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第二章
オリヴィアからの相談
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「アーベルさん、妹と一緒にオリヴィアさんのところに行くのですけど、ご一緒していただけますか?」
ある日、私がリビングで本を読んでいたところ、カーリンに声をかけられた。
「オリヴィアさん? ご近所さんかい? 私は構わないよ」
聞いたことのない名前であったが、カーリンやリーゼの知り合いなら顔を出しておいた方が良さそうだ。
私が精霊界に移住してから何十年かにはなるが、パートナーたちの知り合いで私が知らない者がいても不思議ではない。
人間にとっての百年は一生だが、精霊にとっての百年は人間の一年かそれより短いという感覚だ。
「恐らく顔を見ればわかると思います。では、アーベルさん。行きましょう」
「アーベルさま、行きましょう」
カーリンが私の右腕を、リーゼが左腕をがっちりと抱えて連行されるような姿で私は家を出た。
オリヴィアという精霊の住処がわからないので、私はどこへ向かえばよいかもわからない。
二体のパートナーの成すがまま、連れて行ってもらうのが得策のようだ。
しばらく歩いてクリーナー草が生い茂っている原っぱに出た。
前にニーナと訪れた場所とは異なる群生地だ。
原っぱの奥の方にログハウスのような小屋がある。
「こちらがオリヴィアさんのお住まいです」
「アーベル様、オリヴィアは中で待っていると思います」
オリヴィア家の前に到着したところで、カーリンとリーゼがようやく腕を放してくれた。
「オリヴィアさん! いらっしゃいますか!」
カーリンが大きな声でオリヴィアを呼んだ。
というのも小屋の扉は植物の葉を編んだカーテンのようなものなので、ノックしても音がしないからだ。
少しして黄緑色のセミロングの髪を丁寧に編み込んだ二十歳くらいの女性がすーっと浮きながらやってきた。
確かに「ケルークス」で何度も見ている顔だ。
「あ、カーリンにリーゼ、来てくれたんだね。ありがとう。それとアーベルもようこそ」
「君がオリヴィアだったのか。名前を覚えていなくて失礼した。『ケルークス』にクリーナー草を納品しているのは知っていたのだが……」
「名乗っていなかったからね。今日、カーリンとリーゼに来てもらったのもその関係なんだけどね。えーと……」
オリヴィアはカーリンとリーゼの顔をじーっと見た後、私の頭のてっぺんから足の先までを舐めまわすように見た。
精霊が魂霊に興味を持つことはよくあることなので、オリヴィアの行動を私が不快に思うことはない。
「カーリンとリーゼはいい相手と契約したね! 私もそろそろ相手探そうかな? まだそれほど『揺らいで』いるわけじゃないけど」
オリヴィアがカーリンとリーゼの肩を叩いた。どうやらカーリンとリーゼの契約者として及第点をもらえたようだ。
「アーベルさんは良くしてくれますから……それで用事は何ですか?」
「いいなぁ……で、本題に入るけど、アーベルさんは相談所の建物を増築する話って聞いている?」
そういえば、この前出勤したときにアイリスからそんな話を聞いたな。
体験ツアーの反省会で、スペースが足りないことは指摘されていた。
ツアーの後「ケルークス」を訪れる精霊の数も増えたので、「ケルークス」の店舗部分の拡張もするらしい。
「ケルークス」はユーリとブリスで切り盛りしているから、席数が増えると手が回らなくなる恐れがあると思うのだが……
「そういえば、所長ががそんな話をしていたな。となると……クリーナー草の納品回数か量を増やすことになるのかい?」
「さっすが! そこでカーリンとリーゼに相談になるのよね。案内するね」
オリヴィアが手を叩いて感心してみせた。何か人を乗せるのが上手そうな感じだ。
オリヴィアの案内で外のクリーナー草の草原を通り抜け、草の生えていない地面が広がっている場所に出た。
