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第二章

精霊同士の付き合い

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「ぷはーっ! お茶っていいよね。生き返る気がするよ」
 オリヴィアが豪快にコップの中の液体を飲み干した。
 台詞は中味がビールのときの方が似合いそうなのだが……本人が満足そうなのでまあいいか。

「そういえばカーリンとリーゼのところって、ウンディーネがいるよね? 上手くやれているの?」
「ニーナのことね。ちょっと引っ込み思案なところが気になるけど……」
「お姉ちゃん、大丈夫だと思う。アーベルさまと二人きりのときに思いっきり甘えているから」
 ウンディーネが気になる、というオリヴィアの言葉は引っかかる。
 私のパートナーの中では唯一、性質が異なる精霊だからだ。
 オリヴィアもその点を気にしているのだろう。

「ニーナとは時々出かけるようにしているが、それだとウンディーネにはストレスになるだろうか?」
「個体差が大きいと思うけどね。私から話を振っておいてゴメンだけど、カーリンやリーゼを見ている限りはニーナだっけ? ウンディーネもそれほどストレスがあるようには思えないけどね」
 オリヴィアが首を横に振った。

 精霊には一ヶ所に定住するタイプと、あちこちを彷徨うタイプとがいる。
 カーリンとリーゼの姉妹はニンフで、彼女たちは自身が管理する水場の近くに定住するタイプだ。
 また、ドライアドのメラニーも自身が管理する樹木の近くに定住するタイプだ。
 メラニーがパートナーに加わった時、彼女は管理する樹木を引きつれて私の家に引っ越してきている。
 といっても数十メートル動いただけなのだが。

 唯一タイプが異なるのがウンディーネのニーナである。
 ウンディーネは自分が管理する水場を頻繁に変えるため、住む場所を転々とする性質を持っている。
 ニーナも私と契約する前はそうしていた。
 今は風呂場とシャワーと台所を行ったり来たりしているようだ。

「私は幸いパートナーには恵まれたから上手くいっているけど、定住型の精霊と住処を転々とする精霊との付き合いは少ないのかい?」
 茶飲み話の話題として適切かどうかはわからないが、この際だからオリヴィアに聞いてみることにした。

「私? 私の知り合いは転々としている連中の方が多いね。シルフとかマーキュリーの知り合いが多いしね。同族やノームの知り合いもいるけど……」
 オリヴィアは草花の精霊メリアスだが、同族で群れるだけという性質ではないようだ。
「カーリンやリーゼとはどう知り合ったのだろうか?」

「……それは私からお答えします」
 カーリンがすっと割り込んできた。
 オリヴィアも状況を理解してくれたようで、カーリンに答えるよう促した。

「はい。アーベルさんはウドさんやヴィートさんをご存知ですか? 彼らを通じてオリヴィアさんとは知り合いました」
 ウドやヴィートはカーリンがアンブロシア酒づくりに使う壺を作っていたから、その関係でオリヴィアと知り合ったのだろう。
 ウドやヴィートは丘や小山を司る精霊ノームであり、丘や山は動かないから当然定住型の精霊となる。

「刈ったクリーナー草を保管しておく容器を探していたらウドを紹介されたのだけど、そこで二人と会ったんだよね」
「私はリーゼと一緒に追加の器を作ってもらっているところでした」
「カーリンったら、ウドとヴィートの壺の良さを力説してたよね」
「お姉ちゃんは、気分が乗っちゃうと止まらないから」
 オリヴィアとリーゼが「ねー」と顔を見合わせながら笑った。

「もぅ、リーゼもゲームや本の話になると止まらないじゃない」
「当然。制作者に失礼」
 カーリンがリーゼに文句を言ったが、軽くあしらわれてしまった。
 さすがにカーリンをフォローしておいた方が良さそうだ。

「二人ともそのこだわりがいいところだからね。カーリンのアンブロシア酒は大人気だし、リーゼに本やゲームを買ってくるのも楽しみだからね」
「アーベルさん! そうですよね!」
「アーベルさま……今度一緒に遊んでください」
 何とか二人とも治まってくれたようだ。

「あはは、いい惚気だねー。付き合いのある精霊がいいパートナーと契約して幸せにやっているのを見るのは楽しいね」
 オリヴィアが手を叩いて笑っている。
 精霊は仲間が契約者と仲良くやっている姿を見るのが本当に好きらしい。

「そういえば、オリヴィアもアイリスに契約相手探してって頼んでいたよね?」
 リーゼの質問に思わずお茶を吹き出しそうになった。
 どうもこのあたり、私にはまだ人間だったころの感覚が残っているようで、どのあたりまで突っ込んでいいのか掴めていないところがある。

