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第十七章
780:安全地帯
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ECN社としてはオイゲンと彼に帯同する三名の女性以外にも「マッチ・ラボ」に置いておきたい者がいるらしい。
エリックからこのことを聞いたシシガは少し考えてから答えた。
「……エリック、イナさんと女性三名についてはウィリマがよければいいでしょう。ただし、その後に関しては詳しい情報を教えていただけないと受け入れはできませんよ」
シシガの答えにエリックはウィリマの方を見やった。
「アタシはシシガがいいっていうならそれでいいよ。ただ、知らない連中が頻繁にこのへんを出入りするのは困るね。この近所の人たちは、静寂を求めてここへ来ているのだからさ」
ウィリマの答えにエリックは人の出入りが最小限になるよう対策することを約束した。
そして、詳細が判明していないメンバーについては、確認してから場を改めて話をするとした。
エリックとしても、シシガやウィリマの静かな研究生活を脅かす真似はしたくないのだ。
「モトムラさんも楽な立場じゃないな。お疲れさん、というところだな」
そう言ってアイスティーのグラスを差し出したのはヌマタだった。
ECN社と「マッチ・ラボ」の間の話だ、として今まで口を挟まずにいたのである。
「あ、ヌマタさん、すみません」
軽く頭を下げてからエリックはグラスを手に取った。
半分ほどの紅茶を飲み干してから、額の汗をぬぐった。
仲のよい友人相手とはいえ、面倒な注文に緊張を強いられていたようであった。
「ところでエリック、今後、ポータル・シティやハモネスなどでもインデストのように暴動や殺人などが起きる、とECN社は見ているのでしょうか?」
シシガはエリックの様子を気にすることなく、答えにくい質問を投げかけてきた。
「……恐らく」
エリックは声を絞り出すようにして答えた。
シシガはエリックの口調に、引っかかるものを感じていた。
今回、シシガはECN社の見解を求めたつもりだ。
しかし、エリックの答えは彼自身の見解であるように思われたからだ。
「エリック。今、島全体の人々の安全を確保できる能力のある集団はECN社だけです。安全確保の能力があるECN社は、今後の安全の見通しについて答える義務があります」
シシガの口調はこれまでと変わらなかったが、その言葉は鋭くエリックに突き刺さった。
「おい! モトムラさんはECN社の幹部だが、この件については社を代表した発言ができる立場じゃないはずだぞ!」
ヌマタが机を叩いて立ち上がった。さすがに見過ごせないと思ったようだ。
「ヌマタさん、エリックの立場はその通りだと思います。
しかし、毎日のようにOP社本社に向けてデモは発生していますし、ポータル・シティでビルが占拠される事件が起こっています。
このような状況であれば、ECN社は市民に向けて今後の安全の見通しを伝える義務があるのではないですか?
今までECN社からこうした発表がないというのは、どういうことでしょうか?」
「ECN社はOP社の治安改革部隊とは違って、市民の安全を守るのは本業ではないぞ。そこのところ勘違いしていないか?」
シシガの言葉に、ヌマタが応戦した。
「ヌマタさんともあろう人が、そのような不見識な発言をなさるとは珍しいですね。ECN社は既にインデストの治安に介入しているのですよ」
シシガの反撃に対してヌマタが何か言おうとしたところで、今度はウィリマが口を挟んだ。
「アタシはECN社の見解は割とどうでもいいんだけどさ、このあたりまで危険が及ぶかどうかは興味あるわね。エリック、そのあたりはどうだかわかる?」
ウィリマの言葉でヌマタが静かに椅子に腰を下ろした。どうやら少し落ち着いたらしい。
するとエリックが覚悟を決めた様子で口を開いた。
「ウィリマに話すのはどうかと思ったけど、社は『EMいのちの守護者の会』が島西端部で動く、と見ているようだ。幹部への襲撃の可能性を有力視している」
「……アタシも詳しいことはよく知らないんだけどさ、気に食わない相手は事件や事故に見せかけて殺しちゃう連中らしいね。
表向きは慈善団体を装っているというのが、性質悪いね。
虫一匹殺さないような顔で、裏では何人始末してきたのやら……」
ウィリマの言葉に毒気が混じってきた。
ECN社の意思については確かにウィリマがいる前では話しにくいことかもしれないが、彼女にも知らせるべき事項だ、とシシガは考えていた。
彼女が左腕の自由を失った事件の容疑者ではないかとされている相手と、自分たちが協力しているECN社とがことを構えるのだから。
しかし、シシガの口をついて出た言葉は異なるものであった。
「なるほど。暴動ではなくてECN社幹部への襲撃を有力視しているので市民の安全への影響は少ない、と判断しているのですね、エリック?」
エリックは複雑な表情を浮かべながら無言でうなずいた。
その表情からエリック自身は必ずしもECN社の他の幹部と同じ意見を持っていないことが読み取れた。
シシガもエリックと同じで、市民の安全への影響は大きいのではないかと考えていた。
それでも、「マッチ・ラボ」がある場所の周辺の安全が脅かされる危険は少ないであろう。
この場所はポータル・シティやハモネスの中心部からは遠すぎるし、居住している者も少ない。
その割に居住者同士の交流は活発で、見慣れぬ者が出入りすればあっという間にその情報が広まってしまう。
また、ポータル・シティやハモネスからこの場所へ移動するには、サイ川を渡らなければならないが、現在、川を渡ることができる場所はふたつしかない橋だけである。