「今の量だとクリーナー草が足りなくなるみたいで、もう少し畑を広げたいんだけど、ここ大丈夫そうかな?」
オリヴィアが心配そうに地面を見ている。
「見てみますね。リーゼも手伝って」
「はい」
カーリンとリーゼが地面に手を当てた。
彼女らは水の精霊ニンフであり、近くにある水の在りかを感じ取ることができる。
この土地がクリーナー草を育てるのに十分な水を含んでいるか調べるのだ。
「……」
「……(コクコク)」
リーゼがカーリンに向かってうなずいてみせた。
「このあたりは大丈夫そうです。もう少し先も調べてみます」
カーリンが走って数十メートルほど移動した。
「お姉ちゃん、私はこっちを見てみます」
リーゼがそれに続いた。
「仲いいねー。やっぱり二人は元気が一番だねー」
オリヴィアが走っていく二体を微笑ましく見守っている。
「オリヴィアは昔からカーリンとリーゼを知っているのか?」
「まあ、はっきりといつからっていうのはわからないけどね。アイリスのいる相談所ができる前から知っているよ」
オリヴィアの言葉通りだと、どの魂霊よりも彼女とカーリンやリーゼとの付き合いは長いということになる。
アイリスが所長をしている相談所は一番古い相談所であり、魂霊が精霊界に移住してきたのは相談所ができた後だからだ。
「その頃と較べて二人が元気なら契約者としてはいいな、と思いますが」
昔の二人を知るオリヴィアであれば、すぐに答えは出るだろう。
私のしてきたことが正しいのか、第三者に採点してもらうにはいい機会だ。
「それは大丈夫じゃない? 私に紹介してきたってことは上手くいっていると思っているからだし、カーリンは一度溢壊しているからね。今は『揺らいで』すらいないよ」
オリヴィアが私の背中をぽすっと軽く叩いた。
口調は軽いが性質は穏やかなようだ。
「そう言ってもらえるのはお世辞でもありがたい。本人たち以外から評価を聞く機会があまりないから」
「他に二人いる契約者はよく知らないからわからないけどね。カーリンとリーゼについては今まで通り接していればいいと思うよ。アーベルのそういうところが二人には合っているのかな。あ、ちょっとゴメンね」
オリヴィアが不意に私の額の前に手をかざした。
「……?」
彼女が何をしたいのかよくわからないが、実害はなさそうなので抵抗はしない。
「……ふぅ。さすがに私じゃ大したことはわからないけど、アイリスが二人にアーベルを会わせたのはわかるなぁ」
「そうか……オリヴィアは相手の属性が見えるのか?」
「まあね。知り合いに魂霊があんまりいないから、試す機会がないのだけどね」
そう言ってオリヴィアが片目を閉じてみせた。
何か企んでいるのだろうか?
「オリヴィアー! アーベルさぁん! 聞こえますかー!」
遠くからカーリンの声が聞こえてきた。
「ああ、聞こえているよ!」
だいぶ距離がありそうだったので、大声で答えてみた。
「すみませーん! こちらにいらしていただけますかー! オリヴィアも連れてきてくださーい!」
「わかったーっ! 今行くっ!」
カーリンが私に来いというのは珍しい。彼女は自分が駆けつけてくる方のタイプだ。
恐らくオリヴィアに現場を確認させたいのだろう。
私がオリヴィアを連れて声のする方に行くと、カーリンとリーゼが離れて立っていた。
その距離は数十メートルくらいだろうか。
「オリヴィア! 私とリーゼが立っているところまでならクリーナー草を植えても大丈夫だと思います。ここから先はクリーナー草が水を吸うのに苦労しそうなので、目印をつけてはどうですか?」
「助かるね。早速目印を入れるよ」
オリヴィアはどこから取り出したのか、小さな杭を四本、カーリンとリーゼの立っている位置を結ぶ線上に打ち込んでいった。
「クリーナー草を動かすのは後でいいわね。これで頼み事は終わりだから、うちでお茶でも飲んでいかない?」
何だかあっさり問題が解決したようだ。