「あははー。アイリスからはまだ見つかりそうもないって言われているけどね。私、自分が定住型なのか根無し草なのかイマイチ自分でもわかっていないからねー」 
 オリヴィアは平気な様子なので、問題はないのだろう。
 ただ、メリアスは定住型だと思っていたのだが、オリヴィアは必ずしもそうだとは思っていないようだ。

「アーベルさん、オリヴィアはこのあたりのレイヤで何度か引っ越しているのです」
 カーリンがそっと教えてくれた。
 定住型に近いタイプのようだが、一ヶ所にじっとしているタイプではないみたいだ。
 カーリンの口ぶりから推測すると、同じ都道府県内で引っ越しを繰り返しているような感覚だと思う。

「アーベルに聞きたいんだけど、根無し草の精霊って契約が難しいのかな?」
「……必ずしもそうとは言えないと思うが……」
 オリヴィアの問いに答えに詰まってしまった。
 そのような観点で契約のことを考えた経験があまりないからだ。
 ニーナのときは先に契約した相手が全員定住型で、ニーナだけがそうでなかったという事情がある。

 私は必死で他の魂霊たちのパートナーの精霊がどのタイプに該当するか思い出していた。
「……うちの相談所に所属している相談員は私を含めて全員決まった家に住んでいる。ドナートみたいに移動できるタイプの家を持っているのもいるが……相手の精霊には定住型でないタイプも多くはないけどいることはいる……」
「……みんなアーベルのところのウンディーネみたいに決まった家に住んでいるのかな?」
「……それはちょっと聞いてみないとわからない。申し訳ないけど宿題にさせてくれ。今度オリヴィアが納品に来たときに私がいればそのときに答える」
「わかった。それでいいよ」
 どうにかオリヴィアからの質問の答えは宿題にしてもらって、この後は他愛のない話をしながらお茶を楽しんだ。

 後日、相談所に出勤した私は「ケルークス」の店内で出番を待っていた相談員のドナートとフランシスとエリシアに話を聞くことができた。

「定住型と根無し草型の相手か……俺は家を三件持っているし、それとは別にゲルといったか? 移動式の住居で生活しているパートナーたちがいる。根無し草型のパートナーたちは恐らくゲル住まいになるだろう。二、三ヶ月に一回は引っ越しているようだが……」
 ハーレム王子ことドナートがこともなげに答えた。
 ゲルで移動している精霊たちの相手をする際は、精霊にゲルの場所まで案内してもらうのだそうだ。
 確かにこれなら定住しないタイプの精霊をパートナーに持っても支障はない。

「うちは皆定住型だからなぁ。ただ、聞いた話だけどサバイバル好きな魂霊は日々場所を移動しながらパートナーと一緒にテント生活をしているって話を聞いたことがある」
 これはフランシス。彼の場合、パートナーを含めて相談所に頻繁に行っている者がいるから、相談所の近くに家を構えているのだ。

「その話ってオイラから聞いたのかな? まあいいや。オイラのところは根無し草のタイプには必要なときに来てもらっているよ」
 エリシアのところはパートナーと常に同居、という訳でもないようだ。
 そういえば「ケルークス」の厨房を担当しているブリスも彼女と契約しているが、彼がエリシアのいる家に戻るのは数日に一度だったはずだ。

 こうやって話を聞いてみると、根無し草の精霊でも契約相手を探すのにそれほど支障はないのかもしれない。
 それと私以外の相談員や魂霊たちは、私の想像以上に色々なタイプの精霊たちと上手く過ごしているようだ。

 その後、私は一度応接室で相談客からの質問に答えて「ケルークス」の店内に戻ってきたのだが、その直後に厨房の奥の方から元気な女性の声が聞こえてきた。

「こんにちはー! クリーナー草を持ってきたよ!」
 オリヴィアの声だ。
「今回はこれで。それと今日は店で何か飲んでいくね。あれ? アーベル来ていたんだ?」
 偶然にも他の相談員に話を聞いたその日にオリヴィアが「ケルークス」にやってきた。これは運がいい。

「ちょうどよかった。他の相談員の話も聞けたぞ。定住型でない精霊にもちゃんと対応できる方法がありそうだ……」
「それってどんな風にしているの?」
 興味津々と言った様子でオリヴィアが尋ねてきた。

 私は他の相談員も交えて、定住型でない精霊と契約している魂霊の話をオリヴィアに聞かせた。

「……なるほどね。なら、やりようはあるってことだよね。だったら私も希望をもてるよ! みんな、ありがとっ!」
 オリヴィアが満足と興奮が入り混じった表情で礼を言った。
「じゃあ、私はそろそろ家に戻るよ。クリーナー草の様子も見ておきたいから。じゃあね!」
 オリヴィアは残ったコーヒーを一気に飲み干し、急いで外へと飛び出していった。

 どうやら今回の件は宿題にしておいて正解だったようだ。
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