精霊界移住相談カフェ「ケルークス」

空乃参三

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第六章

妨害

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「話しにくいことを話してもらってありがとう。それと危ない目に遭わせてしまってごめんなさい」
 アイリスが相談客の肩に手を置きながら詫びた。
「いいえ。ロウさんが私を庇いながらこちらに駆け込んでくれたので……それに私たちを襲った人たちはいつの間にかどこかへ行ってしまいましたし」
 ロウが殴られたのは二、三回ということで、その後はロウが相談客の手を引きながら相手をまいたようであった。

「フランシス、アーベル。気になることとかあるかしら?」
「襲ってきた三人は、すれ違った四人のうちの三人だったのだろうか?」
 アイリスに発言を求められ、フランシスが先に相談客に尋ねた。

「わかりません。襲ってきた人たちはフルフェイスのヘルメットを被っていましたし、コートを羽織っていましたから。背格好は同じくらいだったかもしれないですけど……」
「さすがにすぐに正体がバレるようなヘマはしないか……」
 フランシスが首を横に振った。
 四人組とロウたちを襲った三人組との関係は、ロウにも意見を求めた方が良さそうだ。

「すみません。相談を今日この時間に指定されたのはどのような理由からでしょうか?」
 私は相談客とロウが駅で六時半に待ち合わせたというところに引っかかりを覚えていた。
 普通なら平日のこんな朝早い時間を指定しないからだ。

「実は来週から長期の海外出張が決まっていまして……今日の午前中なら都合がつくとロウさんに相談したらこの時間がいいんじゃないかって……」
 相談客が嘘をついているようには思えなかったし、理由としても不自然ではなさそうだ。

 私が気にした点は「襲撃者たちはどのようにして相談客が訪れることを知ったのか?」という点であった。
 ロウやフランシスから聞いた限りでは、相談所を見張っている移住を批判する人々がこの時間帯に見張りをやっている気配はないという。

 平日の日の出から日没までの時間帯にハイキング道を行き来する人は一定数いるらしい。
 近所のお年寄りや、売店に品物を運ぶ歩荷ぼっかと呼ばれる人々だ。
 彼らの中に移住を批判的に考えている者がいるかもしれないが、襲えばすぐに足がつきそうな気がする。

「今日、ここを訪れることをロウ以外の他の誰かに話したりはしていないだろうか?」
 フランシスが再び相談客に尋ねた。
「いいえ。ロウさんだけです。チャットでやり取りしただけですので……」
「だとすると、情報が漏れたと考えるのも無理があるな。効率が悪すぎる。こちらの見張りを強化するのが先決、か……」
 フランシスがノートパソコンの画面にこのあたりの地図を表示させた。
 画面上にマーカーを置き始めたのは、ここを見張ったらどうか、という意味なのだろう。

「辛い思いをしているところでいろいろ聞いてしまって申し訳ないわね」
 アイリスが相談客に詫びた。
「所長さんが謝る必要はないです。妨害している人間側の問題でしょうし、私は精霊界に移住する、って決めましたから!」
 相談客の移住するという意思に揺るぎはないようだ。
 先ほど「後は時期の問題」と言っていたのでそのときが訪れたら移住してくるのだろう。比較的若い方のようなので「そのとき」は少し先になるかも知れない。

 この後にも相談客に色々聞いたが、これといった情報は得られなかった。

「お気遣いありがとうございます。今日の目的は果たせましたし、仕事に行くのでそろそろ失礼します」
 一通り質問を終えたところで、相談客が帰ることになった。
 さすがに一人で帰すのは危ないだろうということで、ロウと「ケルークス」の厨房にいたシャドウのクアンを最寄り駅まで同行させることになった。