「アーベルさん、お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」「アーベルさま、オリヴィアのお茶はオススメです」
私の両脇からカーリンとリーゼが耳打ちしてきた。オリヴィアの誘いを断る理由もないだろう。
「私は何もしていないけど、お言葉に甘えさせてもらうよ、オリヴィア」
「そうこなくっちゃね。やっぱり話のわかる契約者がいるのはいいわね」
家に向けて歩いている途中、オリヴィアは意味ありげな視線をカーリンとリーゼに向けた。
「はい! アーベルさんと契約できて幸せですから!」
「アーベルさまは私たちがイヤなことは絶対にしませんので」
カーリンとリーゼは惚気ているのだろう。
他の精霊にも聞いたのだが、どうも親しい相手の前では契約者と惚気るのが精霊としてのあるべき姿ということらしい。
惚気ないのは、現在の状況が良くないことを意味するのだとか。
「ごちそーさま。いい契約ができて良かったわね。ところで、アーベルは何か私に聞きたいことがあるのかな?」
私が首を傾げていたのにオリヴィアが目ざとく気付いた。
「オリヴィアはメリアスだし、この際だからちょっと聞いてみたいことがある。クリーナー草の扱いについてなのだが……」
「??」
「オリヴィアは草花を司るメリアスでいいのか?」
「うん」
「意地の悪い質問で申し訳ないのだが、クリーナー草を刈って相談所に持っていっていることについてどう思うのだろうか? クリーナー草を傷つけているように見えなくもないのだが……」
そう、私が気になっていたのは精霊が他の精霊や魂霊を傷つけることについては非常に敏感なのに、植物に対してはその敏感さが発揮されないように思えることだ。
私のパートナーにも樹木を司るドライアドのメラニーがいるが、彼女は樹木を愛でるだけで葉を刈ったり実を取ったりすることをしない。落ちた葉や実を拾うだけだ。
ただ、精霊界では植物の利用は頻繁に行われている。
マナの木から実を収穫して食べ物のマナを作るのに使うとか、木を建物や道具の材料にするというのはよくある例だ。
オリヴィアは少し考えていたが、不意に手をパンと叩いた。
「……なるほど。そうか、魂霊は草花の話を聞けないからそう見えちゃうのかぁ。うんうん」
そして、一人で納得してうなずいている。
「草花の話?」
確かに私には草花の声は聞こえない。
「うん。みんなの声を聞いて、イヤがることはしないのが精霊のやり方。そもそも相手の嫌がることをしようとしても身体が固まっちゃうんだけどね。それに精霊は草花や木を使うけど、みんなが痛がったりするようなことはしないわよ」
「?? クリーナー草は葉を刈っていたと思うけど」
マナの木から落ちた実を拾うようなケースではオリヴィアの話は納得できる。
だが、クリーナー草は葉っぱを刈っていたはず。
「アーベルは魂霊だからわかりにくいのかな……あ、そうだ。アーベルは自分の意思で髪を伸ばすことはできるよね?」
「確かに、それはできるな。長らくチャレンジしたことはなかったが……」
オリヴィアの言う通り、魂霊も髪や爪は自分の意思で伸ばすことができる。
必要がないからやっていなかっただけだ。
「アーベルさま。メラニーが切りたがるから髪を伸ばしてみてはどうですか?」
リーゼが私に耳打ちした。確かにメラニーはそういうのが好きそうだ。
「やり方を忘れていないか、ちょっと試してみよう。むっ」
精神を集中して髪を伸ばした自分をイメージする。
少し髪が伸びたのか、うなじのあたりがくすぐったい。
「あはは、やっぱり伸びているよ。もちろん、髪を切っても痛くないよね?」
何が面白かったのかわからないが、オリヴィアが私を指差して笑っている。
「ああ。髪は別に切られても痛くもかゆくもないし、この長さだとちょっと短くしたいくらいだ」
「同じなんだよね、それと」
「そうか……」
オリヴィアの言葉で理解できた。
精霊たちは草花や樹木などが不快にならない範囲でその葉や実などを利用させてもらっているということらしい。
