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第十八章
857:クレーム
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LH五二年一〇月二五日の一四時、IMPUとOP社インデスト支店、そしてECN社の三者は、インデストの鉄鉱石採掘場が無事に明け渡されたことを確認した。
採掘場の一部を占拠した「トウジマグループ」の撤収期限は同日の一九時半であったが、彼らは「勉強会」グループのマキオ・イラ・イオの指揮のもと、期限よりも早くその場を去ったのであった。
翌二六日には採掘場での操業が再開され、インデストは安定を取り戻すかに思えた。
しかし、ここへ来てインデストを中心に不穏な噂が流れるようになった。
「ECN社社長のミヤハラはインデストの治安回復に乗じて権力を握り、圧政を敷くつもりだ。そのために邪魔なオイゲン・イナをECN社の社長の座から引き摺り下ろし、現在は事実上幽閉している状態だ」
この噂は瞬く間にエクザロームの主だった都市へと広がり、噂を信じた者たちと、ミヤハラを統治者に推す者たちとの間で、しばしば衝突が発生するようになった。
特に一〇月二八日にポータル・シティ東部で発生した衝突は、規模こそ大きくなかったものの、その内容からエクザローム全体を震撼させた。
事件はポータル・シティ東部の貸し会議室で発生した。
「EMいのちの守護者の会」による島の統治を望むグループが集会を行っていたところ、十数名の武装した集団に襲撃され、三名の死者と一一名の負傷者を出したのであった。
翌日、襲撃犯の一人が会議室の運営会社の者によって捕らえられた。
調査の結果、かつて「タブーなきエンジニア集団」に協力していた工具販売店の経営者であり、ミヤハラによる統治を望んでいる者と判明した。
すると「EMいのちの守護者の会」などが中心となって、この事件の犯人や関係者を糾弾した。
捕らえられた襲撃犯は「タブーなきエンジニア集団」そのものに所属していたわけではなかったが、ミヤハラを支持していることは周囲の人々からもよく知られていた。
このため「EMいのちの守護者の会」は、「ミヤハラは支持者を利用して暴力でサブマリン島を支配しようとしている」と主張した。
「EMいのちの守護者の会」の主張に対しては懐疑的な者も少なくなかったが、彼らに対して批判の声をあげる者は著しく少なかった。
死者が出ていること、相手が「EMいのちの守護者の会」であることが、ミヤハラに与する声を抑えこんでいたのだ。
これにより、ECN社は事件に対するクレームの対応に追われることとなった。
直接来社する、通信等でのクレームが多数入り、日常の業務遂行に支障をきたしかねない状況となった。
総務担当役員のマコト・トミシマが中心となって対応窓口を設置し、これらのクレームに対応することで業務への影響を最小限にとどめているものの、この状況が長期間続けば、ECN社への影響は計り知れない。
インデストでもクレームは多数発生した。
ECN社はインデストに正規の事業所を持っていないため、情勢改善のために滞在しているレイカ・メルツが中心となってこれらのクレームに対応している。
LH五二年一一月三日の昼前に休日返上でクレームに対応しているトミシマのもとへ、一人の部下が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「トミシママネージャー、研修センターに多くの市民が抗議に来ているとのことです! 管理事務所が対応していますが、二人しかおらず緊急で応援を求めています!」
トミシマの率いる総務部門も人員に余裕があるわけではないが、放置できる性質のものでもない。
トミシマは研修センターの状況を確認し、対応するための社員を派遣しようと準備を進めた。
その上で、報告に来た社員に副社長のサクライへ報告するよう命じた。
抗議に来ている市民の数は数百人規模とのことであったため、二〇名ほどを選び出し、彼らに状況を説明している最中に続報が入った。
管理事務所の職員の制止を振り切って市民達が研修センターに侵入し、これを占拠した、とのことであった。
占拠に際して、ECN社の関係者が負傷する、人質に取られるといったことがなかったことだけは不幸中の幸いであった。
相手との交渉は総務で対応できるが、事態が事態であり、上層部への報告は不可欠であるとトミシマには思われた。
しかし、報告よりも前に、ミヤハラから社長室に来るようトミシマに指示があった。
「申し訳ございません、施設の管理が行き届いておりませんでした。すぐに私が赴き、相手と話をしてきます」
トミシマはミヤハラに深々と頭を下げた。
ミヤハラはトミシマの謝罪を聞いていないのか、脇のモニタに目をやったまま、次のように尋ねてきた。
「相手はわが社の従業員を傷つけておらず、人質にとってもいないと聞いたが、これは事実か?」
「はい。確認したところ、社の従業員、そして相手方にも負傷者等は出ていないとのことです」
「ならば、とりあえず他のお客様からのクレームと同様に処理してくれ。相手には傷をつけるな。それと、社の関係者が傷つくようなことがあれば早急に知られてくれ、以上だ」
