鳥籠の花

海花

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「……今は……いねぇよ……」

 その表情の意味が解らず、哲太は思わず視線を逸らした。早くなった自分の鼓動の意味すら解らない。

 ただ……今の表情がイヤに艶めかしくて、色っぽく見えた。

「……そっか………」

 俯き静かにそう言った声に、また鼓動が激しくなった。苦しい程、うるさい。

「──お前はどうなんだよ!?いんだろ?彼女くらい」

 その音が和志にまで届いてしまう気がして、 誤魔化したくてつい口にしたふざけ半分の自分の言葉にまで胸が騒つく。

───なんなんだよッ……一体…………

 つい少し前まで昔と変わらない居心地の良い空間だと思えたものが、急に落ち着けないものに変わった。

「お……お前は頭も良いし、しょっちゅう女子に構われてたもんな!──5年になってすぐの社会見学なんてさ、2人の子がお前の隣の席めぐって──」

「────いないよ」

 騒つく胸の内を、うるさい程の鼓動を、気付かれたくなくて捲し立てるように話し続けた哲太の声を、和志の声が遮った。

「…………え……」

「彼女なんていないし……いたことない……」

「…………へぇ……」

───彼女…………いた事ないんだ…………

間の抜けた声で返したことすら気付かず、哲太の瞳が意図せず和志の唇を捉えた。

───じゃぁ…………誰ともキスとか……セックスも……した事ないんだ…………

 俯き僅かに頬を染めた和志から目が離せない。

 小学校、いや保育園の頃から女の子にモテていた。影で女の子達が『王子様』なんで呼んでいたのも知っている。そのせいで同性からはやっかみを買い、揶揄われることも少なくなかった。

───え…………ってことは…………

「……お前…………童貞?」

「───え…………」

「───あ……違う!違うッ!別に変な意味じゃなくてさッ……いや、バカにしてるとかでもなくてッ……だから……ちょっと気になっただけってか……いや、それも違くて……好きな子ッ!好きな子くらいいんだろ!?お前ならコクレはすぐ出来そうじゃん!?だから不思議ってか…」

───何言ってんの!?オレッ!6年ぶりにやっと会えたのに…………

 本当はもっと学校の話や会えなかった間の話をして……そう思っていた。
 和志の“自分の知らない時間”を知りたいだけだった。そしてまた以前のように一緒に過ごしたいと思っただけだったのに。

───それが「お前、童貞?」って、おいッ!……

 学校の友達とは平気で交わす会話だと言うことすら気付かず、哲太は必死で言い訳をしていた。
 数年ぶりに会う、まして男同士であればその程度の会話は珍しくもないだろう。
 しかしそれすら分からない程焦っていた。

 和志はしどろもどろになりながらも、何とか取り繕うとしている哲太に

「俺はそういうの……あんま関心無いからさ」

 そう困ったように笑った。

「……そう…なんだ…………」

「うん。好きな人はいるけど……一生片想いでいいって決めてるから」

 そしてそう呟くように言葉にした。

 


 哲太の家から数メートル離れた場所から振り返り、哲太が見ていないことを確認すると、和志は学校の前にも止まっていた黒塗りの高級車に静かに乗り込んだ。

「……随分ゆっくりされてましたね」

 運転席から見慣れた顔がミラー越しに和志を見つめた。しかし和志はその瞳に関心無さそうに、窓の外に目を向けた。
 家に戻れば、恐らく自分が約束を破り幼馴染の家に行っていたことを、この男は報告するに決まっているからだ。いや、もうとっくに秀行の耳に入っているかもしれない。そう思えば今更何か言ったところで、動力の無駄だ。

「秀行さんには学校のお友達と自習されていると伝えてあります」

 杉本の言葉に、和志は顔を上げミラーを覗き込んだ。今の言い方は自分を庇っているように聞こえる。

 叔父と一緒に暮らすようになってから、ずっと側にいるこの『杉本』という男のことが未だに解らない。
 叔父の“私設秘書”で、間違いなく自分を見張る為に側にいると解るが、何かを強要するわけでも、かといって手を差し伸べるわけでもない。いつも傍観者としてそこにいるだけだ。

「……杉本さん」

「はい」

「……僕は童貞なんですかね……?」

 普段滅多に話しかけることすらしない和志からの意外な質問に、杉本は一瞬ミラーを覗きこんだが、それはすぐに逸らされた。

「…………さあ。私は和志さんの全てを知っている訳ではありませんから」

「そうですか?」

 こんな会話に意味など無いと解っている。ただ傍観者は時に加害者より非道だと、時々知らしめたくなる。

「杉本さん程…僕の全てを知っている人はいないと思いますけどね」

 それ以上何も言わない杉本が、予想通り過ぎて和志は思わず笑った。
 何を言ったところで、この男に届かないことなど知っている。それでもまだ足掻こうとする自分が、酷く滑稽に思えて仕方なかったのだ。
 
 
 




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