)
印に目を向けたとき、培楽の脳裏には必ず次の代理の言葉が浮かんできた。
「……培楽さん、やはり貴女もこちら側の方だったようです。申し訳ありませんがお二人とも、二年待ってください……」
代理の言っていた「二年後」まであと三週間ほどに迫った四月下旬のある日、培楽のスマホに一通のメッセージが届いた。
「あれ……? 主任さん?」
海外のX国で仕事をしているため、培楽の誘いを断った主任からのメッセージだった。
結局、この二年の間培楽が日本を離れることは一度もなく、主任と顔を合わせることもなかった。
(……うちの会社、役職名が日本語じゃなくてよかった……「リーダー」じゃなくて「主任」だったら……)
培楽は身も蓋もないことを考えながら、メッセージを開く。
「五月二〇日の二〇時にxx酒店に集合します」
文面はこれだけであった。
xx酒店とは、契約の地に赴く前に培楽と代理、そして先生が身を隠していたヒロシが経営する酒屋の名前だ。
培楽はスマホで地図検索し、xx酒店の場所を確認する。
(お店は……まだある。駅から歩いて一五分くらい……一八時過ぎに会社を出れば間に合いそう……よし!)
培楽は五月二一日と二二日の二日間休暇をとることにし、「二年後」に備えた。
※※
五月二〇日の一八時過ぎにオフィスを出た培楽は、そのまま帰宅することなくY県へと向かう。
目的のxx酒店は、鷲河山登山口がある駅の一つ先の駅が最寄り駅となっている。
(二年前、ここでお酒を飲んでいたらあの人たちが……)
一九時半の少し前、培楽の乗った電車は目的の駅の二つ手前に到達していた。
この駅のすぐ近くにあるカフェで晩酌を楽しんでいたところ、培楽は代理達と一緒にパトカーに連れ込まれた。これが培楽にとっての事件の始まりだった。
「結局、また来ちゃったな……」
培楽がぽつりとつぶやいた。
車内にいる客はまばらで、彼女のつぶやきを耳にした者はなさそうだった。
一五分ほどして目的の駅に到着し、培楽は電車を降りた。
二年前の五月二一日の朝、この駅から電車に乗って培楽は三日ぶりに自宅に戻ったのだった。
「変わって……ないか」
培楽の言葉通り、駅の周辺は二年前と全く変わっていなかった。
違いは他の乗降客の有無だった。
二年前にここから電車に乗ったときは、ハイキング客と思われる人々の姿があったが、今はない。
一九時四〇分過ぎという時間が理由だ。週末の午前中であれば二年前に培楽が見たのと同じようにハイキング客の姿があるはずだ。
「あ……直接お店に行っちゃっていいのかな?」
一〇分ほど歩いたところで、ふと、培楽はどこに顔を出せば良いのかわかっていないことに気付いた。
主任からのメッセージには店の名前しか書かれていなかった。
二年前培楽が身を潜めていたのは主に客間で、その他に倉庫やガレージへ行き来したが、いずれも外からいきなり入っていける場所ではない。
(……誰か近くを歩いているかもしれないか。行こう)
培楽が足を早めた。
少し歩いて「xx酒店」の看板が見えてきた。
店の前に人影があるが、距離があるので誰だかわからない。
培楽がパタパタと走り出した。
店の前の人影も向かってくる培楽に気付いたようで、彼女の方を向いた。
「木口さん、こちらです!」
「主任さん!」
培楽が人影の方に駆け寄っていく。人影は二年前に飲みに誘ったが断られた主任であった。
「……他の皆さんは?」
培楽が主任に尋ねた。
「もう少ししたらヒロシさんが中に案内してくれますので、そのときにわかると思います」
主任の言葉通り、五分ほどしてヒロシが店から出てきて、二人を中に招き入れた。
二年前には入ることがなかった店舗を通り抜け、倉庫の方へと移動する。
倉庫の一角には二年前に無かったテーブルと椅子が置かれた二〇人ほどが入れるスペースがあった。
ヒロシによると昨年から角打ちを始めたそうで、案内されたのは角打ちのためのスペースらしい。
二人をテーブルへ案内すると、ヒロシは他のメンバーを待つと言って店へと戻っていた。
「あんた、来たのか?」
近くの椅子に主任と向かい合わせに培楽が腰掛けると、倉庫の奥の方にいた作業着姿の男が近寄ってきた。
「ケージさん、お久しぶりです……」
培楽が身じろぎしながら挨拶した。
「……」
ケージは無言で培楽を睨みつけている。
「……彼女に対して失礼ではないでしょうか?」
主任が立ち上がり、すっと培楽とケージの間に割って入る。