ミヤハラはそれだけ命じると、もう出て行ってよいといわんばかりに後ろを向いた。
トミシマはミヤハラに一礼して社長室を出た。
そして総務部門のフロアに戻って何名かの部下に指示を出すと、必要最小限の護衛を連れて、研修センターへと向かっていった。
採掘場の一部を占拠した「トウジマグループ」の撤収期限は同日の一九時半であったが、彼らは「勉強会」グループのマキオ・イラ・イオの指揮のもと、期限よりも早くその場を去ったのであった。
翌二六日には採掘場での操業が再開され、インデストは安定を取り戻すかに思えた。
しかし、ここへ来てインデストを中心に不穏な噂が流れるようになった。
「ECN社社長のミヤハラはインデストの治安回復に乗じて権力を握り、圧政を敷くつもりだ。そのために邪魔なオイゲン・イナをECN社の社長の座から引き摺り下ろし、現在は事実上幽閉している状態だ」
この噂は瞬く間にエクザロームの主だった都市へと広がり、噂を信じた者たちと、ミヤハラを統治者に推す者たちとの間で、しばしば衝突が発生するようになった。
特に一〇月二八日にポータル・シティ東部で発生した衝突は、規模こそ大きくなかったものの、その内容からエクザローム全体を震撼させた。
事件はポータル・シティ東部の貸し会議室で発生した。
「EMいのちの守護者の会」による島の統治を望むグループが集会を行っていたところ、十数名の武装した集団に襲撃され、三名の死者と一一名の負傷者を出したのであった。
翌日、襲撃犯の一人が会議室の運営会社の者によって捕らえられた。
調査の結果、かつて「タブーなきエンジニア集団」に協力していた工具販売店の経営者であり、ミヤハラによる統治を望んでいる者と判明した。
すると「EMいのちの守護者の会」などが中心となって、この事件の犯人や関係者を糾弾した。
捕らえられた襲撃犯は「タブーなきエンジニア集団」そのものに所属していたわけではなかったが、ミヤハラを支持していることは周囲の人々からもよく知られていた。
このため「EMいのちの守護者の会」は、「ミヤハラは支持者を利用して暴力でサブマリン島を支配しようとしている」と主張した。
「EMいのちの守護者の会」の主張に対しては懐疑的な者も少なくなかったが、彼らに対して批判の声をあげる者は著しく少なかった。
死者が出ていること、相手が「EMいのちの守護者の会」であることが、ミヤハラに与する声を抑えこんでいたのだ。
これにより、ECN社は事件に対するクレームの対応に追われることとなった。
直接来社する、通信等でのクレームが多数入り、日常の業務遂行に支障をきたしかねない状況となった。
総務担当役員のマコト・トミシマが中心となって対応窓口を設置し、これらのクレームに対応することで業務への影響を最小限にとどめているものの、この状況が長期間続けば、ECN社への影響は計り知れない。
インデストでもクレームは多数発生した。
ECN社はインデストに正規の事業所を持っていないため、情勢改善のために滞在しているレイカ・メルツが中心となってこれらのクレームに対応している。
LH五二年一一月三日の昼前に休日返上でクレームに対応しているトミシマのもとへ、一人の部下が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「トミシママネージャー、研修センターに多くの市民が抗議に来ているとのことです! 管理事務所が対応していますが、二人しかおらず緊急で応援を求めています!」
トミシマの率いる総務部門も人員に余裕があるわけではないが、放置できる性質のものでもない。
トミシマは研修センターの状況を確認し、対応するための社員を派遣しようと準備を進めた。
その上で、報告に来た社員に副社長のサクライへ報告するよう命じた。
抗議に来ている市民の数は数百人規模とのことであったため、二〇名ほどを選び出し、彼らに状況を説明している最中に続報が入った。
管理事務所の職員の制止を振り切って市民達が研修センターに侵入し、これを占拠した、とのことであった。
占拠に際して、ECN社の関係者が負傷する、人質に取られるといったことがなかったことだけは不幸中の幸いであった。
相手との交渉は総務で対応できるが、事態が事態であり、上層部への報告は不可欠であるとトミシマには思われた。
しかし、報告よりも前に、ミヤハラから社長室に来るようトミシマに指示があった。
「申し訳ございません、施設の管理が行き届いておりませんでした。すぐに私が赴き、相手と話をしてきます」
トミシマはミヤハラに深々と頭を下げた。
ミヤハラはトミシマの謝罪を聞いていないのか、脇のモニタに目をやったまま、次のように尋ねてきた。
「相手はわが社の従業員を傷つけておらず、人質にとってもいないと聞いたが、これは事実か?」
「はい。確認したところ、社の従業員、そして相手方にも負傷者等は出ていないとのことです」
「ならば、とりあえず他のお客様からのクレームと同様に処理してくれ。相手には傷をつけるな。それと、社の関係者が傷つくようなことがあれば早急に知られてくれ、以上だ」
ミヤハラはそれだけ命じると、もう出て行ってよいといわんばかりに後ろを向いた。
トミシマはミヤハラに一礼して社長室を出た。
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