「今日の目的は果たせた、と言っていましたけど、相談する時間ありましたっけ?」
 「ケルークス」の店内に戻ってから、私は気になっていたことをアイリスに確認した。
「それなら大丈夫よ。精霊界の食べ物や飲み物を実食したい、って目的だったからね。アーベルが来る前に『ケルークス』から応接室に運ばせたし」
「なるほど、それなら……」
 相談客が今日ここを訪れた理由がアイリスの言う通りだったら、目的の達成の観点からは問題なさそうだ。
 それであれば、相談所訪問の妨害への対策に集中すべきだ。

 アイリス、フランシス、私の三人で相談所周辺の監視体制の見直しを行うことにした。
「アイリス、監視カメラを設置したいのだがいいか? さすがに精霊たちに見張りを頼むにも限度があるぞ」
「そうね……長老会議の許可は取ってあるから設置するわ。予算が足りるといいけど……」
 アイリスの表情は冴えないが、フランシスの提案を受け入れはした。
 ネックになるのは監視カメラは存在界で入手する必要があるという点だ。精霊界にそんなものは存在しない。
 最近、存在界の広報活動で予算がかさんでいるそうで、アイリスにとっては頭が痛いところだ。
 相談所は存在界のお金を持っているか、という点では決して裕福ではないからだ。

 精霊界のものを持ち出して存在界で商売をすればそれなりに勝算があるのではないか思うのだが、残念ながらこれは精霊のルールで禁じられている。
 人間社会に必要以上に介入してはならない、というのが理由だ。
 そのため、相談所の資金は主に存在界で活動している精霊たちが企業などで働いて得た賃金に依存している。
 彼らの多くは住民票を持っていないから、できる仕事が限られる。
 人間と入れ替わっている精霊もいるが、その数は決して多くない。
 そのような事情から、賃金の高い仕事に就いている精霊はわずかだ。
 それでも精霊たちは不満も言わずに広報活動と資金や物資の調達の業務をこなしている。精霊から見れば相談所はかなりブラックな職場なのではないかと思う。

「カメラを設置すれば、その分存在界での広報活動にメンバーを回せます。周囲の見張りにメンバーを張り付けても何も生みだしません!」
 フランシスがいつにない強い調子でアイリスに向かって力説した。
 確かに彼の主張の通りである。相談所は精霊と契約する移住者を増やす目的で設置されているものだから、相談所の周囲の見張りにメンバーを割くのは良い手とは言えない。

「わかったわ。三、四台なら何とかするわ。設置場所は悪いけどフランシスとアーベルで考えて」
「はい」「やりましょう」
 アイリスの指示で、私とフランシスは地図を画面に表示しながらああでもないこうでもないと監視カメラの設置場所を考えていった。

「三台ならこう、四台ならこう……だな。完全とは言い難いが……アーベル、どうだ?」
「異常があったときの対応策も整理できたな。これで二四時間監視はできるようにはなったか……」
 二時間半ほどかけて、フランシスと私はカメラの設置位置と異常があったときの対応策を整理し終えた。
 肉体的に疲労することのないはずの魂霊の身体だが、何故か疲労困憊といった気分だ。

「できたわね。監視カメラを確保して設置し終えたら見張り役には新しいやり方を伝えておくわ」
 アイリスが後ろからフランシスのノートパソコンを覗き込んだ。
 そのタイミングで相談客を送っていたブリスとロウが「ケルークス」に戻ってきた。

「戻ったぞい。儂は厨房に戻る」「無事に駅まで送り届けてきたぞ」
 どうやら帰りは相談客を含めて皆無事だったようだ。

「ちょうどよかった。悪いけどロウには確認したいことがいくつかあるの。残ってもらえるかしら?」
 私が口にする前にアイリスがロウに残ってくれと指示した。
「私にも確認したいことがあります。アイリス、私もロウに質問していいでしょうか?」
「もちろんよ。フランシスも質問ある?」
「ああ。気になることがある」

