精霊界移住相談カフェ「ケルークス」

空乃参三

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第二章

体験ツアーその2

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 マナにつけるディップは今回四種類用意することになっていた。
 そのうち一種類は存在界にある材料を使う。これはイサベルが運んで来たものだ。
 残りの三種類は精霊界の材料を使う。

 少しディップの種類が多すぎる気もするが、あまりに食事が単調だと飽きられるだろうということでこうなったのだ。

「味付けはディップで変えるということですか。なるほど、興味深い……」
「私たち精霊は辛い味付けに馴染みがない種類も結構いるのだよね」
 イドイさんと彼を担当している草木の精霊メリアスのレジーナが話をしている。
 彼に対しては移住希望者が娘さんであるため、彼女の相手となり得る男性型の精霊を担当につけるという話もあったのだが、本人の希望で女性型の精霊が担当している。
 レジーナは博識で知られており、研究者のイドイさんの相手にはうってつけだ。
「ケルークス」にも時々来店するので、私も彼女とは面識がある。

「ほう、辛いというのにもいくつかパターンがありますが、精霊界に馴染みが薄いのはどの『辛い』なのですか?」
「精霊は甘いもの好きだからね。しょっぱいのは割と馴染みあるけど、これすら苦手という精霊もいるね。唐辛子の辛さは男性型の精霊や火の精霊には最近ウケてる。アタシもカキノタネくらいなら平気ね」
「辛子とか山葵はどうですかな?」
「うーん、男性型の精霊には好きなのもいるけどね、アタシは無理。仲間の草木から拒否されているように感じちゃうのね。唐辛子の辛さも同じはずなのに、何故かそっちは平気だから不思議」
「辛さについて区別されているという貴重な情報を聞くことができました。ありがとうございます」
 イドイさんは妙なところで感心しているが、これが研究者の感性というものなのだろうか?

 一時間弱でディップ作りが完了し、次はいよいよ夕食会となる。
 食事は先ほど作ったマナとディップ、飲み物は「ケルークス」のメニューから参加者に選んでもらう。
 メニューには存在界の飲み物もあるが、参加者は皆精霊界の飲み物を選んだ。
 私はカーリンの造ったアンブロシア酒をいただく。

「じゃ、最初はボクたちが演奏して歌うから、聴いてね! 合わせて歌ったり、手拍子は大歓迎!」
 店の一部に (相談員たちが)即席のステージを作り、その上でパン、エコー、セイレーンなどによる楽団が演奏を開始した。
 精霊たちは基本的に陽気で軽妙な音楽を好むので、彼らが演奏しているのもそういった曲だ。

「ヨーロッパの居酒屋みたいですね」
「知らない曲ばかりですけど、それが新鮮ですね。私たちの世界にないリズムが興味深い」
「でも、歌詞は聞き取れるわ。わざわざ日本語で歌ってくれているのかしら?」
「歌い方に不自然なところがないが……リズムに合う歌詞に直すのは大変だと思うが……」
 参加者は今になって精霊たちの言葉が理解できることに疑問を覚えたようだ。

 精霊や私のような魂霊は、自らの意思を言葉として発している。
 当たり前だろう、と思われるかも知れないが、皆さんが想像されるものとは少し異なるはずだ。

「精霊や私のような魂霊は『こういうことを伝えたいな』と思うと、自働的にそれが相手に伝わる言葉になって口から出てくるという能力を持っているのです。もちろん普通に話すこともできるのですが」
「??」
 私の説明に参加者たちが一斉に首を傾げた。
 私もこちらに来たばかりのときは、「こう伝えたい」と思うだけでそれが口から言葉になって出てくる、ということには慣れなかった。
 精霊たちは普段からこの方法で会話をしているので慣れっこだが、人間の時代にこのような形で会話をしたことがない私にはしっくりこなかったのを覚えている。

「では、我々の言葉はどうして彼らに通じているのですか?」
 ウエバヤシさんが尋ねてきた。この手の質問をするならイドイさんかと思っていたが、どうやら彼はカラクリを知っているようだ。
「上の方から私たちに伝わる言葉で聞こえているんだよー」
 ノームのピアが種明かしをした。

 実はマイクとスピーカーを魔法で精霊界仕様にする際に翻訳の機能を付けているのだ。
 そのため建物内で人間が話すと、同時にスピーカーから精霊にわかる言葉で聞こえてくる。
 ちなみに存在界への出張組は魔法で妖精になると自動的に人間の言葉を理解し、話すことができるという。ほとんど反則だ。
 アイリスのように魔法無しで日本語を解する精霊もいるが、これは少数派だ。

「ほう、なかなか高度な技術ですな」
「私たち精霊は魔法や魔術で片付けちゃうからね」
「便利なものですな」
 ウエバヤシさんがピアの答えに納得したのかどうかわからないが、それ以上突っ込むことはしなかった。

 夕食が終わって、エノキモリさんが演奏に合わせて歌いたいと名乗り出た。
 どうやらカラオケ大会になるようだ。
 最初のシフトの私とエリシアとアイリスはここで退出。
 第二にシフトのベネディクトとドナート、そしてコレットに変わってもらう。ちょっと心配なメンバーだが、真面目人間のベネディクトがいれば大丈夫か。
 私とエリシアは第三シフトにも入っているので、いったん家で休んで翌朝「ケルークス」に戻ってくることになる。

