ストランディング・ワールド(Stranding World) 第三部 ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて国を興す~

空乃参三

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第十九章

933:エリック、潜入に成功する

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「では代表、今日の交渉の目的を確認したいのだけどいいかい? 今日はお互いの要望についてどう対応するかを決めようと考えているのだけど、異存はないかな?」
 エリックが「代表プリンシパル」と名乗る者に尋ねた。
 あえて気安い口調にしたのは、自身の緊張を和らげるのが半分、相手をおちょくっているのが半分だ。
「あるに決まっている! 必要なことは我々の要求をいかに実現するかであって、他者の要求は関係ない。何故なら、我々こそが『民意の代表者』に他ならないからだ。すなわち我らの意思に反することは民意に反することを意味する」
「それは失礼。まず、治安維持組織についてだけど、ECN社ウチも自社が中心になって治安維持組織を組みたいとは思っていないのだよね。どちらかというと近隣の皆様の要望にお応えして、なのだけど」
「ECN社は声を聞くべき相手を間違っているからそうなるのだ。素直に我々に教えを乞うておいたらどうだ?」
 どういう思考回路を持ったらここまで傲慢になれるのだろうか? と不思議に思いつつも、エリックは相手の言葉につけ入る隙を見出していた。
「それは面白い手ですね」
「ほう? どうするというのだ?」
「しかるべき人に、あなた方の考えを教えていただく、ということですよ」
「……授業料は安くないぞ」
「どう支払えばいいか、教えていただけないですかね?」
「む、それは……」
 エリックの対応に「代表」は動揺したのか、少し待てと言って部屋を出て行った。
 残された二人の覆面が慌てて後に続いた。

 思った通りだ、とエリックは部屋の入口に目をやった。
 事前に通信で交渉を持っていたが、予想していない事態への対応はあまり得意でなさそうだと推測していた。
 エリックが対面での交渉を持ちかけた際も対応は傲慢そのものだった。だが、こちらが相手の予想していなかった対応をすると、突然通信が切れ数分の沈黙の後に予告もなく交渉が再開される、ということが度々あった。
 今回も同じようなケースなのだろう、とエリックは推測した。

 テーブルの上に出されたボトルのお茶をじっくりと時間をかけて飲みながら、エリックは相手の帰りを待った。

 一〇分ほどたった頃に部屋の扉が開き、「代表」以下三名が戻ってきた。
「待たせたな。授業料はこちらで指定するが、先に生徒は誰だかの情報がなければ、どの程度の授業料が発生するか、こちらも判断できんな」
「最初の生徒は僕、すなわちエリック・モトムラなのだけど」
 エリックが不敵に笑った。
 一方、「代表」は明らかに動揺していた。
「……ほ、本気か? お前ごときで我々、いや『民意』が許すと思うか?」
「第一回目としては悪くない選択だと思うのだけどね。少なくとも、社長のミヤハラよりは物わかりがいいと自負しているよ」
 エリックが「代表」の問いに答えていないのは明らかであるが、相手はそのことも気づいていない様子であった。
「な、ならこちらとしても『民意』を聞く必要があるな。す、少し待っていろ」
 再び「代表」以下三名は、部屋から出て行った。
 エリックのいる会議室からは離れた部屋に移動すると、三人は責任の押し付け合いを始めた。
 距離があるのと、防音がしっかりした貸会議室であるため、ここでの会話をエリックに聞かれる恐れはない。

「待ってくださいよ! モトムラって、確か『タブーなきエンジニア集団』で、亡くなったウォーリー・トワが後継者候補としていたくらいの大物ですよ。そんな人相手にできるのですか?」
「そうは言ってもな、ブルーよ。大物を人質にできるチャンスではある。それに、今の人数の人質を抱え続けるのには無理がありすぎる。先ほど確認したが、上も『今の人質を解放して代わりにモトムラを人質とせよ』と言っていた」
「代表のおっしゃる通りです、ブルー。今のままだと人質の管理負荷が大きすぎて、我々の方が持ちません。人質無視でECN社や全島治安維持サービス社の部隊が突入してきたら、抵抗らしい抵抗も厳しいです」
「それなら、エリック・モトムラの監視はグリーンの方でお願いしますよ。さすがに我々のグループでは対処しきれません。それにしても、罠の可能性はないでしょうか?」
「モトムラはECN社でも数少ない現社長を明確に支持している幹部だ。わざわざ味方を切り捨てることはないだろう」
 「代表」は残りの二人に目をやった。
「いいか、モトムラを人質とする方針とする。人質としたら私が直に監視しよう。グリーンに手伝ってもらうが、異存はないか?」
 「ブルー」「グリーン」と呼ばれた覆面二人が肯いた。

 こうして「民意の代表者」は、エリック一人とそれまで抱えていた人質とを交換することを条件にエリックの申し出を受けると回答した。
 エリックはその場で回答を了承し、人質の解放を確認してから、自らが人質となった。
 LH五三年二月一九日の正午のことであった。
 その直後、ミヤハラ、サクライ、オイゲン、ロビー、ヌマタに宛ててそれぞれの携帯端末にエリックからメッセージが飛んできた。

「まずは潜入に成功しました。状況を確認次第、タイミングを見計らって合図を出します。合図があったら、即、建物に突入してください」
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