クリーナー草の草原の中に小屋が見えてきた。
「もうすぐ着くね。お茶にしよう、お茶!」
オリヴィアの元気な声が響いた。
ある日、私がリビングで本を読んでいたところ、カーリンに声をかけられた。
「オリヴィアさん? ご近所さんかい? 私は構わないよ」
聞いたことのない名前であったが、カーリンやリーゼの知り合いなら顔を出しておいた方が良さそうだ。
私が精霊界に移住してから何十年かにはなるが、パートナーたちの知り合いで私が知らない者がいても不思議ではない。
人間にとっての百年は一生だが、精霊にとっての百年は人間の一年かそれより短いという感覚だ。
「恐らく顔を見ればわかると思います。では、アーベルさん。行きましょう」
「アーベルさま、行きましょう」
カーリンが私の右腕を、リーゼが左腕をがっちりと抱えて連行されるような姿で私は家を出た。
オリヴィアという精霊の住処がわからないので、私はどこへ向かえばよいかもわからない。
二体のパートナーの成すがまま、連れて行ってもらうのが得策のようだ。
しばらく歩いてクリーナー草が生い茂っている原っぱに出た。
前にニーナと訪れた場所とは異なる群生地だ。
原っぱの奥の方にログハウスのような小屋がある。
「こちらがオリヴィアさんのお住まいです」
「アーベル様、オリヴィアは中で待っていると思います」
オリヴィア家の前に到着したところで、カーリンとリーゼがようやく腕を放してくれた。
「オリヴィアさん! いらっしゃいますか!」
カーリンが大きな声でオリヴィアを呼んだ。
というのも小屋の扉は植物の葉を編んだカーテンのようなものなので、ノックしても音がしないからだ。
少しして黄緑色のセミロングの髪を丁寧に編み込んだ二十歳くらいの女性がすーっと浮きながらやってきた。
確かに「ケルークス」で何度も見ている顔だ。
「あ、カーリンにリーゼ、来てくれたんだね。ありがとう。それとアーベルもようこそ」
「君がオリヴィアだったのか。名前を覚えていなくて失礼した。『ケルークス』にクリーナー草を納品しているのは知っていたのだが……」
「名乗っていなかったからね。今日、カーリンとリーゼに来てもらったのもその関係なんだけどね。えーと……」
オリヴィアはカーリンとリーゼの顔をじーっと見た後、私の頭のてっぺんから足の先までを舐めまわすように見た。
精霊が魂霊に興味を持つことはよくあることなので、オリヴィアの行動を私が不快に思うことはない。
「カーリンとリーゼはいい相手と契約したね! 私もそろそろ相手探そうかな? まだそれほど『揺らいで』いるわけじゃないけど」
オリヴィアがカーリンとリーゼの肩を叩いた。どうやらカーリンとリーゼの契約者として及第点をもらえたようだ。
「アーベルさんは良くしてくれますから……それで用事は何ですか?」
「いいなぁ……で、本題に入るけど、アーベルさんは相談所の建物を増築する話って聞いている?」
そういえば、この前出勤したときにアイリスからそんな話を聞いたな。
体験ツアーの反省会で、スペースが足りないことは指摘されていた。
ツアーの後「ケルークス」を訪れる精霊の数も増えたので、「ケルークス」の店舗部分の拡張もするらしい。
「ケルークス」はユーリとブリスで切り盛りしているから、席数が増えると手が回らなくなる恐れがあると思うのだが……
「そういえば、所長ががそんな話をしていたな。となると……クリーナー草の納品回数か量を増やすことになるのかい?」
「さっすが! そこでカーリンとリーゼに相談になるのよね。案内するね」
オリヴィアが手を叩いて感心してみせた。何か人を乗せるのが上手そうな感じだ。
オリヴィアの案内で外のクリーナー草の草原を通り抜け、草の生えていない地面が広がっている場所に出た。
「今の量だとクリーナー草が足りなくなるみたいで、もう少し畑を広げたいんだけど、ここ大丈夫そうかな?」
オリヴィアが心配そうに地面を見ている。
「見てみますね。リーゼも手伝って」
「はい」