 ━━翌朝━━
「お疲れ、交代の時間だ」
「ふあ~い」
 翌朝、私が「ケルークス」に出勤すると、テーブルの上に突っ伏していたコレットが起き上がって大欠伸した。
 早朝といえる時間だったのだが、店内にいたコレットとドナートに尋ねると四人の参加者全員が起きていて店の近くで思い思いの時間を過ごしているそうだと答えが返ってきた。
 そうだ、というのは店内にいるのは四人の参加者のうち二人だけだからだ。
 ドナートによれば最年長と思われるウエバヤシさんは、イサベルを連れて外を歩いているらしい。
 人間が出入りできる場所にいるのだろう。
 相談所の建物の周辺には存在界と精霊界の両方の特徴を持つ特殊なエリアがあり、そのエリアの中なら精霊、人間、魂霊の誰もが出入りできる。
 一方、アカヌマさんは、ベネディクトとピアに建物の中を案内してもらっているそうだ。

 精霊界と存在界の時の流れはまったく同じで、精霊界の朝五時半は存在界でも朝五時半だ。
 ツアーは昼食を終えた後、一三時半にイサベルの案内でこの建物を後にして、一五時に最寄りの駅で解散となっている。

 今日の予定は朝食後、精霊たちや他の移住者たちとの会話と質問タイム。
 相談員以外の移住者と話す機会はツアー以外にないので、貴重な時間といえるだろう。
 今日来る相談員ではない移住者三名は、全員移住前に日本で暮らしていた人たちだ。
 今回の参加者はすべて日本で暮らしている人だから、感覚が合うのではないかと思う。

「あ、アーベルさん、いらしていましたか。ということは交代の時間ですか?」
 そう言ってベネディクトが一人で店内に入ってきた。
「そうだけど、ベネディクトは一人なのか? ピアとアカヌマさんが一緒だと聞いたが……」
「いえ、帰るのが遅くなるとメイヴのテンションがおかしくなるから……」
「……それは仕方ないな」
 ベネディクトのパートナーであるメイヴはかなり力のある精霊なので何かと気を遣う。
 家ではベネディクトが完全に彼女を支配しているらしいが。

 少ししてエリシアも来たので、ベネディクト、コレット、そしてドナートには家に戻ってもらった。
 朝食が終わるまではエリシアと私で、その後にフランシスとアイリスが合流する。

 相談員が交代したところで、エノキモリさんがこう声をかけてきた。
「精霊の方は誰でも存在界にも出入りできると聞きましたので、この近くを一緒に歩いてきますね」
 エノキモリさんは、イドイさんと店内にいた精霊を連れて外に出ていった。
 こうなると店内に残された我々はすることもなく椅子に座っているだけだ。
 四人の参加者は皆元気で、それは良いことなのだが、精霊界への移住という点では気がかりな点もある。
 バイタリティのありすぎる人には向いていない世界なのではないか、と私は思うからだ。

 六時少し前にブリスがやって来て、その直後に上に自室のあるユーリが下りてきた。
 朝食の準備はこの四名で対応する。
 飲み物と昨日作ったマナを並べるだけだからそれほど大変な作業ではない。

 コーヒーを飲んでだらだら休憩した後、七時すぎから準備を開始する。
 七時一五分過ぎになって、外に出ていた参加者たちが続々と戻ってきた。
 いつの間にか建物の中の散策をしていたアカヌマさんとピアも外出組に合流していたらしい。

 会話と質問タイムは八時半からなのだが、この時間にやって来ている精霊も何体かいる。
 精霊は時間の感覚がルーズなのだが、どうもアイリスに「遅刻だけは絶対にダメ」と念を押されて早めに来たらしい。

「なら、朝食の間も質問とかは受け付けてしまう、ということでどうですか?」
 七時ニ〇分過ぎにやってきたアイリスに私はそう提案した。
 精霊の方も話をしたくてうずうずしているし、参加者の方も乗り気に見える。

「いいわよ。移住者は八時半に来るから、それまでは精霊たちと話していてね。寝足りない人は部屋で寝ていてもいいし」
 あっさりオーケーが出たので、朝食時間から参加者と精霊たちに話をしてもらう。

「やっぱり精霊にも好みの相手とかあるのかしら?」
「こういう人が好かれるとか、こういう人は苦手というのはある?」
「一人で複数のお相手を抱えているとお相手同士で揉めたり喧嘩になったりすることはないのでしょうか?」
「精霊たちの一日のスケジュールはどのようになっているのだ?」
 朝食が開始されてから、参加者たちは精霊たちに矢継ぎ早に質問を浴びせかけていった。

「好みはあるけど、人間や魂霊はボクら精霊の理想像を集めたようなものなんだ。人間もそういう理想像を絵や文章や人形などで表現するでしょう? それと同じ感覚だと思うよ」
「精霊に乱暴したりコキ使ったりしなければ大丈夫だと思うけどな……多分そういうことはできないはずだけど」
「モヤモヤすることはあるかも知れないわ。でも、契約している相手が嫌な思いをするだろうから、揉め事や喧嘩はできないかな……」
「うーん、皆でお話して、歌って、遊んで……かな?」
 精霊たちも人間と話ができるのが嬉しいのか、楽しそうに答えている。

 私は何十年か精霊界で暮らしているが、どうも契約に関する精霊の感覚は未だに十分に理解できていないような気がする。
 契約で特定の相手に縛られることについて、抵抗がないというかむしろ嬉々として受け入れているように思えるのだ。
 私のパートナー四体もそのように主張するし (これは私の前なので正直に話すのが憚られるという可能性もある)、アイリスも「契約」は少なくない精霊が強く望んでいると言っていた。
 何の縛りもない状態よりも、何かの縛りがあったほうが良いということなのだろうか?

 八時二〇分を過ぎたあたりで今日、話をする移住者たちが到着した。
 私とエリシアとユーリで急いで片付けとテーブルのセットを行う。
 この後はいよいよ精霊たち、移住者、ツアー参加者の会話&質問タイムだ。
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