「失礼? こっちにだって死人が出たんだ! いきなり割り込んできたどこの馬の骨とも知れねえ奴が何食わぬ顔してここにいるってのには納得できねえ。隠れずにノコノコやって来た度胸に免じて手は出さずにいてやるが、タケの奴がやられたのもこいつが何かやった……」
「木口さん、失礼します」
ケージの言葉を聞いた主任が培楽の方を向いた。
そして、培楽のシャツの右側の袖をめくり、右手首を隠しているリストバンドを外した。
「これを」
主任が培楽の右手をケージに向かって突き出した。
「なぁぁぁぁぁっ! 何だと?!」
ケージの両目が驚愕に見開かれた。
「……彼女は実行者です。暴言は慎んでください! 特に最後の言葉は絶対に許容できません!」
「あ、あの……そこまで……」
主任のあまりの剣幕に、培楽が穏便にと彼女を止める。
「……すまねえ。さっきのは取り消す」
今度はケージが素直に頭を垂れた。
「は、はあ……別に私は……問題ないです」
ケージの豹変ぶりに呆気にとられながら、培楽が答えた。
「で、いつから知っていた?」
険しい表情のままケージが主任に尋ねた。
「契約を終えて下山する途中、木口さんが腕を伸ばしたときに……見てしまいました」
「待て! 社長のところで見たときにはそんなものはなかったはずだぞ! 主任も印はないと言っていたじゃないか!」
「……私の見間違いでなければ。ですが、私だけでなく代理も印はないと仰っていたので、恐らく当時はなかったのだと思います」
培楽を無視してケージと主任のやり取りが続いている。
会話に入れない培楽は茫然とやり取りを見守っている。
「……印が突然浮かんでくることがあるというのは聞いたことがあるが……二年前まで見つけ出せなかったというのは初耳だぞ? 社長に後で確認してみるか……」
ケージが矛を収めた。納得はできていないようだが目の前に現実として突きつけられた以上、否定することはできないと考えたようだった。
「あの……他の方は?」
ケージが落ち着いたので、ようやく培楽が会話に加わることができた。
「社長とコーチはもうすぐ来るはずだ。俺はここへ来る前に社長のところに寄ってきたからな。ダンとタケさんのことは……そっちのほうがよく知っているだろう……」
ダンとタケの名前を挙げた後、ケージが目を閉じて首を横に振った。
「……」
培楽がチラッと主任の方を見る。
「……二人に関してはあの後、事件などになった様子がありませんでしたが?」
培楽の意図を汲んだのか、主任が知りたいことを代わりに尋ねてくれた。
「俺にもよくわからねえ。警察は来たんだが、猟銃の暴発とかで事件性がないってことで事故として処理されたのは知っている。どう考えても事故じゃねえのは一目瞭然なんだがな……」
ケージが首を傾げている。
話を聞いた培楽も警察の対応を疑問に思ったが、ニュースなどにならなかった理由についてはようやく理解できた。
「他は……おっと、おいでなすったな……」
他のメンバーの状況を説明しようとしたところで、ヒロシに案内された二人組の男が入ってきた。一人が年配で、もう一人は中年だ。
二人ともポロシャツにチノパンという恰好で、農作業の服装ではない。
「ご無沙汰しております」
主任が入ってきた二人組に向けて頭を下げた。
「久しぶりだな」「よろしくお願いします」
二人組が主任に短く挨拶した。
二人組は協力者である社長とコーチだった。
二人が空いた椅子を見つけて腰掛ける。何度かここを訪れたことがあるのだろうか、手慣れた様子であった。
その後数分は沈黙が続いたが、今度はヒロシが三人組を引きつれてやって来た。
「おう、ツトム、来たか」
ケージが手を挙げた。ヒロシのすぐ後ろを歩いているのは、金髪で眼鏡をかけた男であった。
「すみません。やっと仕事が終わったので来ることができました」
近所の旅館に勤めているツトムであった。
ツトムの後ろを歩いているのは、長身でがっしりした体格の大男だった。
見覚えのある姿に主任と培楽が視線を向ける。
「皆様、ご無沙汰しております」
大男が丁寧に頭を下げた。
「先生……」
培楽が大男の姿を目にして、その場に立ち尽くす。
大男は代理を守る使命を負い、見事それを成し遂げた先生であった。
主任が先生に駆け寄り、短く言葉を交わす。
「皆様、『代理』をお連れしました」
先生がすっと脇に移動すると、その後ろから中性的な顔姿の若者が姿を現した。
「代理さん!」
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