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第十六章
743:シシガの野望
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「まあ、あの団体に関しては裏の顔を知っている人は少ないからね。ヌマタさんはよく見ていると思うけどね」
ウィリマが彼女にしては珍しく他人を褒める言葉を発した。
受け取る者によっては嫌味とも取られかねない言葉であったが、ヌマタはそう受け取らなかったらしく、特に反応も見せなかった。
一方、シシガはウィリマとヌマタ双方の反応を興味深く見守っていた。
ヌマタについてシシガは、「やはりこの人は、上からの視点で物事を評価するのに優れた人だな」と感じていたのであった。
自らの周辺に興味深い人々が集まるようになった一方で、シシガはサブマリン島を取り巻く状況が刻一刻と悪くなっていくのを感じていた。
彼は自宅兼研究所の周辺から遠方へ出歩くことをあまりしなかったが、外部の情報を集めることは欠かしていなかった。
彼の調査で何らかの弱みを握られ、その結果、自らの意思に反した行動をとらされたと思われる人々の数がここ数年増え続けていることが判明している。
この状況でシシガは少なくない迷惑を被っている、と考えている。
本人が望まない行動によって迷惑を被るというのは、シシガにとって耐え難いものであった。
シシガ本人も自らの生まれによって、両親や周辺から望まぬ行動を強制されることが多々あった。
そのことが彼を現在の研究に向かわせている要因でもあった。
研究は思うように進んでいないが、それ以外の活動は必ずしも不調という訳ではなかった。
彼が運営する「マッチ・ラボ」とその周辺に住む人々は、彼が考えるところの「自らの意思に反した行動を取る」という場面の多くから逃れることに成功した人々であった。
「マッチ・ラボ」とその周辺に暮らす住民は、ひとつの集落を形成していた。
「マッチ・ラボ」が保有する培地の権利による収入がこの集落の主たる現金収入であった。
シシガは研究のほかに広大な農地を有しており、研究の合間に農業機械を製作し、農作業の大部分を自動化していた。
集落の住民のうち農作業の心得がある者が補助的に作業をする程度で、集落全体に必要な農産物はおろか、外部に売り出せるまでのものを生産していた。
集落の中で生産できないものは、「マッチ・ラボ」が中心となって得た資金で外部から購入していた。
集落にて共同で利用するような道路の整備はおろか、住民が個人的に使用する嗜好品の類ですら、決められた金額の範囲で購入することが許されていた。
シシガとウィリマが中心となって築き上げたこの集落の慣習こそが、シシガの求める「自分の意思に反した行動を取らなくて済む」しくみそのものであった。
このようなことを当たり前のようにやり遂げる性格だからこそ、シシガはヌマタの様な奔放な言動を好ましく思っていたのかもしれない。
また、シシガは、ヌマタがIMPU代表であるサン・アカシの状況をひどく気にかけていることに興味を抱いた。
シシガの知るところでは、ヌマタはOP社の出身であり、アカシなど採掘場の現場の作業者を使う立場にあったはずだ。
アカシたちが組合を立ち上げたことで、OP社の社員が取引先の関係者に対して振るうことのできる権力は、かなり制限されたはずであった。
通常、人は既に得ていたものを奪われることに抵抗するものだ。
しかし、ヌマタは抵抗するどころか、得ていた権限を奪った相手を応援し、その危機に対して生命を賭して行動したのだ。
そのような人間が何故OP社に入ったのか? それを考えるだけでもシシガには楽しかったのだ。
シシガには、ヌマタの魅力というのは力で自らの意に反した行動を取らないよう、自らを押さえつけていることではないか、と思っていた。
自身で同じ事をしようとは思わないシシガであったが、自らの意に反した行動を取らない、としているヌマタの姿勢そのものには好感を持っていた。
こうした人間が増えれば邪魔をされなくて済むのだが、とシシガは考えていた。
今回のインデストの騒動でシシガが感じるのは、生活やら立場やら、何かを守るために意に反した行動を無理矢理取らされている者が多いから、このような事態になるのだ、ということであった。
ヌマタは、そのことをこれ以上ないくらい上手に説明してのけた人物であった。
ヌマタやオイゲンがここへ来たことが、これからのことに何か大きな影響を与えるのではないか? そうシシガは考えている。
確かにサブマリン島全体の情勢は悪くなるであろう。
それでも彼らの力をうまく利用できれば、巻き込まれないために何かができるのではないのか? そのための道をシシガは探っている。
「それにしても『勉強会』とかいう奴、ECN社に物証を持っていかれるなんて、抜けている連中だね」
ウィリマは未だに視線を測定器に向けたままであったが、インデストの情勢に興味があるようだった。
「トップがあの程度だからな。今まで内部分裂しなかったこと自体が驚きなのだが」
ヌマタが両手を返してお手上げのポーズをとりながら答えた。
「あはは、確かにそうだね。裏にいるのが相当しっかりしているのだろうけど」
ウィリマの言う「裏にいるの」は、「EMいのちの守護者の会」を指していることはシシガにはよく理解できる。
やはり「EMいのちの守護者の会」の存在がネックになっているな、とシシガは判断した。
少なくとも他人の弱みを利用して意に反した行動を取らせるという彼らの行動を、シシガは許容できなかった。
彼らに対抗し得るのはECN社以外にありえない、ということもシシガは理解していた。