カーリンとリーゼが地面に手を当てた。
彼女らは水の精霊ニンフであり、近くにある水の在りかを感じ取ることができる。
この土地がクリーナー草を育てるのに十分な水を含んでいるか調べるのだ。
「……」
「……(コクコク)」
リーゼがカーリンに向かってうなずいてみせた。
「このあたりは大丈夫そうです。もう少し先も調べてみます」
カーリンが走って数十メートルほど移動した。
「お姉ちゃん、私はこっちを見てみます」
リーゼがそれに続いた。
「仲いいねー。やっぱり二人は元気が一番だねー」
オリヴィアが走っていく二体を微笑ましく見守っている。
「オリヴィアは昔からカーリンとリーゼを知っているのか?」
「まあ、はっきりといつからっていうのはわからないけどね。アイリスのいる相談所ができる前から知っているよ」
オリヴィアの言葉通りだと、どの魂霊よりも彼女とカーリンやリーゼとの付き合いは長いということになる。
アイリスが所長をしている相談所は一番古い相談所であり、魂霊が精霊界に移住してきたのは相談所ができた後だからだ。
「その頃と較べて二人が元気なら契約者としてはいいな、と思いますが」
昔の二人を知るオリヴィアであれば、すぐに答えは出るだろう。
私のしてきたことが正しいのか、第三者に採点してもらうにはいい機会だ。
「それは大丈夫じゃない? 私に紹介してきたってことは上手くいっていると思っているからだし、カーリンは一度溢壊しているからね。今は『揺らいで』すらいないよ」
オリヴィアが私の背中をぽすっと軽く叩いた。
口調は軽いが性質は穏やかなようだ。
「そう言ってもらえるのはお世辞でもありがたい。本人たち以外から評価を聞く機会があまりないから」
「他に二人いる契約者はよく知らないからわからないけどね。カーリンとリーゼについては今まで通り接していればいいと思うよ。アーベルのそういうところが二人には合っているのかな。あ、ちょっとゴメンね」
オリヴィアが不意に私の額の前に手をかざした。
「……?」
彼女が何をしたいのかよくわからないが、実害はなさそうなので抵抗はしない。
「……ふぅ。さすがに私じゃ大したことはわからないけど、アイリスが二人にアーベルを会わせたのはわかるなぁ」
「そうか……オリヴィアは相手の属性が見えるのか?」
「まあね。知り合いに魂霊があんまりいないから、試す機会がないのだけどね」
そう言ってオリヴィアが片目を閉じてみせた。
何か企んでいるのだろうか?
「オリヴィアー! アーベルさぁん! 聞こえますかー!」
遠くからカーリンの声が聞こえてきた。
「ああ、聞こえているよ!」
だいぶ距離がありそうだったので、大声で答えてみた。
「すみませーん! こちらにいらしていただけますかー! オリヴィアも連れてきてくださーい!」
「わかったーっ! 今行くっ!」
カーリンが私に来いというのは珍しい。彼女は自分が駆けつけてくる方のタイプだ。
恐らくオリヴィアに現場を確認させたいのだろう。
私がオリヴィアを連れて声のする方に行くと、カーリンとリーゼが離れて立っていた。
その距離は数十メートルくらいだろうか。
「オリヴィア! 私とリーゼが立っているところまでならクリーナー草を植えても大丈夫だと思います。ここから先はクリーナー草が水を吸うのに苦労しそうなので、目印をつけてはどうですか?」
「助かるね。早速目印を入れるよ」
オリヴィアはどこから取り出したのか、小さな杭を四本、カーリンとリーゼの立っている位置を結ぶ線上に打ち込んでいった。
「クリーナー草を動かすのは後でいいわね。これで頼み事は終わりだから、うちでお茶でも飲んでいかない?」
何だかあっさり問題が解決したようだ。
「アーベルさん、お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」「アーベルさま、オリヴィアのお茶はオススメです」
私の両脇からカーリンとリーゼが耳打ちしてきた。オリヴィアの誘いを断る理由もないだろう。