 こうして「ケルークス」店内の奥にあるアイリスの指定席のテーブルにアイリス、ロウ、フランシス、私が集まった。
 アイリスはフランシスに耳打ちすると、フランシスがノートパソコンを広げて画面をロウに見せた。
 広げる際に私にもチラッと画面が見えたが、人が写った画像が何枚も並んでいるようだ。
「ロウ、あなたを襲った犯人はこの中にいる?」
「確認するぜ……」
 アイリスの質問の後、ロウが画面に視線を向けた。

「……三人のうち二人はいるな。こいつとこいつだ」
 ロウが画面に表示された画像のうちの二枚を指し示した。一人は年配の女性、もう一人はそれより少し年下に見える男性だ。
 犯人はフルフェイスのヘルメットを被っていたが、シールド越しに顔が見えたのだそうだ。ゴブリンは人間と比較して視力が良いのでシールド越しでも顔がわかるらしい。
「二人とも半年くらい前によく見張りに来ていた奴だな。最近見ていないと思ったが……」
 フランシスが露骨に嫌そうな顔をしている。
 ロウとフランシスに説明を求めたところ、次のようなことがわかった。
 画像に写っている二人は、半年ほど前までハイキング客を装って相談所の近くのハイキング道をよく見張っていたそうだ。
 ハイキング道を通りかかる者に声をかけたり、何かを尋ねる様子が度々見張りの精霊たちに目撃されていた。
 ここ半年くらいは姿を見せていなかったが、今日になって久しぶりに姿を見せたのだ。

 ロウは殴られる直前に「相談所とかいう人を堕落させる連中の手先だな?」と罵られたらしい。
 これでロウと相談客を襲った者たちは精霊界への移住を快く思ってない者たちであることはほぼ確実になった。

「夜から仕事なのでな、そろそろここを出なきゃならないんだ。すまないが後を頼む」
 一四時過ぎにロウは魔法で妖精形態になって「ケルークス」を後にした。
 妖精形態、すなわち精霊が存在界に適応した姿では、精霊でも疲労したり怪我をしたり、痛みを感じたりする。
 大人の足で一時間以上かかるハイキング道を一日に二往復した後に仕事をするとなるとかなり大変なはずだ。
 それでもロウは笑って「ケルークス」を出ていったのだ。
 確か彼は運送の仕事をしているはずだ。
 体力的には決して楽な仕事ではないが、どうにか無事に今日の仕事を乗り切ってほしいところだ。

 ロウが去った後もフランシスが「ケルークス」の店内に残っていた。
 私もだが今日は何故か自分の指定席に戻る気はなく、相変わらずアイリスの指定席となっているテーブルに陣取っている。
 フランシスは私より先に出勤していたから、既に六時間以上勤務状態を続けていることになる。
 普段なら一、二時間で帰ってしまう彼にしては異例のことだ。
 難しい顔をしているが、何か話したさそうにも見える。ここは声をかけておくべきか。

「……フランシスはそろそろ引き上げなくていいのか? 今日はずいぶん早くからいるけど……」
「アーベル。日本では精霊界への移住はそんなに忌むべきことなのか? まあ、俺が住んでいた国も大差なかったかもしれないが……」
「声の大きい一部の人間が嫌っているだけ、と信じたいが……問題は声の大きい連中が力を持っていそうなことだな……」
 今日の事件では傷ついたのが精霊のロウだけだったから、実害という意味では大したものではないかもしれない。
 だが、いつ移住希望者が移住を妨害されてもおかしくない。由々しき事態といえる。
 私は精霊界の移住に理解がない人間がいることを咎めたいとは思わない。
 ただ、精霊界に移住したい人間の妨害だけはしてほしくない、それだけだ。

 私とフランシスはやるせない気持ちのまま、喉も乾いていないのに手元の飲み物に口をつけるのだった。

「今日は大した被害は出ていないし、これからの対策に力を尽くすことにしましょう。近いうちに人間も案外捨てたものじゃないって例を見せられるから待っていなさいな」
 それまで無言だったアイリスが不意に私とフランシスにそう告げた。
 何のことだろうか?
 私とフランシスは顔を見合わせたのだった。
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