「……研究を続けられるように、エリックには頑張ってもらわないといけませんね」
シシガが窓からECN社本社の方角を見やった。
ウィリマが彼女にしては珍しく他人を褒める言葉を発した。
受け取る者によっては嫌味とも取られかねない言葉であったが、ヌマタはそう受け取らなかったらしく、特に反応も見せなかった。
一方、シシガはウィリマとヌマタ双方の反応を興味深く見守っていた。
ヌマタについてシシガは、「やはりこの人は、上からの視点で物事を評価するのに優れた人だな」と感じていたのであった。
自らの周辺に興味深い人々が集まるようになった一方で、シシガはサブマリン島を取り巻く状況が刻一刻と悪くなっていくのを感じていた。
彼は自宅兼研究所の周辺から遠方へ出歩くことをあまりしなかったが、外部の情報を集めることは欠かしていなかった。
彼の調査で何らかの弱みを握られ、その結果、自らの意思に反した行動をとらされたと思われる人々の数がここ数年増え続けていることが判明している。
この状況でシシガは少なくない迷惑を被っている、と考えている。
本人が望まない行動によって迷惑を被るというのは、シシガにとって耐え難いものであった。
シシガ本人も自らの生まれによって、両親や周辺から望まぬ行動を強制されることが多々あった。
そのことが彼を現在の研究に向かわせている要因でもあった。
研究は思うように進んでいないが、それ以外の活動は必ずしも不調という訳ではなかった。
彼が運営する「マッチ・ラボ」とその周辺に住む人々は、彼が考えるところの「自らの意思に反した行動を取る」という場面の多くから逃れることに成功した人々であった。
「マッチ・ラボ」とその周辺に暮らす住民は、ひとつの集落を形成していた。
「マッチ・ラボ」が保有する培地の権利による収入がこの集落の主たる現金収入であった。
シシガは研究のほかに広大な農地を有しており、研究の合間に農業機械を製作し、農作業の大部分を自動化していた。
集落の住民のうち農作業の心得がある者が補助的に作業をする程度で、集落全体に必要な農産物はおろか、外部に売り出せるまでのものを生産していた。
集落の中で生産できないものは、「マッチ・ラボ」が中心となって得た資金で外部から購入していた。
集落にて共同で利用するような道路の整備はおろか、住民が個人的に使用する嗜好品の類ですら、決められた金額の範囲で購入することが許されていた。
シシガとウィリマが中心となって築き上げたこの集落の慣習こそが、シシガの求める「自分の意思に反した行動を取らなくて済む」しくみそのものであった。
このようなことを当たり前のようにやり遂げる性格だからこそ、シシガはヌマタの様な奔放な言動を好ましく思っていたのかもしれない。
また、シシガは、ヌマタがIMPU代表であるサン・アカシの状況をひどく気にかけていることに興味を抱いた。
シシガの知るところでは、ヌマタはOP社の出身であり、アカシなど採掘場の現場の作業者を使う立場にあったはずだ。
アカシたちが組合を立ち上げたことで、OP社の社員が取引先の関係者に対して振るうことのできる権力は、かなり制限されたはずであった。
通常、人は既に得ていたものを奪われることに抵抗するものだ。
しかし、ヌマタは抵抗するどころか、得ていた権限を奪った相手を応援し、その危機に対して生命を賭して行動したのだ。
そのような人間が何故OP社に入ったのか? それを考えるだけでもシシガには楽しかったのだ。
シシガには、ヌマタの魅力というのは力で自らの意に反した行動を取らないよう、自らを押さえつけていることではないか、と思っていた。
自身で同じ事をしようとは思わないシシガであったが、自らの意に反した行動を取らない、としているヌマタの姿勢そのものには好感を持っていた。
こうした人間が増えれば邪魔をされなくて済むのだが、とシシガは考えていた。
今回のインデストの騒動でシシガが感じるのは、生活やら立場やら、何かを守るために意に反した行動を無理矢理取らされている者が多いから、このような事態になるのだ、ということであった。
ヌマタは、そのことをこれ以上ないくらい上手に説明してのけた人物であった。
ヌマタやオイゲンがここへ来たことが、これからのことに何か大きな影響を与えるのではないか? そうシシガは考えている。
確かにサブマリン島全体の情勢は悪くなるであろう。
それでも彼らの力をうまく利用できれば、巻き込まれないために何かができるのではないのか? そのための道をシシガは探っている。
「それにしても『勉強会』とかいう奴、ECN社に物証を持っていかれるなんて、抜けている連中だね」
ウィリマは未だに視線を測定器に向けたままであったが、インデストの情勢に興味があるようだった。
「トップがあの程度だからな。今まで内部分裂しなかったこと自体が驚きなのだが」
ヌマタが両手を返してお手上げのポーズをとりながら答えた。
「あはは、確かにそうだね。裏にいるのが相当しっかりしているのだろうけど」
ウィリマの言う「裏にいるの」は、「EMいのちの守護者の会」を指していることはシシガにはよく理解できる。
やはり「EMいのちの守護者の会」の存在がネックになっているな、とシシガは判断した。
少なくとも他人の弱みを利用して意に反した行動を取らせるという彼らの行動を、シシガは許容できなかった。
彼らに対抗し得るのはECN社以外にありえない、ということもシシガは理解していた。
「……研究を続けられるように、エリックには頑張ってもらわないといけませんね」
シシガが窓からECN社本社の方角を見やった。
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