起こした事件の大きさをアピールするにも、人に知られず潜伏するにも困難な場所、というのが現在の「マッチ・ラボ」周辺だ。
エリックからこのことを聞いたシシガは少し考えてから答えた。
「……エリック、イナさんと女性三名についてはウィリマがよければいいでしょう。ただし、その後に関しては詳しい情報を教えていただけないと受け入れはできませんよ」
シシガの答えにエリックはウィリマの方を見やった。
「アタシはシシガがいいっていうならそれでいいよ。ただ、知らない連中が頻繁にこのへんを出入りするのは困るね。この近所の人たちは、静寂を求めてここへ来ているのだからさ」
ウィリマの答えにエリックは人の出入りが最小限になるよう対策することを約束した。
そして、詳細が判明していないメンバーについては、確認してから場を改めて話をするとした。
エリックとしても、シシガやウィリマの静かな研究生活を脅かす真似はしたくないのだ。
「モトムラさんも楽な立場じゃないな。お疲れさん、というところだな」
そう言ってアイスティーのグラスを差し出したのはヌマタだった。
ECN社と「マッチ・ラボ」の間の話だ、として今まで口を挟まずにいたのである。
「あ、ヌマタさん、すみません」
軽く頭を下げてからエリックはグラスを手に取った。
半分ほどの紅茶を飲み干してから、額の汗をぬぐった。
仲のよい友人相手とはいえ、面倒な注文に緊張を強いられていたようであった。
「ところでエリック、今後、ポータル・シティやハモネスなどでもインデストのように暴動や殺人などが起きる、とECN社は見ているのでしょうか?」
シシガはエリックの様子を気にすることなく、答えにくい質問を投げかけてきた。
「……恐らく」
エリックは声を絞り出すようにして答えた。
シシガはエリックの口調に、引っかかるものを感じていた。
今回、シシガはECN社の見解を求めたつもりだ。
しかし、エリックの答えは彼自身の見解であるように思われたからだ。
「エリック。今、島全体の人々の安全を確保できる能力のある集団はECN社だけです。安全確保の能力があるECN社は、今後の安全の見通しについて答える義務があります」
シシガの口調はこれまでと変わらなかったが、その言葉は鋭くエリックに突き刺さった。
「おい! モトムラさんはECN社の幹部だが、この件については社を代表した発言ができる立場じゃないはずだぞ!」
ヌマタが机を叩いて立ち上がった。さすがに見過ごせないと思ったようだ。
「ヌマタさん、エリックの立場はその通りだと思います。
しかし、毎日のようにOP社本社に向けてデモは発生していますし、ポータル・シティでビルが占拠される事件が起こっています。
このような状況であれば、ECN社は市民に向けて今後の安全の見通しを伝える義務があるのではないですか?
今までECN社からこうした発表がないというのは、どういうことでしょうか?」
「ECN社はOP社の治安改革部隊とは違って、市民の安全を守るのは本業ではないぞ。そこのところ勘違いしていないか?」
シシガの言葉に、ヌマタが応戦した。
「ヌマタさんともあろう人が、そのような不見識な発言をなさるとは珍しいですね。ECN社は既にインデストの治安に介入しているのですよ」
シシガの反撃に対してヌマタが何か言おうとしたところで、今度はウィリマが口を挟んだ。
「アタシはECN社の見解は割とどうでもいいんだけどさ、このあたりまで危険が及ぶかどうかは興味あるわね。エリック、そのあたりはどうだかわかる?」
ウィリマの言葉でヌマタが静かに椅子に腰を下ろした。どうやら少し落ち着いたらしい。
するとエリックが覚悟を決めた様子で口を開いた。
「ウィリマに話すのはどうかと思ったけど、社は『EMいのちの守護者の会』が島西端部で動く、と見ているようだ。幹部への襲撃の可能性を有力視している」
「……アタシも詳しいことはよく知らないんだけどさ、気に食わない相手は事件や事故に見せかけて殺しちゃう連中らしいね。
表向きは慈善団体を装っているというのが、性質悪いね。
虫一匹殺さないような顔で、裏では何人始末してきたのやら……」
ウィリマの言葉に毒気が混じってきた。
ECN社の意思については確かにウィリマがいる前では話しにくいことかもしれないが、彼女にも知らせるべき事項だ、とシシガは考えていた。
彼女が左腕の自由を失った事件の容疑者ではないかとされている相手と、自分たちが協力しているECN社とがことを構えるのだから。
しかし、シシガの口をついて出た言葉は異なるものであった。
「なるほど。暴動ではなくてECN社幹部への襲撃を有力視しているので市民の安全への影響は少ない、と判断しているのですね、エリック?」
エリックは複雑な表情を浮かべながら無言でうなずいた。
その表情からエリック自身は必ずしもECN社の他の幹部と同じ意見を持っていないことが読み取れた。
シシガもエリックと同じで、市民の安全への影響は大きいのではないかと考えていた。
それでも、「マッチ・ラボ」がある場所の周辺の安全が脅かされる危険は少ないであろう。
この場所はポータル・シティやハモネスの中心部からは遠すぎるし、居住している者も少ない。
その割に居住者同士の交流は活発で、見慣れぬ者が出入りすればあっという間にその情報が広まってしまう。
また、ポータル・シティやハモネスからこの場所へ移動するには、サイ川を渡らなければならないが、現在、川を渡ることができる場所はふたつしかない橋だけである。
起こした事件の大きさをアピールするにも、人に知られず潜伏するにも困難な場所、というのが現在の「マッチ・ラボ」周辺だ。
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