「私は何もしていないけど、お言葉に甘えさせてもらうよ、オリヴィア」
「そうこなくっちゃね。やっぱり話のわかる契約者がいるのはいいわね」
家に向けて歩いている途中、オリヴィアは意味ありげな視線をカーリンとリーゼに向けた。
「はい! アーベルさんと契約できて幸せですから!」
「アーベルさまは私たちがイヤなことは絶対にしませんので」
カーリンとリーゼは惚気ているのだろう。
他の精霊にも聞いたのだが、どうも親しい相手の前では契約者と惚気るのが精霊としてのあるべき姿ということらしい。
惚気ないのは、現在の状況が良くないことを意味するのだとか。
「ごちそーさま。いい契約ができて良かったわね。ところで、アーベルは何か私に聞きたいことがあるのかな?」
私が首を傾げていたのにオリヴィアが目ざとく気付いた。
「オリヴィアはメリアスだし、この際だからちょっと聞いてみたいことがある。クリーナー草の扱いについてなのだが……」
「??」
「オリヴィアは草花を司るメリアスでいいのか?」
「うん」
「意地の悪い質問で申し訳ないのだが、クリーナー草を刈って相談所に持っていっていることについてどう思うのだろうか? クリーナー草を傷つけているように見えなくもないのだが……」
そう、私が気になっていたのは精霊が他の精霊や魂霊を傷つけることについては非常に敏感なのに、植物に対してはその敏感さが発揮されないように思えることだ。
私のパートナーにも樹木を司るドライアドのメラニーがいるが、彼女は樹木を愛でるだけで葉を刈ったり実を取ったりすることをしない。落ちた葉や実を拾うだけだ。
ただ、精霊界では植物の利用は頻繁に行われている。
マナの木から実を収穫して食べ物のマナを作るのに使うとか、木を建物や道具の材料にするというのはよくある例だ。
オリヴィアは少し考えていたが、不意に手をパンと叩いた。
「……なるほど。そうか、魂霊は草花の話を聞けないからそう見えちゃうのかぁ。うんうん」
そして、一人で納得してうなずいている。
「草花の話?」
確かに私には草花の声は聞こえない。
「うん。みんなの声を聞いて、イヤがることはしないのが精霊のやり方。そもそも相手の嫌がることをしようとしても身体が固まっちゃうんだけどね。それに精霊は草花や木を使うけど、みんなが痛がったりするようなことはしないわよ」
「?? クリーナー草は葉を刈っていたと思うけど」
マナの木から落ちた実を拾うようなケースではオリヴィアの話は納得できる。
だが、クリーナー草は葉っぱを刈っていたはず。
「アーベルは魂霊だからわかりにくいのかな……あ、そうだ。アーベルは自分の意思で髪を伸ばすことはできるよね?」
「確かに、それはできるな。長らくチャレンジしたことはなかったが……」
オリヴィアの言う通り、魂霊も髪や爪は自分の意思で伸ばすことができる。
必要がないからやっていなかっただけだ。
「アーベルさま。メラニーが切りたがるから髪を伸ばしてみてはどうですか?」
リーゼが私に耳打ちした。確かにメラニーはそういうのが好きそうだ。
「やり方を忘れていないか、ちょっと試してみよう。むっ」
精神を集中して髪を伸ばした自分をイメージする。
少し髪が伸びたのか、うなじのあたりがくすぐったい。
「あはは、やっぱり伸びているよ。もちろん、髪を切っても痛くないよね?」
何が面白かったのかわからないが、オリヴィアが私を指差して笑っている。
「ああ。髪は別に切られても痛くもかゆくもないし、この長さだとちょっと短くしたいくらいだ」
「同じなんだよね、それと」
「そうか……」
オリヴィアの言葉で理解できた。
精霊たちは草花や樹木などが不快にならない範囲でその葉や実などを利用させてもらっているということらしい。
クリーナー草の草原の中に小屋が見えてきた。
「もうすぐ着くね。お茶にしよう、お茶!」
オリヴィアの元気な声が響いた。
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